4 / 31
4
しおりを挟むそしてそのまま時は流れ、息子が十歳を迎えた。
私は息子を学校に通わせたいと考えていた。学校は十一歳から十六歳まで通うことができるのだが、富裕層向けなので学費がかなり高い。それでも息子にはたくさんの経験をしてほしいと思っていたので、夫に相談することにした。夫のことはすでに見限っているが、息子の父親という事実は変わらない。それにまだ夫婦である以上、一人で簡単に決められることではないので相談してみたのだが、返ってきた答えは予想していた通りのものだった。
『金はお前が払え。俺は絶対に払わないからな』
夫は自分が学校に通えなかったからという理由で、息子を学校に通わせたくなかった。たとえ息子でも、自分より上になることが気に入らなかったのだ。だから夫は絶対に無理な条件を言ってきたのだが、私は自分の食事を削ってでもなんとか毎月の学費を工面し、なんとか息子を学校へと通わせることができた。
そんなある日の夕食後、私が台所で片付けをしていると三人の会話が聞こえてきた。
『学校すごく楽しいよ!』
『それはよかったわね』
『それに友達もできたんだ!お父さんが学校に通わせてくれたお陰だよ!』
『そうね。お父さんがケインのためにたくさんお金を払ってくれたの。だからお父さんに感謝しないとダメよ?』
『うん!お父さんありがとう!』
『あ、ああ。大切なお前のためだからな!親としてこれくらい当然のことさ!』
『やっぱりお父さんは頼りになるね!……それに比べてお母さんは全然役に立たないよね。貴族だったのにお金も出してくれないし、見た目もみすぼらしくて恥ずかしいから友達に会わせられないよ。あーあ、ララさんが僕のお母さんだったらよかったのに』
『ふふっ、ケインの言う通りね』
『ああ、困った母親だな』
ハハハと、笑い声が聞こえてくる。私は洗い物をしていた手を止め、ギュッと強く握りしめた。
義母が息子を育ててきたので、私のことを悪く言っていることはわかっていたし、義母の影響を受けて息子が私を嫌っていることも知っていた。それでも自分が命懸けでお腹を痛めて生んだ子だ。親としての責任があったし、いつかは母親として認めてもらえるかもしれないと信じて夫とは離婚せずにこの生活を耐えてきた。だけどすでに息子の中で私は役立たずな母親の烙印を捺されていて、さらには夫の浮気相手が母親だったらいいのにと願われる始末。
虚しかった。
そしてこの家には私を認めてくれる人間は誰一人いないことを、ようやく受け入れることができた。
そんなに役立たずが不要と言うのなら、お望み通りいなくなってあげよう。両親のお陰で離婚はすぐにでもできる。だけど何事にも準備が必要だ。それに役立たずと思われていたとしても、息子は私の子だ。どんな理由であれ息子が大人になるまでは、責任を持って育てなくてはならない。だからここを出ていくのは、息子が成人を迎える十五歳の誕生日の翌日と決めた。
この日、“役立たずの私”はいなくなることを決意したのだ。
2,169
あなたにおすすめの小説
だって、『恥ずかしい』のでしょう?
月白ヤトヒコ
恋愛
わたくしには、婚約者がいる。
どこぞの物語のように、平民から貴族に引き取られたお嬢さんに夢中になって……複数名の子息共々彼女に侍っている非常に残念な婚約者だ。
「……っ!?」
ちょっと通りすがっただけで、大袈裟にビクッと肩を震わせて顔を俯ける彼女。そんな姿を見て、
「貴様! 彼女になにかすることは許さんぞ!」
なんて抜かして、震える彼女の肩を抱く婚約者。
「彼とは単なる政略の婚約者ですので。羽目を外さなければ、如何様にして頂いても結構です。但し、過度な身体接触は困りますわ。変な病気でも移されては堪りませんもの」
「な、な、なにを言っているんだっ!?」
「口付けでも、病気は移りますもの。無論、それ以上の行為なら尚更。常識でしょう?」
「彼女を侮辱するなっ!?」
ヒステリックに叫んだのは、わたくしの義弟。
「こんな女が、義理とは言え姉だなんて僕は恥ずかしいですよっ! いい加減にしてくださいっ!!」
「全くだ。こんな女が婚約者だなんて、わたしも恥ずかしい。できるものなら、今すぐに婚約破棄してやりたい程に忌々しい」
吐き捨てるような言葉。
まあ、この婚約を破棄したいという点に於いては、同意しますけど。
「そうですか、わかりました。では、皆様ごきげんよう」
さて、本当に『恥ずかしい』のはどちらでしょうか?
設定はふわっと。
私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。
木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。
彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。
しかし妾の子である妹を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。
だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。
父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。
そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。
程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。
彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。
戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。
彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。
私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?
あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。
理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。
レイアは妹への処罰を伝える。
「あなたも婚約解消しなさい」
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
【完結】無能に何か用ですか?
凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」
とある日のパーティーにて……
セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。
隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。
だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。
ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ……
主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──
※現在、読者様が読み易いように文面を調整・加筆しております。
※ご感想・ご意見につきましては、近況ボードをご覧いただければ幸いです。
《皆様のご愛読、誠に感謝致しますm(*_ _)m
当初、完結後の番外編等は特に考えておりませんでしたが、皆様のご愛読に感謝し、書かせて頂くことに致しました。更新を今暫くお待ちくださいませ。 凛 伊緒》
私の婚約者とキスする妹を見た時、婚約破棄されるのだと分かっていました
あねもね
恋愛
妹は私と違って美貌の持ち主で、親の愛情をふんだんに受けて育った結果、傲慢になりました。
自分には手に入らないものは何もないくせに、私のものを欲しがり、果てには私の婚約者まで奪いました。
その時分かりました。婚約破棄されるのだと……。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる