17 / 31
17 カシウス
しおりを挟む久しぶりに会う彼女は以前よりも美しく、だけど温かい笑顔は変わらぬままで。僕は浮かれそうになる心を懸命に沈めた。彼女に会えたことはこの上なく嬉しいが、彼女には夫も子どももいる。だからあまり浮かれすぎてはいけない。あとで苦しむのは自分なのだからと。
しかしその後、彼女の口から語られた言葉に衝撃を受けた。お金のために利用したなんてことはどうでもよく、それよりも離婚という言葉に心が踊った。離婚を喜ぶなどひどい人間だろう。だけど彼女に手を伸ばすことが許されたのだと思うと、嬉しくて仕方がなかった。
もちろん彼女が僕の想いに応えてくれるかはわからない。成長前の姿と、年齢が九つ離れていることもあってか、彼女は僕を子ども、よくて弟扱いすることがほとんどだった。まずは彼女に僕が男だと意識してもらわなければスタート地点にも立てない。だから無理矢理彼女の旅についていくことにしたのだ。それに彼女は迷惑を掛けたくないからと、一年後には僕から離れるつもりだろう。そんなことはさせない。僕はようやく巡ってきたこの機会を逃すつもりなどないのだ。
馬車が止まった。どうやら駅に着いたようだ。僕は彼女をエスコートするため、先に馬車を降りて手を差し出した。
「どうぞ」
「っ、ありがとう……」
彼女が一瞬戸惑った表情を見せたのは、まだ大人に成長した姿に慣れていないからなのか。それとも僕のことを少しでも男として意識してくれたのか。後者であれば嬉しいが、おそらく彼女の中の僕は五年前のままだろう。僕のことを早く一人の男として見てほしいが、焦って嫌われるのは避けたい。だからしばらくは今まで通りに接するように気をつけなければ。
列車乗り場へ移動し列車を待つ。少しすると目的の列車がやって来るのが見えてきた。
「列車が来ましたね」
「ええ。……カシウス、本当に一緒に来るの?あの列車に乗ったらしばらくここに帰ってくることはできないわ。だからもう一度考えて直しても」
「僕はあなたと一緒に行きます」
「……そう、わかったわ。これ以上何も言わない」
「ありがとうございます」
列車が停まり、扉が開く。降りる乗客を見送ったあと列車に乗り込む。先に列車に乗り込もうとする彼女の手を掴んだ。僕は彼女にこの国を出る前に一つだけ伝えたいことがあった。
「カシウス?」
「お願いがあります」
「お願い……?」
「一年後、ここに帰ってきたら僕と一緒に湖を見に行ってくれませんか?」
「湖って、あの?」
「はい。アナベルさんが忘れられないと言っていた湖です」
「構わないけど、あなたはもう何度も見ているんじゃないの?それなのにどうしてわざわざ私と……」
「まだ一度も見たことがないんです。あの湖はどうしてもあなたと見たくて」
「えっ」
「お願いします。あなたの思い出に残る景色をあなたの隣で見たいんです」
一年後、僕はそこで彼女に想いを伝えるつもりだ。僕は彼女の目を見つめた。すると彼女は視線を逸らしながらも、僕の願いを受け入れてくれた。
「……わかったわ」
「ありがとうございます!」
「っ、ほ、ほら!もう列車に乗らないと!後ろの人に迷惑だわ!」
そう言って彼女は僕の手を握り列車に乗り込んだ。彼女に引っ張られながら彼女の後ろ姿を眺める。彼女の耳がほんのりと赤く見えるのは怒っているからなのか、それとも照れているからなのか。そんな彼女を後ろから抱き締めたい衝動に駆られるが、それは許されない。
(彼女を必ず振り向かせてみせる)
そうして旅の始まりを告げるかのように、汽笛が空に鳴り響くのであった。
3,037
あなたにおすすめの小説
【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。
凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」
リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。
その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。
当然、注目は私達に向く。
ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた──
「私はシファナと共にありたい。」
「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」
(私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。)
妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。
しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。
そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。
それとは逆に、妹は──
※全11話構成です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。
だって、『恥ずかしい』のでしょう?
月白ヤトヒコ
恋愛
わたくしには、婚約者がいる。
どこぞの物語のように、平民から貴族に引き取られたお嬢さんに夢中になって……複数名の子息共々彼女に侍っている非常に残念な婚約者だ。
「……っ!?」
ちょっと通りすがっただけで、大袈裟にビクッと肩を震わせて顔を俯ける彼女。そんな姿を見て、
「貴様! 彼女になにかすることは許さんぞ!」
なんて抜かして、震える彼女の肩を抱く婚約者。
「彼とは単なる政略の婚約者ですので。羽目を外さなければ、如何様にして頂いても結構です。但し、過度な身体接触は困りますわ。変な病気でも移されては堪りませんもの」
「な、な、なにを言っているんだっ!?」
「口付けでも、病気は移りますもの。無論、それ以上の行為なら尚更。常識でしょう?」
「彼女を侮辱するなっ!?」
ヒステリックに叫んだのは、わたくしの義弟。
「こんな女が、義理とは言え姉だなんて僕は恥ずかしいですよっ! いい加減にしてくださいっ!!」
「全くだ。こんな女が婚約者だなんて、わたしも恥ずかしい。できるものなら、今すぐに婚約破棄してやりたい程に忌々しい」
吐き捨てるような言葉。
まあ、この婚約を破棄したいという点に於いては、同意しますけど。
「そうですか、わかりました。では、皆様ごきげんよう」
さて、本当に『恥ずかしい』のはどちらでしょうか?
設定はふわっと。
【完結】無能に何か用ですか?
凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」
とある日のパーティーにて……
セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。
隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。
だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。
ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ……
主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──
※ご感想・ご意見につきましては、近況ボードをご覧いただければ幸いです。
《皆様のご愛読、誠に感謝致しますm(*_ _)m
当初、完結後の番外編等は特に考えておりませんでしたが、皆様のご愛読に感謝し、書かせて頂くことに致しました。更新を今暫くお待ちくださいませ。 凛 伊緒》
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。
民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。
しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。
第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。
婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。
そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。
その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。
半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。
二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。
その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。
妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。
しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。
父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。
レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。
その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。
だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる