対ソ戦、準備せよ!

湖灯

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★連合艦隊エジプトへ★

【流星群】

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 11月21日、補給を終えた艦隊はエジプトを出発した。

 あとは無事に帰るだけ。

 目標は12月27日の午後に横須賀に寄港すること。

 午後と指定されているのは六曜の関係で、その日は「先負」の日にあたるから午前中は「凶」にあたる。

 面倒なのは遅れた場合で、28日の土曜日が「赤口」で翌29日が「仏滅」となるため、30日「先勝」の午前中まで帰港は許されないらしい。



 行きは各方面隊の分離や演習、それに晩餐会に招待された事もあって41日間を要したが、帰りは立ち寄る港や晩さん会に招待されることもないので36日間で帰ることは可能だろう。

 問題は日本に着いてからのことだ。

 到着したときに誰かが慰労会でも主催して居ようものなら……有難い事ではあるが、それをされると報告書を書く時間に余裕が無くなるのでちょっと困る。



 足の遅い補給船団を切り離せば1週間くらいは早く横須賀に帰港できるが、彼らもまた同じ艦隊の仲間だからそのようなことは出来ない。

 全ての艦が無事に帰ってこそ意味がある。

 これは六曜よりも重要なことなのだ。



 エジプトを出た次の日の夜、私は薫さんと一緒にデッキに出て “しし座流星群” を見るために体育館に改造された剣崎の格納庫に向かった。

 夜間に部屋から外に出ることは禁止されているが、その規約には “日本軍々人並びに、艦長の特別な指示のある場合を除き、選手・役員・政府関係・報道関係者は、許可なき居住区から外に出ることを禁じる” と書かれてある。

 幸い私たち2人の身分は共に大本営所属の軍人。

 今までは他の役員の手前、その特権を行使することはなかった。

 だがこの日、私たちは無性に二人きりで夜の星を見るという衝動にかられていた。



 他の人たちに気付かれないように静かに廊下を歩き、体育館の扉を開けると微かな月明かりが小さな窓から差し込むだけの暗い体育館の真ん中にポツンと背を向けて立っている薫さんが居た。

 つい数日前まではボール遊びなどで賑わっていた広い体育館には、もう誰も居ない。

 彼らは皆、家族のもとに帰ったのだ。

 窓から差し込む星の明かりが、まるで演劇の舞台効果のように薫さんの上半身だけを暗い闇の世界に映し出す。

 神秘的なその姿は、まるでこの世のものではない尊さや儚さを感じさせ、時を奪われたように私は近付くことも声をかけることも出来ずに目で薫さんを捉えていることしかできないでいた。

 利発なうえに機転が利き誰に対しても思いやりがある優しい薫さんの後ろ姿が、まるで迷子になり途方に暮れる小さな子供のように見えた。



 “未来に、戻ってしまうのか⁉”



 今まで気付かなかった。

 いや、気付こうとしなかった考えが、鋭い刃のように私の脳の殻を破る。

 タイムリープして、この時代に私を連れて来た彼女は、時と言う空間を自由に移動できるはず。

 二・二六事件を回避させ軍部による政治的圧力に屈服しない内閣を守り、盧溝橋事件を回避して日中戦争の火種を消し、ノモンハン事件でソビエトの侵攻を阻止して東京五輪も無事開催できた。

 私は彼らが求める通りに、平和な日本の礎を築くことに成功した。



 “もう、私の役目は終わったのか⁉”



 もしそうだとしたら、薫さんも柳生さんも、もうこの様に不便な過去の時代に留まる必要はない。

 どうしてこんな大事なことに気付かなかった⁉

 どうしてこんな当たり前の事を封印していた⁉

 私は、無能な自分を責めた。



 ふぅーっと風が流れたかと思うと、薫さんの顔がスローモーションのようにユックリと回る。

 微かな明かりの中で、その表情まではハッキリと窺い知ることは出来なかったが、星明りに照らされた彼女の大きな瞳はまるで深い森にある泉のように星々の灯りを湛えていた。



 私に気付いた薫さんが、音もなく近付いて来る。

 怖くて逃げ出したいのに私の両足は麻痺したように動かない。



 “時を止められているのか⁉”



 薫さんの白い腕が伸びて、しなやかな手が私の両方の頬に優しく添えられた。

 いつもは暖かく感じる彼女の手が、今夜は妙に冷たく感じる。



 キラキラと輝く大きな瞳が近付いて来て、私の目の前に来たとき彼女の瞼が瞳の中に浮かぶ彼女の秘密を隠す。

 私は目を大きく見開いたまま、探れない彼女の秘密に狼狽える。

 次の瞬間、薫さんの唇が私の唇を捕らえた。



 手の冷たさとは違い柔らかくて温かく心地よい唇は、まるで麻酔のように高ぶっていた私の感情の壁を壊して中に入り込み心を揺さぶる。

 私は母親に甘える子供みたいに素直にそれを受け止めた。



「さあ、行きましょう」



 唇を離した彼女の言葉が、まるで魔法を解くカギのように私の思考を元に戻した。



「ど、どこに……」



 その先の言葉を出すのが怖くて躊躇していた私に薫さんが言った。

「デッキに出て流星群を見る約束でしょう」と。

 私は薫さんに手を引かれるまま、一緒にデッキへと向かった。



 デッキに出ると、まさに満天に散りばめられた星々が私たちを迎えてくれた。

「まあ!凄い!! あっ!流れた!!」

 目の前にいる薫さんは体育館で見た神秘的な薫さんではなく、無邪気に蛍と戯れる子供のように流れる星たちを追っていた。

「見て!見て! ほら、あそこ!あそこにも!!」

 私は薫さんの指さす方向に振り回されるようについていた。



「薫さん、追いかけても流れ星は、蛍みたいに取れないよ」

「取る?」

「だって、取る気満々でしょう?」

「違うの。取る気満々のように見せかけているだけよ」

「見せかけているだけ?」

「本気で追う姿勢を見せないと、彼らだって遊んではくれないでしょう!?」



 活発な薫さんらしい発想。

 でも追われる星々に人間の感情なんて通じない。

 そう思っているとき、急に夜空が明るくなった。

「おぉ~! あれは火球じゃない??」

「ほんとだ」



「ほらね!」

「ほら?」

「私が本気で遊んであげていたから、ご褒美に火球が来たのよ!」



 薫さんは、そう言って威張っていたが、流れ星の殆どは生命のない星の欠片。

 だからサービス精神も感情も無い。

 でも何だか薫さんの言うことの方が正しいような気がして、私は無性に可笑しくなり薫さんと二人して子供のように流れ星を追っていた。
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