【R18】悪役令嬢は婚約者に囲われる。 (婚約者×悪役令嬢 R18短編集)

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【第四章】ジェード×ノワール編

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「……それが、君の答え?」

「…え?」

ジェードの刺すように冷たい声に、弾かれるように顔を上げた。彼の顔を見て、ノワールは目を見開き、呼吸を止める。
怒鳴られたわけでもないのに、全身がこわばった。彼の瞳の奥にある感情が、重く圧し掛かってくる。


「僕は浮気の理由を聞いてる。なのに君は…まるで物語みたいな話を持ち出して、どうしたいんだ」


ノワールはかすかに眉を寄せた。
そう言われることは分かっていた。理解されないことも、信じてもらえないことも。でも、それでも。

「私は、本当のことを……」
「まるで前に別の人生があったかのように? 世界の成り立ちが見えてるかのように話して。それ、本気で言ってるの?」

「…信じて、とは言えないわ…。」
「…馬鹿げてる。」


窓の外に視線を投げながら、彼が続ける。


「そんな妄言、誰が信じるんだ。僕を散々裏切っておいて、それが僕に嫌われたくなかったから?だったらッ、だったら…、始めから僕を頼ればよかったじゃないか!助けてって、僕に言えばよかった!」

「ひどいよ、ひどいよノワール。僕に気なんてないくせに。僕のことなんてどうでもいいくせに。なんで、なんでそんな言い草するんだよ…」


ぼろりと、ジェードの大きな瞳から雫が溢れる。
感情が堰き止められなくなった彼は胸を強く抑えながら息を乱す。自分で感情を抑え込もうとしても、とっくに慣れたはずのことが今は全く上手くいかない。


「君がそう言うなら、きっとそうなんだろうって思ってしまう。僕を避け続けた理由が、僕に嫌われたくなかったからなんて理由なら許してしまいそうになる…ッ」

「…ジェー、ド……」

「君が好きだった。僕の手を引いていつも微笑んでくれる君を見て安心していた。なのに急に手を振り解かれて顔さえ見せてもらえなかった僕の気持ちが君に分かるか?やっと、やっと顔を合わせて話ができるのに、それが君が僕を裏切っていた話なんて、知りたくなかった、聞きたくなかった。こんななら…前のまま白い婚約で僕はよかった。」


ぼろぼろと感情を溢れさせるジェードを前にノワールは何もできず、ドレスの布を握りしめていた。
涙を溢れさせ前のめりに話す彼の勢いに圧倒され、言葉が出てこない。
涙を拭ってやりたい、手を握ってやりたいと幼いときの私が言うのに、彼を悲しませた私自身はそれを出来ずにただ彼を見ているだけ。 


「何のためにそんな話をしたの…?浮気を誤魔化すために空想を持ち出したって思われても仕方ない。そんなの自分でもわかってるだろ」

痛いところを突かれたように、ノワールは唇を噛んだ。
彼の言葉は残酷なほど正しかった。けれど、それでも。

「……信じてなんて言わない。言えない…。私だって、変なこと言ってるって分かってる。でも……それでも、あなたには、話したかった」

「だったら、信じさせてよ…!君が誰にも言えなかったこと、隠していたこと、全部話して、証明してよ…。」


ノワールは、また迷った。
けれど、もう逃げ場はなかった。
たとえ信じてもらえなくても、否定されても、もう全部を伝えるべきだと思った。
今度こそ、自分の口で。







「……私は、五歳のとき、すべてを思い出したの」

「私ね、元の世界ではただの会社員だったの。毎日、朝から晩まで仕事に追われて、満員電車で押し潰されながら、誰かに褒められるわけでもなく、生きていた。疲れて、擦り切れて、毎日が終わるだけの日々」

「おかしいわよね。人生やり直せるなんて、そんなの、現実にあるわけないのに。でも、私は、嬉しかった。物語の中に入ったみたいで、全部が新鮮で、きらきらしてて……」


ー…何より、貴方が側にいたから。
その言葉は、彼に縋るような言葉は声にすべきではないと飲み下した。
少しの沈黙のあと、ノワールが続ける。


「…でも、幸せも婚約が決まるまでだった。あのとき、私たちが交わした婚約は、ただの政略結婚なんかじゃなかった。国王様からの勅命。聖女様が真に出会うべき相手たちに、他の誰かが近づかないようにするための、“壁”としての婚約」


ジェードの眉がわずかに動いた。
ノワールは、続ける。


「私たち、勅命を受けた女性達にはこう知らされたの。婚約者に愛されてはいけない。婚約者は将来聖女様と惹かれ合うから、それまで他の女性に目移りしないように見張りなさい。このことは誰にも話してはいけない。と。」

「……それを、信じろって…?」


ふるふると、幼子のように首を振り否定を示すノワールだが、ジェードはもう分かっていた。嘘つきな彼女の″信じなくていい″は″信じて欲しい″。何度も絵空事のような話しをするのは″それ″が彼女の中では間違いようもなく真実だから。


「ごめんなさい。…あなたが怒るのは当然だと思ってる。私は、あなたに何も伝えないまま逃げた。あなたを裏切って、浮気もした。言い訳になんてならない。ただ、誰かに寄りかかりたかったの。全部があまりにも重すぎて、誰かの体温に救われたかった」


視界がぼやける。涙が滲んでいた。


「……あの頃のあなたは、優しかった。あたたかくて、まっすぐで、幼いながらに私の居場所になってくれてた。だからこそ、こんな形で傷つけてしまったことが、本当に……ごめんなさい」


頭の奥が、シンと痛む。
ああ、ノワールは、全部終わらそうとしているんだ。と理解できた。
言えないこと、全部話して、
全部認めて、頭を下げて、
僕に嫌われて、僕の前から居なくなろうとしている。
それが″未来″だと悟った顔をしている。

なんで、
言葉にならない絶叫が喉を焼き尽くす。
なんで、なんで、なんで、なんで、
未来も何もかも分かった顔して、
僕のこと平気で裏切って、
自分だって辛かったなんて顔をして、
その上僕からまた離れようとしている。

僕の気持ちは考えなかったの?
今も、僕の気持ちは考えてくれないの?

未来が決まっているなんてそんなはずがない。
だって、君は僕が君を手放すなんていうけれど、こんなに君のことが嫌いになっても手放す気になんてなれない。

勅命婚約で、女性陣は男性陣から愛されてはいけなかった?
なら、スカーレット嬢はどうなんだよ。
彼女はクリス殿に日夜愛を捧げて彼を追いかけ回してたじゃないか。
スカーレット嬢が特殊だったのかもしれない、だとしても、
なんで、君はそうしてくれなかったの…。


溢れる涙はいつのまにか止まり、霞む視界でノワールを見た。
罪人のような顔をして静かに目を伏せる彼女は昔見た彼女のまま慎ましく座っていて、頭の奥で僕が僕を止めようとするのを殴り飛ばした。


もう、いいや。

だって、君が悪いんだもん。




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