おとぎ話の結末

咲房

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恋人の距離

鴻鵠の志を知らんや

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 急に眠気に襲われた僕が次に目を覚ましたら、そこは自分の部屋だった。僕はソファーで先輩に膝枕されてて、先輩は物思いに耽って窓の外を見ていたけど、僕が起きたことに気付くとすぐににっこりと笑った。

「起きた?おはよ」
「おはようございます。先輩が連れて帰ってくれたんですか?重かったでしょ、ゴメンなさい」
「ちっとも重くなかったよ。もっと太んなきゃ。よく寝てたから勝手に上がらせてもらったよ」

 時計を見ると三時間くらいしか経っていなかった。あれから高村さんとの話し合いは無事に済んだのかな。凄く怒ってたけどなんでだろう。勝手に鎖を切ってもらったから?

「高村さんに説明してくださったんですよね。納得してもらえました?」
「うん。納得してたよ。君に酷いことしてたって反省してた」
「そうなんですか。良かった。じゃあ先輩は何でそんな顔してるんですか?ほかに何か気になる事でもあったんですか」

 先輩は少し苦しそうに僕を見てたんだ。

「ううん、ただの自己嫌悪」
「自己嫌悪?」
「うん。晶馬くんは自分が急に寝てしまったのが何故だか分かってる?」
「多分。先輩が暗示か何かを掛けたんですよね」

稀少種は存在からして僕達と違う。人智を超えた知能と身体能力を持つ彼らは、時に異能をも使うという。運命という目に見えないものすら断ち切った先輩だもの。いまさら何が出来ても驚かない。

「そう。君に僕の持つ力を使って眠らせたんだ。あの時の高村くんは自分のものだと思ってた晶馬くんが裏切ったと勘違いして興奮してて、君に手を上げる恐れがあったからね。それに彼はαアルファだ。Ωオメガの君に説得をされても納得するとは思えなかった。だから僕が言う方がいいと思ったんだ。それにね、僕は君を酷い目に合わせた彼が許せなくて、どうしてもひと言言いたかったんだ。でもちょっと強く言い過ぎたかも。高村くん泣いちゃった。あはは」

 嘘でしょ、あの高村さんが泣いた?先輩何言ったんだろ。怖すぎて突っ込めないよ……

「晶馬くんに力を使ったのはこれで二度目だ。一度目は運命の鎖を切った時。力を使って君の意思を誘導して、鎖を切る意思を固めさせた。そして、切った鎖を君と僕のあいだに繋ぎ直した」
「ああ、あの時ですね。力を使っていただいて感謝してます。あの時僕は追い詰められてたけど、ああでもされなきゃ先輩につがいにして欲しいとは言えなかったと思うので。今回だって僕の安全を心配して眠らせてくれた訳ですし」
「それでも君の意志を操ったことに変わりはない。僕は晶馬くんを支配したい訳じゃないんだ。君に力をあまり使いたくない」
「支配だなんて大げさな」
「ううん、支配だよ」

 はぁ。
 先輩はうな垂れて大きなため息をついた。

「晶馬くんが僕に電話してきた時、君は精神的に追い詰められて助けを求めるように誘導せざるを得ない状況だった。だから力を使ったけど、心の奥底では君を意のままに操れることに喜んでたんだ。これで君が自発的に番になるって」
「自発的に?」
「うん。自ら望んでって事だよ。僕は、君が高村君と出逢う前から君の事をいいなって思っていたから、将来的にはお付き合いをお願いして、それから番になってもらおうと考えてたんだ」
「えっ、そうだったんですか?」

 そんなのちっとも知らなかったよ。

「だからね、晶馬くんが高村君と出逢わなければ僕はそのうち告白をしたんだけど、きっと君は付き合うことも番になることも躊躇ためらったと思う。晶馬くんは僕の好意を嬉しく思ってくれても、自分に自信がなかった君は、僕にはもっと相応しい人がいる筈だって身を引こうとしただろう。でも僕は晶馬くん以外は考えられなかったから、グイグイ迫って僕をつがいに認めさせた筈なんだ。そんな強引な付き合い方は強制と一緒だよ。だってΩはαに逆らえないんだもの。君が僕を好きになってもそれじゃあ本当の意味で君が手に入ったとは言えない。そんな始まり方をしたら、いつか絶対ふとした瞬間にひびが入る。
でも今回君は追い詰められていた。極限状態だったから、いつもだったら押し殺す自分の希望を素直に吐き出したんだ。僕は君の希望を聞くという形で君を手に入れることが出来た。押し切る形じゃなくて君自身に望まれてつがいになれたんだ。こんなにラッキーなことはない。僕は転がり込んだ幸運に拍手喝采をしたね。
……そういう訳で、君に力を使いたくないと思いながらも、その力のおかげで君の番になれた。あの時は自分が力を使える稀少種で本当に良かったと心から喜んで、そう考えた自分に落ち込んでしまったんだ。だというのに、今日もまた君に使ってしまった。君の安全を確保したかったのも本当だけど、それが一番の目的じゃない。本当はα同士の話し合いを聞かせたくなかったんだ。恐ろしい己の姿を見せて怯えさせたくなかった。またしても自分の都合で君に力を使ってしまった」

 トン。

 項垂れた先輩が体重をかけないように僕の肩に凭れ掛かってきた。反省してしょんぼりしてる大型犬みたいだ。

「でもそれは僕に必要なことだったんでしょ。先輩はいつだって僕の為に行動してくれてるもの」

 思い返せばいつもそうだ。何度も励まして、いくつも救いの手を用意してくれた。魔法のポケット、魔法の鏡、魔法の子馬。おかげで僕の周りは魔法だらけだ。

「怖い顔をしても力を使っても、それはきっと僕の為なんだ。僕は何度もそれを見てきた。だから李玖先輩が何をしても、僕はあなたを信じていられる」
「!」

 先輩は目を見開いて僕をまじまじと見た。そんなにびっくりすること言ったかな?
 眉間にしわが寄って、また苦しそうな顔になった。

「うん。勝手な思いだけど、高村君との話は聞かせない方がいいと思ってやったんだ」
「先輩、高校で習った漢文覚えてますか?
 " 燕雀えんじゃく いずくんぞ鴻鵠こうこくこころざしを知らんや " 
  直訳は小さなすずめつばめがどうして大きな鳥の考えを知ることが出来るというのだ、出来はしない、でしたね。小さな存在には大いなる者の偉大な考えは想像すら出来ない、という意味でした。
 李玖先輩は鴻鵠なんです。Ωやβといった平凡な僕達に、どうしてαの上位種である先輩の考えが理解できるというんでしょう。きっと僕達には想像もつかない深い考えと計算がある筈なんです。例えそれが分からなくても、僕は先輩の行動が僕達の為だって知っている。だからこの先、先輩は僕に告げられない事があってもそれを気にしなくていいんですよ。貴方の行動にはちゃんとした理由があるって分かってるから。僕は、貴方がすることなら全て受け入れられる」
「晶馬くん……」

 苦しそうな顔は泣きそうな顔にも見える。
 泣きたいの?
 何故だかそう思えて無意識に彼の頭を抱え込んだ。柔らかな髪にそっと触れると、腕の中からくぐもった声がした。

「晶馬くん……」

 先輩に抱きしめられた。抱きこまれた腕が強くて、まるで先輩が僕に縋ってるみたいだ。

「僕は、本当になんて素晴らしい子を番にしたんだろうね。君に巡り会えたのは奇跡だ。ああ......僕はこの先、もう何があっても独りじゃないんだ......。晶馬くん……晶馬くん、愛してる。僕をつがいにしてくれてありがとう」

 ええっ、いきなり何で?

「僕、普通の事しか言ってませんよ?」
「君の普通が僕にとって特別だっただけだよ。もう。これ以上惚れさせてどうするんだよ。悪いけど僕、君が好きすぎてヤンデレになりそう」

 怖いですって!先輩ヤンデレ似合いそうだから止めてください!
 顔を上げた至近距離から晴れやかな笑顔で笑い掛けられたけど、僕は恐怖とトキメキの両方で心臓がばくばくになった。
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