おとぎ話の結末

咲房

文字の大きさ
52 / 81
旅の終わり

〈 side.藤代 〉 ビューティフル・ドリーマー

しおりを挟む
 
「もう独りじゃないよ。おいで」

 巣の中の宝物たちをベッドの上部に移動させ、僕は晶馬くんを中央に座らせた。四隅よすみの飾り房のあるタッセルを解くと光沢のあるなめらかなシルクがスルッとすべり、それからシフォンとレースの柔らかな波が幾重いくえにも広がる。

「これでふたりぼっちだ。僕たちの他は何もない。怖いものは……ほら、もうない」

 僕は隙間をピタリと閉じた。
 晶馬くんの匂いに合わせ、花々をベースに調合した香りが空調の柔らかな風に乗って部屋に広がる。

 この空間は、僕からつがいへの最初の贈り物だ。
 僕のつがいは運命に弄ばれ、ずっと辛い発情期ヒートを過ごしてきた。運命の相手には発情期ヒートのたびに体だけでなく心もボロボロにされ、僕が鎖を断ち切ろうと無理やりこじ開けた体は断末魔の悲鳴をあげた。晶馬くんはこれまで一度も幸せな発情期ヒートを経験していない。
 この先、二度と辛い時間になって欲しくない。怯えずに迎えて、穏やかな気持ちで僕と甘く幸せな時間を重ねて欲しい。そう思って発情期ヒートが来たら一緒に篭るこの部屋を別世界に作りあげた。

 幾重にも重なる柔らかなドレープの波とその下に広がる繊細なレースカーテン。カーテンには可愛らしい草花が刺繍され、ふんだんに使われているペリドットやピンクダイヤ、インペリアルトパーズ、アクアマリンといった透明度の高い宝石がキラキラと輝いている。淡いグリーンの光で浮かび上がった銀糸の模様の上で輝く様子は、まるで可憐な草花がそよ風に揺れているようだ。
 ベッドの足元には手刺繍が美しい円柱型をした羊皮のスツール、座面が幅広でゆったり横になれるアンティークの長椅子、その椅子の上にはアラベスクの刺繍にタッセルがついたクッションがある。床に広がる毛の長いラグは遊牧民族の手織りの品だ。
 夜には、螺旋状に連なったトルコランプの灯りが、ステンドグラスのように壁に幻想的な幾何学模様を浮かび上がらせる。
 トパーズ、マラカイト、カルサイト。香花嶺フローライト、ベラクルス産アメジスト、その他たくさんの星々がランプの拡散する美しい光の中でまたたく。

 願いはあの星々に掛けて。君の魔法使いが叶えにいくよ。
 どうかな?晶馬くん。気に入ってくれた?

 晶馬くんは天上の星々を見上げて目をしばたたかせた。頬を撫でる香りに気持ち良さそうに深呼吸し、ゆっくり周りを見回したあと、僕を見て溢れんばかりの笑顔になった。

 なんて幸せそうに笑うんだろう───

 僕の目は晶馬くんに釘付けになった。
 しばらく見とれているうちにドクドクと鼓動が跳ね始め、胸の奥に熱い塊が出来てどんどん大きくなり、じっとしていられない程になった。
 抱きしめて覆って隠して誰にも見られないよう宝箱に閉じ込めたい。そう思う反面、この子を全世界に僕のものだと宣言して自慢したくもなる。いきなり湧き上がり、制御できない感情に僕自身が驚いた。
 僕は今、また恋に落ちたんだ。

 そのうち晶馬くんは何かに気付いたように鼻を少し上に向けて、辺りの匂いを嗅ぎだした。出どころを探しているみたいだ。僕の胸にも収まってまたクンクンと嗅いだ。そして見つけたと言わんばかりに見上げて笑った。
 あれ?この匂いは僕から出てるの?
 思いがけない仕草に僕も笑った。
 晶馬くんはそのまま腕の中に収まってもぞもぞとしていたけど、そのままじっとしていると胸元でくぅ、くぅと規則正しい寝息が聞こえ始めた。
 僕は晶馬くんを抱いたまま、起こさないように織り込まれた毛布を片手で巣からそっとほどいて晶馬くんと二人でくるまった。

 可愛い、可愛い晶馬くん。
 僕の腕に眠る愛しいつがい
 君がこの笑顔を見せてくれるなら僕は何でもする。

 僕も晶馬くんと一緒だ。好きすぎて君を失うのが怖い。
 今なら番に執着する稀少種の気持ちが分かる。
 晶馬くんを失うくらいなら世界中を敵に回してもいい。
 神にも、誰にも晶馬くんは渡さない。
 もし奪うというのなら、世界を壊してもいい。

 僕が物騒な思いに囚われていると、腕の中の晶馬くんがぶるぶると震えだした。眠りながらも本能が物騒なオーラを察知したのだ。
 ハッとして気配を散らしたが、顔をあげた夢うつつの目がゆっくりと僕の金の目を捉えた。

「あ……」

 異能を魔法と呼ばせても人ならざるオーラは隠せない。
 優しい魔法使いの「先輩」なら受け入れても、緻密な計算を組み立て、冷酷な判断を下す「私」を受け入れることは果たして出来るのだろうか。
 夢うつつの今なら偽らざる心が見える。「私」は稀少種の声で問うた。

「私が恐ろしいか?」
「リ……」

 ガタガタと震えている。

「リィ……リィ……」

 その姿に、不快な感情が湧き上がり、胸に黒いもやが広がった。
 この時、金の瞳をした「私」は、生を受けて初めて不安と恐怖の感情を知った。ヒエラルキーの頂点であり、世界を高みから見ている稀少種である「私」の部分でさえ、この子に嫌われるのは恐ろしいらしい。
 この子は「私」が恐れる世界で唯一の存在になった。

「リィリィ、リィリィ」

 少しすると、彼に笑顔が戻った。

(怖くない、僕怖くないよ)

 そう言わんばかりにあちこちにキスを始める晶馬くん。肩にあごを乗せ満足そうな息を吐き、そのまま体を伸ばして後ろ髪に啄むようなキス、額にキス、鼻にキス、頬にキス。胸元にもキス。

「くすぐったいよ、晶馬くん」

 笑いながら泣きたくなった。
 ふと晶馬くんが自分の手足を見て、初めて気付いたように僕を見た。

「りぃ」

 柔らかく首に抱きつかれ抱きしめられて大事そうに名前を呼ばれた。触れるだけだった啄みのキスが、柔らかな舌が触れ合う甘く濃い口付けになった。

(ほらね。怖くなんかない。だってあなたは僕の魔法使いだ)

 そうだ、晶馬くんはいつだって「藤代李玖」の全てを受け入れてきた。
 今、僕の瞳は何色だろう。どっちだっていい。
 僕は首から後ろに回した晶馬くんの指でゆっくりと髪を梳かれながら、二人だけの世界で夢見るように幸せなキスをした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あの部屋でまだ待ってる

名雪
BL
アパートの一室。 どんなに遅くなっても、帰りを待つ習慣だけが残っている。 始まりは、ほんの気まぐれ。 終わる理由もないまま、十年が過ぎた。 与え続けることも、受け取るだけでいることも、いつしか当たり前になっていく。 ――あの部屋で、まだ待ってる。

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

処理中です...