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旅の終わり
〈 side.藤代 〉 ビューティフル・ドリーマー
しおりを挟む「もう独りじゃないよ。おいで」
巣の中の宝物たちをベッドの上部に移動させ、僕は晶馬くんを中央に座らせた。四隅の飾り房のあるタッセルを解くと光沢のある滑らかなシルクがスルッとすべり、それからシフォンとレースの柔らかな波が幾重にも広がる。
「これでふたりぼっちだ。僕たちの他は何もない。怖いものは……ほら、もうない」
僕は隙間をピタリと閉じた。
晶馬くんの匂いに合わせ、花々をベースに調合した香りが空調の柔らかな風に乗って部屋に広がる。
この空間は、僕から番への最初の贈り物だ。
僕の番は運命に弄ばれ、ずっと辛い発情期を過ごしてきた。運命の相手には発情期のたびに体だけでなく心もボロボロにされ、僕が鎖を断ち切ろうと無理やりこじ開けた体は断末魔の悲鳴をあげた。晶馬くんはこれまで一度も幸せな発情期を経験していない。
この先、二度と辛い時間になって欲しくない。怯えずに迎えて、穏やかな気持ちで僕と甘く幸せな時間を重ねて欲しい。そう思って発情期が来たら一緒に篭るこの部屋を別世界に作りあげた。
幾重にも重なる柔らかなドレープの波とその下に広がる繊細なレースカーテン。カーテンには可愛らしい草花が刺繍され、ふんだんに使われているペリドットやピンクダイヤ、インペリアルトパーズ、アクアマリンといった透明度の高い宝石がキラキラと輝いている。淡いグリーンの光で浮かび上がった銀糸の模様の上で輝く様子は、まるで可憐な草花がそよ風に揺れているようだ。
ベッドの足元には手刺繍が美しい円柱型をした羊皮のスツール、座面が幅広でゆったり横になれるアンティークの長椅子、その椅子の上にはアラベスクの刺繍にタッセルがついたクッションがある。床に広がる毛の長いラグは遊牧民族の手織りの品だ。
夜には、螺旋状に連なったトルコランプの灯りが、ステンドグラスのように壁に幻想的な幾何学模様を浮かび上がらせる。
トパーズ、マラカイト、カルサイト。香花嶺フローライト、ベラクルス産アメジスト、その他たくさんの星々がランプの拡散する美しい光の中で瞬く。
願いはあの星々に掛けて。君の魔法使いが叶えにいくよ。
どうかな?晶馬くん。気に入ってくれた?
晶馬くんは天上の星々を見上げて目を瞬かせた。頬を撫でる香りに気持ち良さそうに深呼吸し、ゆっくり周りを見回したあと、僕を見て溢れんばかりの笑顔になった。
なんて幸せそうに笑うんだろう───
僕の目は晶馬くんに釘付けになった。
しばらく見とれているうちにドクドクと鼓動が跳ね始め、胸の奥に熱い塊が出来てどんどん大きくなり、じっとしていられない程になった。
抱きしめて覆って隠して誰にも見られないよう宝箱に閉じ込めたい。そう思う反面、この子を全世界に僕のものだと宣言して自慢したくもなる。いきなり湧き上がり、制御できない感情に僕自身が驚いた。
僕は今、また恋に落ちたんだ。
そのうち晶馬くんは何かに気付いたように鼻を少し上に向けて、辺りの匂いを嗅ぎだした。出どころを探しているみたいだ。僕の胸にも収まってまたクンクンと嗅いだ。そして見つけたと言わんばかりに見上げて笑った。
あれ?この匂いは僕から出てるの?
思いがけない仕草に僕も笑った。
晶馬くんはそのまま腕の中に収まってもぞもぞとしていたけど、そのままじっとしていると胸元でくぅ、くぅと規則正しい寝息が聞こえ始めた。
僕は晶馬くんを抱いたまま、起こさないように織り込まれた毛布を片手で巣からそっと解いて晶馬くんと二人で包まった。
可愛い、可愛い晶馬くん。
僕の腕に眠る愛しい番。
君がこの笑顔を見せてくれるなら僕は何でもする。
僕も晶馬くんと一緒だ。好きすぎて君を失うのが怖い。
今なら番に執着する稀少種の気持ちが分かる。
晶馬くんを失うくらいなら世界中を敵に回してもいい。
神にも、誰にも晶馬くんは渡さない。
もし奪うというのなら、世界を壊してもいい。
僕が物騒な思いに囚われていると、腕の中の晶馬くんがぶるぶると震えだした。眠りながらも本能が物騒なオーラを察知したのだ。
ハッとして気配を散らしたが、顔をあげた夢うつつの目がゆっくりと僕の金の目を捉えた。
「あ……」
異能を魔法と呼ばせても人ならざるオーラは隠せない。
優しい魔法使いの「先輩」なら受け入れても、緻密な計算を組み立て、冷酷な判断を下す「私」を受け入れることは果たして出来るのだろうか。
夢うつつの今なら偽らざる心が見える。「私」は稀少種の声で問うた。
「私が恐ろしいか?」
「リ……」
ガタガタと震えている。
「リィ……リィ……」
その姿に、不快な感情が湧き上がり、胸に黒いもやが広がった。
この時、金の瞳をした「私」は、生を受けて初めて不安と恐怖の感情を知った。ヒエラルキーの頂点であり、世界を高みから見ている稀少種である「私」の部分でさえ、この子に嫌われるのは恐ろしいらしい。
この子は「私」が恐れる世界で唯一の存在になった。
「リィリィ、リィリィ」
少しすると、彼に笑顔が戻った。
(怖くない、僕怖くないよ)
そう言わんばかりにあちこちにキスを始める晶馬くん。肩にあごを乗せ満足そうな息を吐き、そのまま体を伸ばして後ろ髪に啄むようなキス、額にキス、鼻にキス、頬にキス。胸元にもキス。
「くすぐったいよ、晶馬くん」
笑いながら泣きたくなった。
ふと晶馬くんが自分の手足を見て、初めて気付いたように僕を見た。
「りぃ」
柔らかく首に抱きつかれ抱きしめられて大事そうに名前を呼ばれた。触れるだけだった啄みのキスが、柔らかな舌が触れ合う甘く濃い口付けになった。
(ほらね。怖くなんかない。だってあなたは僕の魔法使いだ)
そうだ、晶馬くんはいつだって「藤代李玖」の全てを受け入れてきた。
今、僕の瞳は何色だろう。どっちだっていい。
僕は首から後ろに回した晶馬くんの指でゆっくりと髪を梳かれながら、二人だけの世界で夢見るように幸せなキスをした。
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