おとぎ話の結末

咲房

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それぞれの明日

私だけの十字架・1

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 し

  ょ

 う

 ま

 !


 晶馬が突き落とされた。

 ダッ!

 俺は落ちてくる晶馬を受け止めるべく、勢いをつけて落下地点へと駆け出した。

 晶馬。

 散々苦しんできた晶馬。お前を傷つけるものは許さない。
 これ以上お前に傷ひとつ付けさせない──




「これ、もらって欲しくて」

 晶馬から会いたいと連絡が入って呼び出された場所へ行くと、これまでの礼を言われて謝罪をされた。
 差し出した晶馬の手の平に乗っていたのが、水晶で作られたこの子馬だ。
 俺はコレを知っていた。晶馬がまだ俺の相手だった時、から渡されていた。それを偶然通りかかった俺は見ていた。

『幸運をもたらす魔法の子馬だよ。水晶だから魔除けになる。悪いものを取り払って、馬の速い足で幸運を運んできてくれる』

 藤代はそう言ってこの子馬を晶馬に渡し、こいつは階段の下に隠れ、胸に握りしめて泣いていた。

『先輩……』

 うずくまって忍び泣きする姿が甦る。

「魔法の子馬です。僕はいま幸せだから、次は高村さんに幸運を運んで欲しくて」

 ハイ、と手渡される。バカかお前は。こんな大事なもん俺によこすなよ。

「ラッキーアイテムってか。これ何?水晶?高く売れるなら確かにハッピーになれるな」
「信じてませんね?ホントなんですよ、大事にしてあげてください」

 ご利益があるのは分かってる。俺にはこんな安らいだ顔を一度たりとも見せたことがないからな。体は快楽に染まっていても、いつも不安と怯えでギリギリの様子だった。

「ふん、安物っぽいから売らねえよ。宝くじ買ってコイツに括っとくさ」

 あんなに酷い目に合わせてたのに、まだ俺の幸せを願うなんてどこまでお人好しなんだよバカ晶馬。

「じゃあ、もう行きますね。早く次の彼女さん見つけて下さい」

 ぺこりと頭を下げて来た道を戻っていく。

「晶馬!」

 晶馬が途中で振り返る。
 想いが溢れかえって喉までせり上がっているのに、何ひとつ言葉にならなかった。
 いまさら何を言えるんだ。謝罪か?感謝か?愛を伝えるのか?
 そんな資格が俺にあるものか。それにこの晶馬は、俺のつがいだったアイツじゃない。

 匂いが違う。瞳に篭る熱が違う。俺に見せてた表情が違う。
 俺の番は、俺に見殺しにされて死んだのだ。

「……元気で。旦那と仲良くやりな」
「はい!高村さんもお元気で」

 これで本当にさよならだ。バイバイ、晶馬。




 晶馬から発情期ヒートの呼び出しがあった時、俺はあいつの元に行かなかった。いや、行けなかったのだ。
 ヒートの最中に藤代の名前を呼ばれたら、子馬に視線でも向けられたら、俺は意地もプライドも頭からすっ飛ばしてその場で晶馬を殺すだろう。それが容易に想像できた。どす黒く染まる自分が怖かった。その闇がどこから湧き出てるのか分かりたくない。だからあいつの元には行けなかった。
 今なら認められる。闇はあいつへの執着だった。憐憫を滲ませる目にイラついて覆っても、その優しさに心の傷は慰められていた。運命に言わされていると分かっていても体を求められれば自尊心が満足し、自己肯定感に酔いしれた。自分はアイツを好き勝手に扱っておきながら、心なんてひと欠片も与えなかった。だというのにらあいつが差し出したものは全て貪った。


 かつて、俺はΩに利用されて捨てられた。
 私立の名門学校に通っていた俺は、そこで神童だ、創設以来の天才だともてはやされていた。俺自身も自分を特別な存在だと思っていた。そんな時に皆の憧れだった教師に愛を囁かれ、かけひきを知らなかった俺はそいつと大恋愛をした。男のΩだったそいつに全てを捧げ、一生守り続けようと決心した。だが俺が愛だと思っていたものはまやかしだった。その教師はあっさりと俺を捨て、年商十億の実業家に乗り換えた。そいつにとって俺は自分の地位を上げるための道具に過ぎなかったのだ。
 その後、俺は荒れて素行不良となり転校した。教師は裕福層のαを取っかえ引っ変えして渡り歩いていると風の便りに聞いていた。
 だが数年後、そのΩが廃頽的な雰囲気で水商売のようなケバさを纏い、再び俺の前に現れた。

『アイツ、許さない……高村くん、また付き合ってあげる。僕のこと今でも好きでしょ、この体自由にしていいんだよ』

 反吐が出た。昔も今もコイツはαを利用することしか考えていなかった。こんなやつに憧れて、のめり込んでいたのか。

『ざけるな、俺は巨乳のオンナが好きなんだよ。お前がどうしても抱いてくれっていうから胸のない男でも我慢して抱いてやってたんだ』
『なっ、』
『年取って自慢の美貌も衰えやがって。抱いてほしけりゃ整形で爆乳作ってから来いよな、オジサン』
『この、落ちぶれたガキが。今のお前なら自慢にもならない。もう要らないわ』
『はん、哀れだね、誰にも振り向いてもらえないからここに来たんだろ』
『あんっ。高村くんったらぁ』

 俺はそこらにいた女の、これみよがしに強調されたスイカのようなチチを鷲掴んだ。

『っ、くそガキ、お前はその掃き溜めがお似合いだよ。せいぜいヤリマンと仲良くしてな』

 それからの俺は、不良とつるむちゃらんぽらんなαとなった。ウザいΩに付き纏われるよりよっぽどいい。俺もΩを使い捨ての道具としか思わなくなっていた。楽しいことだけに使えばいいのさ。
 別に乳が好きなわけじゃない。だがそう言っとけば男は来ない。大学に進学してもテキトーにオンナの尻を追いかけ回せばいいのさ。

 だというのに運命は俺をあざ笑った。

(また男かよ!)

 出会ってすぐに分かった。こいつが俺の運命の相手だ。
 揉みしだく胸は見当たらず、抱きごこちも悪そうに痩せている。連れ歩いて見栄えする容姿もない。色気ゼロで世間知らずそうなガキだった。完全にハズレだ。つるんでた仲間もゲラゲラ笑っている。カッと頭に血が上った。
 神までも俺をバカにするのか!ふざけるな。
 ハァッとため息が出た。
 いいよ、アンタがその気なら、この貢ぎ物をもらってやるよ。可哀想にな、お前。ハズレのαおれを引いちまって。でもいいだろ、互いにハズレだ。出会ったのが不運だったのさ。親でも神でも世界でもなんでもいい、好きなものを選んでΩに生まれた恨み言を言え。

 俺はコイツを自分のいいように扱った。どう足掻いても互いに運命からは逃れられない。最後は諦めてつがわなければならないなら、それまでは運命に逆らって悪あがきしても構わないだろ。どうせコイツもΩだ。αを利用するクズだ。
 好き放題してたから、すぐにコイツが俺の悪口を言いふらすと思っていた。だが、ちっともそんな噂は聞こえてこない。代わりに俺に制裁を加えようとした稀少種を止めたという話が聞こえてきた。
 なんなんだ、あいつは。一体何がしたいんだよ、俺に何を求めてるんだ。
 気分が悪い、そんな目で俺を見るな、憐れむな、うなじを差し出すな!
 うなじ噛み防止のガードをつけた。初めは外そうとガードに爪を立てていたのに、気づいたら体に爪を立て始めて腕も胸も血だらけにしていた。体に傷をつけさせたいんじゃない。止めさせようと腕を掴んだが、一向に止まらなかった。
 始めは憐れに虐げられるΩアイツと、虐げる残虐なαオレだった筈だ。だけどそのうち自己否定で自傷するアイツと、向けるべき感情に戸惑う俺に変わっていった。

 もう、いいんじゃないか。
 晶馬からはΩに生まれた恨み言も、αの俺への侮蔑も出ない。αを食い物にする気は最初からなかったんだ。
 晶馬とあの男は違う。俺がしてるのは八つ当たりだ。こいつはそれすらも分かって堪えているんじゃないのか。
 そんなコイツが憐れで、愛しくて、優しくしたい、守りたいと次第に思うようになっていった。だけど今までしてきた事を思うと、急に態度を変えることが出来なかった。
 次の発情期ヒートが来たらあいつのうなじを噛もう。今までのことを謝って、つがいになって、最初からやり直そう。
 そう決心した直後に子馬を手渡す彼らを見てしまったのだ。
 晶馬の想いを知ってしまった。焦燥を感じ、嫉妬ではらわたが煮えたぎるようだった。

(絶対に渡さない。あいつは俺のもんだ。そうだよ、どうせあいつは逃げられはしないんだ)

 今まで窮屈だったくせに、あいつに執着しだした途端に鎖で繋がれていることに安堵した。
 出会ってから俺がしなきゃならなかったのは、向かい合い、愛される努力をすることだった。だというのにしてきたのはただの八つ当たりだ。これはそのしっぺ返しだ。今更何をすればいい?
 今は会えない。このままならきっとアイツを殺してしまう。どうせ逃げられない鎖だ。考える時間が欲しい。

 あいつが苦しむのは分かってたんだが、俺には勇気がなかった。その結果、俺は永遠に片翼を失った。
 あいつの愛も救いの腕も自ら切り捨てたのだ。
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