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第1話 ラッ教始動
『ラッ教』を開こう!
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ブーン。
「ギャッ!」
オレは両手を振り回した。
「何?」
中崎が冷たい目で振り返る。
「む、ムシが……」
ヘビメタの人間にしては情けない姿だが、オレは虫が大の苦手なんだ。
そしてこの家はムシ──主に害虫の巣窟なのである。
古い上に、信じられないくらいのゴミ屋敷だから。今は何かが三匹飛んでいる。
中崎は「ああ」と頷いた。こんなの、ヤツには日常なのだ。
「夕べ、毛ビッシリ生やした凄い色のがいたよ?」
「おおぅ……」
ここは先進国・日本なのに。その中でも相当都会なのに。
「どんなに文明が発達しても、害虫一匹にビビってる。それが人間」
悟った坊さんのように、中崎が言った。
さすがだぜ、天才リストバンド中崎。何があっても動じやしない。
中崎はおもむろにテレビを消した。節電の為、コンセントも抜いている。
そしてこっちを向いた。
「ボク、宗教を開く事にした。ラッ教」
大真面目に言った。
ウケたいだけではなさそうだ。おかしくなってるのか。それとも天才なりの考えがあるのだろうか。
待て待て──ふと沸き上がった疑問。
今まで信じていたけれど、コイツ本当に天才なのか? 百歩譲って宗教を開くのは良いとしよう。
でも何でその名前?
「………………ラッ教かよ」
「うん。宗教開くならラッ教がいいって、小さい時から決めてたんだ」
そうか、小さい頃から決めてたんじゃしょうがないなとオレは言った。
ラッ教か何か知らないが、コイツが空想で新興宗教を創ったなら、オレだって……。
「じゃあ、オレは空想の中でもいいから同棲とかしてみたい」
「アハハッ!」と明るく笑われた。
「お前、ストーカー気質だから駄目だよ。卑屈だし」
おいおい、そりゃどういう意味かと聞くと、ヤツは少し黙った。
顔から笑みが消えている。
「で、お前は何しに来たんだ」
不意をつかれ、オレはたじろいだ。
反射的に葉っぱでチンチンを隠してゴミの中にうずくまる。
「『小人がシャウト!』をホメに来ただけじゃないんだろ」
「いや……あの、何で……?」
天才にはオレの様子や言葉尻や何やかやから、色々なことが読めるらしい。
「実はその……オレのアパートがなくなったっていうか、ちょっと爆発して……」
「あるじゃないか」
窓から外を見てあっさり言われた。うん、隣りだからな。
ウソはバレバレだ。
「いや、まぁ……正確にはオレの部屋がなくなったっていうか。爆発して……いや、物理的には部屋自体はあるんだけど」
「何でいちいち爆発って言うの? つまり、追い出されたんだな」
冷たい口調で図星をさされた。
「ヘ、ヘビメタを続けるには色々難しい事情があんだよ。ベースの練習してたら、音がうるさいって」
ギターやドラムと違って派手な楽器でもないくせに、あれは音が響く。ズンズンズンズン、腹に響く。随分苦情が来たわけだ。
「あと、家賃二ヶ月払ってねぇ」
「そっちだな」
冷たさが倍増した。ほとんど氷の視線だ。
「頼む!」
オレはその場に土下座した。
服や布団、食べ物のカスや、あと得体の知れないグチョグチョしたものが積み上がっている床に額をこすりつける。
「頼む! 一週間でいい」
ちらりと顔を上げると、中崎は腕組みしてオレを見下していた。
すごい偉そうな態度だな。普通、目の前で土下座されたらちょっとは焦るものだろうが。
「駄目だよ。うち、お母さんいるし。狭いし」
「そこを何とか! 隅っこでいいから」
「この家自体が隅っこのごみ溜めみたいなものだから。ああ、お腹すいたよ。何でバンドのメンバーん家行かないんだよ」
そう言われオレはしどろもどろで言い訳した。奴らはビンボウだ。泊めてくれるわけがねぇ。
「そんなこと言っても、ボクより貧乏なもんか!」
突然ヤツは怒鳴った。切実な叫びだ。
「ボクより貧乏な人間が日本にいるもんか!」
頼む! とオレは食い下がった。ここで引いては本気で今夜寝る場所を失う。
バンドの奴らはオレに勝るとも劣らない貧乏だし、それにオレに勝るとも劣らないバカだからあてにならないんだ。
中崎は違う。コイツは驚くくらい貧乏だが、天才だ。天才は何でもできる。天才は頼りになる。
どうかお願いします、奴隷になりますから。オレはヤツの足にすがりついた。
「頼むよ。何でもする。何でも言うこと聞くから。舐めろって言うなら、尻でも足指の股でも舐めますから。どこでも舐めますから」
「……それはいらない」
そう言ってから、中崎は長い間黙ってオレを見下ろしていた。それからふーんと呟いて、意味深にニヤリと笑う。
「お前さ、夢とかある? 生きてる間に一回でいいからしてみたい事」
「んん?」
突然の言葉に面食らう。
いや、泊めてくれるのかくれないのか。それを知りたい。
とりあえず、尻を舐めるというのは暗に拒否られたようだが。
それともこれは試験なのか? 答え次第によっては家に置いてくれるのかもしれない。
ならば慎重に答えを選ばなくては。ヤツの気に入る解答は何だ?できるだけ、とんちのきいたやつがいい。
散々考えて、オレは結局自分の小さな夢を正直に語った。
「ギャッ!」
オレは両手を振り回した。
「何?」
中崎が冷たい目で振り返る。
「む、ムシが……」
ヘビメタの人間にしては情けない姿だが、オレは虫が大の苦手なんだ。
そしてこの家はムシ──主に害虫の巣窟なのである。
古い上に、信じられないくらいのゴミ屋敷だから。今は何かが三匹飛んでいる。
中崎は「ああ」と頷いた。こんなの、ヤツには日常なのだ。
「夕べ、毛ビッシリ生やした凄い色のがいたよ?」
「おおぅ……」
ここは先進国・日本なのに。その中でも相当都会なのに。
「どんなに文明が発達しても、害虫一匹にビビってる。それが人間」
悟った坊さんのように、中崎が言った。
さすがだぜ、天才リストバンド中崎。何があっても動じやしない。
中崎はおもむろにテレビを消した。節電の為、コンセントも抜いている。
そしてこっちを向いた。
「ボク、宗教を開く事にした。ラッ教」
大真面目に言った。
ウケたいだけではなさそうだ。おかしくなってるのか。それとも天才なりの考えがあるのだろうか。
待て待て──ふと沸き上がった疑問。
今まで信じていたけれど、コイツ本当に天才なのか? 百歩譲って宗教を開くのは良いとしよう。
でも何でその名前?
「………………ラッ教かよ」
「うん。宗教開くならラッ教がいいって、小さい時から決めてたんだ」
そうか、小さい頃から決めてたんじゃしょうがないなとオレは言った。
ラッ教か何か知らないが、コイツが空想で新興宗教を創ったなら、オレだって……。
「じゃあ、オレは空想の中でもいいから同棲とかしてみたい」
「アハハッ!」と明るく笑われた。
「お前、ストーカー気質だから駄目だよ。卑屈だし」
おいおい、そりゃどういう意味かと聞くと、ヤツは少し黙った。
顔から笑みが消えている。
「で、お前は何しに来たんだ」
不意をつかれ、オレはたじろいだ。
反射的に葉っぱでチンチンを隠してゴミの中にうずくまる。
「『小人がシャウト!』をホメに来ただけじゃないんだろ」
「いや……あの、何で……?」
天才にはオレの様子や言葉尻や何やかやから、色々なことが読めるらしい。
「実はその……オレのアパートがなくなったっていうか、ちょっと爆発して……」
「あるじゃないか」
窓から外を見てあっさり言われた。うん、隣りだからな。
ウソはバレバレだ。
「いや、まぁ……正確にはオレの部屋がなくなったっていうか。爆発して……いや、物理的には部屋自体はあるんだけど」
「何でいちいち爆発って言うの? つまり、追い出されたんだな」
冷たい口調で図星をさされた。
「ヘ、ヘビメタを続けるには色々難しい事情があんだよ。ベースの練習してたら、音がうるさいって」
ギターやドラムと違って派手な楽器でもないくせに、あれは音が響く。ズンズンズンズン、腹に響く。随分苦情が来たわけだ。
「あと、家賃二ヶ月払ってねぇ」
「そっちだな」
冷たさが倍増した。ほとんど氷の視線だ。
「頼む!」
オレはその場に土下座した。
服や布団、食べ物のカスや、あと得体の知れないグチョグチョしたものが積み上がっている床に額をこすりつける。
「頼む! 一週間でいい」
ちらりと顔を上げると、中崎は腕組みしてオレを見下していた。
すごい偉そうな態度だな。普通、目の前で土下座されたらちょっとは焦るものだろうが。
「駄目だよ。うち、お母さんいるし。狭いし」
「そこを何とか! 隅っこでいいから」
「この家自体が隅っこのごみ溜めみたいなものだから。ああ、お腹すいたよ。何でバンドのメンバーん家行かないんだよ」
そう言われオレはしどろもどろで言い訳した。奴らはビンボウだ。泊めてくれるわけがねぇ。
「そんなこと言っても、ボクより貧乏なもんか!」
突然ヤツは怒鳴った。切実な叫びだ。
「ボクより貧乏な人間が日本にいるもんか!」
頼む! とオレは食い下がった。ここで引いては本気で今夜寝る場所を失う。
バンドの奴らはオレに勝るとも劣らない貧乏だし、それにオレに勝るとも劣らないバカだからあてにならないんだ。
中崎は違う。コイツは驚くくらい貧乏だが、天才だ。天才は何でもできる。天才は頼りになる。
どうかお願いします、奴隷になりますから。オレはヤツの足にすがりついた。
「頼むよ。何でもする。何でも言うこと聞くから。舐めろって言うなら、尻でも足指の股でも舐めますから。どこでも舐めますから」
「……それはいらない」
そう言ってから、中崎は長い間黙ってオレを見下ろしていた。それからふーんと呟いて、意味深にニヤリと笑う。
「お前さ、夢とかある? 生きてる間に一回でいいからしてみたい事」
「んん?」
突然の言葉に面食らう。
いや、泊めてくれるのかくれないのか。それを知りたい。
とりあえず、尻を舐めるというのは暗に拒否られたようだが。
それともこれは試験なのか? 答え次第によっては家に置いてくれるのかもしれない。
ならば慎重に答えを選ばなくては。ヤツの気に入る解答は何だ?できるだけ、とんちのきいたやつがいい。
散々考えて、オレは結局自分の小さな夢を正直に語った。
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