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6話
6話「罪深きお茶漬け」【3/3】
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「……なんで居んの?」
「なんでとはなんだ!遅いぞ!どこほっつき歩いてたんだ!?」
電車とは又違うタイプの気まずい空気が充満するバスを降り、ようやくで辿り着いた我が家の中に断りも無く大家が侵入していたにしては、我ながらとても穏やかな返しができたと思う。吐き出すだけ吐き出して楽になるかと思っていた胸の中には、お互いに意識しているという共通認識によって生まれたある種の「気恥ずかしさ」が代わりに詰め込まれて全然楽にならず、慣れ親しんだウチの空気で落ち着こうと思った矢先に起きた事態なのだ、ホント、大人じゃない?私。
「博物館だって。自分が渡したんでしょチケット」
「あんなガキ臭い場所すぐ飽きて帰ってくるかと思ってたからな。お前を外に出すための口実とは言え我ながら罪なことしたと思ってたんだが、日が沈んでも帰ってくる気配すらないんだ、心配ぐらいするだろ」
「親じゃあるまいし……」
「親子より深い繋がりだろうが……お前がいなきゃ誰が俺に家賃払ってくれんだよ」
こんなウダウダしたやり取りのせいで私はまだ家に上がることが出来ていない。まぇ主な原因は私の今の状態が身軽とは言えないせいもあるけど。今、榊さんはウチのアパートの前、階段の下の駐輪所に待ってもらっている。一応部屋に上がってもらう前に中を改めて片付けておこうかと思っての事だったんだけど、こうも予想外の方向に活かされるとは思ってなかった。前のあの惚れ気からして彼女を見かければ健史郎は今度こそ声を掛けに来てしまうかもしれない。今の彼女にそんな余計な刺激は与えたくないし、それに……。
「───ハイハイ心配してくれてありがと。ご飯は食べて来たから、もう大丈夫だよ」
「それで終わりか?」
「え?」
「せっかく大家自らが心配して留守番してやったっていうのに、労いの1つも無いのかって言ってんの~」
そう言いながら健史郎はキッチンの中を徘徊し戸棚や冷蔵庫の中身をまさぐり始めた。
「全く……少しは新鮮なもの食えって言ってんだろ」
「そっちに言われたくないし!ていうか自分の部屋で食べてよ!」
「心配させたツケだ。お湯くらい沸かしてくれよ」
あぁどうしよう……!?私の備蓄だったインスタントご飯とお茶漬け海苔を我が物顔で台所に広げそう催促してくる様子からして、健史郎は晩御飯をココで済ますまで部屋に帰らないつもりみたい。どうしよう、事情も説明しないままこいつが食べ終わるまで榊さんを待たせたくは無いし、でも今引き返せば健史郎に怪しまれる、どうすれば……?
「どうかしたの?」
「あぁすいません、今ウチの中に物乞いのオジサンが居座ってまして」
「誰がだ~」
「え?!だ、大丈夫なのそれ!?」
「あぁいやそんな大したことは───」
あ。
「誰だ!」
「なんですか貴方!」
あぁ、なんと画になる光景か。部屋に無断で上がり込んでいるくたびれた三十路男と、それに激高し鞄を盾にしながら携帯電話を取り出そうとしながら慌てふためく長身のキャリアウーマン。夕方3時半のサスペンスドラマの再放送の一部を切り取ったみたいに完成度高いなこれ。
「さ、榊さんっ!?」
「アナタは下がってなさい!動かないでよ不審者!」
「大家ですけど……」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「いや大丈夫、心配してくれてんのかもしれんがこっちで処理できるって言ってんだろ?いいからお前も早く寝とけって、体に響くぞ?」
玄関の扉をひっつかみ入り口を封鎖しながら外の人に落ち着いた口調でそう言い聞かせる健史郎の背中を私と榊さんは黙って見守っている。時刻はもうすぐ21時、建物の周りにも殆ど人の見えない時間帯の中で響いた女性の叫びにこのコミヤグランパレスの他の住人の1人が心配して飛び出してきたのだ。
「ホーチキだよホーチキ、火災報知器こないだ交換したろ?ここの部屋の連中が慣れない料理して煙が出たみたいでな。で、報知器って聞こえやすく女の声で鳴るんだよ、それの音が大きくて響いちまったって訳。分かるだろ?」
先月にあいつが業者さんに頼んで全部屋交換してもらった火災報知器。平穏なこの建物の住人たちが一度も聞いたことが無いその音を利用して、健史郎は駆けつけてきた住人を納得させて帰し、扉を閉めた。
「おう、じゃあ説明してもらおうかなぁ?」
「ぬっ」
人間、歳を取ると言葉にも力が宿るとは聞いたことがあるけど、齢38になる男性ホルモン全開男のねっとりとした詰問口調には聞き及んでいた以上の凄みが含まれていた。頭からゆっくりと振り向くその目はまるで赤黒く光り私をロックオンするかのよう。けどアイツは完全に振り返った途端にその眼光を消してすんなりと摺り足で近づいてきた。多分、隣に座る榊さんに嫌な印象を持たれたくないのだろう。
「お2人はぁ~どういうご関係でぇ~?」
「好き合っている者同士……よね?」
「んほうぅ!?」
剛速球のストレートに対する全力爆発フルスイング!余りにもスパッした気持ちのいい切り返しが健史郎の問いとぶつかり合い周囲に衝撃波が発生しそう。
「そうよね源さん!」
「ホントか源?」
視線と質問の十字砲火をお見舞いされながら私は考える。こんな状況で認めてしまったら榊さんに失礼になるんじゃないか、健史郎に変な気を使わせてしまうことになるんじゃないかという事を。だけどそれでも、一度刃を抜いたのが自分な以上、抜き身の刃はしっかりと鞘に収めなくちゃならない。勢い任せ、シチュエーションの力に頼らずにもう一度自分の口から認めることが今の私にとっては一番大事なんだと、そう言い聞かせ私は伏せた顔をガバッと起こし健史郎に向けて口を限界にまで広げ一音一音をあいつの顔面にめり込ませるかのようにはっきりと言い放った。
「そうだよ!榊さんの事が好きなの私は!榊さんもそう、だから健史ろ……お、御殿さんが首を突っ込むような関係ではないと、それだけ言っておきます!」
「源さん……」
「源───」
───グッキュルルゴゴゥ───
我が再びの一世一代の瞬間の直後にワンルーム全土に響き渡った轟音。明らかに誰かの腹の虫だという事を3人全員が瞬時に理解した。
音は私の隣、榊さんから聞こえてきたのだ。まぁ晩御飯をあんな形で不意にされたのだからこんな時間にお腹が空いてくるのは当然と言えば当然だろうけど、初対面の男性もいる前でお腹を鳴らしてしまったこと、多分だけどこのままじゃかなりダメージが大きくななってしまいそうで、どうにかフォローする方法を頭の中で考え始めたその瞬間だった。
「メシ」
「は?」
「え?」
会話の真空の中にいきなり放り込まれた2文字の言葉。健史郎はたった一言そう呟くとさっさと立ち上がってさっきまで進めていた夕食の準備を再開し始めた。
「腹減ってんですよね?俺は減ってます。真面目な話するときにそんなんじゃ俺は後ろ向きな気持ちにしかならないもんで、取り敢えず腹に何か入れようと思うんですけど……そちらは食べます?」
迷いの無い動きで引き出しから給湯のポットを取り出し、その中に水を注ぎながら健史郎は榊さんにそう聞いた。人並みにデリカシーの無いアイツなりの榊さんへの気遣いなんだろう。榊さんは困惑しながらどうするべきかという疑問の目を隣にいる私に向かって投げかけてくる。
「……食べる!」
「お前に聞いてねぇ」
「いや私も食べる、榊さんと半分ずつ。良いですよね榊さん!?」
「えっ、う、うん」
そしてこれが私なりの榊さんへの気遣い。3度目とはいえまだ他人の部屋で初対面の男が振舞う料理に対しての恐怖心を和らげる為、そして私が食い意地を張ることによってさっきの榊さんのお腹の音に対する恥ずかしさを緩和させる為に。
「……わーったよ、じゃあお椀を3つほど用意してもらえますか?源さん」
聞き慣れた声で耳慣れない呼び方で呼ばれて総立ちになった鳥肌を抑えつつ、2人の為の夕飯、私にとっての夜食の準備が始まった。と言ってもなんてことは無い、健史郎はお湯が沸騰するまでの見張り番、そして私はレンジでチンするご飯と連なったお茶漬け海苔の子袋の3つを分けてご飯の隣に置き、後は待つ。ひたすら待つ。この電子の数字が100を指し示すその瞬間まで健史郎と2人、目の前のポットをただじっと見つめ続けた。
「……ごめん、何にも言ってなかった」
「お前は急なことしかしないだろ?」
「……この間まで私があんなザマだったことは、聞かれても言わないでほしんだけど……」
「何のこったよそりゃ?」
隣り合いながらポットの駆動音と換気扇の回る音に紛れる位の小声で話す私と健史郎。先週、彼の部屋で見せた情けない姿を口外しないように頼まれた彼はまるで何も知らないかのような口調でしらを切った。今度アルペンで美味しい物でも買って行こう。
「俺だって脈の無いヤマにこれ以上突っ込みたくはねぇよ。これ食ったら適当言って帰るから、夜中にあまり大きな音出すんじゃねえぞ」
「ま!まだそんなんじゃないってば!」
「最初の口論みたいなことすんなって言ってんだ!」
「や」
息を荒げながら顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる私を放って、健史郎はポットのお湯が沸いたことを確認すると先に箸の準備を始める。後は海苔を振りかけてお湯を注げばこの世で5番目くらいに簡単な美食が完成だ。だけどその前に大事なことを聞かなければならず、私は後ろの居間のテーブルで小さく座る榊さんの元へと駆け寄って聞いてみた。
「『うめ』と『しゃけ』と『たらこ』だと、何が良いですか?」
この世で4番目くらいに大事な質問をされた彼女は私の顔を見ながら視線を逸らして今一つピンとこない表情を一瞬浮かべたように見えたけど、直ぐにその疑問が解消されたようで「しゃけ」と言ってくれた。
「あぁ~しゃけか~」
自分の欲望を素直に口から吐き出す健史郎に後ろ手での過激なジェスチャーで釘をさすとあいつもすぐに静かになる。台所に戻った後の密談と言う名の恫喝によって私はたらこ、健史郎はうめをそれぞれ頂くことにした。少なめのご飯の上に海苔を振りかければいよいよ後はお湯を注ぐだけ。ロックを解除して「給湯」のボタンを押してトポトポと注がれるお湯が緑色の原石を溶かしていく。旨味そのものがまるで溶岩のように白米を覆い尽くしていき、あっという間にアツアツのお茶漬けが3つ完成した。
「では、ご相伴に預からせていただきます」
「じゃ、じゃあ……いただき───」
「頂きます」
テーブルに綺麗な正座で着き、しっかりと両手を合わせて健史郎はいただきますの挨拶をした。ザルルッと豪快な音を立てて茶碗から啜る彼に続くように私が、そしてその後に榊さんが静かに茶碗を口に運ぶ。火傷しそうな熱気が唇と鼻の穴に入ってきて自分がこれからどんなものを食べようとしているのかを脳にしっかりと認識させた。私も出来るだけ静かに上品に、隣に座る「丁寧」の擬人化のような人に幻滅されないように箸を進めようとしたけど、熱いお茶をゆっくりと唇で受ければ間違いなく火傷するようにお茶漬けも白ご飯みたいに1口ずつ食べ進めるには適してない。私は仕方なく茶碗に直接口を付け、香る塩気とその中にたくさん浮かぶこの小さなピンク色達の助けを借りてゆっくり食べ進めた。今日4食目の糧を私がようやくで胃袋に収め終わると、榊さんも健史郎も食べ終えて箸を置いている。
「ふぅ……」
どうしよう、落ち着いちゃったぞ……?
「で、どうすんだアンタは?飯だけ食いに来たって訳じゃないだろ?」
「えっ、あぁ……それは」
「適当言って帰る」の「適当」部分かそれが!豪快にかきこんだ後の茶碗をテーブルに置きながら健史郎はズケズケとかなり深いエリアの質問をかましてきて、榊さんの方は何やら困惑している、当たり前でしょ!
「ちょっと健史郎!?」
「何だよおっかねぇ声出すな、別に変な意味じゃねえよ。ただこれから帰るっていうならこの辺りはもう人通りも少ないし、駅までスクーターで送って行こうかって思っただけだ。でもアンタ結構大荷物だろ?だから一応、『もしかしたら』って確認だ」
「それが変な意味じゃなくて何なの!?ごめんなさい榊さん、駅までは私が送って行きますから───」
「そのことなんだけど」
丁寧な夕食から一気に崩れていきそうになった場の空気が榊さんのその一言で一気に張り詰める。それは紛れも無い彼女のオンモード、岬屋や中華屋で見たあの仕事モードのだ。そしてそれを発した彼女の表情も真剣そのもの、これはひょっとして、まだ私に対して打ち明けるようなことが───
「一緒に住めないかしら?ここで。貴方と一緒に」
「え?」
「お」
人って心の中で期待していた通りの出来事が実現すると嬉しさよりも不信感の方が勝るって聞いたことがある。多分あの時の私、彼女の言った言葉をそのまま聞き返して時、めっちゃ怪訝な顔してたんだろうな。あと榊さん、ご飯粒ほっぺに付いてた。
「なんでとはなんだ!遅いぞ!どこほっつき歩いてたんだ!?」
電車とは又違うタイプの気まずい空気が充満するバスを降り、ようやくで辿り着いた我が家の中に断りも無く大家が侵入していたにしては、我ながらとても穏やかな返しができたと思う。吐き出すだけ吐き出して楽になるかと思っていた胸の中には、お互いに意識しているという共通認識によって生まれたある種の「気恥ずかしさ」が代わりに詰め込まれて全然楽にならず、慣れ親しんだウチの空気で落ち着こうと思った矢先に起きた事態なのだ、ホント、大人じゃない?私。
「博物館だって。自分が渡したんでしょチケット」
「あんなガキ臭い場所すぐ飽きて帰ってくるかと思ってたからな。お前を外に出すための口実とは言え我ながら罪なことしたと思ってたんだが、日が沈んでも帰ってくる気配すらないんだ、心配ぐらいするだろ」
「親じゃあるまいし……」
「親子より深い繋がりだろうが……お前がいなきゃ誰が俺に家賃払ってくれんだよ」
こんなウダウダしたやり取りのせいで私はまだ家に上がることが出来ていない。まぇ主な原因は私の今の状態が身軽とは言えないせいもあるけど。今、榊さんはウチのアパートの前、階段の下の駐輪所に待ってもらっている。一応部屋に上がってもらう前に中を改めて片付けておこうかと思っての事だったんだけど、こうも予想外の方向に活かされるとは思ってなかった。前のあの惚れ気からして彼女を見かければ健史郎は今度こそ声を掛けに来てしまうかもしれない。今の彼女にそんな余計な刺激は与えたくないし、それに……。
「───ハイハイ心配してくれてありがと。ご飯は食べて来たから、もう大丈夫だよ」
「それで終わりか?」
「え?」
「せっかく大家自らが心配して留守番してやったっていうのに、労いの1つも無いのかって言ってんの~」
そう言いながら健史郎はキッチンの中を徘徊し戸棚や冷蔵庫の中身をまさぐり始めた。
「全く……少しは新鮮なもの食えって言ってんだろ」
「そっちに言われたくないし!ていうか自分の部屋で食べてよ!」
「心配させたツケだ。お湯くらい沸かしてくれよ」
あぁどうしよう……!?私の備蓄だったインスタントご飯とお茶漬け海苔を我が物顔で台所に広げそう催促してくる様子からして、健史郎は晩御飯をココで済ますまで部屋に帰らないつもりみたい。どうしよう、事情も説明しないままこいつが食べ終わるまで榊さんを待たせたくは無いし、でも今引き返せば健史郎に怪しまれる、どうすれば……?
「どうかしたの?」
「あぁすいません、今ウチの中に物乞いのオジサンが居座ってまして」
「誰がだ~」
「え?!だ、大丈夫なのそれ!?」
「あぁいやそんな大したことは───」
あ。
「誰だ!」
「なんですか貴方!」
あぁ、なんと画になる光景か。部屋に無断で上がり込んでいるくたびれた三十路男と、それに激高し鞄を盾にしながら携帯電話を取り出そうとしながら慌てふためく長身のキャリアウーマン。夕方3時半のサスペンスドラマの再放送の一部を切り取ったみたいに完成度高いなこれ。
「さ、榊さんっ!?」
「アナタは下がってなさい!動かないでよ不審者!」
「大家ですけど……」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「いや大丈夫、心配してくれてんのかもしれんがこっちで処理できるって言ってんだろ?いいからお前も早く寝とけって、体に響くぞ?」
玄関の扉をひっつかみ入り口を封鎖しながら外の人に落ち着いた口調でそう言い聞かせる健史郎の背中を私と榊さんは黙って見守っている。時刻はもうすぐ21時、建物の周りにも殆ど人の見えない時間帯の中で響いた女性の叫びにこのコミヤグランパレスの他の住人の1人が心配して飛び出してきたのだ。
「ホーチキだよホーチキ、火災報知器こないだ交換したろ?ここの部屋の連中が慣れない料理して煙が出たみたいでな。で、報知器って聞こえやすく女の声で鳴るんだよ、それの音が大きくて響いちまったって訳。分かるだろ?」
先月にあいつが業者さんに頼んで全部屋交換してもらった火災報知器。平穏なこの建物の住人たちが一度も聞いたことが無いその音を利用して、健史郎は駆けつけてきた住人を納得させて帰し、扉を閉めた。
「おう、じゃあ説明してもらおうかなぁ?」
「ぬっ」
人間、歳を取ると言葉にも力が宿るとは聞いたことがあるけど、齢38になる男性ホルモン全開男のねっとりとした詰問口調には聞き及んでいた以上の凄みが含まれていた。頭からゆっくりと振り向くその目はまるで赤黒く光り私をロックオンするかのよう。けどアイツは完全に振り返った途端にその眼光を消してすんなりと摺り足で近づいてきた。多分、隣に座る榊さんに嫌な印象を持たれたくないのだろう。
「お2人はぁ~どういうご関係でぇ~?」
「好き合っている者同士……よね?」
「んほうぅ!?」
剛速球のストレートに対する全力爆発フルスイング!余りにもスパッした気持ちのいい切り返しが健史郎の問いとぶつかり合い周囲に衝撃波が発生しそう。
「そうよね源さん!」
「ホントか源?」
視線と質問の十字砲火をお見舞いされながら私は考える。こんな状況で認めてしまったら榊さんに失礼になるんじゃないか、健史郎に変な気を使わせてしまうことになるんじゃないかという事を。だけどそれでも、一度刃を抜いたのが自分な以上、抜き身の刃はしっかりと鞘に収めなくちゃならない。勢い任せ、シチュエーションの力に頼らずにもう一度自分の口から認めることが今の私にとっては一番大事なんだと、そう言い聞かせ私は伏せた顔をガバッと起こし健史郎に向けて口を限界にまで広げ一音一音をあいつの顔面にめり込ませるかのようにはっきりと言い放った。
「そうだよ!榊さんの事が好きなの私は!榊さんもそう、だから健史ろ……お、御殿さんが首を突っ込むような関係ではないと、それだけ言っておきます!」
「源さん……」
「源───」
───グッキュルルゴゴゥ───
我が再びの一世一代の瞬間の直後にワンルーム全土に響き渡った轟音。明らかに誰かの腹の虫だという事を3人全員が瞬時に理解した。
音は私の隣、榊さんから聞こえてきたのだ。まぁ晩御飯をあんな形で不意にされたのだからこんな時間にお腹が空いてくるのは当然と言えば当然だろうけど、初対面の男性もいる前でお腹を鳴らしてしまったこと、多分だけどこのままじゃかなりダメージが大きくななってしまいそうで、どうにかフォローする方法を頭の中で考え始めたその瞬間だった。
「メシ」
「は?」
「え?」
会話の真空の中にいきなり放り込まれた2文字の言葉。健史郎はたった一言そう呟くとさっさと立ち上がってさっきまで進めていた夕食の準備を再開し始めた。
「腹減ってんですよね?俺は減ってます。真面目な話するときにそんなんじゃ俺は後ろ向きな気持ちにしかならないもんで、取り敢えず腹に何か入れようと思うんですけど……そちらは食べます?」
迷いの無い動きで引き出しから給湯のポットを取り出し、その中に水を注ぎながら健史郎は榊さんにそう聞いた。人並みにデリカシーの無いアイツなりの榊さんへの気遣いなんだろう。榊さんは困惑しながらどうするべきかという疑問の目を隣にいる私に向かって投げかけてくる。
「……食べる!」
「お前に聞いてねぇ」
「いや私も食べる、榊さんと半分ずつ。良いですよね榊さん!?」
「えっ、う、うん」
そしてこれが私なりの榊さんへの気遣い。3度目とはいえまだ他人の部屋で初対面の男が振舞う料理に対しての恐怖心を和らげる為、そして私が食い意地を張ることによってさっきの榊さんのお腹の音に対する恥ずかしさを緩和させる為に。
「……わーったよ、じゃあお椀を3つほど用意してもらえますか?源さん」
聞き慣れた声で耳慣れない呼び方で呼ばれて総立ちになった鳥肌を抑えつつ、2人の為の夕飯、私にとっての夜食の準備が始まった。と言ってもなんてことは無い、健史郎はお湯が沸騰するまでの見張り番、そして私はレンジでチンするご飯と連なったお茶漬け海苔の子袋の3つを分けてご飯の隣に置き、後は待つ。ひたすら待つ。この電子の数字が100を指し示すその瞬間まで健史郎と2人、目の前のポットをただじっと見つめ続けた。
「……ごめん、何にも言ってなかった」
「お前は急なことしかしないだろ?」
「……この間まで私があんなザマだったことは、聞かれても言わないでほしんだけど……」
「何のこったよそりゃ?」
隣り合いながらポットの駆動音と換気扇の回る音に紛れる位の小声で話す私と健史郎。先週、彼の部屋で見せた情けない姿を口外しないように頼まれた彼はまるで何も知らないかのような口調でしらを切った。今度アルペンで美味しい物でも買って行こう。
「俺だって脈の無いヤマにこれ以上突っ込みたくはねぇよ。これ食ったら適当言って帰るから、夜中にあまり大きな音出すんじゃねえぞ」
「ま!まだそんなんじゃないってば!」
「最初の口論みたいなことすんなって言ってんだ!」
「や」
息を荒げながら顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる私を放って、健史郎はポットのお湯が沸いたことを確認すると先に箸の準備を始める。後は海苔を振りかけてお湯を注げばこの世で5番目くらいに簡単な美食が完成だ。だけどその前に大事なことを聞かなければならず、私は後ろの居間のテーブルで小さく座る榊さんの元へと駆け寄って聞いてみた。
「『うめ』と『しゃけ』と『たらこ』だと、何が良いですか?」
この世で4番目くらいに大事な質問をされた彼女は私の顔を見ながら視線を逸らして今一つピンとこない表情を一瞬浮かべたように見えたけど、直ぐにその疑問が解消されたようで「しゃけ」と言ってくれた。
「あぁ~しゃけか~」
自分の欲望を素直に口から吐き出す健史郎に後ろ手での過激なジェスチャーで釘をさすとあいつもすぐに静かになる。台所に戻った後の密談と言う名の恫喝によって私はたらこ、健史郎はうめをそれぞれ頂くことにした。少なめのご飯の上に海苔を振りかければいよいよ後はお湯を注ぐだけ。ロックを解除して「給湯」のボタンを押してトポトポと注がれるお湯が緑色の原石を溶かしていく。旨味そのものがまるで溶岩のように白米を覆い尽くしていき、あっという間にアツアツのお茶漬けが3つ完成した。
「では、ご相伴に預からせていただきます」
「じゃ、じゃあ……いただき───」
「頂きます」
テーブルに綺麗な正座で着き、しっかりと両手を合わせて健史郎はいただきますの挨拶をした。ザルルッと豪快な音を立てて茶碗から啜る彼に続くように私が、そしてその後に榊さんが静かに茶碗を口に運ぶ。火傷しそうな熱気が唇と鼻の穴に入ってきて自分がこれからどんなものを食べようとしているのかを脳にしっかりと認識させた。私も出来るだけ静かに上品に、隣に座る「丁寧」の擬人化のような人に幻滅されないように箸を進めようとしたけど、熱いお茶をゆっくりと唇で受ければ間違いなく火傷するようにお茶漬けも白ご飯みたいに1口ずつ食べ進めるには適してない。私は仕方なく茶碗に直接口を付け、香る塩気とその中にたくさん浮かぶこの小さなピンク色達の助けを借りてゆっくり食べ進めた。今日4食目の糧を私がようやくで胃袋に収め終わると、榊さんも健史郎も食べ終えて箸を置いている。
「ふぅ……」
どうしよう、落ち着いちゃったぞ……?
「で、どうすんだアンタは?飯だけ食いに来たって訳じゃないだろ?」
「えっ、あぁ……それは」
「適当言って帰る」の「適当」部分かそれが!豪快にかきこんだ後の茶碗をテーブルに置きながら健史郎はズケズケとかなり深いエリアの質問をかましてきて、榊さんの方は何やら困惑している、当たり前でしょ!
「ちょっと健史郎!?」
「何だよおっかねぇ声出すな、別に変な意味じゃねえよ。ただこれから帰るっていうならこの辺りはもう人通りも少ないし、駅までスクーターで送って行こうかって思っただけだ。でもアンタ結構大荷物だろ?だから一応、『もしかしたら』って確認だ」
「それが変な意味じゃなくて何なの!?ごめんなさい榊さん、駅までは私が送って行きますから───」
「そのことなんだけど」
丁寧な夕食から一気に崩れていきそうになった場の空気が榊さんのその一言で一気に張り詰める。それは紛れも無い彼女のオンモード、岬屋や中華屋で見たあの仕事モードのだ。そしてそれを発した彼女の表情も真剣そのもの、これはひょっとして、まだ私に対して打ち明けるようなことが───
「一緒に住めないかしら?ここで。貴方と一緒に」
「え?」
「お」
人って心の中で期待していた通りの出来事が実現すると嬉しさよりも不信感の方が勝るって聞いたことがある。多分あの時の私、彼女の言った言葉をそのまま聞き返して時、めっちゃ怪訝な顔してたんだろうな。あと榊さん、ご飯粒ほっぺに付いてた。
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