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第二部

4-6.ムカつくあいつの決意と覚悟

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 忙しない二週間が終わった直後、ロシュの部屋にはいつもの来訪者があった。

「今回もずいぶんヒヤヒヤさせてくれたね」

 ようやくお役御免となったクレメントだ。
 長い銀髪はいつもよりも艶がなくなり、疲労がにじみ出ているらしい。

「てめぇが学園に任されただけだろ。俺は関係ねぇし」

「君の豪胆さは心底恨めしいし羨ましいね。それと、ラティーファさんとの契約は認可されたよ」

 明らかに嫌味を込めた言葉に、さすがのロシュも頬を掻いた。
 家に伝わる魔道書は家宝そのもので、普通の家なら門外不出のものだ。
 今回許されたのは中でも重要性の低いものだったからだが、それでも他家には垂涎の一品だ。

「まったく……あんなに健気に思ってきたのに乗り換えるなんて、ありえないと思っていたんだ。
 無事に和解したようだけど、きちんと話はできているのかい?」

「まぁな。あいつを巻き込むことに決めた」

 しっかりと言いきった言葉に、クレメントは悩みとも苦しみとも言える渋面を浮かべた。
 ロシュの監督役であるクレメントにとって、彼の実家はよく知るものだからだ。
 しがらみの多い魔術師の中心部。
 それは一介の学生では決して太刀打ちできるものではない。

「守れるのかい?」

「守るんじゃねぇ。一緒に戦うんだよ」

「まぁ、彼女の腕前は上級魔術師と同等だからね。
 あまり世間を知らないのと、君の隣に居るから勘違いしているのだろうけど」

 家柄などを取っ払ってしまえば、アリシアは十分に実力を持っていると評される。
 魔法実技の時にクラスメイトの視線が集中していたのもその為だ。
 魔術師の家柄ではなく、金銭的な補助もないというのに、どうしてここまでできるのか。
 そんな嫉妬に染まった視線を、アリシアは蔑みの視線と受け取っていたらしい。
 一つ一つでならば小さなものだが、集まってしまえば害になることもある。
 そうならないようにロシュはあえて敵愾心を集めているが、それもいつかは限界になるだろう。

「目立った動きをすればそれだけ危険が高まるよ。それでも彼女を巻き込むのかい?」

「ああ。もう遠ざけて隠すのはやめた。あんなの二度とゴメンだ」

 離れていたことでアリシアに強い苦悩があったことは想像できる。
 しかし、ロシュにだって同じだけの気持ちがあった。
 この先何度も起こるであろう事態に対し、自分は何ができるのか。
 アリシアと一緒の将来のためには逃げるだけではいけないのだ。

「君を学園に入れたことは正しかったね」

 幼い頃から監視を務めてきたクレメントは、ロシュの変化に家族より早く気づいていた。
 天才だからこその孤独や、すべてが手に入るからこその無欲さ。
 他人と関わることを極端に嫌い、遙か高みから見下ろしてきた。
 そんなロシュが年相応の人間になれたのは、アリシアのおかげと言える。

「陰ながらにはなるけど、僕も二人を応援するよ」

「だったら手始めに奴らの弱みでも握ってこい」

「全然陰じゃないと分かって言っているだろう?」

 がっくりと肩を落とすクレメントだが、最終的に要望は叶えられるだろう。
 それだけの信用はしていたが、あえてそう口にすることは避けた。
 一緒に居ると決め、戦うことを決めれば、あとは力を振るうだけだ。
 つまんねぇ文句言ってくんなら、家でも何でも全部潰してやる。
 そんな決意は魔力の圧として身体から溢れ、クレメントはそそくさと部屋を去った。

 一人になってベッドに寝転ぶが、情事の痕跡は感じられない。
 アリシアの愛液に塗れたシーツをそのままにしたかったが、頑なに拒否されたからだ。
 今すぐ洗いに行くと言われてしまえば浄化魔法を使わざるを得なかった。
 あれだけ何度も身体を重ねたのだから、今頃足腰が悲鳴を上げているかもしれない。
 だとしても、今夜も愛することには変わりない。
 せめて負担の少ない体位にしてやろうと思いつつ、低い天井を見上げた。

「どうせなら、同じ部屋にできねぇかな……」

 アリシアの実家で過ごした時間は心地よかったし、リャナとマークの話も正直妬ましかった。
 どうして自分たちは一人一部屋の寮生なのだろう。
 こういう場所では二人部屋の共同生活が定番なのではないか。
 そんな決めつけをしてはみるが、それは同性に限った話だろう。
 それとも、近所に屋敷を構えれば二人きりで暮らすこともできるだろうか。
 そうすれば新婚夫婦のように甘い時間を送れそうだし、誰の邪魔も入らないだろう。
 勉学第一で倹約家でもあるアリシアが許すとは思えないが。

「せめて今夜は裸エプロンさせるか」

 譲歩したとでも言いたげだが、どう考えても自己中心的な願望でしかない。
 青年の不埒な妄想は続き、二人の夜は近づいていった。
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