辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第1話 高飛車令嬢と聖女

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 アルマス王国の王都。
 13~18歳までの子女が通う貴族学院では、今宵、春の到来を祝うパーティーが開催される。

 、ロワーヌ侯爵令嬢である私、デルフィーヌ(17歳)も、参加者のうちの一人だ。自分で言っちゃあなんだけれど、中等部への入学当初から学年トップの座を維持していて、昨日の前夜祭では高等部の2年を代表して式辞を述べた。

「なのに、どういうことよっ!?」

 2年前に立太子するなりおきさき選びを始めたリシャール殿下(20歳)の6人いる妃候補のうち、最有力は私だと言われている。ダンスを除く、数多あまたある妃教育でトップを独走しているからだ。
 当然、これまで殿下と参加するパーティーで彼の隣に立ち、勝者の微笑みを浮かべていたのは私だった。数か月前までは。

 そう、あれは昨年の夏の終わりのこと。
 150年ぶりとなる聖女――治療魔法の使い手――が誕生したのだ。
 彼女の名はリリー。私と同じ17歳。モンテール子爵の庶子にして、一躍スターダムに伸し上がったシンデレラ・ガールだ。
 彼女の母親であるブリジット夫人はモンテール子爵に見切りをつけると外国へ飛び、高位貴族の愛妾を生業なりわいとしながら一人娘リリーを育ててきたという。そして。リリーが聖女に認定されるや否や、ブレジット夫人はソンブレイユ公爵の後妻の座を射止めた。
 必然的に公爵の養子となったリリーがソンブレイユ公爵令嬢として鮮烈なデビューを飾ったのは、今から僅か3か月前のこと。


 それからというもの。
 ありとあらゆる催しで、殿下の隣を射止めるのはリリーになった。

 ◇◇◇ 妃候補たちへ特別に設けられた控えの間。

「どぉーしてよ!? 殿下のパートナーは、妃教育の最優秀者が務める定めルールでしょう?」」
「そのとおりでございます」
「だったら今宵のパートナーは私でしょ? どうしてリリー様なの? そもそも彼女、妃候補でも何でもないじゃない!」
「殿下のご決断ですので」

 納得いかない差配に、今日も今日とてリシャール殿下の近侍たちを容赦なく糾弾する。私だって別に好きで彼らを非難しているわけじゃない。
 けれど、すぐに譲歩しそうな相手には、人は平気で自分の都合を押し付けるようになることを私は経験上、知っている。軽く扱っていい女だと思われないためにも、確固たる態度で自分の立場を固守することは大事なのだ。

 まぁそのせいで“高飛車令嬢”などと不名誉な渾名あだなで呼ばれることになったわけだけれど。

「王族が権力を笠に忠誠を誓わせる時代はとっくに終わったの。国を統べる、将来の国王になる王太子殿下が判断を誤ったのであれば、それを瞬時にいさめるのがあなた方の役割でしょう?」
「っ……」
「いつから殿下の近侍は王家の飼い犬に成り下がったの? 明晰な頭脳と近侍としての矜持は、どこへ置いていらしたの?」

 あぁ。今日も私の正論を前に殿下の近侍たちは何も言い返せない。
 これじゃあとても、海千山千の老害議員を相手に国政を推し進めていくなんて無理だろう。殿下もそろそろ真剣に、側近の人選を考え直した方がいいんじゃないかしら。

「あの、私、ただ母から殿下のパートナーを務めるように言われただけなんですけど……ぐすんっ」

 リリー嬢が瞳に涙の膜を張りながら、私への敵対心を上手く隠しつつ申し訳なさそうに声を絞り出す。

 やめてよね。
 それじゃあまるで、私が苛めているみたいじゃない。
 自分は母親の後ろに隠れて安全な場所から一歩も出ようとしないくせに、美味しいとこだけチャッカリ持っていこうとするなんて、虫がよすぎるってもんでしょう?

 気に入らない。
 ポッと出の貴女に務まるほど、殿下のパートナーの座は軽くないのよ!?
 私たちはこの2年、殿下の隣に並び立つ権利を得るためだけに捧げてきたの。何かにつけて競わされ、血の滲むような努力をしてきたの。
 四六時中監視されているから、欠伸ひとつできないのよ?
 食べ盛りの思春期だというのに、体型が変わるとドレスの再採寸が必要になるから、甘いモノは我慢だし。
 学院が終わると、一息つく暇なく妃教育が待っているの。
 長期休暇くらいはゆっくりしたいところだけれど“魔力なし”の私には、魔法科の授業を免除される代替措置として、係争地での従軍看護が義務付けられている。
 ま、それは建前で、本当は極秘任務についているわけだけれど。
 そんなわけで、もう2年も休みなしの日々が続いている。

 でもね、そんなこと、ちっとも辛くなかった。
 だってリシャール殿下は私の大切な、魂の片割れベターハーフだから。
 なのに――8年ぶりに再会した彼は、私のことなんて全く覚えてなくて。
 正直、すっごく傷ついた。素直にそう言えばよかったのに、忘れられていたショックで不貞腐れた態度を取っちゃって。誤解を解くきっかけも掴めず、何の進展もないまま現在に至っている。

「はぁーぁ。やっぱり、黒髪とこの瞳のせいなのかなぁ。猫みたいにくりっとした愛らしい瞳だと思うんだけど、目尻のシャープさが際立って、ツンとした印象を与えちゃうみたい」

 高飛車令嬢――こんな不名誉な渾名あだながついて回るようになってから、ずいぶん経つ。いつからか、隣に立つ彼の、水の惑星を閉じ込めたような神秘的な瞳に私が映ることはなくなった。
 そうして聖女が現れると、殿下はこれまで誰にも、妃候補にさえ許していない「リシャール」呼びを、あっさりと彼女に許した。

 そしてまた今夜も。
 彼の隣に立つことを許されたのは、聖女リリーだった。
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