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第63話 乙女としていろいろ…。
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「まさか、お義母様がそう命じたの?」
「はい」
ソフィーが言うには、私が仮死状態に陥った日、憔悴しきった義母にこれ以上看護させることは危険だと医師から忠告され、義父が義母を自宅まで連れ戻したそうだ。
「それから、殿下が付きっ切りでお嬢様の看護をするようになったんです。
それでも熱が下がらなくて。
藁にも縋る思いで王都中の医師に治療法を探らせていたら、南国に住んでいたことのある医師から、熱病に侵された患者を水風呂に入れる治療法を聞いたんです。
みんな、『それだ!』って言って、試してみようということになったんですけど、殿下が強く反対なされて」
なんだかその先の会話、想像できそうな気がしてきた。
「殿下ってば、こうおっしゃったんです。
『水風呂だと!? 絶対にダメだ! デルフィーヌは夏でも腹巻きが手放せない程の冷え性なんだぞ? 腹が冷えたらどうする!?』って。
すかさず皆で殿下に具申しましたよ。『高熱で脳がダメージを受けるのと、お腹を下すのとではどっちが大事なんですか!?』って。
なのに殿下ってば、『死ぬか生きるかの戦場でさえ、デルフィーヌは見たくれの美しさや俊敏性よりも腹が冷えない方を優先したんだ。俺は、彼女の意思を尊重したい』そう言って譲らなくて」
だから、腹巻きをしてたのは思春期で膨らんできた胸を隠すためであって、お腹が冷えるのを防ぐ目的じゃなかったのに……。
「じゃあどうしようかという話になったら、殿下がこうおっしゃったんです。
『デルフィーヌを薄着にして体表を冷やす。腹は俺が直接温める』って。
奥様も旦那様もいないし、お目付け役のガブリエル隊長はブリジット夫人を幽閉先へ連行していて留守でしたから、殿下の暴走を止められる人が誰もいなくて。
それで、奇跡的にお嬢様が意識を取り戻したとき、下穿きだけ身に着けたお嬢様に覆いかぶさっている上半身裸の殿下を見た奥様が、無期限の謹慎を言い渡したというわけです」
「し、下穿きだけ!?」
意識がなかったとはいえ、そんな姿を晒していたなんて。乙女として、終わったわ……。
ソフィーが言うには、すぐに義母が殿下を私から引き離し、鬼の形相で殿下を問い詰めていたところに宮廷医が駆け付け、「病室ですぞ? お静かに!」と2人して部屋から追い出されてしまったらしい。
仕方なく場所を変えて別室へ移動したところへ、義父に宰相閣下、エリー様に王都へ戻ってきたガブリエル隊長が合流し、今後の治療方針について話し合いが持たれたということだった。
――別室での話し合い
「殿下。デルフィーヌを看護していただいたことには、感謝申し上げます。ですが、娘に無体を働いたことは容認できませんぞ?」
「侯爵、何を言う? デルフィーヌを薄着にしていたのは治療の一環だ」
「妻から、殿下がデルフィーヌに口付けをなさっていたと聞きましたが」
「あれは合意の上だ」
「婚約者でもない娘に、口付けをなさったのですか?」
「では聞くが侯爵。婚約を交わした書類があったとして、それに何の意味がある? 婚約が口付けを許す免罪符になるとでも? 神聖な愛をそんなつまらない制度で縛らないでくれ」
「たとえ合意があったとしてもです、殿下! 嫁入り前の娘に、なんてことをなさるのです!」
「では聞くがミシェル夫人。夫人は婚姻前に侯爵と口付けをしなかったのか? ただの一度も?」
「そ、それは……マルタンに求められて何度か……」
「それと何が違う? 自分のことは棚に上げ、娘にだけ貞操を求めるのは矛盾しているぞ」
「デルフィーヌは色恋に疎いのです! 他の令嬢と違って、あの子にはまだ閨教育を施していないのですから」
「案ずるな。彼女はすでに私の閨教育係を務めたB女史から直に手ほどきを受けている。愛弟子にしか授けないという女史のサイン入り『女性版・閨の極意A・B・C』まで受け取ったそうだぞ?」
「バーバラ女史……知る人ぞ知る高級娼館『秘密の館』のオーナーか? 実在する人物だったんだな」
「『閨の極意』……刺激的な性描写が問題となり出版禁止となった今や幻の希少本を、著者のサイン入りで? すごいな、それは」
「ガブリエル卿もマルタンも、感心している場合じゃないでしょう!? 愛弟子だなんて、殿下があの子にバーバラ女史を紹介なさったの!?」
「いや。彼女が自らバーバラ女史を訪ね、教えを請うたらしい。見上げた行動力だよ、まったく」
「あぁ……マルタン、なんだか眩暈がしてきたわ」
「ミシェル! 大丈夫か!?」
「ただ、少々解せないことがあってな。デルフィーヌが宰相の邸宅にある自室のベッド下に隠していたのは初級編の『A』だけだった。中級編の『B』と上級編の『C』がなくなっているんだが……」
みなの視線が一斉に宰相閣下へと向けられる。
「いやいや! 言っておくが、僕ではないよ?」
「ダヴィッド。グラース侯爵家の家令から、あなたが再婚したがってると聞いたわよ? 教本で復習でもなさってるの?」
「失礼だな! そんなわけがないだろう? たしかにブランクはあるが、修得した技術はちょっとやそっとじゃ――」
「父上、その辺で。なくなった2冊の行方なら、僕に心当たりがありますよ」
「エリー卿。それは本当なの?」
「ええ。最近の我が家は、不本意なことに結婚が待ちきれないカップルの密会場所になっていましてね。心当たりがないとは言わせませんよ、ガブリエル卿?」
「面目ない。エライザに確認して……おそらく『B』の方を回収しておく」
「まさか、『C』はテレサ壌が?」
「ええ、父上。おおよそ、デルフィーヌ、ミス・エライザ、テレサ壌の3人で『閨の極意』の回し読みでもしているのでしょう」
「ガブリエル卿。分かっていると思うけれど、エライザ様の婚姻衣装をマタニティ用にお直しするなんて真似はしないでちょうだいね?」
「はい。肝に銘じます」
「婚姻衣装を作り直すのは骨が折れるからね。なあ、ダヴィッド卿?」
「うぉっほん! 話を本題に戻そう――」
◇◇◇
「――ということで、お嬢様が宰相閣下のお宅で療養する案は見送られました」
「ちょっと待って! 宰相閣下って、婚前交渉してたの!?」
「閣下の奥様は、8歳年上だったんですって。元々、閣下の家庭教師も務めていた才女だったらしいです。あっちのお勉強も教えてもらってたんじゃないですか?」
「ちょっとソフィー、言葉を慎みなさい」
でも、意外だわ。閣下ってば、見かけによらず情熱家なんだ。
というか、ベッドの下に隠していたエッチな本を好きな人に発見されて没収されてしまうなんて。私ってば、いろんな意味で乙女として終わった気がする……。
「――それで、仮死状態だったお嬢様の合意があったとは認めがたいということで、殿下には無期限の謹慎処分が下されたそうです」
「だからって、どうしてここなの?」
「ここなら安全ですし、人目を気にせず療養できるじゃないですか」
「それはそうだけど……」
「なんだ、文句があるのか?」
「……いえ。お世話になります」
私は今、離宮は王家の黒い森にある例の一軒家の前に立っている。
そして愛想笑いの一つも浮かべず私とソフィーを迎え入れてくれているのが、以前、私のことを「貴様」呼ばわりしたパスカルさんだ。
そういうわけで、リハビリを兼ねて毎日王家の森を散歩しながら体調が全快するのを待つことになった。
「お嬢さんは、この部屋を自由に使ってくれ」
「ありがとう。ここって――」
私に宛がわれたのは、1階にある日当たりの良い部屋だった。隣に浴室まで付いていて、大きな本棚には哲学書から外国語で書かれた書物に小難しそうな専門書までギッシリと詰まっている。
「昔、レオナルド王子が使っていた部屋だ。最期の方は階段を上るのが難しくなってしまって、ここで多くの時間を過ごされていた」
「そうだったの……」
「ちなみに俺は、レオナルド王子の乳母みたいな存在でな。乳こそ飲ませてないが、食事から介護まで全て請け負っていた。看護なら慣れているから、お嬢さんも安心して過ごせばいい」
「ありがとう」
「一息ついたら、庭先まで来てくれ。その髪、綺麗にカットして整えた方がいい」
パスカルさんは、大きな体躯に似合わず手先の器用な人だった。
チグハグになってしまった私の髪の毛を、チョキチョキ、パッパと切り揃えてくれた。毎日栄養バランス抜群の手料理を作ってくれるし、リハビリはもちろん医薬にも通じている。
なにより、リシャール殿下愛が強すぎるこの大男がいる限り、親に隠れて殿下と密会するなんてことは不可能だ。
義母たちが私の世話を彼に任せた理由が、分かった気がした。
こうして森の一軒家で規則正しい生活を送りながら療養に励んでいたある日。
国王陛下が私を訪ねてきた。
「はい」
ソフィーが言うには、私が仮死状態に陥った日、憔悴しきった義母にこれ以上看護させることは危険だと医師から忠告され、義父が義母を自宅まで連れ戻したそうだ。
「それから、殿下が付きっ切りでお嬢様の看護をするようになったんです。
それでも熱が下がらなくて。
藁にも縋る思いで王都中の医師に治療法を探らせていたら、南国に住んでいたことのある医師から、熱病に侵された患者を水風呂に入れる治療法を聞いたんです。
みんな、『それだ!』って言って、試してみようということになったんですけど、殿下が強く反対なされて」
なんだかその先の会話、想像できそうな気がしてきた。
「殿下ってば、こうおっしゃったんです。
『水風呂だと!? 絶対にダメだ! デルフィーヌは夏でも腹巻きが手放せない程の冷え性なんだぞ? 腹が冷えたらどうする!?』って。
すかさず皆で殿下に具申しましたよ。『高熱で脳がダメージを受けるのと、お腹を下すのとではどっちが大事なんですか!?』って。
なのに殿下ってば、『死ぬか生きるかの戦場でさえ、デルフィーヌは見たくれの美しさや俊敏性よりも腹が冷えない方を優先したんだ。俺は、彼女の意思を尊重したい』そう言って譲らなくて」
だから、腹巻きをしてたのは思春期で膨らんできた胸を隠すためであって、お腹が冷えるのを防ぐ目的じゃなかったのに……。
「じゃあどうしようかという話になったら、殿下がこうおっしゃったんです。
『デルフィーヌを薄着にして体表を冷やす。腹は俺が直接温める』って。
奥様も旦那様もいないし、お目付け役のガブリエル隊長はブリジット夫人を幽閉先へ連行していて留守でしたから、殿下の暴走を止められる人が誰もいなくて。
それで、奇跡的にお嬢様が意識を取り戻したとき、下穿きだけ身に着けたお嬢様に覆いかぶさっている上半身裸の殿下を見た奥様が、無期限の謹慎を言い渡したというわけです」
「し、下穿きだけ!?」
意識がなかったとはいえ、そんな姿を晒していたなんて。乙女として、終わったわ……。
ソフィーが言うには、すぐに義母が殿下を私から引き離し、鬼の形相で殿下を問い詰めていたところに宮廷医が駆け付け、「病室ですぞ? お静かに!」と2人して部屋から追い出されてしまったらしい。
仕方なく場所を変えて別室へ移動したところへ、義父に宰相閣下、エリー様に王都へ戻ってきたガブリエル隊長が合流し、今後の治療方針について話し合いが持たれたということだった。
――別室での話し合い
「殿下。デルフィーヌを看護していただいたことには、感謝申し上げます。ですが、娘に無体を働いたことは容認できませんぞ?」
「侯爵、何を言う? デルフィーヌを薄着にしていたのは治療の一環だ」
「妻から、殿下がデルフィーヌに口付けをなさっていたと聞きましたが」
「あれは合意の上だ」
「婚約者でもない娘に、口付けをなさったのですか?」
「では聞くが侯爵。婚約を交わした書類があったとして、それに何の意味がある? 婚約が口付けを許す免罪符になるとでも? 神聖な愛をそんなつまらない制度で縛らないでくれ」
「たとえ合意があったとしてもです、殿下! 嫁入り前の娘に、なんてことをなさるのです!」
「では聞くがミシェル夫人。夫人は婚姻前に侯爵と口付けをしなかったのか? ただの一度も?」
「そ、それは……マルタンに求められて何度か……」
「それと何が違う? 自分のことは棚に上げ、娘にだけ貞操を求めるのは矛盾しているぞ」
「デルフィーヌは色恋に疎いのです! 他の令嬢と違って、あの子にはまだ閨教育を施していないのですから」
「案ずるな。彼女はすでに私の閨教育係を務めたB女史から直に手ほどきを受けている。愛弟子にしか授けないという女史のサイン入り『女性版・閨の極意A・B・C』まで受け取ったそうだぞ?」
「バーバラ女史……知る人ぞ知る高級娼館『秘密の館』のオーナーか? 実在する人物だったんだな」
「『閨の極意』……刺激的な性描写が問題となり出版禁止となった今や幻の希少本を、著者のサイン入りで? すごいな、それは」
「ガブリエル卿もマルタンも、感心している場合じゃないでしょう!? 愛弟子だなんて、殿下があの子にバーバラ女史を紹介なさったの!?」
「いや。彼女が自らバーバラ女史を訪ね、教えを請うたらしい。見上げた行動力だよ、まったく」
「あぁ……マルタン、なんだか眩暈がしてきたわ」
「ミシェル! 大丈夫か!?」
「ただ、少々解せないことがあってな。デルフィーヌが宰相の邸宅にある自室のベッド下に隠していたのは初級編の『A』だけだった。中級編の『B』と上級編の『C』がなくなっているんだが……」
みなの視線が一斉に宰相閣下へと向けられる。
「いやいや! 言っておくが、僕ではないよ?」
「ダヴィッド。グラース侯爵家の家令から、あなたが再婚したがってると聞いたわよ? 教本で復習でもなさってるの?」
「失礼だな! そんなわけがないだろう? たしかにブランクはあるが、修得した技術はちょっとやそっとじゃ――」
「父上、その辺で。なくなった2冊の行方なら、僕に心当たりがありますよ」
「エリー卿。それは本当なの?」
「ええ。最近の我が家は、不本意なことに結婚が待ちきれないカップルの密会場所になっていましてね。心当たりがないとは言わせませんよ、ガブリエル卿?」
「面目ない。エライザに確認して……おそらく『B』の方を回収しておく」
「まさか、『C』はテレサ壌が?」
「ええ、父上。おおよそ、デルフィーヌ、ミス・エライザ、テレサ壌の3人で『閨の極意』の回し読みでもしているのでしょう」
「ガブリエル卿。分かっていると思うけれど、エライザ様の婚姻衣装をマタニティ用にお直しするなんて真似はしないでちょうだいね?」
「はい。肝に銘じます」
「婚姻衣装を作り直すのは骨が折れるからね。なあ、ダヴィッド卿?」
「うぉっほん! 話を本題に戻そう――」
◇◇◇
「――ということで、お嬢様が宰相閣下のお宅で療養する案は見送られました」
「ちょっと待って! 宰相閣下って、婚前交渉してたの!?」
「閣下の奥様は、8歳年上だったんですって。元々、閣下の家庭教師も務めていた才女だったらしいです。あっちのお勉強も教えてもらってたんじゃないですか?」
「ちょっとソフィー、言葉を慎みなさい」
でも、意外だわ。閣下ってば、見かけによらず情熱家なんだ。
というか、ベッドの下に隠していたエッチな本を好きな人に発見されて没収されてしまうなんて。私ってば、いろんな意味で乙女として終わった気がする……。
「――それで、仮死状態だったお嬢様の合意があったとは認めがたいということで、殿下には無期限の謹慎処分が下されたそうです」
「だからって、どうしてここなの?」
「ここなら安全ですし、人目を気にせず療養できるじゃないですか」
「それはそうだけど……」
「なんだ、文句があるのか?」
「……いえ。お世話になります」
私は今、離宮は王家の黒い森にある例の一軒家の前に立っている。
そして愛想笑いの一つも浮かべず私とソフィーを迎え入れてくれているのが、以前、私のことを「貴様」呼ばわりしたパスカルさんだ。
そういうわけで、リハビリを兼ねて毎日王家の森を散歩しながら体調が全快するのを待つことになった。
「お嬢さんは、この部屋を自由に使ってくれ」
「ありがとう。ここって――」
私に宛がわれたのは、1階にある日当たりの良い部屋だった。隣に浴室まで付いていて、大きな本棚には哲学書から外国語で書かれた書物に小難しそうな専門書までギッシリと詰まっている。
「昔、レオナルド王子が使っていた部屋だ。最期の方は階段を上るのが難しくなってしまって、ここで多くの時間を過ごされていた」
「そうだったの……」
「ちなみに俺は、レオナルド王子の乳母みたいな存在でな。乳こそ飲ませてないが、食事から介護まで全て請け負っていた。看護なら慣れているから、お嬢さんも安心して過ごせばいい」
「ありがとう」
「一息ついたら、庭先まで来てくれ。その髪、綺麗にカットして整えた方がいい」
パスカルさんは、大きな体躯に似合わず手先の器用な人だった。
チグハグになってしまった私の髪の毛を、チョキチョキ、パッパと切り揃えてくれた。毎日栄養バランス抜群の手料理を作ってくれるし、リハビリはもちろん医薬にも通じている。
なにより、リシャール殿下愛が強すぎるこの大男がいる限り、親に隠れて殿下と密会するなんてことは不可能だ。
義母たちが私の世話を彼に任せた理由が、分かった気がした。
こうして森の一軒家で規則正しい生活を送りながら療養に励んでいたある日。
国王陛下が私を訪ねてきた。
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