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第二章 最悪の下宿生活
おんぶ
しおりを挟むそれから立ち上がると、
「俺につかまってろ。もう少しだから」
と真琴の肩に手を回して、ぐいと引き寄せた。グレイの薄手のニットから嗅ぎ慣れた柔軟剤の匂いがする。そのことに真琴は何故か心からほっとした。
幸いにもすぐバス停に着いた。鷹城は乗客達の好奇心に満ちた視線をものともせず、真琴を伴って降りた。
秋の爽やかな風を吸い込むと少し楽になる。鷹城は空いているベンチに真琴を座らせると、自分は近くのコンビニに飲み物を買いに行った。戻ってきた鷹城からミネラルウォーターを受け取り、一口飲む。
「どうだ、気分は」
前に立った鷹城が訊いた。なぜか怒ったような顔をしている。
「はい、少しは……。あの、先生はどうしてここに?」
「駅前の不動産屋に用があったんだ。――って、俺のことはどうでもいい。それ飲んだら背中に乗れ」
「えっ?」
真琴は目を見開いた。
「タクシー使う程でもねえから、おぶって帰る。まだふらついて歩けねえだろ」
「でも……」
「うるせえ」
鷹城はさっとかがみ込み、真琴に広い背を向けた。「早くしろ」と急かされて、迷いながらもそこに乗る。肩にそっと手を添えると、
「危ねえからちゃんと掴まれ」
と言われ、躊躇いながらたくましい首にぎゅっと手を回した。
鷹城は歩き出した。
頬に触れる鷹城の背は、呼吸と共にゆっくりと上下し、暖かかく優しい匂いがする。規則的なリズムが心地よくて、真琴はそっと目をつぶる。
夕方のけやき通りは静かで、木々の間から赤い夕日が見える。今日は金曜日のせいか、行き交う人々の足も軽く、二人を気にする者はいない。少し冷たいがすがすがしい風。コツコツと響く誰かのヒールの音。どこかから漂う焼きいもの甘い匂い。
「あの……重くないですか」
真琴は静かに目を開けた。
「まさか、軽いよ。羽根みてえ」
鷹城がぶっきらぼうに言った。褒められたような気がして頬がじんわりと熱くなったが、しかし罪悪感がそれを打ち消す。
「……ごめんなさい、迷惑をかけて。先生の新しい服を汚してしまいました」
鷹城の背で真琴は顔を伏せた。
「そんなこと気にすんな。こうなったのは俺の責任なんだから」
「え……?」
真琴は顔を上げた。
「最近ずっと顔色が悪かっただろ。訊こうきこうと思ってて、忙しくて後回しになってたんだけど――ちゃんと寝てんのか? 飯食ってんのか?」
(気付いてくれてたんだ)
真琴の胸がぽっとろうそくが灯ったように暖かくなる。
「もしかして、俺の分しか飯作ってないんじゃないか? 今日見たら、冷蔵庫の野菜とか卵がやけに余ってた」
躊躇いながら、真琴は言葉を続ける。
「黙っていて、すみません。実は、最近よく眠れなくて。それで、食欲もなくて……」
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