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第四章 手のひらの熱
まこと
しおりを挟む「でもっ」
「ま、押しつけてはいるけどな」
ぐいぐいとお尻に柔らかいものを感じた。同時に腰の奥にむずがゆい痛みが発生して、真琴は焦る。
「やっ、やだやだ……! 当たってるっ。離して……」
「……その声、えろすぎ。あー……、変な気分になりそう」
真琴の体の内側に、歓(よろこ)びの火種が灯りそうになった。今では寝る前の習慣になっている、あの快感。
(まずい)
「ダメだってば、先生っ!」
「わぁーてるって。……あーあ。このおあずけ、いつまで続くんだかな……」
本気の抵抗に鷹城はようやく押しつけるのを止めた。
長い腕が改めて真琴を包んだ。
「苦しくないか?」
「ん……。大丈夫です」
暖かい胸。後ろから聞こえる穏やかな呼吸。優しい束縛。どれもが心地よく真琴を安らかな気持ちにさせる。
鷹城の手が、真琴の華奢な手をとった。二人は自然と指を絡ませあう。
「お前の手、冷たくて気持ちいい……」
「いいから、もう寝て下さい。明日も忙しいんでしょ……?」
「ん……」
返事をして数秒後、鷹城はすうすう寝息を立て始めた。
規則的な音に、真琴も安心してまぶたが重くなってくる。夜更かしの疲れがいまさら出てきたらしい。
その時かすれた声がした。
「まこと……」
寝言で名を呼ばれドキンと心臓が跳ねる。
「真琴……」
聞き間違いではなかった。鷹城は確かに夢の中で自分を呼んでいる。
そう思った瞬間、真琴は胸がきゅううんと縮んだ。
「――~……!」
今までで最長の甘酸っぱい痛み。足の先まで痺れそうな幸福。ばたばたと暴れそうになりそうになる。
(またこの感じだ……。これは一体なんなんだろう?)
その時脳裏に稲妻が走った。
(そうか! おれ、先生が好きなんだ!)
真琴は雷に打たれたように固まった。
(だからこんなに胸がキュンキュンするんだ)
その感情は心にストンと落ちてきた。
憧れや好意を遙かに超えて、鷹城を意識していることにやっと気がついたのだ。
動物園の時に考えた、『もし自分が女性だったら』という仮定の話ではない。
ひとりの男として、鷹城に恋している。しかもかなり本気で。
(……って、先生が好き?! おれがっ? どどど、どうしよう)
パニックになりながら布団をかぶった。心臓は大暴れし、耳までドクドクと鳴っている。
今さらながら、後ろから想い人に抱きしめられていることに気づいて、恥ずかしさと嬉しさで、どうにかなりそうである。
心地よいまどろみは吹っ飛んでしまった。
(こんな状態で寝れないよ!)
背に鷹城の体温を感じながら、神様にでも八つ当たりしたい気持ちで、一睡も出来ずに真琴は夜を明かした。
降り続いていた雪は止み、東から朝日が昇ってくる。紺色の空の端が赤紫に変わる。うっすら積もった雪が、まるでダイアモンドをばら撒(ま)いたみたいに輝き、融けていく。
目覚めた小鳥が羽ばたく音。ツンと冷たい風。
もうすぐ本格的な冬がやってくる。
第四話・了
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