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第五章 聖なる夜に(前編)
クリスマスパーティー
しおりを挟む快晴の冬空の下、S台発T京行きの新幹線ムササビがホームに滑り込んだ。
クリスマスイブ当日の駅は人でごった返している。
真琴と鷹城は、それぞれのボストンバッグを担いでムササビを降りた。
真琴は新幹線ホームを見回した。都内に来る機会など滅多にないので、行き交う人の多さに気後れする。
「うわあ。やっぱ混んでますね」
「だなあ」
ふたりは人の流れに添って歩き出した。
「それにしても、本当にいいんですか? 部外者のおれが、出版社のクリスマスパーティーだなんて」
真琴は自信なく言った。
「あのな、ここまで来てなに言ってんだ。いいに決まってるだろ。主催者側の白川が誘ってきたんだから」
鷹城があきれたように答える。
「だけど……」
「つべこべ言ってると、置いてくぞ。俺はこの日を楽しみにしてたんだからな。病み上がりからの年末進行は死ぬほどきつかったんだぞ」
「その風邪をおれに移したのは誰ですか」
真琴はじろっと鷹城を見た。
先月の鷹城の風邪は薬が効いたのかすぐ良くなった。しかし代わりに真琴が熱を出したのだ。
「仕方ねえだろう。肌を寄せ合って寝ちまったんだから」
「ちょっ……! 官能小説っぽい言い方をしないで下さい。あれはただの介護です」
「はいはい、スミマセンね。でも、お前が寝込んだ時もちゃんと看病しただろうが。俺様特製のおかゆも作ってやったし」
「俺様特製って……。炊飯器に無洗米と水を入れて、おかゆモードで炊いただけでしょ。それに、後から見たらキッチンはしっちゃかめっちゃかだし……」
「でもうまかっただろ?」
鷹城が横目でこちらを見た。瞳が笑っている。
「……まあ、少しは」
真琴は頬を赤らめながらぼそっと答えた。鷹城はそれを見てにんまりと唇の端を引き上げる。悔しいぐらい得意そうな表情だ。
二人は改札を出て、電車に乗り換えた。
今日の上京の目的は、鍵元出版主催のクリスマスパーティーに参加することだった。
十二月に入ってすぐ、白川から声がかかったのだ。
――鷹城さんって、こういう会には全然出ないじゃないですか。たまにはどうですか? そうだ、家政夫の影内くんも誘って。
電話をもらった時、最初鷹城は渋っていた。しかし真琴の名が出た途端、乗り気になったみたいだ。真琴に了解をとる前に、二つ返事で答えてしまった。
その話を後から聞いた真琴は、しぶしぶ事後承諾するという演技をしたが、しかし内心舞い上がっていた。
(先生と一緒にクリスマスが過ごせる)
鷹城が好きだと自覚して以来、真琴は初めて芽吹いた甘酸っぱい感情を味わっていた。
脱衣所で湯上がりの鷹城と遭遇して顔が赤くなったり、スパゲティやオムライスなど彼の好物ばかりを作ったり、彼のボクサーパンツを畳む時にドキドキしたりする。
今まではなんともなかった家政夫としての行為が、妙に気恥ずかしい。
一緒に暮らしているくせに何を今さら、と自分でも思う。しかも数回セックスまでした仲なのだ。裸だって見たことがある。
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