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最終章 未来へ
先生
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外は大雪だった。しんしんと綿雪が降り、頬が凍りそうだ。ぶるっと寒気に震えて襟に首を埋める。
歩きながら思った。
今頃鷹城はどうしているだろうか。
生まれも育ちもT京だと言っていたから、年末年始は実家に帰っているかもしれない。それとも執筆で部屋にこもりきりだろうか。
(先生は甘党だから、お餅はきなこやあんこが好きかなぁ……。おせちやお雑煮も、いっぱい作ってあげたかったな)
こんなに寂しい大晦日は初めてだった。帰省する気にもなれず、家族には今年はアルバイトで忙しいと言って、アパートで年を越すことにした。
真琴が暗い足取りで歩いていると、角を曲がった向こうに人影が見えた。黒いコートを着た背の高い男が、スマホを手にきょろきょろしている。
まるで誰かの家を探しているようだった。
大学裏にある中流の住宅街には似合わない、高価なコートを着た男の姿に、真琴ははっとした。
「先生……!」
真琴は立ち止まった。声と共に白い息が上がる。
ややあって男がこちらを見て、目を見開いた。やはり鷹城だった。
「真琴……」
鷹城は少しやつれたようだった。目の下に隈(くま)をつくり、顔色も良くない。
「……どうして、こんなところに」
真琴は震える声でようやく言った。
「お前こそなんで……」
鷹城は真琴に近づいた。
「お前のバイト先に住所を聞いたんだ。ずっと電話に出ないから」
と鷹城。
「それは……。すみません」
「いいよ、謝らなくて。それくらい怒ってるんだと思ったから」
「……怒ってません」
むしろ、自分の想いを踏みにじられて、頭にきているのは鷹城の方ではないか、と思った。
「怒ってるだろう。ずっと電話を無視して」
「違います」
「ほら、怒ってる」
真琴はだんまりをした。怒ったとか怒ってないとか、そういう問題ではないだろうと思ったからだ。
そんな様子の真琴を見て鷹城が溜息をついた。
「……ところで、どこか出掛けるのか」
真琴はようやく自分のだらしない格好に気づいて、視線から逃れるように、目を逸らした。
「コンビニに食料を買いに……」
「コンビニ? めずらしいな」
「腹が減ったので」
「こんな変な時間にか?」
時刻は昼をとっくに過ぎている。確かに変と言われればそうだった。
(何をしに来たんだろう……)
話の行方が分からずに真琴は少し不安になった。
「なあ、ちょっと痩せたんじゃないか」
「……」
「ちゃんと飯食ってんのか? お前はほっとくとすぐに食わなくなるからな」
「……心配してもらわなくても、大丈夫です」
「そういうわけにはいかない。一人暮らしなんだから、何かあったら大変だろう」
「ひとりでも、平気です」
「だけど……」
鷹城がふいに手を伸ばし、真琴の頬に触れようとした。
「だめっ……!」
真琴はビクッとし、反射的に顔を背けた。
あの熱い手に触れられたら、ぱんぱんに張り詰めた恋心が弾けると思った。
突然の拒絶に鷹城が目を見開いて硬直する。
「……やっぱり嫌われちまったのか」
ややあって手を下ろした鷹城が言った。ひどく傷ついたような表情だった。
「えっ……?」
胸がざわついた。何か大変なことをしてしまったような気がした。
鷹城は長い溜息をつく。
「今日会いに来たのは、どうしても確かめたいことがあったからなんだ……。でも、もう聞く必要はなくなったみたいだな」
「確かめたいこと……?」
真琴は繰り返した。
「いいんだ、もう。たった今終わったことだから」
「待って下さい。終わったって、何がですか」
歩きながら思った。
今頃鷹城はどうしているだろうか。
生まれも育ちもT京だと言っていたから、年末年始は実家に帰っているかもしれない。それとも執筆で部屋にこもりきりだろうか。
(先生は甘党だから、お餅はきなこやあんこが好きかなぁ……。おせちやお雑煮も、いっぱい作ってあげたかったな)
こんなに寂しい大晦日は初めてだった。帰省する気にもなれず、家族には今年はアルバイトで忙しいと言って、アパートで年を越すことにした。
真琴が暗い足取りで歩いていると、角を曲がった向こうに人影が見えた。黒いコートを着た背の高い男が、スマホを手にきょろきょろしている。
まるで誰かの家を探しているようだった。
大学裏にある中流の住宅街には似合わない、高価なコートを着た男の姿に、真琴ははっとした。
「先生……!」
真琴は立ち止まった。声と共に白い息が上がる。
ややあって男がこちらを見て、目を見開いた。やはり鷹城だった。
「真琴……」
鷹城は少しやつれたようだった。目の下に隈(くま)をつくり、顔色も良くない。
「……どうして、こんなところに」
真琴は震える声でようやく言った。
「お前こそなんで……」
鷹城は真琴に近づいた。
「お前のバイト先に住所を聞いたんだ。ずっと電話に出ないから」
と鷹城。
「それは……。すみません」
「いいよ、謝らなくて。それくらい怒ってるんだと思ったから」
「……怒ってません」
むしろ、自分の想いを踏みにじられて、頭にきているのは鷹城の方ではないか、と思った。
「怒ってるだろう。ずっと電話を無視して」
「違います」
「ほら、怒ってる」
真琴はだんまりをした。怒ったとか怒ってないとか、そういう問題ではないだろうと思ったからだ。
そんな様子の真琴を見て鷹城が溜息をついた。
「……ところで、どこか出掛けるのか」
真琴はようやく自分のだらしない格好に気づいて、視線から逃れるように、目を逸らした。
「コンビニに食料を買いに……」
「コンビニ? めずらしいな」
「腹が減ったので」
「こんな変な時間にか?」
時刻は昼をとっくに過ぎている。確かに変と言われればそうだった。
(何をしに来たんだろう……)
話の行方が分からずに真琴は少し不安になった。
「なあ、ちょっと痩せたんじゃないか」
「……」
「ちゃんと飯食ってんのか? お前はほっとくとすぐに食わなくなるからな」
「……心配してもらわなくても、大丈夫です」
「そういうわけにはいかない。一人暮らしなんだから、何かあったら大変だろう」
「ひとりでも、平気です」
「だけど……」
鷹城がふいに手を伸ばし、真琴の頬に触れようとした。
「だめっ……!」
真琴はビクッとし、反射的に顔を背けた。
あの熱い手に触れられたら、ぱんぱんに張り詰めた恋心が弾けると思った。
突然の拒絶に鷹城が目を見開いて硬直する。
「……やっぱり嫌われちまったのか」
ややあって手を下ろした鷹城が言った。ひどく傷ついたような表情だった。
「えっ……?」
胸がざわついた。何か大変なことをしてしまったような気がした。
鷹城は長い溜息をつく。
「今日会いに来たのは、どうしても確かめたいことがあったからなんだ……。でも、もう聞く必要はなくなったみたいだな」
「確かめたいこと……?」
真琴は繰り返した。
「いいんだ、もう。たった今終わったことだから」
「待って下さい。終わったって、何がですか」
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