34 / 78
第1章
第34話 新妻ごっこ
しおりを挟む
レイの決意は翌朝目が覚めても揺らがなかった。
「え、仕事?」
「流石に帰って来てるのも知られてるから、神殿に行かないわけにいかなくて。夕方には帰るよ」
「えー、せっかくデプレ先生の新作の感想話せるかもって思ったのに」
「帰ったら聞くから待ってて」
療養とはいえど家に閉じ込めて悪いと思ってはいるんだろう、エディはレイが以前と変わらない態度でいることに少しほっとしているようだ。
それが目に見えてわかるから、むかつく。レイは朝食を食べ終わったエディが玄関に向かう後ろをついていく。
「レイ、本読んでていいんだよ?」
「家主が仕事行くんなら見送りしねーとだろ。行ってらっしゃいませ旦那様」
「う……ちょっと、嬉しいかもしれない」
「はっ、笑える。早く行けよ馬鹿エディ」
レイのふざけたお見送りの台詞でも喜ぶエディを鼻で笑い、背を叩いて送り出す。以前と同じように。
玄関の扉が閉まるまで笑いながら送ったレイは、一人になるなりその場にしゃがみ込んだ。
「よし、バレてない……」
昨日散々エディの名前を呼びながら自慰したことは気付かれていない。寧ろ距離をとった態度を喜んでいる。
あいつ、本当に一度夜這いでも仕掛けたらどうなるんだろうか。しないけれど。どうせ喜びよりも戸惑いが勝つだけだ。
レイは気合を入れるために頬をぱちんと叩き、アンジーがいつ来てもいいように図書室で本を数冊見繕い自室に篭ることにした。
シーツはエディを騙くらかして汗で気持ち悪いと清浄魔法をかけさせた。襲われたときの悪夢を見たからかもしれないと言えば馬鹿正直に心配一色で部屋ごと綺麗にしてくれたから、あの単純さは本当に助かる。
さて、今日は何を読んでいようか。恋愛小説? 冒険譚? それとも、初めて出会った時読んでいた地学の本にでもしてしまおうか。勉強なんてもうしないけれど、あいつが意識するように。
図書室の棚を眺めて見繕い、幾つか読んだ記憶がないものを揃えていく。その中でも一冊、聖騎士について書かれた本もあったから選んでみた。
聖騎士が普段何をしているのか知らない。今日も仕事だと出て行ったけれど、一体何をしているのだろう。
「まぁ、『旦那様』のお仕事内容は把握しておかないとな?」
使用人のつもりで言った旦那様という呼び方、あの喜び具合から見るに違う捉え方をしたんじゃなかろうか。
伴侶を呼ぶような。昨日出迎えた時も喜んでいたから、あいつは多分そういうシチュエーションが好きなのか。
嗚呼、いいことを思いついた。今日は行商も来るし丁度いい。
レイはアンジーにひとつ頼みごとをしたいと思いつき、早くやってこないだろうか期待しながら客間に戻り本を読み始めた。
* * *
聖騎士の仕事は結局よくわからなかった。神の護衛だとか神の遣いだとか書かれているだけで仕事内容については特に何も書かれていなかった。
まったく、職業についてを記述する本を執筆している自覚があるのかこの筆者は。これじゃまるで神殿を崇め奉るだけの本だ。
レイはそう思いながら、準備万端でエディの帰りを待っていた。
昨日のように玄関が開く音がしてから近付くという時間のロスはしない。帰って来るであろう時間を見計らい、玄関ホールで待ち構えている。
扉が開き、エディが見えた。レイはすぐに揶揄うような笑みを作りエディを迎えた。
「おかえり、遅いぞ」
「え、あ」
「早く飯食いたいから食堂行こうぜ。アンジーさんがポークソテー作ってくれてさ」
「え、いや、待って」
「んー?」
「……あの、その布」
「布って、せめて毛布って言えよ」
青から水色にグラデーションがかった、エディの瞳の色をした小さな薄手の織毛布。肌寒くなってきたから室内では防寒として身に纏うこともあるものだ。
アンジーに織毛布が欲しいと言い、ついでに今日行商が来るから一緒に選んでほしいとお願いした。そして、こっそり耳打ちしたのだ。
できればエディの瞳の色がいい。独りぼっちだと寂しいから、親友を思い出せるような色がと。
経緯は知らずとも突然雇い主が療養のため住まわせると言った子供が寂しさを紛らわせる手段にと選んだ色。本来は恋人同士で選ぶような色だけれど、そうでもしないとアンジーが帰ってしまった後一人は寂しいから嫌だと泣きつけば、アンジーは簡単に絆され一緒にエディの瞳にそっくりな色の織毛布を行商と相談し選んでくれた。
他の服もアンジーのチョイスで全部選んでもらった。全幅の信頼を置いているのだとわかりやすく示せるように。こういう時は、おせっかいなおばさまというのは大変有難い。
レイは、にやりと笑って織毛布を見せる。
「これが何? 空の色して綺麗じゃん」
「……ああ、いや」
「なんだよ、お前の色だって? あんまり調子乗んなよ、返事はしなくていいんだろ」
「そう、なんだけど」
自分が選んだのはあくまで空の色だから。エディの色じゃない。
レイは、その織毛布を羽織ったままエディの隣まで近付き、腕を組む。
「それとも、こうして新妻みたいな顔でもしてほしいわけ? 旦那様」
「え、あ、えっと」
「変態。そんなこと絶対するわけねえだろ馬鹿」
揶揄えばわかりやすく動揺する。
こんなに自分を好きだと全身で表しているのに、レイの気持ちを決めつけて聞こうともしないからだ。伸びた腕に気付かないふりをしてぱっと腕から離れ、レイは食堂に向かうため歩き出す。
「飯食う前にその興奮してるのどうにかしてから来いよ、性欲向けられて飯食えるほど俺神経図太くないから」
男の興奮は、一目で見てわかってしまう。
そこまでなっているのに、触れるつもりもない甲斐性なしの性欲なんて知るか。
しかし、これは割と使えるらしい。エディの色だと一目惚れした織毛布の裾を持ち上げ見えないように唇を寄せながら、レイはふふと笑った。
「え、仕事?」
「流石に帰って来てるのも知られてるから、神殿に行かないわけにいかなくて。夕方には帰るよ」
「えー、せっかくデプレ先生の新作の感想話せるかもって思ったのに」
「帰ったら聞くから待ってて」
療養とはいえど家に閉じ込めて悪いと思ってはいるんだろう、エディはレイが以前と変わらない態度でいることに少しほっとしているようだ。
それが目に見えてわかるから、むかつく。レイは朝食を食べ終わったエディが玄関に向かう後ろをついていく。
「レイ、本読んでていいんだよ?」
「家主が仕事行くんなら見送りしねーとだろ。行ってらっしゃいませ旦那様」
「う……ちょっと、嬉しいかもしれない」
「はっ、笑える。早く行けよ馬鹿エディ」
レイのふざけたお見送りの台詞でも喜ぶエディを鼻で笑い、背を叩いて送り出す。以前と同じように。
玄関の扉が閉まるまで笑いながら送ったレイは、一人になるなりその場にしゃがみ込んだ。
「よし、バレてない……」
昨日散々エディの名前を呼びながら自慰したことは気付かれていない。寧ろ距離をとった態度を喜んでいる。
あいつ、本当に一度夜這いでも仕掛けたらどうなるんだろうか。しないけれど。どうせ喜びよりも戸惑いが勝つだけだ。
レイは気合を入れるために頬をぱちんと叩き、アンジーがいつ来てもいいように図書室で本を数冊見繕い自室に篭ることにした。
シーツはエディを騙くらかして汗で気持ち悪いと清浄魔法をかけさせた。襲われたときの悪夢を見たからかもしれないと言えば馬鹿正直に心配一色で部屋ごと綺麗にしてくれたから、あの単純さは本当に助かる。
さて、今日は何を読んでいようか。恋愛小説? 冒険譚? それとも、初めて出会った時読んでいた地学の本にでもしてしまおうか。勉強なんてもうしないけれど、あいつが意識するように。
図書室の棚を眺めて見繕い、幾つか読んだ記憶がないものを揃えていく。その中でも一冊、聖騎士について書かれた本もあったから選んでみた。
聖騎士が普段何をしているのか知らない。今日も仕事だと出て行ったけれど、一体何をしているのだろう。
「まぁ、『旦那様』のお仕事内容は把握しておかないとな?」
使用人のつもりで言った旦那様という呼び方、あの喜び具合から見るに違う捉え方をしたんじゃなかろうか。
伴侶を呼ぶような。昨日出迎えた時も喜んでいたから、あいつは多分そういうシチュエーションが好きなのか。
嗚呼、いいことを思いついた。今日は行商も来るし丁度いい。
レイはアンジーにひとつ頼みごとをしたいと思いつき、早くやってこないだろうか期待しながら客間に戻り本を読み始めた。
* * *
聖騎士の仕事は結局よくわからなかった。神の護衛だとか神の遣いだとか書かれているだけで仕事内容については特に何も書かれていなかった。
まったく、職業についてを記述する本を執筆している自覚があるのかこの筆者は。これじゃまるで神殿を崇め奉るだけの本だ。
レイはそう思いながら、準備万端でエディの帰りを待っていた。
昨日のように玄関が開く音がしてから近付くという時間のロスはしない。帰って来るであろう時間を見計らい、玄関ホールで待ち構えている。
扉が開き、エディが見えた。レイはすぐに揶揄うような笑みを作りエディを迎えた。
「おかえり、遅いぞ」
「え、あ」
「早く飯食いたいから食堂行こうぜ。アンジーさんがポークソテー作ってくれてさ」
「え、いや、待って」
「んー?」
「……あの、その布」
「布って、せめて毛布って言えよ」
青から水色にグラデーションがかった、エディの瞳の色をした小さな薄手の織毛布。肌寒くなってきたから室内では防寒として身に纏うこともあるものだ。
アンジーに織毛布が欲しいと言い、ついでに今日行商が来るから一緒に選んでほしいとお願いした。そして、こっそり耳打ちしたのだ。
できればエディの瞳の色がいい。独りぼっちだと寂しいから、親友を思い出せるような色がと。
経緯は知らずとも突然雇い主が療養のため住まわせると言った子供が寂しさを紛らわせる手段にと選んだ色。本来は恋人同士で選ぶような色だけれど、そうでもしないとアンジーが帰ってしまった後一人は寂しいから嫌だと泣きつけば、アンジーは簡単に絆され一緒にエディの瞳にそっくりな色の織毛布を行商と相談し選んでくれた。
他の服もアンジーのチョイスで全部選んでもらった。全幅の信頼を置いているのだとわかりやすく示せるように。こういう時は、おせっかいなおばさまというのは大変有難い。
レイは、にやりと笑って織毛布を見せる。
「これが何? 空の色して綺麗じゃん」
「……ああ、いや」
「なんだよ、お前の色だって? あんまり調子乗んなよ、返事はしなくていいんだろ」
「そう、なんだけど」
自分が選んだのはあくまで空の色だから。エディの色じゃない。
レイは、その織毛布を羽織ったままエディの隣まで近付き、腕を組む。
「それとも、こうして新妻みたいな顔でもしてほしいわけ? 旦那様」
「え、あ、えっと」
「変態。そんなこと絶対するわけねえだろ馬鹿」
揶揄えばわかりやすく動揺する。
こんなに自分を好きだと全身で表しているのに、レイの気持ちを決めつけて聞こうともしないからだ。伸びた腕に気付かないふりをしてぱっと腕から離れ、レイは食堂に向かうため歩き出す。
「飯食う前にその興奮してるのどうにかしてから来いよ、性欲向けられて飯食えるほど俺神経図太くないから」
男の興奮は、一目で見てわかってしまう。
そこまでなっているのに、触れるつもりもない甲斐性なしの性欲なんて知るか。
しかし、これは割と使えるらしい。エディの色だと一目惚れした織毛布の裾を持ち上げ見えないように唇を寄せながら、レイはふふと笑った。
33
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる