【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第57話 泣き別れ

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 混乱したレイをさらに追い込むかのように、王太子殿下が口を開く。

「婚約婚姻に関してはまだ話し合わねばならないから、本決定にはならない。だが、この事件を公表することが難しい以上、そうなる可能性もある」
「……そう、ですか」
「それに彼女は魔力量も多く、学園時代の成績も芳しいものがあった。それこそ、エドガーの横に立っても見劣りしない」
「……」

 それは、そうだ。淑女としても名の知れている彼女なら、エディの隣に立っていても見劣りしない。
 ただの親友の自分がいつまで経ってもエディに纏わりついている方がおかしい。世間からしたら、そう見られるのは当然のことだろう。

「コルネリス伯爵令嬢、ヴァンダムに自ら事情を説明したいという君の話は聞き届けた。後は調査に協力してくれるだろうか」
「ええ、当然のことです」
「ならば退出を。俺はまだヴァンダムに話さなければいけないことがある」
「それでは、私はこれで御前を失礼致します」

 椅子から立ち上がったコルネリス伯爵令嬢は、優雅に礼を行い部屋から退出した。
 無言の空間。王太子殿下は侍女達も引き払わせ、二人きりになるとレイに歩み寄り見下ろす。

「ヴァンダム、少しいいか」
「……はい」
「その腕輪は外してくれ。これ以上エドガーを縛るわけにはいかない」
「……」

 腕輪を掴んでいた指に力が篭る。
 まだ、好きだと言葉で返せていない。昨日、漸く本当に一線を越えたけれど恋人というには曖昧な関係。
 この腕輪を外してしまったらその関係すら更にあやふやになってしまう。

「お前には良い婿入り先を探してやる。お前が離れればあれも聖騎士に執着はしなくなるだろう。そうなれば王命で結婚させることもできる」
「……エディ、には」
「まだ何も」

 嗚呼、きっとエディ本人に言っても聞かないとわかっているからレイに頼んでいるんだ。
 聖騎士は己の意思でしか動かない。結婚も、本人が望まない限り誰も横槍を入れられない。
 だから、聖騎士に執着する理由であるレイが自分から望んでエディから離れれば。

「……俺は、邪魔だってことですか」
「……言い方は悪いが、そうなる。女が嫌なら男でもいい。君が望む者を探そう」
「俺は、……俺は、男だとか女だとか、そういう理由でエディと一緒にいたわけじゃ」
「知ってる。……あの女の希望通りエドガーに添わせるようなことはしない。あの女は危険分子でしかない、我が国力になるエドガーの近くには決して置けない人間だ。ただ、君も同じく危険分子だと思っている」

 王太子殿下の指が、レイの腕に触れる。
 そういえば、先程背中を押してしまった時も王太子殿下は弾かれることがなかったことを思い出す。
 今は無効化しているらしいが、自分の身体にエディ以外の誰かが触れているのは久し振りだと思いながら視線を落として見ていると、王太子殿下の指はつうと腕から肩、首をなぞり、レイの顎を持ち上げた。

「君が昨日エドガーと何をしたかも理解している。独身時代のお遊びと捉えて、今のうちに離れてくれないか」
「……俺は、……俺は、エディが」
「駄目だ。君は力もない子爵家の子供で、婿入りしない限り平民と立場は変わらない。エドガーとは住む世界が違う」

 そんなの昔からわかっていることだ。わかっていて、もう過去の関係になるのだと思っていたのにエディが自分を望んでくれた。
 エディが、これから先も自分と共にいたいと望んでくれたから、これからもずっと二人でいられるのだと思って。

「他を知らないから執着するのであれば、他の男を宛がってやる。あれに似ている俺はどうだ? あれより高位で、金もある」
「……は?」
「君のような見目の良い男なら侍らせてもそう文句は出ないだろう。図書課から俺の直属に配置換えをしてやる。俺の婚約者が学業を終えて入国するまでの間だ」
「……冗談、きついです」
「何が冗談なものか。エディと似たような男なんて俺しかいないだろう。妥協しておけ」

 王太子殿下が何を言っているのかわからない。
 レイは言葉の意味を理解したくないと現実逃避のため顔を背けた。冗談にしたって程度が悪すぎる。
 妥協って、侯爵令息のエディの妥協として選ぶ人じゃない。そもそも、自分はエディ以外を選びたくない。
 嫌だ。王族の言葉を断るなんてできないとわかっているが、嫌。レイは首を振り、椅子から立ち上がった。

「腕輪は、エディと話し合ってから決めます。俺一人じゃ無理です」
「駄目だ。この場で外すまで、君を帰すことはできない」
「でも、外したら転移が」
「俺が外せば作動しない。俺の魔力はエドガーと調和しやすくてな。先程無効化したのも、君が俺に触れても何もなかったのもそのお陰だ」

 王太子殿下の指が、腕輪に絡む。
 嫌だ。嫌、エディとの繋がりを外すのは嫌。
 けれど、今自ら外してエディを転移させて呼び出すなんてできない。昨日、あんなに傷つき疲弊したのだ。まだ回復していないのに、呼び出すなんて。

「君は、これからもあいつを縛り付けたいのか? 『誓約の魔法』なんてものをかわそうとする前に遠ざけなければいけない」
「……エディが言ったんですか?」
「嗚呼。だからこそ、子供の恋愛だからと放置することができなくなった。エドガーは国力だ。君一人の一存で振り回されるようなものじゃない」

 これまで放置されていたのは、ずっとエディの片想いで済んでいたから。レイもいずれは結婚すると口にしていたからこそ、独身時代の気の迷いで終わらせられるはずだったから。
 それが、昨日身体を繋げてそのまま誓約の魔法なんていう一生ものの呪いじみたものを自らにかけようとしたことで話が変わった。
 エディの力は将来必ず国に必要になる。レイ一人の意見で振り回され、レイのためにしか使わないようなことになれば国が危うくなるかもしれない。
 だから、離れなければいけない。

「……俺がただ無言で離れたからって、あいつが信じると思いますか?」
「いいや。だから手紙を書いてほしい。あれよりいい人に出会ったから結婚するため国を出るとでも言っておいてくれ。君一人図書課から離れたくらいならどうとでもなる。軍部の膿もほぼ出し切った、君が姿をくらませたところで痛手もない」
「……俺、何処にいればいいんですか」
「言っただろ、俺で妥協しろと。暫くの間は俺の宮で囲ってやる。俺が結婚する時は適当に相手を見繕ってやるから」

 レイの手首に嵌っていた腕輪は、あっさりと外れた。あの光も出ず、ただからんと音を立てて床に落ちる。

「……エディ以外とは、何もしたくないんですけど」
「それでもいい。エドガーが誰かと結婚して身を固めるまでの間、君はただあいつから姿をくらませておいてくれればいい。なるべく俺の目の届くところで」

 レイの感情なんて関係ない。王太子殿下は国のためだと考え、行動している。
 一個人の恋愛感情なんてどうでもいい。国の運営には関係のないことだ。
 国のためには何でも利用する。
 快活で傑出した人物だと評判の王太子殿下は、遂に涙を零してしまったレイのことを見下ろし爽やかに笑いかけた。
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