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第1章
第58話 籠の鳥か、道化師か
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自分ひとりいなくたって、何も変わらない。
図書課はそもそも自分がいなくても回っていた。軍部は、レイが配置換えでいなくなっても問題なかった。
エディだって、レイと会わなくたってずっと聖騎士として働いていた。今更同居を解消して姿をくらませたところで、あいつはいつも通りのはずだ。
レイは水晶宮の一角に部屋を与えられ、秘密裏に囲われていた。
秘密裏とはいえ、王族の皆には知られている。昨日はマノン王女殿下がやって来た。
貴方も巻き込まれて大変ね、なんて慰められたけれど、彼女だって自分がいなければエディと学生の時点で婚約できていたから邪魔者だったはずだ。
自分がいない方が、エディのためになっていた。そして国のためにも。
エディを、自分が狂わせた。いなくてもどうにかなる程度の、自分が。
王太子殿下に爽やかに笑いながら毎日毎日繰り返し言われ続けた言葉で、レイは洗脳されていた。
「ヴァンダム、今日の本を持ってきたぞ」
外に出られないレイのために王太子殿下は毎日のように本を持ってくる。エディと引き剥がすために無理矢理閉じ込めることとなってしまったレイへの罪悪感の軽減のためか、それとも死なれるのは困るのか、退屈しのぎにと。
デプレ先生の新作が出たらしい。金色の美しい箔を指でなぞり見つめていると、王太子殿下は近くの椅子に座りレイを見下ろしにっこりと笑う。
「気に入ったか?」
「……まあ、はい」
「いつも曖昧な返事ばかりだな」
本を読めることは嬉しい。けれど、エディの家で療養していた時と同じような、それよりももっと良い待遇だというのに、日々が退屈で色褪せている。
あの時と今、何が違うのかわからない。満たされているはずだ。それなのに。
レイは涼しい手首に視線を落とす。あの時に外されてしまった腕輪は何処かに持ちだされてしまった。きっとエディの元へだろう。
エディが自分を諦めるよう手紙も書かされた。あの手紙と共に渡されたエディは何を思ったのだろう。
きっと失望したはずだ。あれだけ焦らして、自分だけを見るように仕向け身体を一度繋げた直後に他に惚れたから姿をくらますなんて、世紀の悪女だってしないこと。
あの一文を、エディが気付けばよかった。けれど今までずっとエディからのリアクションはなく、きっと気付かれなかったのだ。
王太子殿下は、レイの伸びた髪に触れた。
「そろそろ切ってもらうか、こんなに伸びては邪魔だろう」
「……別に、どうでも」
身だしなみなんて整えたって無駄だ。他人に触れられるのも嫌。もうこのままでいい。
王太子殿下に触れられたとて、何も思わない。見た目の変化を指摘されても興味すら。
もうエディに会いたいなんて気持ちはなくなってしまったけれど、かといって他に靡いたり、意識を向けるなんてことしない。もう全てがどうでもいい。
だって、自分は学生時代からエディを狂わせてしまった。国力になるはずの彼を縛り付けてしまった。
「今日で、あれからどれほど経ちましたか」
「大体そうだな、月がひとつ変わるほどか。そろそろ春になるな」
まだ、たったそれくらいしか経っていないのか。水晶宮の中は空調も完備されており、この部屋には窓がない。朝が来たら明かりが灯され、夜になると消される。そんな日々では体内時計も狂い、どれほどの時が経ったのかもわからなかった。
レイが外を気にしたのは初めてだ。王太子殿下の優しい眦が、鋭く変化する。
「外に出たいか?」
「……いや、別に」
「いいことをひとつ教えてやろう。外は今、エドガーの婚約に湧いている」
「……は、」
「聖騎士を辞めるそうだ。だから国が婚約に口を出せるようになった」
たったひと月で、エディは自分以外の誰かと人生を歩む道を選んだということか。
自分はここに閉じ込められ、王太子殿下くらいにしか会う者もおらず、エディを想う気持ちを押し殺して生かされていたのに。
レイが姿をくらませてから、たったひと月で。
王太子殿下は立ち上がり、レイの耳許で囁いた。
「君がエドガーのそばから離れてくれたおかげだ。感謝する」
嫌だ。嫌。こんなになるまで好きにさせて、夢中になってしまって、ただの親友でいられなくして、それなのにエディは。
言葉を発することすらできないレイを見下ろしていた王太子殿下は、無言で部屋を出て行く。外から鍵をかけられる音がして、初めてレイは自ら動いた。
レイの足首には、この部屋から出られないよう魔法をかけられた足枷がついている。自分で外すことのできないこれがある限り、レイは外には出られない。
王太子が自分に興味のない人で良かった。何もせず、怠惰に部屋の中で過ごしていれば文句のひとつも言われないから。
けれど、外に出たい。今すぐ外に出てエディに会いに行きたい。
会いに行ってぶん殴ってやる。最後に見たときの腫れ上がった顔よりも、もっとボコボコになるまで殴り続けてやる。
なんで自分だけ、こんなにならなければいけないんだ。
どうして、自分を置いて他の誰かと。
書かされた手紙に残したメッセージ、何でエディのくせに気付かないんだ。
部屋に残された自分からのプレゼント、見てくれてすらいないのか。
エディにだけ伝わるように書いたのは、デプレ先生が最初に出した離れる恋人を想い続ける詩からの引用。
マラカイトの石の言葉は恋の成就。
どちらも、自分の空回りに終わってしまったなんて。
図書課はそもそも自分がいなくても回っていた。軍部は、レイが配置換えでいなくなっても問題なかった。
エディだって、レイと会わなくたってずっと聖騎士として働いていた。今更同居を解消して姿をくらませたところで、あいつはいつも通りのはずだ。
レイは水晶宮の一角に部屋を与えられ、秘密裏に囲われていた。
秘密裏とはいえ、王族の皆には知られている。昨日はマノン王女殿下がやって来た。
貴方も巻き込まれて大変ね、なんて慰められたけれど、彼女だって自分がいなければエディと学生の時点で婚約できていたから邪魔者だったはずだ。
自分がいない方が、エディのためになっていた。そして国のためにも。
エディを、自分が狂わせた。いなくてもどうにかなる程度の、自分が。
王太子殿下に爽やかに笑いながら毎日毎日繰り返し言われ続けた言葉で、レイは洗脳されていた。
「ヴァンダム、今日の本を持ってきたぞ」
外に出られないレイのために王太子殿下は毎日のように本を持ってくる。エディと引き剥がすために無理矢理閉じ込めることとなってしまったレイへの罪悪感の軽減のためか、それとも死なれるのは困るのか、退屈しのぎにと。
デプレ先生の新作が出たらしい。金色の美しい箔を指でなぞり見つめていると、王太子殿下は近くの椅子に座りレイを見下ろしにっこりと笑う。
「気に入ったか?」
「……まあ、はい」
「いつも曖昧な返事ばかりだな」
本を読めることは嬉しい。けれど、エディの家で療養していた時と同じような、それよりももっと良い待遇だというのに、日々が退屈で色褪せている。
あの時と今、何が違うのかわからない。満たされているはずだ。それなのに。
レイは涼しい手首に視線を落とす。あの時に外されてしまった腕輪は何処かに持ちだされてしまった。きっとエディの元へだろう。
エディが自分を諦めるよう手紙も書かされた。あの手紙と共に渡されたエディは何を思ったのだろう。
きっと失望したはずだ。あれだけ焦らして、自分だけを見るように仕向け身体を一度繋げた直後に他に惚れたから姿をくらますなんて、世紀の悪女だってしないこと。
あの一文を、エディが気付けばよかった。けれど今までずっとエディからのリアクションはなく、きっと気付かれなかったのだ。
王太子殿下は、レイの伸びた髪に触れた。
「そろそろ切ってもらうか、こんなに伸びては邪魔だろう」
「……別に、どうでも」
身だしなみなんて整えたって無駄だ。他人に触れられるのも嫌。もうこのままでいい。
王太子殿下に触れられたとて、何も思わない。見た目の変化を指摘されても興味すら。
もうエディに会いたいなんて気持ちはなくなってしまったけれど、かといって他に靡いたり、意識を向けるなんてことしない。もう全てがどうでもいい。
だって、自分は学生時代からエディを狂わせてしまった。国力になるはずの彼を縛り付けてしまった。
「今日で、あれからどれほど経ちましたか」
「大体そうだな、月がひとつ変わるほどか。そろそろ春になるな」
まだ、たったそれくらいしか経っていないのか。水晶宮の中は空調も完備されており、この部屋には窓がない。朝が来たら明かりが灯され、夜になると消される。そんな日々では体内時計も狂い、どれほどの時が経ったのかもわからなかった。
レイが外を気にしたのは初めてだ。王太子殿下の優しい眦が、鋭く変化する。
「外に出たいか?」
「……いや、別に」
「いいことをひとつ教えてやろう。外は今、エドガーの婚約に湧いている」
「……は、」
「聖騎士を辞めるそうだ。だから国が婚約に口を出せるようになった」
たったひと月で、エディは自分以外の誰かと人生を歩む道を選んだということか。
自分はここに閉じ込められ、王太子殿下くらいにしか会う者もおらず、エディを想う気持ちを押し殺して生かされていたのに。
レイが姿をくらませてから、たったひと月で。
王太子殿下は立ち上がり、レイの耳許で囁いた。
「君がエドガーのそばから離れてくれたおかげだ。感謝する」
嫌だ。嫌。こんなになるまで好きにさせて、夢中になってしまって、ただの親友でいられなくして、それなのにエディは。
言葉を発することすらできないレイを見下ろしていた王太子殿下は、無言で部屋を出て行く。外から鍵をかけられる音がして、初めてレイは自ら動いた。
レイの足首には、この部屋から出られないよう魔法をかけられた足枷がついている。自分で外すことのできないこれがある限り、レイは外には出られない。
王太子が自分に興味のない人で良かった。何もせず、怠惰に部屋の中で過ごしていれば文句のひとつも言われないから。
けれど、外に出たい。今すぐ外に出てエディに会いに行きたい。
会いに行ってぶん殴ってやる。最後に見たときの腫れ上がった顔よりも、もっとボコボコになるまで殴り続けてやる。
なんで自分だけ、こんなにならなければいけないんだ。
どうして、自分を置いて他の誰かと。
書かされた手紙に残したメッセージ、何でエディのくせに気付かないんだ。
部屋に残された自分からのプレゼント、見てくれてすらいないのか。
エディにだけ伝わるように書いたのは、デプレ先生が最初に出した離れる恋人を想い続ける詩からの引用。
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どちらも、自分の空回りに終わってしまったなんて。
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