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第1章
第65話 のまれる
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コルネリス伯爵家は、レイが水晶宮で幽閉されている間に取り潰された。伯爵令嬢も被害者だと訴えていたが、父の犯した罪の一端を担っていたという証拠があり罰を受けていた。
何処かの地下牢へと収監されたはずだ。それなのに彼女は、以前会った時と変わらず着飾り、他の女性達と遜色ない外見のまま。
黒い靄は何だろうか。そう思いながらも、レイはそれから目を離せない。
視界の端に映る王太子殿下は自分の妹達を背に守りながら聖魔法の結界を展開し兵達へと何か指示を出しているようだが、何も聞こえない。それどころか、周囲にいる者達の声も一切。
聞こえるのはすすり泣くようにも聞こえるコルネリス元伯爵令嬢の叫びだけだ。
「私の方が先に好きだったのに!」
クレス女史とエディがいつからそんな仲になっていたのかは知らない。
レイだって、好きになったのはつい最近のことだ。
学生時代からずっと想っていたのなら、確かに彼女の方が先にエディに惚れていたんだろう。
でも、だからなんだというのだろう。エディはクレス女史を選んだ。
初めて愛を囁いた自分じゃなくて、他の。
「……っは」
その愛だって、その場凌ぎの嘘になっていたかもしれないのに何を縋っているんだ。
レイは思わず笑ってしまう。
そのレイの腕を、エディが強く引いた。
熱い手が素肌に触れる。
「レイ、俺を見て」
「……だめだ」
「大丈夫。俺を見て、あの子でも、ドリスでもなくて俺を」
優しい声色はいつもと何も変わらない。ずっと、レイが求めていた声そのもの。
けれどこれさえ、レイを悲しませないための演技だったとしたら?
「……もういいよ」
もう好きじゃないんだろう、自分のことなんて。
膨れ上がるコルネリス元伯爵令嬢の闇に、レイの心は蝕まれていく。
エディを狂わせた元凶はこれ以上近付いてはいけない。エディは『正常』になったんだ、今更気遣わなくたっていい。
レイはエディの手を振り払い、虚ろな目で彼の顔を見上げた。
「親友、やめようか」
「……何言ってるの?」
「俺、いても邪魔なだけだろ。大丈夫、これからは殿下が俺の面倒見てくれるって」
王太子殿下は、エディと離れたら直属の文官として雇ってくれると言っていた。本をたくさん読んできたおかげか、文章能力を買われ将来安泰な文官になれる。
そうなれば寮の中でもいいところに住める。所属だっていいところになるから、軍部の時のような嫌がらせも受けない。結婚相手だって世話してくれると言っていた。
生活費を出させてもくれず、完全に寄生して過ごしていたエディとの同居生活より健全な暮らしだ。
エディを想うことは、まだ少しやめられないけれど。それでも離れればいつかは。
「駄目だ」
「もう決まってんだよ。……婚約、おめでとうございます。ヘンドリックス様」
もう名前だって、呼ばない方が良い。節度を持って、適切な距離感で。
背後からまた爆発音が聞こえる。コルネリス元伯爵令嬢の魔力が、怒りで暴発を続けているんだろう。
子供の癇癪と同じだ。エディが自分のものにならないから、彼女の膨大な魔力が暴走し爆発している。
いっそ、自分もそのくらい魔力が多ければよかったのに。癇癪を起こして、嫌だ、自分から離れないでなんて言えれば。
「駄目だレイ、飲まれたら」
飲まれる? 一体、何に。
レイのような少ない魔力の持ち主は、時折膨大な魔力の暴走で意識を乗っ取られ、力を吸い取られ、魔力の乱れで感情すら左右させられることがある。
ただ、それはあまり知られていない。平穏な日常を過ごしていれば、魔力の暴走なんて一生に一度見られればいい方だから。知識として頭の何処か片隅に置いていたレイも覚えていない。
この胸に残る後悔と嫌悪、喪失といった感情が、全て闇魔法により増幅しているなんて露ほども思わない。
爆風でベールがまた顔に落ちる。エディの白金も、青ももう見えない。
結局、好きだと一言も口にすることもできなかった。そんな後悔しても遅いのはわかっているのだけれど。
全てを飲み込む闇魔法の魔力に全てを吸い取られる自覚もないまま、レイは自らの意識を手放した。
何処かの地下牢へと収監されたはずだ。それなのに彼女は、以前会った時と変わらず着飾り、他の女性達と遜色ない外見のまま。
黒い靄は何だろうか。そう思いながらも、レイはそれから目を離せない。
視界の端に映る王太子殿下は自分の妹達を背に守りながら聖魔法の結界を展開し兵達へと何か指示を出しているようだが、何も聞こえない。それどころか、周囲にいる者達の声も一切。
聞こえるのはすすり泣くようにも聞こえるコルネリス元伯爵令嬢の叫びだけだ。
「私の方が先に好きだったのに!」
クレス女史とエディがいつからそんな仲になっていたのかは知らない。
レイだって、好きになったのはつい最近のことだ。
学生時代からずっと想っていたのなら、確かに彼女の方が先にエディに惚れていたんだろう。
でも、だからなんだというのだろう。エディはクレス女史を選んだ。
初めて愛を囁いた自分じゃなくて、他の。
「……っは」
その愛だって、その場凌ぎの嘘になっていたかもしれないのに何を縋っているんだ。
レイは思わず笑ってしまう。
そのレイの腕を、エディが強く引いた。
熱い手が素肌に触れる。
「レイ、俺を見て」
「……だめだ」
「大丈夫。俺を見て、あの子でも、ドリスでもなくて俺を」
優しい声色はいつもと何も変わらない。ずっと、レイが求めていた声そのもの。
けれどこれさえ、レイを悲しませないための演技だったとしたら?
「……もういいよ」
もう好きじゃないんだろう、自分のことなんて。
膨れ上がるコルネリス元伯爵令嬢の闇に、レイの心は蝕まれていく。
エディを狂わせた元凶はこれ以上近付いてはいけない。エディは『正常』になったんだ、今更気遣わなくたっていい。
レイはエディの手を振り払い、虚ろな目で彼の顔を見上げた。
「親友、やめようか」
「……何言ってるの?」
「俺、いても邪魔なだけだろ。大丈夫、これからは殿下が俺の面倒見てくれるって」
王太子殿下は、エディと離れたら直属の文官として雇ってくれると言っていた。本をたくさん読んできたおかげか、文章能力を買われ将来安泰な文官になれる。
そうなれば寮の中でもいいところに住める。所属だっていいところになるから、軍部の時のような嫌がらせも受けない。結婚相手だって世話してくれると言っていた。
生活費を出させてもくれず、完全に寄生して過ごしていたエディとの同居生活より健全な暮らしだ。
エディを想うことは、まだ少しやめられないけれど。それでも離れればいつかは。
「駄目だ」
「もう決まってんだよ。……婚約、おめでとうございます。ヘンドリックス様」
もう名前だって、呼ばない方が良い。節度を持って、適切な距離感で。
背後からまた爆発音が聞こえる。コルネリス元伯爵令嬢の魔力が、怒りで暴発を続けているんだろう。
子供の癇癪と同じだ。エディが自分のものにならないから、彼女の膨大な魔力が暴走し爆発している。
いっそ、自分もそのくらい魔力が多ければよかったのに。癇癪を起こして、嫌だ、自分から離れないでなんて言えれば。
「駄目だレイ、飲まれたら」
飲まれる? 一体、何に。
レイのような少ない魔力の持ち主は、時折膨大な魔力の暴走で意識を乗っ取られ、力を吸い取られ、魔力の乱れで感情すら左右させられることがある。
ただ、それはあまり知られていない。平穏な日常を過ごしていれば、魔力の暴走なんて一生に一度見られればいい方だから。知識として頭の何処か片隅に置いていたレイも覚えていない。
この胸に残る後悔と嫌悪、喪失といった感情が、全て闇魔法により増幅しているなんて露ほども思わない。
爆風でベールがまた顔に落ちる。エディの白金も、青ももう見えない。
結局、好きだと一言も口にすることもできなかった。そんな後悔しても遅いのはわかっているのだけれど。
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