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8-3 俺にとっての君(あかりちゃん)
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結局なんやかんやで、ライブは見れた。よかった。
ここまで来たのに見れなかったとか、シャレにならないからな。
しかし、さすがプロと感服した。ライブ中にあかりちゃんが喋ったわけだが、小学生らしい高めの可愛さが溢れている声で、清純派としてのキャラ作りも完璧だった。
もう二重人格のレベルだった。もちろん、歌も最高だった。と、とにかくすごいと思った。
俺が楽屋で待っていると、あかりちゃんが戻ってきた。
「おかえり」
「あ、まだいたんだ」
「まぁね」
あかりちゃんは部屋の中央に向かい、そこにある椅子に座った。
「そういえば、まだあんたの名前って聞いてなかったわね」
あかりちゃんは唐突にそう言い出す。確かに、言ってなかったけど、気にする必要はあるのだろうか?
ともかく、聞かれたからには答えないといけないな。
「島抜巧人です」
「そ、巧人っていうの。……それで? どうだった?」
いきなり、「どうだった?」と聞かれて、思わず「何が?」と返すところだった。今ここで聞いてくるんだから、さっきのライブのことに決まっているだろうに。
「よかったよ」
「うわー……感想がそれって、幼稚園児でももう少しマシなこと言うわ。それでも高校生?」
「一応ね……って俺高校生だなんて言った?」
「別に。見た目がもう、そうでしょ。大学生とか言えるほど大人っぽくもないし」
それは貶されているのだろうか?
「まぁ、感想なんて人それぞれだし。よかったって一言にだって、いろんな意味が込められてる。それだけでも、いいと思うんだけどな」
「それ、自分の気持ちを伝えられないって言ってるようなものじゃん。つまり、馬鹿」
「馬鹿……か。でもさ、好きな人に好きって伝える以外には一体なにがあるんだろうね」
「はぁ? なに言い出してんの?」
いきなり恋愛に関する話をしたせいか、あかりちゃんは訝しげな視線を向けてくる。
「あ、あかりちゃんには早かったかな。この例えは」
俺がそう答えると、あかりちゃんは反発するように、声を出す。
「そ、そんなわけないじゃん! 全然早くないし!」
「え? じゃあ好きな人っているの?」
「そ、それはそうでしょ! 私にだって好きな人の一人や二人いるよ!」
「へぇ~」
なるほどね~。最近の小学生はませてらっしゃる。まぁ、俺の時がどうだったかなんて、覚えてないけど。
俺小学生の時の記憶、ほとんどないからな。覚えているのは、唯愛が関連したあれこれくらいで。
俺が適当に相槌を打って、気に入らないのか、あかりちゃんは聞いてくる。
「……アイドルは恋愛禁止とか言わないの?」
「まぁ、そうなんだろうけど。……どうでもいいよ。一番大切なのは、あかりちゃんの気持ちだし」
あかりちゃんが本当に好きだと思って選んだ相手なら、それでいいと思う。ただし、その相手があかりちゃんに相応しいのか、審査は受けてもらうが。
それでも、最後に決めるのはいつだって本人だ。審査だって、特別なことを求めるわけではない。ただ、クズ野郎でなければ、ヘタレ野郎でなければ、それで十分。本当に大切なことは、時間をかけて初めてわかることだから。
「あ、でも」と俺はあかりちゃんに忠告する。
「二人はやめたほうがいいよ。せめて一人しようね」
「う……」
あかりちゃんは何やら口ごもる。不思議そうに見ていると、あかりちゃんは声を荒げて言った。
「ったく、なんなのよ、もう! 真面目に答えちゃって! 恥ずかしいじゃない!」
「え?」
「いないわよ! 別に! 好きな人なんて!」
あかりちゃんは顔を赤くして、そっぽを向く。
「え? じゃあなんでそんなウソを?」
「だって、巧人が私を子供扱いして……それが嫌で……」
子ども扱い……。実際に子供だろうと思うが、子ども扱いされたくないって気持ちは、誰しもあるか。俺はフォローするように、慌てて声を出す。
「いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだよ? ただ、たとえが正しくなかったのかなって思っていただけで……」
「いいでしょ、別に。巧人は私が誰と付き合ったとしても、どうでもいいんだろうし……」
あかりちゃんは拗ねたように、小さくつぶやく。
(あー……さっきの答えってまさかそう取られた? 勘違いなんだけどな)
「俺は嬉しかったよ? 好きな人はいないってあかりちゃんが言ってくれて」
「……どうして?」
「俺はあかりちゃんのこと好きだから。俺のこと、これから好きになってもらえたらいいなって、意味」
「……ロリコン、キモイ」
そう罵倒を吐いたのは、落ち込んだあかりちゃんではなく、さっきまで見ていた、素のあかりちゃんだ。
それを見て俺は、自然と笑みがこぼれた。
「うわ、罵られて喜んでる、あんたもしかしてマゾなの? 変態」
あかりちゃんは調子を取り戻したように、俺に追加攻撃してくる。
うん、これでいい。そうやっていることが一番、『らしい』。俺はあかりちゃんの罵倒を聞きながらも、頬をほころばせていた。
暫くして、あかりちゃんはそれをやめる。そして、一つため息をついた。
「あー、もう。なんで私は、今日あったばかりの巧人に、こんな色々話しちゃってるのかな~」
「それだけストレスがあったってことなんじゃない?」
「ストレス……」
そう言うと、少し考える素振りを見せる。また、さっきと同じように悩んでいるみたいだ。
「……そうかもしれない」
あかりちゃんは呟くと、「はぁ……」とため息をつき、なんだか諦めたように言った。
「もうここまで来たから話すわ。私のこと。巧人と会ったのも何かの縁かもしれないし。ほとんど他人だからこそ、話せることもあるしね」
もしかしたら、今のは失言だったか? と後悔していたのだが、どうやら心配はなさそうだ。結果オーライというやつか。
俺は、そのあかりちゃんの話というものに耳を傾けた。
「巧人も知ってのとおり、私はアイドルをやっている。グループとかじゃなくて、ソロでね。さらに結構人気も出てて、こうしてそれなりの規模のライブだってできている。けど私は、特別アイドルってものを好きでやっているわけじゃない。やりたいとも思っていなかった。
そんな私がアイドルを始めたきっかけは、親。勝手にオーディションに申し込んで、合格。知らないうちに、ここまで来た。もちろん、練習とかいろいろあって、その結果ではあるけど。練習なんてやりたくなかった。辛いと思った。それでもやったのは、ある意味で意地。こんな辛いことやってるんだから、結果残そうって」
アイドルをやっていたのが、好きでもなかったなんて、意外だ。才能があったってことか。いや、負けず嫌いで頑張り屋……努力したってことだな。
「それでやってきたんだけどさ、私の親。飽きたのかな? 最近は私のこと、何も言ってこない。信じられる? やらせたのはそっちだっていうのに。
そこで思った。私が何をしていても、どうでもいいんだ。アイドルをしていても、期待されない。ううん。普段からもそう。私は、暇つぶしのようにアイドルをやらされて、飽きたから、見捨てられた。ただのおもちゃと同じ」
その声は、およそ小学生らしくない、すべてを悟ったような、冷めたものだった。
俺は不安に感じつつも、黙って続きの言葉を待つ。
「意地でここまでは頑張ってきたけど、ある日気づいた。誰も私に期待していない。それを知った時、これ以上は無理だって思った。もう支えなんてない」
「そんなことないよ! まだあかりちゃんには、ファンのみんながいるじゃないか!」
「そのファンの何人が、私のことを覚えているのかな?」
「え?」
その声は俺の背筋が凍るほどに、ぐさりと胸に突き刺さるものだった。
「私がやめたとして、何人がずっと覚えていてくれる? ……片手で足りるんじゃない? 時間の流れってそういうものでしょ?」
そんなことない。そう言いたいはずなのに、声に出ない。物言わせぬ空気、それがあかりちゃんからは漂っていた。
「それだけじゃない。たとえ続けていっても、いつか飽きられる。それがこの世界。だったら、今やめるのもある意味では一番いい終わりなんじゃないの? まぁすぐに忘れれられて、ファンの人は、違うアイドルを追いかけ始めるんだろうけど」
あかりちゃんは、そう自虐する。……違う。やっぱり違う。けれど、それを今、俺は言葉にできない。もどかしい。自分の表現力の乏しさが憎い。
「巧人も……そうでしょ?」
俺がどうにか言葉にしようと悩んでいると、あかりちゃんがそう投げかけてきた。
「私がアイドルをやめたら、また誰かのファンになる……そういうものだよね」
「違う! 俺は、あかりちゃんのこと忘れたりしないし、小学生以外のファンには――」
「じゃあ、私が小学生じゃなくなったとき、巧人は私から離れるってこと?」
「…………」
俺はその言葉に、一瞬言い返せなかった。正しい。確かにその通りである。けど、それもやっぱり意味が違っていて……言葉にできない。
「結局、巧人もそうなんだよ。私を、私として見てくれている人はいないんだ」
……どうすれば、いいんだろうか。俺はどうすれば、あかりちゃんを励ますことができるんだ?
こんなんじゃない。俺が好きなあかりちゃんは、こんなんじゃ……。
考えろ。何かあるだろ? ……そうだ。あのことだ。あのことをあかりちゃんに聞く。それからでも、話を考えるのは遅くないはずだ。今はもっと情報が欲しい。
「あかりちゃんはまだ話していないことがある。自分らしさについて」
俺が言うと、あかりちゃんは暗い顔で俺に目を向ける。
「わざわざ、落ち込んでいる女の子に追い打ちをかけるなんて、巧人も結構酷いことするのね」
その通りだ。でも、今はそうするのが一番だから、俺は聞いた。
「私は、親の暇つぶしのおもちゃだって言ったよね。じゃあ、私って何なんだろうって思った。私って存在がおもちゃなら、私は親の思い通りに動くってことだ。今、私が考えていることって、いったい何? ……意味がないこと。そして、考えなくてもいいってことなのかな? とにかくさ。私って誰なのか分からないんだ。自分らしさが何なのかが」
そこで声は途絶える。……よくわかった。あかりちゃんの求めているものが。
あかりちゃんは負けず嫌いで、頑張り屋で、努力家だ。けど、それゆえに、臆病で、寂しがり屋で、人との繋がりを求めている。そして、その自分が肯定されたいと思っている。
俺が言えることは、ありきたりなことだけだろう。きっと、この言葉では心まで響かない。それでも言おうと思った。
だって一番大切なことって、そこじゃないだろ?
「あかりちゃん。大丈夫だよ。あかりちゃんはあかりちゃんなんだから」
「わかってるよ。巧人は言ってくれたから。けど、それは一時の慰めでしかないんだ」
「そんなことない。俺は本気でそう思ったんだ。あかりちゃんは自分の思うように行動すればいいんだよ」
「……私はもう、それが分からないんだ。自分が思うことってものが……。どうすればいいの? 私が、私だって証明するためには!」
あかりちゃんの感情が高ぶっていく。瞳は潤み、今にも零れ落ちそうなほどだ。
「最初から、アイドルなんてやらなければよかった。そうすれば、こんなこと悩まなくて済んだのに。……違う。悩みの原因はもっと奥だ。お母さんなんて……あんなやついなければ――!」
「あかりちゃん」
声を荒げるあかりちゃんに、俺は両手で肩をつかみ、名前を呼んだ。
「ダメだ。それ以上は」
そして、あかりちゃんを正面から見つめて、そう言った。
「確かに、あかりちゃんにとってそう思えるだけの相手なのかもしれない。それでも、人を乏しめるようなことを、感情に任せて言う人間にはなっちゃいけない。それはいつか、後悔することになる」
「後悔なんてしない。私は誰も好きじゃないし、誰も私のことなんて、好きじゃない。だったら、嫌われたってどうでもいいんだ!」
「言ったじゃないか。俺はあかりちゃんのこと好きだって。だから、誰もあかりちゃんのこと好きじゃないなんて言わないでよ」
「でも、巧人が私を好きなのは小学生だからなんでしょ? じゃあ私が小学生じゃなくなれば、巧人はいなくなっちゃう。そうしたら、もう誰もいないじゃん……」
あかりちゃんは暗い顔をして俯く。そんなあかりちゃんに、俺は柔らかい声色で自分のことを話し始めた。
「俺はさ、あかりちゃんが言うようにロリコンだよ。きっとあかりちゃんが想像する以上のね。そして、確かに俺は小学生のことばかり考えている。でも、勘違いしないでほしい。俺は、今まで見守ってきた子たちのことは忘れてたりしてない。ずっと覚えている」
「でも……離れていくんでしょ?」
「……うん。そうだよ。なんていうのかな……卒業なんだ」
「卒業?」
「そう。中学生になるっていうのは、俺は見送る立場で、見ているしかないんだ。本当はもっと見ていたいと思ってる、でもみんなにはもう俺は必要ないほど成長していて、守らなくても、自分で未来を切り開いていける。だから俺も、離れていかないといけないんだ」
「……嫌だよ。ずっと傍にいてよ。離れないでよ。見守っていてよ……寂しいよ……」
「……うん。あかりちゃんがそう言うなら、俺は一緒にいるよ。あかりちゃんが、もういいって、そう言うまで」
「……うん」
あかりちゃんは俺に抱き付いてくる。小さい体が、胸の中で震えている。俺は、そんなあかりちゃんを大事そうに抱きしめた。
「ひっぐ……うっぐ……」
そうすると、あかりちゃんの泣き声が聞こえた。俺は、泣き止むまでずっと抱きしめていた。
ここまで来たのに見れなかったとか、シャレにならないからな。
しかし、さすがプロと感服した。ライブ中にあかりちゃんが喋ったわけだが、小学生らしい高めの可愛さが溢れている声で、清純派としてのキャラ作りも完璧だった。
もう二重人格のレベルだった。もちろん、歌も最高だった。と、とにかくすごいと思った。
俺が楽屋で待っていると、あかりちゃんが戻ってきた。
「おかえり」
「あ、まだいたんだ」
「まぁね」
あかりちゃんは部屋の中央に向かい、そこにある椅子に座った。
「そういえば、まだあんたの名前って聞いてなかったわね」
あかりちゃんは唐突にそう言い出す。確かに、言ってなかったけど、気にする必要はあるのだろうか?
ともかく、聞かれたからには答えないといけないな。
「島抜巧人です」
「そ、巧人っていうの。……それで? どうだった?」
いきなり、「どうだった?」と聞かれて、思わず「何が?」と返すところだった。今ここで聞いてくるんだから、さっきのライブのことに決まっているだろうに。
「よかったよ」
「うわー……感想がそれって、幼稚園児でももう少しマシなこと言うわ。それでも高校生?」
「一応ね……って俺高校生だなんて言った?」
「別に。見た目がもう、そうでしょ。大学生とか言えるほど大人っぽくもないし」
それは貶されているのだろうか?
「まぁ、感想なんて人それぞれだし。よかったって一言にだって、いろんな意味が込められてる。それだけでも、いいと思うんだけどな」
「それ、自分の気持ちを伝えられないって言ってるようなものじゃん。つまり、馬鹿」
「馬鹿……か。でもさ、好きな人に好きって伝える以外には一体なにがあるんだろうね」
「はぁ? なに言い出してんの?」
いきなり恋愛に関する話をしたせいか、あかりちゃんは訝しげな視線を向けてくる。
「あ、あかりちゃんには早かったかな。この例えは」
俺がそう答えると、あかりちゃんは反発するように、声を出す。
「そ、そんなわけないじゃん! 全然早くないし!」
「え? じゃあ好きな人っているの?」
「そ、それはそうでしょ! 私にだって好きな人の一人や二人いるよ!」
「へぇ~」
なるほどね~。最近の小学生はませてらっしゃる。まぁ、俺の時がどうだったかなんて、覚えてないけど。
俺小学生の時の記憶、ほとんどないからな。覚えているのは、唯愛が関連したあれこれくらいで。
俺が適当に相槌を打って、気に入らないのか、あかりちゃんは聞いてくる。
「……アイドルは恋愛禁止とか言わないの?」
「まぁ、そうなんだろうけど。……どうでもいいよ。一番大切なのは、あかりちゃんの気持ちだし」
あかりちゃんが本当に好きだと思って選んだ相手なら、それでいいと思う。ただし、その相手があかりちゃんに相応しいのか、審査は受けてもらうが。
それでも、最後に決めるのはいつだって本人だ。審査だって、特別なことを求めるわけではない。ただ、クズ野郎でなければ、ヘタレ野郎でなければ、それで十分。本当に大切なことは、時間をかけて初めてわかることだから。
「あ、でも」と俺はあかりちゃんに忠告する。
「二人はやめたほうがいいよ。せめて一人しようね」
「う……」
あかりちゃんは何やら口ごもる。不思議そうに見ていると、あかりちゃんは声を荒げて言った。
「ったく、なんなのよ、もう! 真面目に答えちゃって! 恥ずかしいじゃない!」
「え?」
「いないわよ! 別に! 好きな人なんて!」
あかりちゃんは顔を赤くして、そっぽを向く。
「え? じゃあなんでそんなウソを?」
「だって、巧人が私を子供扱いして……それが嫌で……」
子ども扱い……。実際に子供だろうと思うが、子ども扱いされたくないって気持ちは、誰しもあるか。俺はフォローするように、慌てて声を出す。
「いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだよ? ただ、たとえが正しくなかったのかなって思っていただけで……」
「いいでしょ、別に。巧人は私が誰と付き合ったとしても、どうでもいいんだろうし……」
あかりちゃんは拗ねたように、小さくつぶやく。
(あー……さっきの答えってまさかそう取られた? 勘違いなんだけどな)
「俺は嬉しかったよ? 好きな人はいないってあかりちゃんが言ってくれて」
「……どうして?」
「俺はあかりちゃんのこと好きだから。俺のこと、これから好きになってもらえたらいいなって、意味」
「……ロリコン、キモイ」
そう罵倒を吐いたのは、落ち込んだあかりちゃんではなく、さっきまで見ていた、素のあかりちゃんだ。
それを見て俺は、自然と笑みがこぼれた。
「うわ、罵られて喜んでる、あんたもしかしてマゾなの? 変態」
あかりちゃんは調子を取り戻したように、俺に追加攻撃してくる。
うん、これでいい。そうやっていることが一番、『らしい』。俺はあかりちゃんの罵倒を聞きながらも、頬をほころばせていた。
暫くして、あかりちゃんはそれをやめる。そして、一つため息をついた。
「あー、もう。なんで私は、今日あったばかりの巧人に、こんな色々話しちゃってるのかな~」
「それだけストレスがあったってことなんじゃない?」
「ストレス……」
そう言うと、少し考える素振りを見せる。また、さっきと同じように悩んでいるみたいだ。
「……そうかもしれない」
あかりちゃんは呟くと、「はぁ……」とため息をつき、なんだか諦めたように言った。
「もうここまで来たから話すわ。私のこと。巧人と会ったのも何かの縁かもしれないし。ほとんど他人だからこそ、話せることもあるしね」
もしかしたら、今のは失言だったか? と後悔していたのだが、どうやら心配はなさそうだ。結果オーライというやつか。
俺は、そのあかりちゃんの話というものに耳を傾けた。
「巧人も知ってのとおり、私はアイドルをやっている。グループとかじゃなくて、ソロでね。さらに結構人気も出てて、こうしてそれなりの規模のライブだってできている。けど私は、特別アイドルってものを好きでやっているわけじゃない。やりたいとも思っていなかった。
そんな私がアイドルを始めたきっかけは、親。勝手にオーディションに申し込んで、合格。知らないうちに、ここまで来た。もちろん、練習とかいろいろあって、その結果ではあるけど。練習なんてやりたくなかった。辛いと思った。それでもやったのは、ある意味で意地。こんな辛いことやってるんだから、結果残そうって」
アイドルをやっていたのが、好きでもなかったなんて、意外だ。才能があったってことか。いや、負けず嫌いで頑張り屋……努力したってことだな。
「それでやってきたんだけどさ、私の親。飽きたのかな? 最近は私のこと、何も言ってこない。信じられる? やらせたのはそっちだっていうのに。
そこで思った。私が何をしていても、どうでもいいんだ。アイドルをしていても、期待されない。ううん。普段からもそう。私は、暇つぶしのようにアイドルをやらされて、飽きたから、見捨てられた。ただのおもちゃと同じ」
その声は、およそ小学生らしくない、すべてを悟ったような、冷めたものだった。
俺は不安に感じつつも、黙って続きの言葉を待つ。
「意地でここまでは頑張ってきたけど、ある日気づいた。誰も私に期待していない。それを知った時、これ以上は無理だって思った。もう支えなんてない」
「そんなことないよ! まだあかりちゃんには、ファンのみんながいるじゃないか!」
「そのファンの何人が、私のことを覚えているのかな?」
「え?」
その声は俺の背筋が凍るほどに、ぐさりと胸に突き刺さるものだった。
「私がやめたとして、何人がずっと覚えていてくれる? ……片手で足りるんじゃない? 時間の流れってそういうものでしょ?」
そんなことない。そう言いたいはずなのに、声に出ない。物言わせぬ空気、それがあかりちゃんからは漂っていた。
「それだけじゃない。たとえ続けていっても、いつか飽きられる。それがこの世界。だったら、今やめるのもある意味では一番いい終わりなんじゃないの? まぁすぐに忘れれられて、ファンの人は、違うアイドルを追いかけ始めるんだろうけど」
あかりちゃんは、そう自虐する。……違う。やっぱり違う。けれど、それを今、俺は言葉にできない。もどかしい。自分の表現力の乏しさが憎い。
「巧人も……そうでしょ?」
俺がどうにか言葉にしようと悩んでいると、あかりちゃんがそう投げかけてきた。
「私がアイドルをやめたら、また誰かのファンになる……そういうものだよね」
「違う! 俺は、あかりちゃんのこと忘れたりしないし、小学生以外のファンには――」
「じゃあ、私が小学生じゃなくなったとき、巧人は私から離れるってこと?」
「…………」
俺はその言葉に、一瞬言い返せなかった。正しい。確かにその通りである。けど、それもやっぱり意味が違っていて……言葉にできない。
「結局、巧人もそうなんだよ。私を、私として見てくれている人はいないんだ」
……どうすれば、いいんだろうか。俺はどうすれば、あかりちゃんを励ますことができるんだ?
こんなんじゃない。俺が好きなあかりちゃんは、こんなんじゃ……。
考えろ。何かあるだろ? ……そうだ。あのことだ。あのことをあかりちゃんに聞く。それからでも、話を考えるのは遅くないはずだ。今はもっと情報が欲しい。
「あかりちゃんはまだ話していないことがある。自分らしさについて」
俺が言うと、あかりちゃんは暗い顔で俺に目を向ける。
「わざわざ、落ち込んでいる女の子に追い打ちをかけるなんて、巧人も結構酷いことするのね」
その通りだ。でも、今はそうするのが一番だから、俺は聞いた。
「私は、親の暇つぶしのおもちゃだって言ったよね。じゃあ、私って何なんだろうって思った。私って存在がおもちゃなら、私は親の思い通りに動くってことだ。今、私が考えていることって、いったい何? ……意味がないこと。そして、考えなくてもいいってことなのかな? とにかくさ。私って誰なのか分からないんだ。自分らしさが何なのかが」
そこで声は途絶える。……よくわかった。あかりちゃんの求めているものが。
あかりちゃんは負けず嫌いで、頑張り屋で、努力家だ。けど、それゆえに、臆病で、寂しがり屋で、人との繋がりを求めている。そして、その自分が肯定されたいと思っている。
俺が言えることは、ありきたりなことだけだろう。きっと、この言葉では心まで響かない。それでも言おうと思った。
だって一番大切なことって、そこじゃないだろ?
「あかりちゃん。大丈夫だよ。あかりちゃんはあかりちゃんなんだから」
「わかってるよ。巧人は言ってくれたから。けど、それは一時の慰めでしかないんだ」
「そんなことない。俺は本気でそう思ったんだ。あかりちゃんは自分の思うように行動すればいいんだよ」
「……私はもう、それが分からないんだ。自分が思うことってものが……。どうすればいいの? 私が、私だって証明するためには!」
あかりちゃんの感情が高ぶっていく。瞳は潤み、今にも零れ落ちそうなほどだ。
「最初から、アイドルなんてやらなければよかった。そうすれば、こんなこと悩まなくて済んだのに。……違う。悩みの原因はもっと奥だ。お母さんなんて……あんなやついなければ――!」
「あかりちゃん」
声を荒げるあかりちゃんに、俺は両手で肩をつかみ、名前を呼んだ。
「ダメだ。それ以上は」
そして、あかりちゃんを正面から見つめて、そう言った。
「確かに、あかりちゃんにとってそう思えるだけの相手なのかもしれない。それでも、人を乏しめるようなことを、感情に任せて言う人間にはなっちゃいけない。それはいつか、後悔することになる」
「後悔なんてしない。私は誰も好きじゃないし、誰も私のことなんて、好きじゃない。だったら、嫌われたってどうでもいいんだ!」
「言ったじゃないか。俺はあかりちゃんのこと好きだって。だから、誰もあかりちゃんのこと好きじゃないなんて言わないでよ」
「でも、巧人が私を好きなのは小学生だからなんでしょ? じゃあ私が小学生じゃなくなれば、巧人はいなくなっちゃう。そうしたら、もう誰もいないじゃん……」
あかりちゃんは暗い顔をして俯く。そんなあかりちゃんに、俺は柔らかい声色で自分のことを話し始めた。
「俺はさ、あかりちゃんが言うようにロリコンだよ。きっとあかりちゃんが想像する以上のね。そして、確かに俺は小学生のことばかり考えている。でも、勘違いしないでほしい。俺は、今まで見守ってきた子たちのことは忘れてたりしてない。ずっと覚えている」
「でも……離れていくんでしょ?」
「……うん。そうだよ。なんていうのかな……卒業なんだ」
「卒業?」
「そう。中学生になるっていうのは、俺は見送る立場で、見ているしかないんだ。本当はもっと見ていたいと思ってる、でもみんなにはもう俺は必要ないほど成長していて、守らなくても、自分で未来を切り開いていける。だから俺も、離れていかないといけないんだ」
「……嫌だよ。ずっと傍にいてよ。離れないでよ。見守っていてよ……寂しいよ……」
「……うん。あかりちゃんがそう言うなら、俺は一緒にいるよ。あかりちゃんが、もういいって、そう言うまで」
「……うん」
あかりちゃんは俺に抱き付いてくる。小さい体が、胸の中で震えている。俺は、そんなあかりちゃんを大事そうに抱きしめた。
「ひっぐ……うっぐ……」
そうすると、あかりちゃんの泣き声が聞こえた。俺は、泣き止むまでずっと抱きしめていた。
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