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14-5 ボクの気持ち
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俺たちは二人、並んで歩く。会話はない。無言でいた。
左側にいる蔵良に目を向けると、部室を出たときまでとは違う、再び落ち込んだように暗い顔で俯いていた。
学校を出てしばらくしたが、蔵良はずっとこの調子だ。
これは蔵良にとって素の自分じゃない。言い方は少し悪いが、本来のこいつは絵夢や関羽みたいにテンションの高い元気なやつだろう。
しかし、わからない。俺は蔵良の提案を受け入れた。それで元気になった。
ここまではわかるが、どうして今は落ち込んでいるんだ? 考えてはみるが、やはりこれといって何も出てこない。
とはいえ、こっちにだって受け入れたのに理由がある。俺が蔵良に聞きたいことがあったからだ。
仕方ない。この状態の相手に……というのは少し気が引けるし。できれば蔵良のほうから、一緒に帰ろうとしたわけを聞きたかったが……俺から話しかけよう。
「なぁ、蔵良。どうしてお前は俺と帰ろうとしたんだ?」
俺がたずねると、少しの間の後、蔵良は作ったような笑いを浮かべる。
「言ったじゃないですか。ボクはただもっと先輩と居たかっただけですよ」
「のわりには、ずいぶんと元気がなさそうだぞ? もっと嬉しそうにしてくれないと、こっちも心配だ」
「あはは……すみません」
軽い調子で謝るが、そう返した後、再び蔵良の表情は暗くなる。
そして訪れる沈黙。だが、今度はさっきとは違う。一度会話があってからの沈黙。前に進んでいる。
きっとこの後、蔵良のほうから切り出してくるはずだ。俺はそう思って、黙って蔵良が話すまで待った。
しばらくして、蔵良はぽつりと小さな声で言った。
「先輩……ボクは自分勝手でしょうか?」
自分勝手……。まぁ、そうだろうな。突然呼び出して、デートしてくれだし。
今だって、一緒に帰ってくれと言われて付き合っているわけだからな。
「透先輩に色々と言われて……先輩はボクとこうして今帰ってくれていますけど、でもそれで先輩に迷惑をかけているんだって思ったら……ボクなんだが自分のことが嫌になって」
蔵良は沈んだ声で語る。……そうか。こいつなりに、あの言葉気にしてたんだな。俺も、蔵良のこと遠ざけていたし。実感したのかもな。けど、それは違うぞ、蔵良。
俺は優しい声色で話しかけた。
「いいじゃないか、自分勝手で」
「え?」
「確かに透が言ったことはもっともだ。それに俺もお前のことで迷惑をした。それは否定しない。けどな? それでいいんだよ。それがお前の本当の自分で。そして真剣な気持ちなんだから」
それを否定なんてしなくてもいいんだ。
「少なくとも、俺たちの前では……あの部の中ではそうあっていいんだ。わがまま言っていいんだ。蔵良は……お前は自分のありのままをさらけ出していいんだよ」
そうだ。こいつは……蔵良の素の自分は。もっと自信にあふれたやつだ。
自分が世界で一番可愛いとか明らかに過言としか言いようのないことを言い出す。女装する自分の姿が大好きの変態。
だけど、生き生きとしていて、毎日楽しそうだった。そんなやつなんだ。俺はそんな蔵良を見ていたかった。
蔵良は俺を見上げていた。さっきとは違ってちゃんとその瞳はしっかりと俺を捉えている。……もう大丈夫だな。
「なぁ、蔵良。お前はどうして俺のことを好きになんてなったんだ? お前は、女子のほうがよかったんじゃないのか?」
少し話が変わるような気もしたが、俺は勢いに任せて聞いた。
俺が気になっていたことだし、今の蔵良には聞いてもいいことだと思ったからだ。蔵良は落ち着いた……それでいて真剣な表情で答えてくれた。
「先輩は……ボクの気持ちをちゃんとわかってくれた上で、デートの話を引き受けてくれました」
う……ばれてたのか。あの時の蔵良は勘違いしてくれていたと思っていたのに。
「それでも、それは嬉しいってだけで『好き』だってことじゃありませんでした。ボクが先輩を好きになったのは――」
そこまで言うと言葉を止めてしまう。俺が「?」を浮かべていると
「そ、それじゃあボクはここで! 先輩、さよなら!」
と言って走り出してしまった。
「おーい!」
慌てて声をかける。その声に反応して蔵良は振り向いてくれた。
だから俺はそれに最後、笑いかけて言った。
「望。俺にとってはもう、お前は特別だ。大切な後輩なんだ。だから、もうあのときや今日みたいに悩むなよ?」
「~~~!!」
顔を真っ赤にして走り出していった。
ちょっと、かっこつけすぎかな? あ~あ。これで蔵良からどう思われようが自業自得だな。
さ~ってと、俺も帰るかな。
そうして俺も帰路へとついた。
*****
「……はぁ」
先輩と別れてしばらくして、ボクは立ち止まってため息をつく。
思わず走り出してしまった。でも、それも当然だ。
好きになった理由を話すなんて……。そんな告白のようなことをいきなりできるはずがない。
それに気づいたらすごく恥ずかしくなって。話を急にやめてわかれてしまった。
せっかくの先輩と二人きりの帰り。あんな別れ方になった上に、中断したなんてもったいなかったかもしれない。
いや、それ以前に先輩に気を使わせてしまっている時点で……あんまりいいものじゃなかったのかな?
でも、先輩に励ましてもらえたのは……嬉しかった。それに、ボクの気持ちが間違ってないってこと。本当に好きになったんだって、再認識できた。
先輩はボクの思うとおりの人で。ボクの好きになった理由もそんな先輩だから。
あの時の続きをボクは答えるように一人、呟いた。
「ボクが先輩を好きなったのは、本当に先輩が優しい人だったからですよ」
デートをしたときも、嫌そうな顔をしてなかった。
ちゃんと、らしく振る舞ってくれた。本当のデートのようだった。
ボクのわがままに付き合ってくれて。その度に、ちゃんと先輩は返してくれる。そのときの一つ一つのさりげない仕草に、ボクはドキッとさせられた。
先輩は本当にかっこよかった。
さらにボクの気持ち全部わかってくれていて。それに――
『望。俺にとってはもう、お前は特別だ。大切な後輩なんだ。だから、もうあのときや今日みたいに悩むなよ?』
あんな優しいこと言われたら……惚れるに決まっているじゃないですか。
ボクだって分かっていた。ボクは普通じゃない。それくらいは。
それでもボクは今のこの自分を変えたくはなかった。このボクを認めてもらいたかった。でも、打ち明ける勇気もない。拒絶されてしまうかもしれない。それが怖かった。
そんなとき、ボクは現代文化研究部のことを知った。
『変態が集う場所』
ボクは自分のことをそんな風に思ったことはない。
でも、世間一般ではそう言われても仕方ない部類であることをわかっているし、なにより変態が相手ならボクのことを相談できると思った。
ボクは少しだけ、部のメンバーである人たちを観察してみた。その結果、一番その中で頼られている中心にいる人物。それが先輩だった。
そしてボクは先輩を呼び出して、デートの件を持ち出した。
実際にはデートはどうでもよかった。ただ、ボクのことを認めてさえくれれば、それだけでよかった。
相手が変態だとはいえ緊張したのか、色々と言葉に詰まったり、説明不足になったり。顔が赤くなったり、いきなりツンデレみたいな口調になったりした。
それでも何とか伝えて。先輩の返事は――
「嫌だ」
そう、断られた。
ボクは必死になった。ここで受け入れられなかったら。ボクは誰からも受け入れられない。
そう思うと怖くて。不安で。
自分が自分でいられなくなる。否定されるようだったから。
そうして、どうにか説得しようとしていると、先輩は
「……うけてやるよ。デート」
って、少しぶっきらぼうに言ってくれた。
ボクはそれがすごく嬉しかった。あのときは恥ずかしくて、先輩の気持ちに気付かないふりをしてはぐらかしたけど。
本当はわかっていた。ボクが不安であることとか、全部知ったうえで受けてくれたことを。
さらに、引き受けたらフォローもしてくれたし。ボクのことに全力で取り組んでくれた。
本当にボクのこと全部わかってくれて……だから、ボクに部活に入れとも言ってくれた。ボクを認めてくれて。
ボクがボクでいられる場所を与えようとしてくれた。
そんな先輩のことをボクはいい人だと思った。ううん、違う。ボクはもしかしたらこの時点で既に好きだったのかもしれない。
ボクは最初から最後まで自分勝手で。迷惑ばかりかけていた。
今日だってそうだ。透先輩に言われたことも本当にその通りだと思う。だけど……ボクは今のままのボクでいいって、先輩は言ってくれたから。
ボクはもう、悩まない。迷わない。
……わかってる。ボクは先輩の気持ち、わかってる。ボクを好きじゃないってことは。他に……好きな人がいることは。
それでも――ボクがボクらしくいるなら。
最後まで、この気持ちに正直でいる。ボクは――
「先輩が好き……です」
左側にいる蔵良に目を向けると、部室を出たときまでとは違う、再び落ち込んだように暗い顔で俯いていた。
学校を出てしばらくしたが、蔵良はずっとこの調子だ。
これは蔵良にとって素の自分じゃない。言い方は少し悪いが、本来のこいつは絵夢や関羽みたいにテンションの高い元気なやつだろう。
しかし、わからない。俺は蔵良の提案を受け入れた。それで元気になった。
ここまではわかるが、どうして今は落ち込んでいるんだ? 考えてはみるが、やはりこれといって何も出てこない。
とはいえ、こっちにだって受け入れたのに理由がある。俺が蔵良に聞きたいことがあったからだ。
仕方ない。この状態の相手に……というのは少し気が引けるし。できれば蔵良のほうから、一緒に帰ろうとしたわけを聞きたかったが……俺から話しかけよう。
「なぁ、蔵良。どうしてお前は俺と帰ろうとしたんだ?」
俺がたずねると、少しの間の後、蔵良は作ったような笑いを浮かべる。
「言ったじゃないですか。ボクはただもっと先輩と居たかっただけですよ」
「のわりには、ずいぶんと元気がなさそうだぞ? もっと嬉しそうにしてくれないと、こっちも心配だ」
「あはは……すみません」
軽い調子で謝るが、そう返した後、再び蔵良の表情は暗くなる。
そして訪れる沈黙。だが、今度はさっきとは違う。一度会話があってからの沈黙。前に進んでいる。
きっとこの後、蔵良のほうから切り出してくるはずだ。俺はそう思って、黙って蔵良が話すまで待った。
しばらくして、蔵良はぽつりと小さな声で言った。
「先輩……ボクは自分勝手でしょうか?」
自分勝手……。まぁ、そうだろうな。突然呼び出して、デートしてくれだし。
今だって、一緒に帰ってくれと言われて付き合っているわけだからな。
「透先輩に色々と言われて……先輩はボクとこうして今帰ってくれていますけど、でもそれで先輩に迷惑をかけているんだって思ったら……ボクなんだが自分のことが嫌になって」
蔵良は沈んだ声で語る。……そうか。こいつなりに、あの言葉気にしてたんだな。俺も、蔵良のこと遠ざけていたし。実感したのかもな。けど、それは違うぞ、蔵良。
俺は優しい声色で話しかけた。
「いいじゃないか、自分勝手で」
「え?」
「確かに透が言ったことはもっともだ。それに俺もお前のことで迷惑をした。それは否定しない。けどな? それでいいんだよ。それがお前の本当の自分で。そして真剣な気持ちなんだから」
それを否定なんてしなくてもいいんだ。
「少なくとも、俺たちの前では……あの部の中ではそうあっていいんだ。わがまま言っていいんだ。蔵良は……お前は自分のありのままをさらけ出していいんだよ」
そうだ。こいつは……蔵良の素の自分は。もっと自信にあふれたやつだ。
自分が世界で一番可愛いとか明らかに過言としか言いようのないことを言い出す。女装する自分の姿が大好きの変態。
だけど、生き生きとしていて、毎日楽しそうだった。そんなやつなんだ。俺はそんな蔵良を見ていたかった。
蔵良は俺を見上げていた。さっきとは違ってちゃんとその瞳はしっかりと俺を捉えている。……もう大丈夫だな。
「なぁ、蔵良。お前はどうして俺のことを好きになんてなったんだ? お前は、女子のほうがよかったんじゃないのか?」
少し話が変わるような気もしたが、俺は勢いに任せて聞いた。
俺が気になっていたことだし、今の蔵良には聞いてもいいことだと思ったからだ。蔵良は落ち着いた……それでいて真剣な表情で答えてくれた。
「先輩は……ボクの気持ちをちゃんとわかってくれた上で、デートの話を引き受けてくれました」
う……ばれてたのか。あの時の蔵良は勘違いしてくれていたと思っていたのに。
「それでも、それは嬉しいってだけで『好き』だってことじゃありませんでした。ボクが先輩を好きになったのは――」
そこまで言うと言葉を止めてしまう。俺が「?」を浮かべていると
「そ、それじゃあボクはここで! 先輩、さよなら!」
と言って走り出してしまった。
「おーい!」
慌てて声をかける。その声に反応して蔵良は振り向いてくれた。
だから俺はそれに最後、笑いかけて言った。
「望。俺にとってはもう、お前は特別だ。大切な後輩なんだ。だから、もうあのときや今日みたいに悩むなよ?」
「~~~!!」
顔を真っ赤にして走り出していった。
ちょっと、かっこつけすぎかな? あ~あ。これで蔵良からどう思われようが自業自得だな。
さ~ってと、俺も帰るかな。
そうして俺も帰路へとついた。
*****
「……はぁ」
先輩と別れてしばらくして、ボクは立ち止まってため息をつく。
思わず走り出してしまった。でも、それも当然だ。
好きになった理由を話すなんて……。そんな告白のようなことをいきなりできるはずがない。
それに気づいたらすごく恥ずかしくなって。話を急にやめてわかれてしまった。
せっかくの先輩と二人きりの帰り。あんな別れ方になった上に、中断したなんてもったいなかったかもしれない。
いや、それ以前に先輩に気を使わせてしまっている時点で……あんまりいいものじゃなかったのかな?
でも、先輩に励ましてもらえたのは……嬉しかった。それに、ボクの気持ちが間違ってないってこと。本当に好きになったんだって、再認識できた。
先輩はボクの思うとおりの人で。ボクの好きになった理由もそんな先輩だから。
あの時の続きをボクは答えるように一人、呟いた。
「ボクが先輩を好きなったのは、本当に先輩が優しい人だったからですよ」
デートをしたときも、嫌そうな顔をしてなかった。
ちゃんと、らしく振る舞ってくれた。本当のデートのようだった。
ボクのわがままに付き合ってくれて。その度に、ちゃんと先輩は返してくれる。そのときの一つ一つのさりげない仕草に、ボクはドキッとさせられた。
先輩は本当にかっこよかった。
さらにボクの気持ち全部わかってくれていて。それに――
『望。俺にとってはもう、お前は特別だ。大切な後輩なんだ。だから、もうあのときや今日みたいに悩むなよ?』
あんな優しいこと言われたら……惚れるに決まっているじゃないですか。
ボクだって分かっていた。ボクは普通じゃない。それくらいは。
それでもボクは今のこの自分を変えたくはなかった。このボクを認めてもらいたかった。でも、打ち明ける勇気もない。拒絶されてしまうかもしれない。それが怖かった。
そんなとき、ボクは現代文化研究部のことを知った。
『変態が集う場所』
ボクは自分のことをそんな風に思ったことはない。
でも、世間一般ではそう言われても仕方ない部類であることをわかっているし、なにより変態が相手ならボクのことを相談できると思った。
ボクは少しだけ、部のメンバーである人たちを観察してみた。その結果、一番その中で頼られている中心にいる人物。それが先輩だった。
そしてボクは先輩を呼び出して、デートの件を持ち出した。
実際にはデートはどうでもよかった。ただ、ボクのことを認めてさえくれれば、それだけでよかった。
相手が変態だとはいえ緊張したのか、色々と言葉に詰まったり、説明不足になったり。顔が赤くなったり、いきなりツンデレみたいな口調になったりした。
それでも何とか伝えて。先輩の返事は――
「嫌だ」
そう、断られた。
ボクは必死になった。ここで受け入れられなかったら。ボクは誰からも受け入れられない。
そう思うと怖くて。不安で。
自分が自分でいられなくなる。否定されるようだったから。
そうして、どうにか説得しようとしていると、先輩は
「……うけてやるよ。デート」
って、少しぶっきらぼうに言ってくれた。
ボクはそれがすごく嬉しかった。あのときは恥ずかしくて、先輩の気持ちに気付かないふりをしてはぐらかしたけど。
本当はわかっていた。ボクが不安であることとか、全部知ったうえで受けてくれたことを。
さらに、引き受けたらフォローもしてくれたし。ボクのことに全力で取り組んでくれた。
本当にボクのこと全部わかってくれて……だから、ボクに部活に入れとも言ってくれた。ボクを認めてくれて。
ボクがボクでいられる場所を与えようとしてくれた。
そんな先輩のことをボクはいい人だと思った。ううん、違う。ボクはもしかしたらこの時点で既に好きだったのかもしれない。
ボクは最初から最後まで自分勝手で。迷惑ばかりかけていた。
今日だってそうだ。透先輩に言われたことも本当にその通りだと思う。だけど……ボクは今のままのボクでいいって、先輩は言ってくれたから。
ボクはもう、悩まない。迷わない。
……わかってる。ボクは先輩の気持ち、わかってる。ボクを好きじゃないってことは。他に……好きな人がいることは。
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