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第三十二話 テイール=アルフレイド
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ダンジョンを延長させ、ミッドランドの王都に辿りついた。
まずは状況を確認するため、俺とミオの二人で王都の街で潜入調査をすることに。
一応、ダンジョン内で生まれた魔物でも、外に出ることが可能だ。
だがあまり遠くまで行くことができない。
ダンジョンから離れれば離れるほど弱体化し、ついには死んでしまうのである。
この迷宮主の身体や、ネームドモンスターであるミオも例外ではない。
とりあえず数百メートルくらいであれば、ほとんど問題ないことは分かっていた。
エルメスに人気の少ない場所を教えてもらい、地上へと出る。
そしてしばらく歩くと、大通りへと出た。
「おお、人がたくさんいる」
王都だけあって、かなり栄えていた。
そして予想していた通り、やはり中世ヨーロッパ風の街並みだ。
だがエルフやドワーフといった亜人の姿もあって、ここがやはり異世界なのだと実感させてくれる。
馬の代わりに亜竜を使った馬車――竜車とでも言うのだろうか――が道を走っていた。
王都はある話題で持ちきりだった。
前国王の第一王女であるリーファ姫と、あのテイールという男の婚儀。
そしてテイールの戴冠式についてだ。
婚儀は明後日、大聖堂で執り行われるという。
そしてその後、王宮で戴冠式が行われ、テイールはこの国の王になるらしい。
まさしくあの男の計画通りに事が進んでいるようだ。
エルメスが出て行って真実を暴露するという方法が、もっとも平和的な解決手段だろう。
だが果たしてそれで上手くいくだろうか。
エルメスは俺の配下になったことで、人族から魔人族となった。
見た目では分からないが、種族を判別する方法がないわけではないのだ。
もし疑われて魔人族であることがバレてしまえば一巻の終わり。
テイールはエルメスが確実に死んだと思っているはずだ。
だから突然現れたエイルが偽物であると考えてもおかしくない。
あるいは、エルメスがダンジョンの魔物と契約し、その命を救ってもらったのだという真実に、あの男ならば思い至る可能性もある。
当然ながら魔物の手先となったと知られれば、幾ら正統な後継者であろうと、王位に就くことは不可能だ。
今回のことを企てる前に、テイールは着々と王宮内における自らの影響力を強めていたようだ。
正統な後継者であるエルメスより、テイールが国王に就任した方が利益になる。
そう考えている王宮貴族たちは、テイールの主張に耳を傾けることだろう。
「となると……」
結局、やはり元凶となるあの男を排除するのが最適解か。
「同意します」
ミオも俺の意見に賛成のようだ。
俺たちはダンジョンに戻り、そのための作戦を練ることにした。
◇ ◇ ◇
――もうすぐだ。もうすぐここはオレの城になる。
テイールは王城の廊下を進みながら、内心で興奮を抑え切れなかった。
明日にはリーファ王女との婚儀が、そしてその後、戴冠式が執り行われることとなった。
もはや自分の道を邪魔する者はなく、ただそのときを待つばかりだ。
公爵家の長男として生まれたテイールは、幼い頃から文武ともに傑出した才能を示し、神童として周りから持て囃されて育ってきた。
自分でも自らが特別な人間だと確信するようになった。
一族からの期待を一身に浴び、そしてその期待すらも上回るような実績を残してきた。
だからこそ、テイールは我慢がならなかったのだ。
己がこの国の頂点に立つことができないということに。
アルフレイド公爵家はミッドランドでも一、二を争う大貴族。
だがテイールに王位継承権はなかった。
王位継承権第一位は、国王の一人息子――エルメス=ウィンダム第一王子だ。
彼のことをテイールは幼い頃からよく知っていた。
気弱で虚弱。
いつも姉であるリーファ姫の後ろに隠れている、頼りない男。
こんな男がこの国の王?
ただ国王の子供に生まれたという、ただそれだけの理由で?
テイールはエルメス王子を見る度に、その理不尽を呪った。
やがてテイールはその功績を買われ、エルメス王子の剣術の指南役に抜擢された。
そして表面上ではエルメス王子を敬う姿勢を演じつつも、内心ではますます自らの考えを確信していくこととなる。
俺の方がよほど相応しい。
俺こそがこの国の王になるべきだ。
そしてリーファ姫との縁談が持ち上がったとき、ついにテイールは決断した。
すでに老い先短いハルレオス王を殺し、無能なエルメス王子を殺し、そしてリーファ姫と婚姻を結んで自らが王位に就くことを。
と、今までの出来事を思い返していたテイールは、気がつけば目的地に辿りついていた。
「姫様。わたくしでございます」
「……テイールか。入れ」
リーファ姫の部屋だった。
彼女の許可を得て、テイールは中に入る。
「明日の婚儀のことで、少し相談がございまして」
テイールはそう切り出す。
だが実際には目的は別のところにあった。
話しながら、リーファ姫の様子を確認する。
凛とした表情を保っている彼女だが、憂いの感情を隠し切れていなかった。
目が赤く充血し、頬には薄らと涙の痕が残っている。
最愛のエルメス王子の死。
普段は毅然と振舞っていても、未だ整理がつかないのだろう。
「……姫様。お気持ちはお察しいたします」
テイールは声に哀切の感情を忍ばせながら、不意に婚儀の話題を打ち切った。
それにリーファ姫はハッとなって、
「いや……すまぬ。心配をさせてしまったようだな」
恥じ入った様子で、リーファ姫は謝罪の言葉を述べる。
そして胸を去来する感情を抑え込み、王族としての正しい振る舞いを演じようとする。
「その必要はありません」
その行為を、テイールはやや強い語気で止めた。
「……テイール?」
「そのお気持ち、抑え込む必要はありません。……わたくしと姫様は明日、正式に夫婦となります。夫婦の間にそのような気遣いが必要でありましょうか?」
「……」
「姫様のことです。きっと誰の前でも同じようにされておられるのでしょう。ですが、いかに心の強い姫様であろうとそれはお辛いことでしょう」
「……」
「ですからせめてわたくしの前では、本当の姫様をお見せください」
テイールの言葉に、リーファ姫は驚いたような顔をしていた。
しかしやがて、
「……ぅっ……」
突然、小さな嗚咽を漏らす。
そして彼女の瞳から涙が溢れ出した。
「……エルメスっ……うぁあああっ……ああああっ……」
気丈なリーファ姫が、まるで堰を切ったように泣き始めたのだ。
そんな彼女を、テイールは優しく抱き締める。
「好きなだけお泣きください。わたくしが傍におりますので」
耳元でそう囁いた。
やがてリーファ姫が泣き止んだ。
テイールは腕の中に抱き締めていた彼女を、そっと離す。
「……ありがとう、テイール」
「いえ」
「……貴殿でよかった」
頬を赤く染め、リーファ姫は小さく呟いた。
テイールは内心で嗤う。
――ククク……やはり悲しみに沈んでいる女を落とすのは容易いものだな。この姫君とて例外ではなかったか。
テイールは彼女に顔を近づけていった。
どのみち明日には自分の女になる。
一日くらい早く味見をしても問題ないだろう。
だがリーファ姫はテイールの唇を指で押さえてきた。
「……すまぬ。それはやはり、明日以降にしてほしい」
テイールは内心で舌打ちした。
しかしもちろん、ここで焦っても仕方ない。
すでに滾っていた性欲をどうにか落ち着け、テイールは彼女から離れた。
◇ ◇ ◇
リーファ姫の部屋を後にしたテイールは、中庭を突っ切って歩いていく。
すでに陽が暮れている上に、王族をはじめごく一部の者にしか立ち入りの許されていない区画であるため、周囲に人気はない。
ふと、テイールは足を止めた。
前方の庭木の陰から、人影が姿を現したからだ。
何者だろうか。
暗くて分かりにくい。
テイールは目を凝らし、その人物を注視した。
そして――
「っ!?」
あり得ない事態に、テイールは我が目を疑った。
驚愕するテイールを鋭い眼光で睨み付けながら、その人物は声を荒らげる。
「姉様の部屋で何をしていた、テイール……っ!」
それはダンジョンで死んだはずのエルメス王子だった。
まずは状況を確認するため、俺とミオの二人で王都の街で潜入調査をすることに。
一応、ダンジョン内で生まれた魔物でも、外に出ることが可能だ。
だがあまり遠くまで行くことができない。
ダンジョンから離れれば離れるほど弱体化し、ついには死んでしまうのである。
この迷宮主の身体や、ネームドモンスターであるミオも例外ではない。
とりあえず数百メートルくらいであれば、ほとんど問題ないことは分かっていた。
エルメスに人気の少ない場所を教えてもらい、地上へと出る。
そしてしばらく歩くと、大通りへと出た。
「おお、人がたくさんいる」
王都だけあって、かなり栄えていた。
そして予想していた通り、やはり中世ヨーロッパ風の街並みだ。
だがエルフやドワーフといった亜人の姿もあって、ここがやはり異世界なのだと実感させてくれる。
馬の代わりに亜竜を使った馬車――竜車とでも言うのだろうか――が道を走っていた。
王都はある話題で持ちきりだった。
前国王の第一王女であるリーファ姫と、あのテイールという男の婚儀。
そしてテイールの戴冠式についてだ。
婚儀は明後日、大聖堂で執り行われるという。
そしてその後、王宮で戴冠式が行われ、テイールはこの国の王になるらしい。
まさしくあの男の計画通りに事が進んでいるようだ。
エルメスが出て行って真実を暴露するという方法が、もっとも平和的な解決手段だろう。
だが果たしてそれで上手くいくだろうか。
エルメスは俺の配下になったことで、人族から魔人族となった。
見た目では分からないが、種族を判別する方法がないわけではないのだ。
もし疑われて魔人族であることがバレてしまえば一巻の終わり。
テイールはエルメスが確実に死んだと思っているはずだ。
だから突然現れたエイルが偽物であると考えてもおかしくない。
あるいは、エルメスがダンジョンの魔物と契約し、その命を救ってもらったのだという真実に、あの男ならば思い至る可能性もある。
当然ながら魔物の手先となったと知られれば、幾ら正統な後継者であろうと、王位に就くことは不可能だ。
今回のことを企てる前に、テイールは着々と王宮内における自らの影響力を強めていたようだ。
正統な後継者であるエルメスより、テイールが国王に就任した方が利益になる。
そう考えている王宮貴族たちは、テイールの主張に耳を傾けることだろう。
「となると……」
結局、やはり元凶となるあの男を排除するのが最適解か。
「同意します」
ミオも俺の意見に賛成のようだ。
俺たちはダンジョンに戻り、そのための作戦を練ることにした。
◇ ◇ ◇
――もうすぐだ。もうすぐここはオレの城になる。
テイールは王城の廊下を進みながら、内心で興奮を抑え切れなかった。
明日にはリーファ王女との婚儀が、そしてその後、戴冠式が執り行われることとなった。
もはや自分の道を邪魔する者はなく、ただそのときを待つばかりだ。
公爵家の長男として生まれたテイールは、幼い頃から文武ともに傑出した才能を示し、神童として周りから持て囃されて育ってきた。
自分でも自らが特別な人間だと確信するようになった。
一族からの期待を一身に浴び、そしてその期待すらも上回るような実績を残してきた。
だからこそ、テイールは我慢がならなかったのだ。
己がこの国の頂点に立つことができないということに。
アルフレイド公爵家はミッドランドでも一、二を争う大貴族。
だがテイールに王位継承権はなかった。
王位継承権第一位は、国王の一人息子――エルメス=ウィンダム第一王子だ。
彼のことをテイールは幼い頃からよく知っていた。
気弱で虚弱。
いつも姉であるリーファ姫の後ろに隠れている、頼りない男。
こんな男がこの国の王?
ただ国王の子供に生まれたという、ただそれだけの理由で?
テイールはエルメス王子を見る度に、その理不尽を呪った。
やがてテイールはその功績を買われ、エルメス王子の剣術の指南役に抜擢された。
そして表面上ではエルメス王子を敬う姿勢を演じつつも、内心ではますます自らの考えを確信していくこととなる。
俺の方がよほど相応しい。
俺こそがこの国の王になるべきだ。
そしてリーファ姫との縁談が持ち上がったとき、ついにテイールは決断した。
すでに老い先短いハルレオス王を殺し、無能なエルメス王子を殺し、そしてリーファ姫と婚姻を結んで自らが王位に就くことを。
と、今までの出来事を思い返していたテイールは、気がつけば目的地に辿りついていた。
「姫様。わたくしでございます」
「……テイールか。入れ」
リーファ姫の部屋だった。
彼女の許可を得て、テイールは中に入る。
「明日の婚儀のことで、少し相談がございまして」
テイールはそう切り出す。
だが実際には目的は別のところにあった。
話しながら、リーファ姫の様子を確認する。
凛とした表情を保っている彼女だが、憂いの感情を隠し切れていなかった。
目が赤く充血し、頬には薄らと涙の痕が残っている。
最愛のエルメス王子の死。
普段は毅然と振舞っていても、未だ整理がつかないのだろう。
「……姫様。お気持ちはお察しいたします」
テイールは声に哀切の感情を忍ばせながら、不意に婚儀の話題を打ち切った。
それにリーファ姫はハッとなって、
「いや……すまぬ。心配をさせてしまったようだな」
恥じ入った様子で、リーファ姫は謝罪の言葉を述べる。
そして胸を去来する感情を抑え込み、王族としての正しい振る舞いを演じようとする。
「その必要はありません」
その行為を、テイールはやや強い語気で止めた。
「……テイール?」
「そのお気持ち、抑え込む必要はありません。……わたくしと姫様は明日、正式に夫婦となります。夫婦の間にそのような気遣いが必要でありましょうか?」
「……」
「姫様のことです。きっと誰の前でも同じようにされておられるのでしょう。ですが、いかに心の強い姫様であろうとそれはお辛いことでしょう」
「……」
「ですからせめてわたくしの前では、本当の姫様をお見せください」
テイールの言葉に、リーファ姫は驚いたような顔をしていた。
しかしやがて、
「……ぅっ……」
突然、小さな嗚咽を漏らす。
そして彼女の瞳から涙が溢れ出した。
「……エルメスっ……うぁあああっ……ああああっ……」
気丈なリーファ姫が、まるで堰を切ったように泣き始めたのだ。
そんな彼女を、テイールは優しく抱き締める。
「好きなだけお泣きください。わたくしが傍におりますので」
耳元でそう囁いた。
やがてリーファ姫が泣き止んだ。
テイールは腕の中に抱き締めていた彼女を、そっと離す。
「……ありがとう、テイール」
「いえ」
「……貴殿でよかった」
頬を赤く染め、リーファ姫は小さく呟いた。
テイールは内心で嗤う。
――ククク……やはり悲しみに沈んでいる女を落とすのは容易いものだな。この姫君とて例外ではなかったか。
テイールは彼女に顔を近づけていった。
どのみち明日には自分の女になる。
一日くらい早く味見をしても問題ないだろう。
だがリーファ姫はテイールの唇を指で押さえてきた。
「……すまぬ。それはやはり、明日以降にしてほしい」
テイールは内心で舌打ちした。
しかしもちろん、ここで焦っても仕方ない。
すでに滾っていた性欲をどうにか落ち着け、テイールは彼女から離れた。
◇ ◇ ◇
リーファ姫の部屋を後にしたテイールは、中庭を突っ切って歩いていく。
すでに陽が暮れている上に、王族をはじめごく一部の者にしか立ち入りの許されていない区画であるため、周囲に人気はない。
ふと、テイールは足を止めた。
前方の庭木の陰から、人影が姿を現したからだ。
何者だろうか。
暗くて分かりにくい。
テイールは目を凝らし、その人物を注視した。
そして――
「っ!?」
あり得ない事態に、テイールは我が目を疑った。
驚愕するテイールを鋭い眼光で睨み付けながら、その人物は声を荒らげる。
「姉様の部屋で何をしていた、テイール……っ!」
それはダンジョンで死んだはずのエルメス王子だった。
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