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第二章 人間の国で

第二十五話 狼への対応会議

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 ウィンズ商会では再び議論が行われている。

「ウルフキングとフランシスカが来たな。で? お前らどうする?」
 俺は余裕の表情で店長に問いかける。

「そうだなぁ。平穏のためなら、カテイナ、お前さんを引き渡すしかないな」
「ほほう、それができるとでも?」
 俺はこいつの力を知らないが、俺には自信がある。魔法が体の内側にしか使えないとはいえ、人間とは桁違いの魔力を体にたたき込めば、もはや敵はない。
 店長は頭を掻いている。

「何だか考えがあるみたいだが、クラウディア、お前はどうする? この場で決定権があるのはお前だぞ?」
 クラウディアが驚いている。 

「え? 何で?」
「お前さんが、カテイナにつながってるからだ。わかりやすく言えば、お前さんを人質に取れば、カテイナ君は従わざるをえないだろ?」
 その言葉にギロリとウィンズをにらむ。クラウディアを人質に取るようなら即座にウィンズを叩きのめす。ウィンズに指図されたくない。自分のことは自分で決める。この俺は自由なのだ。

「そんな減らず口叩くなら、今ぶちのめしてやろうか?」
 ウィンズは両手を挙げて「俺はやめとく」と宣言した。

「まあ、俺はいいのさ。別にさ。だから問題はクラウディアだ。『魔界に戻るぐらいなら自殺します』ってんなら、カテイナはどうする気だ?」
「断固たる俺の意思を持って、クラウディアをオリギナに連れていく! ここで魔界に帰るなんて、選択肢はない!」
「それは二人の意思か?」
 店長の問いに俺もクラウディアもうなずく。

「他にこの都市の全てを犠牲にしても?」
 二度目の店長の問いに俺は力強くうなずいた。一方でクラウディアは頷いていない。

「クラウディア、何を気にすることがあるんだ? お前は、『オリギナに帰りたい』そう、言ったじゃないか? 何を他に、気兼ねする必要がある?」
 俺とクラウディアの、魔王の直系と人間の物のとらえ方の、差がここに表出している。正直に言って”俺とつながっているクラウディア以外の人間”なんてどうでもいい。きっと、クラウディアが魔界で逆の立場なら、”魔族なんてどうでもいい”と思うのと一緒だ。

「わ、私は……」
 クラウディアが悩んでいる。何て答えたらいいのかわからないらしい。
 こんな時、悩むことはない。自分の幸せを望んで悪いわけがないのだ。自分が正しいと思う理想の道をまっすぐ全力で進むだけなんだ。

「本音だけを言え」
「ああ、そうだ。自分が行きたい場所を選べばいい。もし、立場が逆だったら、俺はこの都市を選ぶね。無論、選んだ責任は俺が取る前提でな」
 俺とウィンズに押されてクラウディアが口を開く。

「お、オリギナに帰りたい」
「よし、決まりだ。ウルフキングを叩き返す」
「良く自分で選んだな。後はオリギナに帰ることだけを考えていればいい。ひとまず時間稼ぎをしようか」
 ウィンズの言葉に耳を疑う。

「ウルフキングをぶちのめせばいいだろう?」
「そりゃ最後の手段だ。大人には色々手立てがあるのさ。例えば懐柔とか、説得とか、契約とかな。暴力はあくまで一つの手段だ」
「ウルフキングに”説得”なんて、効かないと思うぞ」
「そうやって、思い込むから選択肢がなくなるんだ。まずは手を打つ。ウルフキングがダメでもフランシスカって女の方は言うこと聞くかもしれないだろう?」
「ウルフキングがフランシスカを、無視しそうだがな」
 それから、手早く交渉材料をまとめる。
 早くしないとしびれを切らせてウルフキングが都市を襲撃するかもしれないのだ。

……
 
 今、僕の目の前で、でっかい狼が大あくびしている。
 し、師匠、絶対に後で殺す。殺してやる。
 「挑発さえしなければ大丈夫」、「丸腰は襲わないと思うぞ」、「交渉は二人で行く物」……絶対に最後の師匠の一言がおかしい! 咄嗟にはそのおかしさに気がつけなかったが、震える足でくっついていった先で”人質交換まがい”の状況に至った。
 師匠は「いや~、まさかこんなことになるとは」何てほざいていたが、絶対に知ってた上で僕を連れてきていた。師匠はフランシスカさんをつれて都市に戻り、僕は狼の前で震えている。
 逃げようとか戦おうとか思う前に腰が抜けて動けない。
 目をつむって寝ている狼から、背を向けて逃げ出したら即死する。多分、気がつく前に殺される。それが正しいと直感で悟れるほどに怖い。
 師匠は日が暮れる前には必ず戻ると言っていたが、その前に寿命が尽きてしまいそうだ。

 びくっと手足がばたつく。目の前で二回目の大あくびをされた。
 ずらりと並ぶ牙が、想像してはいけない物を連想させてくれる。
 落ち着いて深呼吸、緊張感で滝のような汗をかく。くそっ、せめて水を持ってきておくんだった。直射日光が結構きつい。
 座ったままで全く動けないまま、時間が経つ。
 限界だ。これ以上我慢していたら倒れる。
 手足をついてゆっくり立ち上がる。狼は目をつむったまま動く気配がない。
 近くの水場は……農業用の用水路か? 布で越して、魔法の火で煮沸すれば飲める。
 良し、水を飲みに行こう。
 狼が寝ていることを確認して反対側に振り向く。
 ……終わった。目の前に狼がいる。
 あまりにも突然のことだったので何が起こったのか理解できない。

「み、みずを、水が飲みたい」
 ああ、僕の最後の言葉はこんなくだらない言葉だったのか。
 しかし、この言葉で不意に狼が道を空けた。
 もう、頭の中が真っ白だ。
 見えた先の農業用の用水路に頭を突っ込んで水をがぶ飲みして、戻ってから事もあろうに、「トイレに行きたい」と狼に言っていたのである。
 穴を掘って用を足して埋めて手を洗って戻る。
 その間、狼は同じところで寝ていた。
 戻ってから声をかける。

「も、もしかして、帰ってもいい?」
 ちゃんと断ればもしかしたらと思ったのだが、返事は片目を開けて牙を見せてうなっただけ。それだけで、ちょっと抱いた希望が軽く吹き飛んでいった。逃げることだけは絶対にできないらしい。
 早く帰ってきてください、師匠。

……

「あの、大丈夫なのですか? ディノー君は?」
「ああ、平気、平気。ディノーはああ見えて慎重だから、狼の尾を踏み抜く事はしないよ」
 話し合いに行くといって、ウィンズはディノーを連れていった。まさか、そのまま、おいてくるなんて事をするとは思っていなかった。
 流石に気まずい。ウルフキングがごく至近距離にいるプレッシャーは自分が一番よく知っている。そして彼はオリギナの戦闘訓練を受けたわけでもない。
 そんな人を自分の願いが原因で死地においてきてしまった。もしもの事があったら、死んでもわびきれない。なるべく早くこちらの行動を起こさないと。

「で、どうすればいいんですか?」
「切り替えが早くて助かる。今からフランシスカをつれて都市の議事堂に戻って、都市長と交渉してくる。どこまでならゆずれるかをな。その後はその結果を持ってもう一度ウルフキングと交渉だ。
 お~い、フランシスカさん。もう、いいんじゃないか?」
 商会の別室でカテイナとフランシスカが久しぶりの対面をしている。
 部屋のドアが開くとフランシスカがキレ気味の顔で「カテイナ様との再会をたった十分で切り上げろというのですか?」と言っている。

「それが、一時間でも、一日でも”たった”なんだろう? 早めに都市の議事堂に行きたい。その後ならいくらでも時間が取れる。十分おきに水を差されるのは嫌だろう?」
 フランシスカが一度扉の奥にひっ込むと、「カテイナ様、ぎゅっと、してください。ぎゅ~っと、お願いします」と個人の感情ダダ漏れの言葉が聞こえた。
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