優しい死神

未希かずは(Miki)

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3.暗闇に赤く光る幸福

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 今、死神マナトスは暗闇の中にいた。そこには何も存在していない。天も地も分からない。ただ暗闇が広がる世界だ。
 そこでマナトスは一人、膝を抱えて蹲る。
 
 マナトスは神の理を破り、二人を助けた。初めて自分は神らしい行動をしたなと独りごちる。
 だが、それによって創造神ザウラスにここに連れてこられたのだ。
 
 神らしい行動をして、仲間に罰せられる存在など、悪魔だけではなかろうかと考える。
 やはり私は、神ではなく悪魔だったのだとマナトスは得心した。
 
 ここは、神を罰するために作られた暗闇。
 人ならば、ひと月ここにいるだけで魂が消耗し、消滅する。
 転生することも、天国や地獄に行くことすら、叶わない。
 だが、死神に魂はない。
 いつまでこうしているのか分からない。
 創造神ザウラスがマナトスの罪を赦すまでは、出られないのだ。
 
 赦される為には、マナトスの無事を願って毎日祈る人が多数必要である。
 けれど、死神であるマナトスへ思いを馳せる者など、いる筈がない。
 (私がいなくなったことですら、誰も気が付かないかも知れないな)
 マナトスは自嘲的に笑った。

  
 ふと、闘神ニケルの顔が思い浮かんだ。
(ああ、彼だけは、私の不在に気付くかも知れないな)
 マナトスは、そんなことをぼんやりと思う。
 
 彼は昔から、ふらりとマナトスのところへ来ては、いつも人間の世界の話をしていった。
 彼の話に出てくる人間は皆、地に足のついた生き方をし、泣いたり笑ったりと人生を謳歌していた。
 母の病気の為に必死で働く子どもの話や、身分差を超えて愛し合う恋人の話。ピクニックを楽しむ家族の話など、人の息吹の感じられる話ばかりであった。
 その話を聞いてマナトスは、自分では触れることのできない人の世界に憧れた。
 自分が人間だったら、どんな生き方を選んだであろうかと想像しては、暖かな気持ちになっていたことを思い出した。
 
 そんなマナトスを見て、ニケルがいつも言っていたことを思い出す。
 
「そんなに人の世界が気になるなら、神の仕事を忘れて、一緒に人のふりをして遊びに行こう」
 
 ニケルは、人間の世界に憧れるマナトスを、街に降りようと度々誘ってくれていたのだ。
 その度にマナトスは首を横に振って、ニケルをがっかりさせていた。
 けれど、この様な事になるのであれば、一度くらい人の世界で買い物や食事をしてみても良かったかもしれないとマナトスは少しだけ後悔した。


 
 
*****
  
 あれから、何日経っただろうか。
 今ごろニケルの活躍で、カティーナ帝国は勝利を収め、あのサンドル王国のオルガス王子の元で終戦となっていたら良いなと思いを馳せた。
 だが、マナトスにはそれを知る手段など、持ち合わせていなかった。
 
 闘神ニケルは、もしかしたら戦が終わって帰ろうと、マナトスを探しているかもしれない。
 細かいことは気にしない男ではあるが、ああ見えて義理堅く優しい。
 
 いつもマナトスの為に、春が来る度に、寒い森では見られない小さな白い花を届けてくれた。
 死神の仕事を 
「人の苦しみを取り除き、魂を救済する大切な仕事だ。その証拠に感謝して亡くなる者もいただろう?」
 と度々マナトスに言って聞かせてくれた。
 いつでもマナトスに温かな優しさを降り注いでくれる様な男だった。
 
 今回、マナトスとニケルは一緒に戦場へ赴いた。
 それなら、元の森へマナトスを送り届けようとニケルならば考えるだろう。
 ニケルに最期のお別れの挨拶ができなかったことが心残りだなとマナトスは思い、胸がツキリと痛んだ。


 
 
*****
  
 それから、更に月日は過ぎる。
 もうマナトスの思考も手足の感覚も朧気になってきていた。
 闇と自分の境目がはっきりしなくなってきている。
 もしかしたら、このまま闇と同化し、いずれはマナトスという存在は消えてしまうのかもしれない。
 
 そんな中、闘神ニケルの顔を思い出した時だけマナトスの思考ははっきりしたものになった。彼の笑顔を思い出しては、心が温かいものに包まれ、手足に血が巡るような感覚になった。
 ニケルという存在がなければ、マナトスは既に闇と同化していたかもしれない。
 
 昔からニケルだけは、死神であるマナトスをいつも気にかけてくれていた。
 神々の集まりでも、一人ぽつんと佇むマナトスに必ず「元気だったか?」と声をかけてくれたのはニケルだった。
 
 ニケルはわざわざ森にやって来て、人間の世界で流行っているという食べ物や装飾品などを土産として持ってきてくれることも多くあった。
 
 神は食べなくても行きていける存在であるため、マナトスが一人で食事をすることは、殆ど無かった。
 だがニケルが持ってきてくれた食べ物だけは、必ず二人で一緒に分け合って食べた。
 その時は、死神である自分がまるで人間になったような気になれた。
 家族との団らんを楽しむ気分を味わえたのだ。
 
「一緒に食事をとって語り合う相手は、マナトス、お前が一番だな」
 
 ニケルは一緒に食事を摂る度に、そんな事を口にしてマナトスを喜ばせてもくれた。
 
 
 ニケルから貰っていた装飾品は、全て森に置いてきてしまった。
 マナトスには、着飾って楽しむことなどできなかったのだ。
 けれど、今となっては残念な気持ちになった。
 自分の手を強く握りこむ。
 
 その時、マナトスはポケットに指輪だけは入れてあったことを思い出した。
 その指輪の石は、ニケルの目と同じ色をした赤い石がついていた。
 身に着けるには指輪のサイズが大きかったのだが、仕舞い込むのは何となく淋しく、ポケットに肌見離さず入れていたのだ。
 
 マナトスはその指輪を取り出して指にはめる。暗闇では反射する光など無いのだが、マナトスにはまるでそこだけが赤く輝いているように感じられた。

「マナトス……。こんな時でも、あなたは私を助け、支えてくれるのだな……」

 久しぶりに出した声は掠れ、思ったよりも小さかった。
 けれど、口にすることで、マナトスがはっきりと近くに感じられたような気がした。

「マナトス……」

 名前を呟くだけで、胸がドクリと大きく跳ねる。
 笑顔を思い出し、ニケルは顔が熱くなった。
 こんな気持ちは、初めてだった。

「マナトス、好きだよ」

 口にした言葉で、自分の気持ちに形ができた。
 それだけで、自分が今存在してきた意義があったと思えた。
 このままニケルのことだけを考えて思い出に浸り、いつしか指輪とともに闇へと溶けて消えてしまおう。
 それが自分らしくて、でも幸せな最期だなとマナトスは考えて、再び目を閉じるのであった。

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