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4.家族の真似事(闘神ニケルside)
しおりを挟む闘神ニケル視点になります。
マナトスと初めて出会ったのは戦の中だった。
黒く長いローブを羽織り、フードを目深に被った彼は人々に不気味な印象を与える。
だが、偶然風に煽られてフードが外れた時に見えたマナトスは、とても美しかった。
まるで月の光の様に神秘的な銀色の長い髪。黒曜石のような深い黒の瞳は、魂ごと吸い込まれてしまいそうな魅力があった。
ニケルはそんな彼に目を奪われた。
それから、ニケルはマナトスを見かけるたびについ目を追いかけてしまう。
彼はいつも、諦めたような淋しそうな顔をして一人佇んでおり、フードに隠れた顔を誰かに見せることも、ましてや笑顔を見せることなど、皆無だった。
戦場や治癒院にて、マナトスは死ねずに苦しんでいる人間の足元に立ち、その者の罵詈雑言や命乞いの懇願を一心に浴び、それをひとしきり受け止めていた。
その度に人の魂の汚れは、少しずつ浄化されていくのが見える。そうして最期には、口汚く罵っていた者であろうとも、聖職者のような祈りを捧げる言葉を口にしていたのだ。
そうしてから、ようやくマナトスは、魂を身体という容れ物から取り出していた。その魂は、この世に未練を残して漂う魂とは異なり、とても美しい輝きを放っていた。その魂は、天上へと還っていく。とても美しい光景だった。
だが、その当のマナトスはその者の死を悼み、心を痛めているようであった。
闘神ニケルは、こんなに人に寄り添い、優しい神がいるのかと感動した。
ニケル自身は、人の世界に英雄として過ごす事があるため、他の神よりは人を身近に感じられていた。
だが、自分が神という存在である以上、ここまで人に寄り添う事など、決してできなかった。
この姿を見て以来、マナトスの存在が気になり、事ある毎にマナトスの元へと向かい、マナトスの好きな人間の話をしていった。人間の生活や文化、価値観など知りうる限りの人間の話をした。マナトスが特に表情を緩めるのは、家族の話や子ども達の話であった。
時折人間の食べ物も持って行き、一緒に食べた。「まるで人間の家族ごっこだな」と言うマナトスは、少しだけ口端が上がっていたように思う。
マナトスは殆どの時間を孤独に過ごしているが、決してそれは、マナトスが望んでいるわけではない。
本当は彼も家族が欲しいのかもしれないに違いないと孤独なマナトスに思いを馳せ、胸がずきりと痛んだ。
ある時、人間には家族の無事を願い、自分の髪や目の色と同じ石を贈る習慣があると聞いた。
人間の真似事などとも思ったが、偶然綺麗な指輪を見つけたので、マナトスへの土産の一つとして買って渡してみた。
彼は宝飾品を身に着ける習慣はないため、きっと仕舞い込まれるであろうことは分かっていた。
それでも、マナトスに渡しておきたかったのだ。
そして、マナトスと共に何度目かの戦へと向かう事となった。
今回のカティーナ帝国とサンドル王国の戦は、規模が大きく、被害も大きかった。
たくさんの怪我人が出るであろう事は、容易に想像できた。
ニケルは、またあの優しい死神は心を痛めるのだろうと考える。
自分がマナトスのためにできることは、仲間を助け、圧倒的な力で圧勝し、戦を早く終わらせる事であった。
なるべく相手を苦しませる事なく、一瞬で事切れるように急所を狙うように心がけた。
英雄として人に化けたニケルの活躍と共に、サンドル王国でクーデターがあった事により、戦争の終結が想像よりも早く終えられた。
オルガス王子が、父王を倒してオルガス王となり、全面降伏という形での終結を望んだからだ。
サンドル王国はカティーナ帝国に吸収され、サンドル王国の中で豊かな土地だけは帝王直轄地となり、残りの土地をサンドル領とすることになった。オルガス王はサンドル領の領主として帝国の伯爵位を賜った。
元サンドル王国は戦争で疲弊し、その領主になった場合は難しい統治を求められることが、わかりきっていた。そのため、誰も領主になりたがらなかった。
だからこそ、オルガスが領主となったのだ。
高い税を帝国に納めなければならないものの、サンドル王国側としても、最小限の被害で終結できたと言えた。
闘神ニケルは、戦争終了が決まってすぐにマナトスを探したが、どこにも見つからない。
先に森に戻ったのかと森へも行ってみたが、見つけることができなかった。
ニケルは胸騒ぎがして、早くマナトスを見つけたかった。
しかし、サンドル王国との戦争終結の取り決めの調印を行うまでは、英雄として行く末を見守らなければならなかった。
本日はその調印式であった。何事もなく無事執り行なわれ、夜は戦争終結を祝う宴が行なわれる。
ニケルはその前に去ろうとしたが、周囲に引き留められ苛立ちを隠すことなく渋々参加した。
ニケルは壁により掛かり、腕を組んだまま早く終わらないかと会場をただ見渡していた。
そこでサンドル領の領主となったオルガス伯がワインをニケルに手渡しながら話しかけてきた。
「貴方様が英雄ニケル様ですね。この戦でずいぶんご活躍されて、貴方様のお陰で戦争の期間も短くなったと大層評判でした。我が領も、貴方様のお陰で深手を負わずに済んだのだと思います」
ニケルはグラスのワインを一気に飲み干し、皮肉げに片方の口端を引き上げる。
「オルガス伯、あなたは父親である元王を止められずに戦が始まったのに、なぜ途中で王を裏切り、戦を辞めたのですか?
あなたの決断がもう少し早ければ、戦を起こすことなく王国も残っていたでしょうに」
ニケルの言葉に気分を害す様子もなく、オルガス伯は胸元に持っていたグラスを下げて肩を竦めた。
「痛い所を突きますね。確かに今回の戦を止められなかったのは私の落ち度。ですが、私にはあの時、父王を討ち取ってまで国民を守る覚悟が足りなかった。今回の戦で死神に命を助けられて、覚悟を決めたのです。
いや、あの方は死神ではなく命運を司る神だったのかもしれない。私は彼に助けられたのですから」
ニケルは、オルガス伯の話を聞いて目を見開いた。更にオルガス伯から詳しくその時の状況を聞き、頭を抱えてその場に蹲った。
「⋯あいつは何やってるんだ。そんな事したら、俺でも助けられないじゃないか」
ブツブツと呟くニケルに戸惑い、オルガス伯は少しだけ屈んで話し掛ける。
「ニケル様はその神とお知り合いなのですか?神様とお知り合いとは、流石英雄様ですね。」
そこ迄話して、オルガス伯は何かに気付いたようにハッとした顔をした。
「⋯…まさか……失礼ですが貴方様は神話にあるあの闘神ニケル様では?」
「⋯ああ、そのまさかだよ。そしてあの死神は俺の……」
ニケルはそこまで言って、マナトスとの関係を何と答えてよいのか考えあぐねた。
友とも違う。ニケルが勝手にマナトスの周りをついて回っていただけだ。ただマナトスに関わりたかった。マナトスにこちらを向いてほしかったのだ。
マナトスの控えめな笑顔を見たくて、何度もマナトスの元へ通った。
マナトスの瞳がニケルを映し出すだけで、ニケルの胸はたまらなく熱くなった。
ニケルにとってマナトスは、いつの間にか大切な存在となっていたのだ。
これを、人は「恋」と呼ぶのかも知れない。
その事に気付いたニケルは、無意識に自分の胸を手でおさえた。
突然黙ったニケルを見つめて、オルガス伯はふわりと笑いかける。
「死神様は、貴方様の大事な方なのですね。ですが、死神様に何かありましたでしょうか。私にお手伝いできることがございましたら、何でもいたします」
それを聞いたニケルは、オルガス伯を睨みつけた。
「人間風情に何ができる。もう、私の手にすら負えぬところまで来てしまったのだ。⋯⋯⋯いや、一つあるな。
お前の国、いや今は領地か。領地を挙げて取り組んでもらいたい」
ニケルはその場でいくつかの事をオルガス伯に託していく。そして、人間のふりをしていたニケルはその場で風を起こし、闘神として光り輝く姿に戻り、そのまま風と共に去って行った。
そこに残されたカティーナ帝国の者たちは、英雄ニケルが闘神ニケルの変化であったことに気付く。
そして、この戦は神に祝福された勝利だったのだと沸き立ったのだった。
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