王太子と公爵令嬢は我らがお守りします!

照山 もみじ

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20.行動には気を付けよ

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「うっ、ううっ……グスン」

 王宮の東棟の三階の一室で、シンシア・ヴォルテーヌはハンカチを握り締めて泣いていた。

「シンシア……」

 夫であり隣国の王太子・マティアスが、妻の背を撫でながら声をかける。 
 暫くの間ずっと泣いている可愛い妻に寄り添っていたい気持ちは山々だが、そろそろ現実に戻ってもらわないと困るのも確かだった。

「仕方ないでしょう? 騒ぎ立てたのは事実なんだから」
「で、ですが!!」

 顔を上げたシンシアは悲しみと怒りに満ちた目をしていた。

「いくら何でも『邪魔だから部屋に戻れ』と追い出す事ないでしょう!?」

 あんまりです! と訴えるシンシアだが、その原因は間違いなく彼女自身にあったため、マティアスは苦笑しながらシンシアの髪を手櫛で解いた。

「負傷したヴァイオレット嬢の治療の遅れ、それに加えあれだけ大騒ぎしたのだから、追い出されても文句言えないでしょう?」

 マティアスの台詞は最もだった。

「でも、でも! ヴァイオレット様とお兄様が寄り添っていれば、誰だって叫びたくなりますでしょう?? イライザお姉様もお顔が叫んでおりましたし」
「ではシンシアも、我が国の王太子妃として、声に出さずに叫ぶ事を身に付けてほしいな。君にはとても貴重な財産になると思うよ?」

 にこやかにそう言えば、イライザは不服そうな表情を浮かべながら押し黙った。
 どうしてヴァイオレットとジェラルドが絡むと突拍子もなくなってしまうのかと再び苦笑しつつ、マティアスは彼女の髪に一つ、口付けを落とした。

 シリルの使い魔から連絡を受けたシンシアとマティアスは、急いで園庭へと向かった。
 頬に受けた傷を瞬時に、そして傷痕なく治療出来るシンシアを呼んだのは正解だったが、彼女の性格を考えると、状況としては悩みどころなのも確かで、マティアスは現場に向かいながら、胸に沸く不安をもて余していた。

 そしてその不安は現実のものとなった。

 到着したクリフトフの園庭には、まるで魔王にでもなってしまったのかと思う程怒りを滲ませている第一王子・ジェラルドが、ヴァイオレットの肩を抱き寄せ、頬を押さえる手に己のそれを重ねているところだった。

『キヤァァァァァァ~!!』

 誰の叫びかは言わずもがな。
 雰囲気に似合わない甲高い声が、青色の園庭に響き渡る。若干黄色い音だった事に、マティアスは気付かない振りをした。

『ジェラルド、先ずは場所を移してヴァイオレット嬢の手当てだ』

 きっと今の叫び声で城の者がやって来る。ヴァイオレットの頬の傷見ればそれが誰であれ自然と噂になり、やがて噂が真実になる。
 ヴァイオレットが“傷もの”と言われる噂が立つ事だけは避けたかった。

『……承知した』

 未だ怒りは鎮まっていないものの、理性は働いていたようで、ジェラルドはいつもの様に短く答えると、マティアスの案に頷いた。

 現場はイライザたちに任せ、ジェラルドの移転魔法でマティアスたちが向かったのは、他でもない、ヴァイオレットの部屋だった。

『すまない、淑女の部屋に無断で入るなど……』
『いいえ……お心遣い感謝致します、殿下』

 先ほどの怒りは何処へやら……。未婚の女性の部屋に入った事に気まずそうなジェラルドと、そんな彼の厚意を受け入れ感謝しているヴァイオレットの姿は、誰がどう見ても邪魔してはいけない雰囲気を醸し出していた。

『はぁぁぁぁぁぁ~!!』

 感嘆というには黄色過ぎる溜め息を吐くのはやはりシンシア。
 そんな彼女の声に二人の世界にいたジェラルドとヴァイオレット、そしてその光景に惹き込まれていた侍女たちも正気に戻り、止まっていた事が急激に動き出した。
 傷を負ってから大分時間が経ってしまったものの、ヴァイオレットの頬の傷はしっかりシンシアが治療した。それはもう完璧に痛みも傷痕も残さず完治した──までは良かった。

『ヴァイオレット様、本当に大丈夫ですか?』

 傷付いたヴァイオレットを抱き締めて、シンシアが一向に離れようとしなかったのだ。
『ヴァイオレットは身なりを整えるから』と周囲が説得しても聞かず、ついに兄であるジェラルドに『一旦帰れ』と追い出されたのだった。

「お兄様ヒドイ!! ヴァイオレット様を独り占めして!!」
「そういう事じゃないでしょう? それに、他国の王太子夫婦が自由し過ぎも良くないから」
「うぅ……でもお兄様、マティアス様には普通に話していたではないですか」
「話すというか……挨拶だよ、あれは」

 マティアスがジェラルドと交わしたのは本当に短い挨拶程度のものだった。

『すまない。近々礼をする』
『構わないよ。手の空いた時にでも話そう』

……これだけであった。

(でもまぁ、良いものが見れたし、十分でしょう)

 園庭でジェラルドを見たマティアスは、彼の怒りの中に微かな変化を感じ取っていた。
 まだ未熟であるものの、威厳あるそれは彼の父親を軽く凌駕している。
 今まで不安定だった意志は確固たる決意に変わり、ジェラルドの中で輝いていた。

(少し急いだみたいだけど……話を聞くのが楽しみだよ)

 シンシアの髪を撫でながら、友人の不器用な成長に、マティアスは小さく笑った。

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