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28.閑話─道標─
しおりを挟むユリシーズたちが生きる世界は、“生”と“死”を司る二神を中心に、その間に生まれた神たちが作り上げた地と理で成り立っている。
王国・サナトスは、世界の成り立ちの片方である“死”を司り、マティアスの国でありシンシアが嫁いだ国・ビオスは“生”を司っている。
ビオスの“生”に比べ、サナトスの“死”は聞いただけでは印象が良くないが、美しいとされる夜の女神や、生きる希望でもある夢を司る女神は死の属性に分類されるため、表立って蔑まれる事も差別される事もない。
死を司るだけあり、サナトスは他の地域より魔の物の発生率が多く、スタンピードもサナトスを中心として各地で発生している。
その原因は、死を司るサナトスは黄泉の入り口の役割があり、どんな魂もサナトスの地へやって来ては黄泉の国へと旅立っていく。
しかし、確率はそう高くはないものの、その魂が道に迷い、異形のものへと変化してしまう場合がある。その過程で生まれるのが『魔物』だった。
勿論、何も対処していない訳ではない。黄泉の国へ旅立つ魂が迷わぬ様に、聖堂や教会を各地に設け、「ここが命の終着点なのだ」と、魂の道標となっている。
そんなサナトスの王宮の敷地内にも、聖堂は存在している。
王宮の聖堂は、他国の幹部や要人を招いて行う王家の冠婚葬祭以外は他の聖堂と同じく、スタンピードや自然災害で被災した民の一時避難場所として解放される。
だが、それは王族や教会側の者が使う場合であって、ある一人にとっては全く違う使用方法になる。
(……多いな)
迷子を誘うような十字架の輝きに近付くに連れて、聴こえて来る歌声も確かなものになっていく。
しかしそれに伴って、聖堂にいるであろう人々の気配も強くなって来た。
(十……二十……良く呼べましたね)
気配の数は二十人ばかり。
彼女が決意を固めてからまだ二、三時間程しか経っていない。にも関わらず、この短期間で目的の人々を呼び集め、使命を遂行している辺り、彼女の本気が窺えた。
待機している騎士二人に手を上げて挨拶をし、返って来たのを気配で確認して、扉を押し開ける。
一段階大きくなった、聖堂に響き渡る高い歌声を心地良く感じながら、ユリシーズはその場に立ち止まって、中の様子を見回した。
チャーチチェアには数人の騎士、従者、女中たちが、息をしているのか不安になる様に横たわっている。
身嗜みも乱れており、中には髪型も崩れている者も見れとれ、成る程、“相当効いたのだな”と、内陣に立ち、歌い続ける少女の後ろ姿を見つめた。
(……懐かしいな)
肩までだった赤い髪は背中まで伸び、背も幾らか伸びた気もする。
元気をそのまま表した様な少女だった彼女は、いつの間にか淑女の鏡と呼ばれる様になるまでその身に知識を詰め込み、ユリシーズの前に立つ様になった。
そんな彼女の浄化の歌を聴いて、ふと、今しがた感じた「懐かしい」という感情に、チクリとした胸の痛みを覚えた。
(そんなに、遠くまで来てしまったのですね……)
彼の脳裏に焼き付いている記憶は、生きる意味を見付けた瞬間でもあり、悲しい思い出でもあった。
その出来事から既に何年もの月日が経っているにも関わらず、ユリシーズの心の一部は、未だに泣き声を上げている。
続く歌声を聴きながら、近くのチャーチチェアに腰かけて、そっと目を瞑る。
耳に届く歌声は、瞼の裏に浮かんだ、金色の髪にターコイズの瞳の少女の声に重なっていく。
「……リリィ」
かつて愛した、記憶の中の少女の名を呼ぶ。
そして「愛した」と過去形な事に、ユリシーズの一部は、一層声を上げて泣いた。
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