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27.閑話─迷子─
しおりを挟む「やっぱり……あれは駄目ですよ」
薄暮の色が王宮を染める頃、広場の一角で、ユリシーズは使い魔からの報告を聞いていた。
「修道院どころか死刑への道を順調に進んでしまっている……いや、確定ですね」
先ほど仲間との会合で出されたクッキーを使い魔にあげながら、今しがた聞いた、別棟で監禁されているエミリアの様子にほとほと呆れる。
「おかしいとは思っていましたが、王宮内の者に何振り撒いてるのか……」
本来、ボンネット男爵本人ならまだしも、エミリアは王宮に登城出来るような地位もなければ権利もない。
そんな彼女が初めて登城……もとい侵入したのは、王宮内で開かれた茶会に、一人の令嬢に頼み込んで無理矢理連れて来てもらった時だった。
招待もされていない者を招き入れる行為は謀反容疑、あるいは他国のスパイ容疑をかけられてもおかしくはない。
それ故、件の令嬢は既に調べ上げられ、相応の罰を下されている。
だがその後は第二王子・クリフトフが招いてしまっていたため、それ以降、登城に関しては不問となっていたが、最初の侵入時に気付くべき失態だった。
「魔力が低いため魔術にかかっている者は限られていますが、意図的に術をかけているので逃げられませんね……魅了なんて、解けた後は地獄しかないのに」
エミリアが王宮内の者にかけた魔術は“魅了”だった。
数千年前、この地上に聖女が誕生して以来、精神汚染の類いの魔術は禁止され、今では禁術として扱われている。もし見付かれば、問答無用で刑に処されるのだった。
そんな術を何処で覚えたのかは不明だが、エミリア自身、魅了を認識している時点で真っ黒だった。
「王宮を平然と歩いている時点で気付くべきでしたが、彼女自身の魔力が低かったのが幸いして、彼女と同等、またはその下の者にしか効いていないのが救いです」
門番や数人の女中、従者が魅了にかかっている事が判明したのはつい先日だった。
彼らの職場から「様子がおかしい」との声が届き、いざ調べてみれば、という展開であった。
「魅了を使って王宮を混乱させる……本来なら即処刑ですが、ヴァイオレットからの指示を無視は出来ませんので、仕方ないですね」
『ボンネット嬢は別棟にて監禁しつつ、使い魔たちに様子を確認させて下さい。決して魔力の低い者を近付けてはなりません。接する時は必ず魔力の高い者にして下さいね?』
そう言って、にっこりと微笑んだヴァイオレットに、ユリシーズは苦笑を漏らした。
当時のヴァイオレットの顔は、この数年の中でとても良い表情を浮かべていた。
「ジェラルドも容認している事ですし……様子を見つつ、これ以上被害が拡大しないようにするしかありませんね」
ユリシーズは別棟を見上げながら溜め息を吐く。
ヴァイオレットがエミリアをどうするかは不明だが、早い内に事が片付くのは確かだった。
「また忙しくなります……が、明日はお休みさせていただきます」
背伸びをして、ユリシーズは別棟を背に歩き出した。
早く帰って明日に備えようと、意識は自然と明日会う者へと向かっていく。
──ユリシーズ様!
婚約者の鈴の音の様な、耳に心地良い声を思い出して、自然と頬が緩む。
しかし同時に、もう決して会えない人の姿も思い出して、ユリシーズは徐に胸を押さえた。
「……いい加減、決めなければ」
移り行く心が嫌な訳ではない。けれど置いていく想いに感情が泣き叫ぶ。
一体どうしたものかと、数年続く不安定な感情をもて余していれば、夜の女神が降りて来た空に、輝く十字架が目に留まった。
「……聖堂」
ポツリ、と呟いた事で、その存在が心の中で大きくなっていく。
王宮の敷地内には聖堂が存在している。そこは王族の冠婚葬祭や聖女関連の政で使用される程度で普段訪れる事はないが、今のユリシーズには何かの道標の様に見えた。
(……行ってみますか)
輝く十字架を目指して、ユリシーズは歩き出した。
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