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33.浮かれる聖女
しおりを挟むヴァイオレット・オルブライドが聖女の力に目覚めたのは、幼き頃、妹のルビーが悪夢を見た時だった。
真夜中に飛び起きてメソメソ泣いているルビーに、寝付きが悪く気分転換に散歩をしていたヴァイオレットが気が付き、妹が眠るまで一緒にいると言って付き添ったのだった。
『大丈夫、怖くないよ。私がいるから』
そう言って、ヴァイオレットは子守唄を歌い始めた。それは時折母が歌ってくれるものと同じ歌詞であった。
ヴァイオレットからすればただ恐怖で眠れない妹を安心させたい一心だったが、その想いが、彼女の力を開花させた。
深夜に響いたヴァイオレットの歌声に、執務中だった父親が駆け付け見たのは、闇の中光輝く長女の姿……。
対する妹のルビーは、姉のその姿に暫し唖然としていたものの、泣くことを忘れその内すやすやと安堵の表情を浮かべて眠りに就いた。
その日の夜は、街中の子どもたちが、夜泣きもせずに眠っていたという。
その日から、ヴァイオレットは聖女として公務をこなしていた。
凛とした姿勢に穏やかに微笑む様が人気の彼女だが、唯一その印象を崩す事がある。
「……え?」
早朝から始めた、邪を払う浄化の歌”を終えたヴァイオレットは、休憩を挟み三回目にして自室に戻って来た。
次は王都の教会を三件周り、隣接する孤児院にも寄り、戻って来て夕方に二回歌う予定が詰まっている。
街に出るまで暫し時間が空くので、その間少し休もうとしていたのだったが、侍女から告げられた言付けに、彼女は淑女らしからぬ声を出した。
「『急な誘いで申し訳ない。この後少しで良いので茶をしないか』と、ジェラルド殿下からお誘いがございますが……」
如何致しますか? という、二度目の台詞に、ヴァイオレットの鼓動は高鳴った。
(ジェラルド殿下からの、お……お誘い)
ボフン、と、湯気が上がりそうな程顔を赤らめ、キョロキョロと青い瞳を泳がせた。
昨日十年ぶりに触れた感触とともに、成人し大人の男に成長した愛しい人を想い、羞恥と興奮と歓喜が一気に押し寄せる。
(どうしましょう……)
決して困っている訳ではない。
むしろ今回の件で幻滅されてしまったと思っていた今のヴァイオレットにとって、これ程幸福な事はなかった。
「……ヴァイオレット様?」
「え、あ……そ、そうね。準備が出来たら伺いますと、伝えて下さい」
そんな挙動不審な彼女を、温かく見守る侍女たちの目も気にしていられない程、ヴァイオレットは混乱していた。
何しろ十年間望んでいた事が急に舞い込んで来たのだ。動揺しない訳がなかった。
(浮かれているわね……私)
そわそわ落ち着かない自分に困り果てる。嬉しい感情にこんなにも振り回されたのは久し振りだった。
(これでは、マリーの事を言えないわ……)
先日、従姉妹でありユリシーズの婚約者・マリーと短いながらにお茶をした。
その時に、「今度ユリシーズ様と湖へ行くの!」と、嬉しそうにはしゃぐマリーに、ヴァイオレットは「わかったから落ち着きなさい」と苦笑したのだった。
それが今では逆になっている。この場にマリーがいれば「ね? 一緒なのは嬉しいでしょ?」と得意気に胸を張りそうだった。
(マリーは……きっと大丈夫ね。ユリシーズ様の事、絶対引っ張って行ってくれるわ)
ユリシーズを『お義兄様』と呼んでいたマリーは、今では名を呼ぶようになった。それは彼女の中で何かしらの思いが固まった証なのだろう。そんなマリーに、ユリシーズも好意を抱いている様で、もう大丈夫だろうと思う反面、まだ時間がかかる様にも思えてならない。
「難しいわね……人の心は」
──リリィは、どう思いますか?
サナトスから旅立った従姉妹なら……ユリシーズを置いて逝ってしまった彼女なら、一体何と答えるだろうかと、考えても仕方のない事ばかり浮かんで来る。
「どうしようもないわ。ユリシーズ様の心はユリシーズ様にしか救えないもの」
手を差し伸べる事は出来ても、問題を解決するのは結局は自分自身なのだ。だからヴァイオレットが考えたところでどうにも出来ないが、三人の関係や想いを知っているが故に、考えずにはいられなかった。
「せめて、納得出来る道を選べれば良いわね」
友人であり家族である彼らの幸せを祈り、ヴァイオレットはジェラルドとのお茶のために準備をし始めた。
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