王太子と公爵令嬢は我らがお守りします!

照山 もみじ

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34.戸惑い

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「くしゅん!」

 ユリシーズの先を歩いていたマリーから、可愛らしいくしゃみが聴こえて来た。

「大丈夫ですか?」

 花が生き生きとする季節になったが、それでも湖等の水辺や木々の覆い茂る場所では肌寒く感じる。
 マリーの隣に並び、「寒くないですか?」と、ユリシーズは若干薄着だった彼女の肩に、自身の上着をそっと羽織らせた。

「はい、大丈夫です!」
「本当?」
「ええ。ですが、上着は貸していただきますわ。……ふふ、もしかしたら、誰かが噂をしているのかもしれませんね」

 ただ一緒に歩いているだけなのに、心底楽しそうに笑う彼女を見て、ユリシーズも自然に微笑んだ。
 二人が今日訪れたのは、彼女の姉が生きていた頃、体調が良いときに三人でやって来た場所だ。
 静かな湖は空の青を写し、この場所を隠す様に茂る木々には若葉が芽生え、柔らかい葉の明るい緑色が目に優しい。
 オルブライドの血筋とだけあり、マリーは普通の令嬢の様にお茶やショッピングを楽しむより、自然のある場所でのびのびとしている事を好む。
 今日のデートを誘った時も、『最近勉強を頑張っていたので、身体が動かせるのが嬉しいです!』と喜んでいた。
 癖のある金色の髪は歩く度にキラキラと輝き、青い瞳は春の空の様に柔らかい色をしている……姉のリリィとは、不思議と似ていない。

「……今、お姉様とは似てない……って思いました?」

 下から覗き込んで来る婚約者の言葉に、ドキリ、と鼓動が高鳴り、そして急激に加速した。
 図星を突かれ、背筋にゾワゾワとした焦燥感が駆け抜ける。
 疚しい事など何もしていないが、浮気をして問い詰められた気分とはこんな感じなのだろう……と、焦る感情とは裏腹に、意外に落ち着いている頭がそんな事を考えていた。

「私にお姉様の面影を探すな、という話ではないので安心して下さいませ」
「……そんな事」
「いいえ。想っている筈です。だって、お姉様の事が大好きな私に、お姉様を愛しているユリシーズ様の事がわからない筈ないではありませんか」

 言葉の鋭さに反して、表情や声音は優しい彼女は本当にそう思っている様だ。

「……君を、愛していない訳ではないですよ」

 ユリシーズの口にした言葉は紛れ間なく本心だった。
 愛していた人が黄泉の国へ旅立ってから短くはない年月が経っている。
 その間に、マリーと過ごす日々が徐々に増え、喜びも悲しみも共有しあって、いつしか彼女に惹かれる様になり、気付いた時には愛していた。
 愛しい人の妹という立場だったマリーは、今では自慢の婚約者になった。それはユリシーズにとって誇れるものであった。

「ですが……置いて行けないのに、君に愛してるとは言えないでしょう?」

 リリィの事は少しずつ過去になりつつある。思い出しても、以前の様に泣き濡れたりせず、眩しい過去として思い返す事が出来る様になった。
 だが……愛した想いを置いていく事は難しく、泣き叫ぶ心を両手から放す事が出来ずにいる。
 待ってくれているマリーに、申し訳なさと早く想いを伝えたい心があるものの、置いていくリリィを想うと、二の足を踏んでしまうのも事実だった。

「……ユリシーズ様」

 いつの間にか下げていた視線をマリーに戻す。
 すればそこには笑顔ながらに威圧感が溢れる姿があった。

「マリー……」

 明らかに怒っている。しかしそれも無理はないだろう。前の女を忘れられないのに自分が好きだと言われたら、男であれ女であれ気分の良いものではない。
 固唾を飲んで見守る。弧を描く口元から出てくる言葉が末恐ろしく感じた。

「ユリシーズ様……あまり、お姉様と私を侮らないで下さいませ」

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