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35.決意
しおりを挟む『マリーは、強いです』
知っていますよね? と言うヴァイオレットに、ユリシーズが無言で頷いたのは昨日の夕方。王宮の聖堂でだった。
浄化の歌を聴きながら、悲しみを一つ乗り越えた事を思い出し、つい物思いに耽っていればいつしか歌が止み、「お隣、宜しいですか?」と、頭上から声が降ってきたのだった。
『真っ直ぐで、でも頑なではなく柔軟性もあり、受け入れる事にも与える事にも長けています』
チャーチチェアに並んで座り、悪夢から目覚めた従者たちが、控えていた騎士たちに付き添われて帰って行くのを眺めながら、ヴァイオレットは従姉妹の事をそう語った。
『ユリシーズ様のお気持ちはユリシーズ様だけのものです。話したくない、知ってほしくないものは無理に教える必要はありません。ですが……甘えみても、あの子は潰れたりしませんわ』
そう言って微笑んだ彼女は、きっとこの時を予想していたとしか、ユリシーズには思えなかった。
「お姉様や私がそんな狭量な女だと? 残念ですが、私とお姉様は既にその次元を越えてしまっているのですよ。お姉様は私を大切にしてくれる貴方が好き。私はお姉様を忘れずにいて下さる貴方が好き……ユリシーズ様の心にお姉様が居ようとも、私は何ら苦ではありませんの。むしろ、過去になりつつあるお姉様を今でも大切にして下さる事に感謝すらしておりますわ!」
ほほほっ、と笑いながら怒るという器用な個とをしている婚約者に唖然とする。
今しがた己が告げた事を全否定と同時に全て受け入れられてしまった事に、ユリシーズはただただ圧倒された。こんなにハッキリ「ウジウジ悩んでるのはアンタだけだ」と言われた事がなかった。
そして昨日聞いたヴァイオレットの言葉の意味が、今この瞬間、ユリシーズの中に、気持ちが良いほど心に落ちてきた。
「私強欲ですので、ユリシーズ様の悲しみごと愛して大切にしたくて仕方がないのです。なのでユリシーズ様は、思う存分お姉様を大切にして、そして私を愛して下さいましっ!」
満面の笑みでそう言い放ったマリーには、何の影も窺えなかった。それはマリーの言った事全てが本心だということを物語っている。
「……約束は、大きな花束でしたね」
「両手で抱えるほど大きな花束ですわ!」
情けない、と思う。しかしそんな情けなさまで包み込むマリーに応えたいと、ユリシーズは一歩、踏み出した。
──だが
「その……期待にお応えするのは、もう少し待っていただけませんか?」
キョトン、と小首を傾げるマリーに和むが、心の内は真剣そのものだった。
今、王宮は混乱している。まだ公表していないが、国王はサナトスの東の街にある、王家の療養施設に入れられた。
だが、国王は病に伏せた訳ではない。
療養施設……と言えば聞こえは良いが、実際は別棟で反省の色も見えなかった王族が生涯過ごす場所だ。要は、幽閉先である。
『貴方にこれ以上国を任せる事は出来ない』
数年かけて集めた、国王の闇に葬られた罪と貴族の王位交代の署名を突き付けて、ジェラルドは父親である国王をその座から引き摺り下ろし、その地位に就いた。
正式に発表するのは立太子後暫くしてからだが、話し合いの末、臣下たちも心得ているので貴族間での混乱はない。
しかし、国王が今まで溜め込んでいた仕事が発覚して、責務は倍に膨らんだ。今の彼は執務の間に紅茶を飲むぐらいの時間が自由時間となっている。
そんな怒涛の展開と同時進行で、王宮には悪魔騒動も勃発している。
エミリア・ボンネットに憑く悪魔が振り撒いた呪いが発動したのが遅く、人によっては未だに開花せず耐えている事。餌となっているエミリアの魔力が元々少なかった事や、聖女・ヴァイオレットが無気力から動き出した事……色んな要素が重なって抑えられているため、パンデミックにはなっていないものの、立太子の式典まで一ヶ月しかないのだ。早急に解決する必要があった。
「……違いますでしょう?」
「……」
「忙しいのは建前で、本当は、ヴァイオレットが幸せになってから……と、思っているのでしょう?」
その建前を告げる前に本音を突かれてしまい、ユリシーズは困ったように頬を掻いた。
どうしてオルブライドの者はこうも人の感情に聡いのかと、感心と同時に恐怖すら覚える。
「大丈夫です。私も同じ想いですからっ!」
悪戯な笑みを浮かべて見上げて来るマリーは、どこまでも穏やかで、心が深かった。
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