あなたは私の、輝ける星 ーーYou're My Only Shinin' Starーー

藍川 東

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地平線が見える

 惑星クレイア 宇宙軍駐屯基地

 それが二人が赴任、という名の左遷をくらった基地の名前だ。

 宇宙行路的になんの重要性もなく、防衛拠点として1ミリの重さもない惑星。
 惑星があったので開拓した。開拓して人が住むようになったので宇宙軍の基地を作った。
 以上。
 とでもいうような場所だ。
 宙域を管轄する宇宙軍はあるが、次にこの惑星の周回に来るのは2か月後だという。
 つまり、最低2か月はこの惑星から出る手段がない、ということだ。
 それならば、わざわざ宇宙軍を駐屯させず、惑星の住民たちが自治軍を編成すればいいようなものだが、その予算も乏しいそうだ。
 そのため、駐屯している宇宙軍は『雇われ軍隊』扱いを、惑星住民から受けているという。
 いくら銀河連合に参加しているとはいえども一惑星と、銀河連邦自体を母体としている宇宙軍とでは、その背景が違うのだが、惑星駐屯基地ではよくある誤解だ。

 携帯端末で惑星の状況資料を見ていたシンが、軽くため息をついた。

 惑星クレイア 宇宙軍駐屯基地の外部との戦闘回数ーーー0

 基地創設以来、クレイア駐屯基地の軍人たちは、一度も戦闘を経験していない、ということだ。
 振り返って、18年しか生きていない自分とアーシェの戦闘回数は、二人分の両手両足の指の数より多い。

 「うっひゃー。なにこの揺れ。なに。この車。タイヤと地面との摩擦で推進してるワケ? マジウケるんだけどっ」
 ファーニャウ中尉が用意した移動手段は、アーシェが興奮気味にいっている通り『車』だった。
 宇宙港を離れると、ものの数分で建物すらない荒れ地になった。
 整備もされていない生の土の上を、タイヤの推進で進む『車』に乗ったのは、シンも久しぶりのことだ。
 「シリル特務少佐殿。タイヤで車が進むのは当たり前では……」
 運転席から、後ろに座っているアーシェに向けて、ファーニャウ中尉が訝し気に問う。
 そうしながらも、視線は前方を見たまま、運転は安定しているところをみると、気弱気に見えるが堅実な人柄なんだろう、とシンは思った。
 アーシェといえば、『田舎が珍しい都会人』丸出しで、後ろ座席からファーニャウ中尉の席に身を乗り出したり、『なにもなさ過ぎてウケる』とゲラゲラ笑いながら、その長い手足を狭い車の中で振り回している。
 この男は、黙っていれば、神話から出てきた神といっても過言ではない神々しさと、美しさゆえの恐ろしさすら周囲に与えるというのに、口を開けばエレメンタリースクール幼年学校の生徒もかくやという子どもっぽさを発揮する。
 しかも、それに超がつくほど優秀な頭脳がついているのだから、始末に負えない。
 「アーシェ。少し落ち着きな」
 二人を比べると、自他ともに『(僅差ながら)常識のある方』といわれるシンが、なぜだか宇宙港を出てからハイテンションなアーシェをたしなめる。
 アーシェといえば、ファーニャウ中尉を勝手に『ニャウニャウ』と改名させて、『この星、なんか名産とかあんの? もしかして、基地って地中にあるとか?』と子供のように絡んでいる。 
 階級が下とはいえ、年上の部下を勝手に改名するのはよくないが、『ニャウニャウ』というアーシェの可愛いので、そこは何もいわずにおく。

 「資料、見たの?」
 「んあ? 見た見た。笑えるくらいなんもないよな、ここ」
 シンが見ていた携帯末端を一緒に見るように、アーシェが顔を寄せてきた。
 頬がほぼ触れ合う近さに、バックミラー越しのファーニャウ中尉の視線を感じたが、逸らされた。
 「今まで、戦闘がないんだろ? 超平和。ピースホエバーでいいじゃん」
 「まぁ、いいといえばいいんだけど」

 今まで二人が『赴任』させられてきたところは、軍上層部が二人の力を目いっぱい利用しようとしてきたため、紛争地が当たり前だった。
 地上では着任挨拶とともに隊を任され、領地奪還任務を言い渡されたこともあったし、宇宙では艦艇を任され人時事救出の任に当たった、こともあった。
 膠着状態の現場に放り込まれ、それをふたりで笑いながら、ちょっとやり過ぎなところも無きにしも非ずかもしれないが、解決してきた。
 その結果として、とある惑星では永年大統領に推されそうになったし、別の惑星では封建領主、つまり王様の娘(双子の娘がいた)と結婚して後継ぎに、と迫られたこともある。
 まだ銀河連邦に参加するまで発展していない惑星での任務では、解決後に神殿に銅像が祀られてしまった。
 その惑星の今後の文化発展に影響が出るかもしれないと、銀河連邦の文化部的なところが推移を注視しているという。
 シンとしては、アーシェの銅像がなかなかの出来だったので、自分の携帯末端に写真を残してある。

 「そういえば君。なにか趣味とかある?」
 シンがいうと、アーシェが答えた。
 「なになに? 今さらお見合い?」
 「お馬鹿。今まではなんだかんだいって、実績を上げて学校に戻ってたけど、ここでは難しそうだからさ。少なくとも2か月間はこの惑星から動けなさそうだし。君、退屈すると何をしでかすかわからないだろ?」
 シンの言葉を聞こえただあろうファーニャウ中尉の運転が、一瞬乱れた。
 「え~、なに人のせいだけにしてるんだよ。そーゆーお前はどうなのよ」
 「私は『趣味読書』の一般人だからね」
 「あ~、だからお前。俺をかまわずに本とか読んでるよな」
 やや拗ねた口調でアーシェがいう。
 「そうだね。だからといってわざわざ同じ本を速読した挙句、推理小説で犯人バラしをまたしたら、グーパンチするからね」
 やや恨みのこもった目で、シンはアーシェを見た。
 「え? この俺の顔面を殴っちゃうわけ?」
 わざと下から見上げるように角度をつけて、アーシェはシンを見上げた。
 空気に金粉をまき散らすような豪奢な金髪。それに縁どられた染みひとつない白皙の肌。ひとつひとつが完璧な配置をされたパーツ。そして何より印象的な、黄金色の光彩。
 サングラス越しにもかかわらず、シンの目が揺れた。
 今まで何度もされてきたことなのに、この『バディ』は自分の見た目のよさと、相手に与える影響を完全にわかっている。
 「…………鳩尾みぞおちにしておくよ」
 ふふーっとアーシェが笑う。
 その笑顔だけなら美しく、かつ愛らしいのに。
 神様とやらがいるとすれば、その創作意欲をずいぶん無駄に使ったものだ。
 「とにかく。2か月の間、おとなしくできる趣味、アーシェにある?」
 「んだよ。バカにすんなって。俺にも『おとなしくできる』趣味ぐらい…………」
 考え込んでいること自体、『ない』という回答なんだが、この子供っぽいところの大いにある『バディ』は、相手にあって自分にはない、ということを認めたがらない。
 しばらく唸っていたが、なんとか絞り出したようだ。
 「あるっ。スゲーあるっ。もう、これは俺の人生のライフワークだね」
 「へぇ、知らなかったよ。それ、物を壊したりしない?」
 「壊さない」
 「静かにできる?」
 「ん~、ちょっと声は出るかも」
 「ひとりでできる?」
 なんだか聞いているうちに、保育士が園児に尋ねるような感じになってきたな、とシンは思った。
 「え~、ムリ。シンとふたりじゃなきゃムリ」
 バディとして数年、誰よりも同じ時間を過ごしてきたが、アーシェがいうような『趣味』に見当がつかない。
 「降参だな。君の趣味ってなに?」
 シンがいうと、アーシェは一点の曇りもない、天使と見まごうばかりの純真無垢な笑顔で答えた。
 「お前の性感帯の開発」

 シンの拳がアーシェの顔面に決まり、三人の乗せた地上車は一瞬大きく蛇行した。 
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