先生、って呼ばないで!

藍川 東

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3.実力を示してからそれぞれの事情を知るまで①

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(まぁ、これなら仕方ないか。)
 村人たちは逃げ出したのか殺されたのか。
 空き家はあっという間に荒れて、寂寥さを表す。
 通り過ぎる風も埃の匂いしかしない。
 生活の中心だったはずの井戸も、釣瓶がただ揺れているだけだ。

 さすがに人間の死骸はないが、連れ出せなかったのか家畜の死骸はあちらこちらに打ち捨てられている。
 それも乾いていればまだしも、戯れにかじりついてそのまま放置したようなありさまだ。
 魔物がなにを食べているのか、明らかにされていない。
 森で木の実を食べているのを見たという者もいれば、人間が主食だと叫び散らす者もいる。
 どちらにしろわかっていることは、人間とは相容れないということだけだ。

「では、この村には定期的に魔物どもが現れるというのだな」
 居丈高にこの地区を管轄している官僚がいう。
 ここは貴族の領地ではなく、王家の直轄地だ。
 でなければ、今回の『遠足』ももっと面倒なことだっただろう。
「だから、そう申し上げております。私たちが代官様へ陳情に伺う際に、女子どもは森に隠れるよう申し付けておりました。しかし残っているはずの男どもまでおらないのは、一体どういうことやら」
 この村の村長が代官にいう。
 その口調には隠し切れはい恨みがこもっているが、代官には通じていないようだ。
「そんなこと、私が知るか。大方これ幸いと遊びにでも出ておるのではないか?」
「そのようなこと、あるはずもございませんっ。家畜を放って死なせるなど、養っている家族を飢え死にさせるのと同じでございます。そのようなこと……」
 いいつのる村長を、代官が羽虫を払うように雑に遮る。
 そして王都からやってきた魔族の討伐隊にーー正確にはその一部ーーに向かってそれは見事に媚び諂った。
「斯様に申しておりまして。しかしながらこのような下賤な者が申すことでございますから、おいで頂いたみな様方のお役に立てるかだけが懸念されますが」
 さっき自分がしたように、羽虫を払うように雑に遮られた。
「王家の直轄領がこんなに荒れているなんて。貴方の責任ではないの」
 リリファが不快感を乗せた声でいった。
 『証』が出た子どもたちの中でも、さらに上下階級があるようだ。
 ルディオが見たところ、トップはリリファだ。
 大神官の血筋ということで、他の貴族の指定と一線を画している。
 『証』の力にしても、ルカスを除いた子どもたちの中では使える方だ。
 傲慢ともいえる態度をとることもあるが、根が勤勉なのだろう。
 一応、身分に伴い責任があることを意識して、実行もしているのでただ身分に甘んじたいだけの者から煙たがられている様子だ。
「『定期的』といっても、どのような間隔で、どのぐらいの数の魔物が来ているんだい? 曖昧な情報だな。僕たちに魔物が出るまでここに滞在しろなんていう気じゃないだろうね?」
 神経質そうな子どもが眼鏡の弦に指をかけながらいった。
 確か公爵家の三男でレノルズとかいう名前だ。
 宰相を何人か輩出している家門とかで、その身分を知った代官が神の光を浴びたかのように慄いていたのが、不出来な風刺劇のようだった。
 とはいえ『証』のでた『身分ある』子どもたちのなかで、事態を把握しようとしているだけマシな方だ。
 他の子どもたちといえば、レノルズから出た『ここに滞在』という言葉に反応して、控えさせている従者たちに不平をいいい始めている。
『いつまで僕を立たせている気なんだ。椅子くらい持って来い』
『髪に埃がつくじゃない。どうしてくれるのよ』
『早く天幕でも張って、休めるところを作って。冷たいお茶が飲みたいわ』
 ちなみに『一部の方々』の周りには呆れたことに臭いを防ぐ結界を張っている。
 風系の『証』持ちの能力で、その子どもだけがその一団で青い顔をしながら能力を使っている。
 力はある方なのに、一団の中での地位は低いようだ。
 ルカスが不思議そうにルディオに聞いてきた。
「ねぇ、先生。魔物が出てくるかもしれないところで、臭いを断つってなにかの訓練? 気配だけでわかるようにとか? オレもやったほうがいい?」
 ルカスからすれば、魔物が出るかもしれない場所で、五感のうち一つを封じ、かつ戦闘で役に立つかもしれない仲間の力を削いでいる。
 この状況がわからないのだろう。
 ルディオにも合理的な意味はわからない。
 非合理的な意味だけはわかったので、そのまま放置する。
「やらなくていい。アホなだけだ」
 別に隠す気もないが、わざわざ伝える気もない。
「確かに五感を封じられたりすることがあるかもしれないが、そん時は逃げた方がいいな。魔物の感覚はわかってないが、人間とは違った物の捉え方をしているのも多いだろうから。じゃなければ夜に襲ってくる魔物が多い理由もないだろう」
 一部の子ども以外は、ルカスとルディオの周りに集まっている。
 そして二人のやり取りを聞いている。
 それが役に立つと、今までのことでわかっているからだ。
「魔物も考えてるの?」
「どうだろうな。今まで見てきた魔物にはいなかったが、だからといってすべての魔物が動物並の頭だと決めつけるものでもないだろう。それに動物だって連携して餌をとるものもいる。逆に動物の方が相手と自分の力量を見積もる力はあるかもな」
「へぇ、だったらルディオ先生が立ってれば、魔物襲って来ないんじゃん?」
 ルカス以外からも声が上がる。
 小柄な子どもはエウクといって貧民街から来た子どもだ。
 小柄で動きが素早いので、相手の攻撃が当たる前に自分の攻撃を当てることができる。
 風の特質があるので、動く際に力を使って速さを上げることができる。
 元から素質があったが、ルディオが教えてやると、『証』の力を打撃のときに集めることができるようになった。
 そして、相手の急所を攻撃することに躊躇がない。
「俺が何人かいたら便利かもしれないなぁ。ルカスと狩り生きながら、文字と教える奴と計算を教える奴と、ケンカの仕方を教える奴と、逃げようとする奴をとっ捕まえる奴。まぁ、四、五人いると便利だなぁ」
 訓練所で逃亡回数が圧倒的だったエウクの頭を強めに撫でる。
 子どもたちから笑いが起こる。
「なんだよっ。ルディオ先生が教えてくれるようになってから、最近は逃げずにちゃんと授業受けてるだろっ」
「はいはいお利口さん。状況判断はもう少し早くしような」
 不本意そうなエウクの姿に、また笑うが起きる。
 開いている方の手の下に、ルカスが頭を潜り込ませてきた。
「オレも撫でて」
 上目遣いのお願いに、ゆっくりと髪を梳いてやる。
 ルカスは満足そうに眼を細める。
 ルディオが大人数を教えるようになると、ルカスは時々自分だけの特別扱いを強請るようになった。
 ルディオとしても、やはりルカスは可愛いので、少し特別扱いをしている自覚がある。
 このことで子どもたちの間で諍いがあったようだが、いつの間にか静かになった。
 きっといい話し合いをしたのだろう、とルディオは思い、ルカスに聞いたところ『うんっ』という元気のいい返事と笑顔が返ってきた。
 少しの間エウク達からの視線を感じなくなったが、今は寄ってきてくれているので、問題ないとルディオは思っている。 

 顔合わせの後、セルフィリオスが去った後になにやら官僚めいた役人から説明を受けた。
 『証』が現れた子どもたちはこれから、魔物を倒し国を守るための訓練を行う。
 それに付随して教養や礼儀作法といった講師まで現れた。
 貴族子弟たちがすでに身につけているものを庶民に習わせ、違いを見せつけるのが狙いなのだろう。
 ルカスは読み書きができたので、あえて貴族たちと同じ授業に割り振られていた。
 しかし、ルカスの質問応えられる講師はいなかった。

「どの絵がいいかってこと? どんなことに『感動』するかは、その人次第だって先生がいてったよ? 普遍的な価値? 誰が決めるの? 値段? 絵の値段がわかるようになると、魔物をやっつけらるの?」
「魔物って、剣で向かってくるの? だったら兵士さんたちがやっつければいいんじゃないの?」
「どの名前の王様が何代目でいつまで王様だったかなんて、何で覚えなくちゃいけないの? 呪文? それを覚えると、魔物が逃げて行ってくれるの? だったらオレ、見てみたいっ」

 実践の授業の場でも、騎士としての礼儀作法や基礎の構え、動きを身に着けるように講師はルカスにいった。
 しかし、ルカスを叩きのめして実力を示そうとした模擬戦で、開始の合図とともに打倒され、とどめを刺そうとしたルカスをルディオが止めたので、再起不能の怪我を負わずにすんだ。
 良識だか何だかを持った講師たちはことごとく去るか貴族だけを教えるだけになったので、ルディオが彼らの『先生』になった。
「まぁせっかく食い物にも寝どこにも困らないんだ。どうせでったらこの間に、戻ってから役に立つものを覚えた方が得じゃないか?」
 といったルディオの言葉に逆らう子どもはほとんどいなかった。
 明日をも知れぬ環境から来た孤児たちは衣食住が用意されているだけでも以前よりましな環境のうえ、読み書きや計算ができるようになれば、これから生きていく幅を広げることができる。
 中流の庶民出の子どもたちからすれば、『証』が出てしまったために家族から引き離され、大人たちから自分の命をかけろと脅され、家族を人質に取られているようなものだ。
 同じく集められた貴族の子弟と繋がりがもてるかと期待もあったが、相手にもされない。
 ならば実践的なルディオの教えを受けて、生きて家族の元に帰りたい。
 それぞれの思いがあり、それぞれに教えていたが、困らされたこともあった。
 『証』を持つ子どもたちに衣食住は保証するといっていたのに、保証されなかったことだ。
 貴族の子弟たちの方には、あからさまに様々な物品が運び込まれるのに、こちらには何も寄こさない。
 管理する役人に付き添いの大人たちが抗議しても、物乞いのようにあしらわる。
 一度、大なべに入れられた物が届けられたが、あからさまな残飯だった。
 気にせずに口を付けようとする子どもたちを、ルディオが止めた。
「もちろん食べ物を粗末にすることは、よくないことだ。でもこれは俺たちのなにかをへし折って、自分たちが高いと錯覚するためのものだ。命の瀬戸際だったら俺も食べるけど、これは違う」
 戻ってくるまで誰も口を付けないようにとルカスに見張りを頼んで、ルディオは王宮に足を踏み入れた。
 
  一度歩いた場所は忘れない。
 森の中なら気配を読んで、人がいるなら流れを読めば、たいがい目的の場所にたどり着く。
 ルディオはさほど迷うことなく、セルフィリオスの執務室の前にたどり着いた。
 ここまで来ておいて、王太子のいる場所としては警備が薄いと感じた。
 扉の前に立っているのも警備の兵士ではなく、例の『扉を開けるためだけの係』だけだ。
「『証』の子どもの先生をしているルディオといます。セルフィリオス王太子殿下に話があってきたと伝えてください。ほんの数秒のことでしょう? 会う気がなければ殿下だってそういうでしょうけれど、万が一、殿下が俺に時間を割いてくれる気があるっていうのに、待ちぼうけにさせたままっていうんだったら、そっちの方がお怒りを買うんじゃないですか? ほら、さっさといいに行ってくださいよ」
 ルカスの口達者はルディオ譲りだ。
 普段は面倒でも、やろうとおもえばルディオにもできる。
 不承不承ながらも係りが扉の中に入っていくのを見て、二十を数え終わる前に扉が開いた。
 さっきの態度を忘れたように、係りが恭しくルディオに頭を下げる。
「最近顔を出せていないけれど、みな息災にしているかな?」
 室内で光が薄いせいか、相変わらずセルフィリオスは青白い顔をしてる。
 大きな机の両側には座っているセルフィリオスの頭より高い紙の束がいくつもある。
 部屋の中で名人々が忙しげにしているが、ルディオには右の書類を左に並べ替えているようにしか見えない。
「少なくとも半分の子どもは『息災』じゃないですね」
「誰か怪我でもしたのか? みな順調に学んでいると報告を受けているが」
 報告をした名前は、ルカスに瞬敗して以来寄り付いたこともない兵士の名前だ。
「いままで剣を握ったこともないような者も、随分様になってきたと報告を受けたが」
「そうですか。一瞥以来まったく見かけていませんが、ソイツが息災だと聞いて安心しました。ルカに打たれた傷は治ったようですね」
 セルフィリオスは書類を書いていた手を止め、ルディオを見た。
「正確な報告が上がってきていないようだ。他にも問題があるようだな」
「講師としてきた奴らが、やれ絵の鑑賞の仕方だ、歴代の王の名前を暗記しろっていってきたんですけど、二、三回で来なくなりましたね」
 ルカスにいい負かされた講師たちだ。
「他には?」
「礼儀作法だっていって、子どもにべとべと触りまくる奴は、叩きのめして追い出しましたけど」
「一身上の都合で講師を辞退した者がいたな」
「それで講師として来ていた奴らは全員来なくなったんで、俺が教えてますけど」
「一部の子どもの進みが遅いが、進捗状況の報告は受けている」
「嘘っぱちですね」
 ルディオは一刀両断した。
 セルフィリオスは眉間に指をあてた。
「貴方には講師としての俸給と身分を。虚偽の報告をしていた者たちには……、それはこちらの責だな」
「別に教えるのは苦じゃありません。『先生』なので」
「他にもあるのか」
「大ありですね」
 ルディオのぞんざいな口調に周囲の官僚たちが何かいおうとしてくるが、セルフィリオスが軽く手を振って黙らせた。
「飯が足りていません」
「食事が足りない? 衣食住には十分に配慮するように命じたはずだが……。あぁ。そういうことだな」
 王太子に対して正式に虚偽の報告をするような輩が、命に正しく従っているわけもない。
「責任者をこれへ……。いや、私が行こう」
 セルフィリオスが席を立った。
 急な動作でもなかったが、眩暈がしたのか強く目をつぶり、机に手を突いた。
 引き留めようとする手のうち、いくつが本当にセルフィリオスの体を慮ってのものだかはわからない。
 しかしそれらの手を振り切って、セルフィリオスはルディオと共に子どもたちの舎に向かった。 

「べつにいいじゃねぇか。残飯だって飯は飯だし」
「だめ」
「なんでだよ」
「先生がだめっていったから」
 ルディオがセルフィリオを伴って戻ってくると、ルカスとエルクがいい合っていた。
 セルフィリオスの姿を見て、大人たちは後ずさって礼を取り、子どもたちはきょとんと見上げてくる。
 鷹揚な笑顔で答えると、セルフィリオスはルカスとエレクのところに近寄っていった。
 セルフィリオスが王太子と知っているエレクは緊張で棒立ちになる。
 ルカスは戻ってきたルディオを見て笑った。
「先生。ちゃんと誰も食べないように見張ってたよ」
「そうか。ありがとうな」
 ルカスの頭を撫でると、喜んでいる。
 セルフィリオスは大なべを見下ろした。 
 匂いだけは食べ物だ。
 しかし一目見ればわかる。
 セルフィリオスは言葉をなくし、ただ立ってる。
 内から溢れる激情を抑え込もうとしているが、その努力がセルフィリオスの生命力を削り取ってるようにルディオには見えた。
「おうたいしでんか、元気ないの? お腹がすいてるの?」
 ルカスが声をかけた。
 セルフィリオスはゆっくりと顔を振ると、答えた。
「ありがとう、ルカス。私は大丈夫だ。みなの方が空腹のようだな。なにか食事を運ばせよう。なにが食べたい?」
 子どもたちに問いかけると、思い思いの声が上がる。
「肉っ、でっかい肉っ」「お菓子っ、甘いのっ」「お魚を煮てソースをかけたのが食べたいです」
 次々に出てくる要望をセルフィリオスはは微笑んで受け止めている。
 ひとりの子どもが遠慮してそうなのに目を留め、王太子自ら声をかけた。
 そういう所作が自然とできるセルフィリオスを、ルディオは評価している。
 庶民が王太子殿下を評価するなど、絞首刑ものだがセルフィリオスが聞いたら、『それは光栄だね、先生』と笑って答えそうだ。
 セルフィリオスには高貴で侵し難い王太子としての面と、人との交流を好み、批判もからかいも一度は受け取るという気取らない面とがあった。
 そのバランスの良さで、現王の息子より年上の先王の遺児という立場で王太子として生き延びてきたのだろう。
「貴方はなにが食べたいの?」
 周囲よりもより小柄な子どもが怖がらないよう、体を傾けて目線を合わせる。
 その慈愛溢れる姿に、涙ぐんている大人もいる。
「なんでもいいですか?」
「なんでもいいよ。私が用意できるものであれば」
 すでに控えていた侍従たちに、子どもたちからの要望を伝えて用意を始めさせている。
 問われた子どもは意を決したように、こぶしを握り締めて口を開いた。
「おばあちゃんが作ったスープが食べたい、です」
 セルフィリオスは一瞬瞳を揺らしたが、力を込めて微笑んだ。
「すまない。それは私の力では用意できないな。代わりにはならないかもしれないが、私のお気に入りのスープを食べみてもらえないか? 野菜と肉を煮込んだスープだ。祖母殿のスープの次くらい気に入ってくれたら嬉しい」
 帰る家や家族がいる子どもたちからすれば、家に帰りたくもなる。
 国のためというお題目は、大人には効くかもしれないが、子どもには受け止められない。
 蓋を外された郷愁があふれ出しそうになったところで、料理が運ばれてきた。
 さすがに王太子殿下の料理人たちは手が早い。
「うわっ、でかい肉っ。これ食べていいのっ?」
 早速エルクが声を上げた。
 ただし許可を求めている先にあるのは、セルフィリオスでなくルディオだ。
「王太子殿下の心づもりだからな。目いっぱい頂くといい。ただし、」
「みんなで手を洗って、みんなで席に着いてからだよね。手、洗いに行こう」
 ルカスがおとなしいこの手を引き、洗い場に連れ出す。
 他の子どもたちも目に次々運ばれてくる御馳走に目を奪われ、我先にと洗い場に向かっていった。
「礼儀作法には目をつぶっていただけると助かりますが」
 ルディオがいうと、セルフィリオスは詰めていた息を吐きだした。
「もちろんだ。それよりも今まで食事はどうしていたんだ」
「最初の頃は、まぁ、でていましたけど。だんだん粗末になっていったんで抗議しに行ったんですがね。足りない分は大人たちが金を出し合って買い出しに行って、庭で煮炊きしてましたよ。いやぁ、王宮に招かれて腹を空かせる羽目になるとはね」
 冗談めかしてはいるが、ルディオも業腹だ。
 今回セルフィリオスが来なければ、自分の『生徒』たちと付き添いの大人たちを連れて、王宮から出ようとしていたくらいには。
 王宮の警備状態や兵士の質を見ていたが、ルカスとふたりでやれば余裕だな、と目論んでいたところだ。
 セルフィリオスが来ているのを知ったのか、役人が慌ただしくやってきた。
「これは王太子殿下。斯様なところにいらっしゃるなど」
「斯様なところとは、どういうことだ。『証』を持つ子どもたちには十分な世話をするように申し付けていてはずだが」
 先ほど子どもたちを相手にしていた時とは異なり、怒りをはっきりとにじませた声だ。
「はっ、あちらのご子息方には何不自由なくお過ごしいただいておりましたが」
 役人が指しているのは、『一部の』子どもたちの舎だ。
「ほう。私は『証を持つ子どもたち』に、といいつけたはずだが。ここではなく、別の場所で話を聞くとしよう。お前たちに言い訳を考える時間を与えるわけではない。子どもたちに聞かせる話ではないからだ」
 セルフィリオスはいい捨てると、ルディオたち付き添いの大人たちに向けて頭を下げた。
「私の至らなさで、子どもたちにも貴方たちにも迷惑をかけた」
 自国の王太子からの謝罪に、大人たちは慌てるしかない。
「なんだよ。みんなあんなに文句いってたのに。直接いってやった方がいいんじゃないか?」
 ルディオがいうと、慌てて止められる。
「ルディオ先生、なんてこというんだ」
「いやいや、みんなで愚痴ってたじゃないですか。こんなとこに連れてこられて閉じ込められてるのに、食事も服もろくに出さないって」
「いや、それは、まぁ……」
 王太子を前にして慌てる大人たちに、セルフィリオスが笑った。
「いや、不満はもっともだ。これからも待遇に不満がったら申し出て欲しい、直接私にいいづらければ、係りの……これから新しく据える係の者に申し出てくれ」
 セルフィリオスはいうと、ルディオがさっそく申し出た。
「ではさっそく。コレ、持って帰ってらえませんかね」
 大なべを指す。
 セルフィリオスは底冷えのする笑顔で返した。
「最もだな。そうしよう」
「いわずもがなかもしれませんけど、食べ物は無駄にしないよう、お願いします」
「そうだな。先生のいうとおりだ」
 セルフィリオスは役人たちに鍋を持たせると、舎を出て行った。
 大人たちがほっと息をつく。
「ルディオ先生ってば、いきなり王太子殿下をお呼びするなんて、びっくりするじゃないか」
「いやぁ、こういうことは、一番上の身分の方からいってもらった方がいいと思ったんで。驚かせてすみません」
 素直に謝っておく。
「ま、でも助かったよ。これ以上子どもたちに惨めな思いをさせるんだったら、俺だってどうしてたかわからんからな」
「そうだわ、子どもがお腹を空かすなんて、おかしいでしょ」
 同意する声を聞きながら、ルカディオは鍋の中身の行方を思案した。
 役人たちは家畜のえさにとでも思っているだろうが、セルフィリオスがそれを許すだろうか。
 子供に食べさせようとしていた物を、大人が食べられない道理はないはずだ。
「先生ーっ。手、洗ってきたー」
「よーし。じゃ、いただくか」
 ルカスを先頭に、子どもたちが返ってきた。
 料理は次々届けられ、大人たちもご相伴に預かることにした。
 翌日、食べ慣れない高級料理のせいか、数人の子どもと大人が体調を崩したのは、笑い話だ。
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