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06_姉上の婚約者と雪の妖精

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────…雪の妖精かと思った。


これはとある王子の遠い昔の思い出ある。
真っ白く雪で染め上げられた庭園をこの日もつまらなそうに見つめて時間を潰していた。
甘いお菓子も同じく甘ったるい女の子も正直お腹いっぱいだったのである。
室内は甘い紅茶に甘いお菓子が並べられて、部屋中に蔓延していた。
同年代の同性ならもう少しは楽しめたらだろうか?

ハラハラと降り募る雪が地面に着くまでぼーっと眺めていると、そのうちのひとひらが二つ並んだ紺色の頭の片方の一回り小さい方の頭に止まった。
その子は手のひらに雪を集めてとてもとても幸せそうに微笑んだ。
その子が微笑めば傍にいたもう1人もそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。

その時、王子は本当に雪の妖精が舞い降りたのだと思った。
雪を手にくるくると駆け回り、楽しそうにはしゃいでいる2人を見ていると萎え切っていた心が少し暖かくなるのを感じたのだった。

つられて笑顔になって2人を見ていると視線に気づいた2人がこちらへ来いと手招きをしてくれている。
王子はもっともっと心が温まって、嬉しくなって誘われるがまま慌てて庭園へと駆け出して行ったのだ。





今、目の前に件の妖精がいる事をどれだけ王子が嬉しく思っている事を本人は知らない。

約束通り、彼はアカデミーが休みである週末に市井を視察するための質素な馬車でいつものような高
貴な服装ではなくれて、平民がよく身につけている綿のラフなシャツを身につけてアスター家まで迎えに来た。

「…ようこそお越し下さいました。それにしてもトール様…」
「うん?」
「ぜんっぜん高貴さが隠せてませんね」
「褒めてるの?」
手を差し伸べながら、そう言って笑う殿下はとても楽しそうで、昔と変わらずこういう軽口は嫌いじゃないみたいで安心した。
エスコートされるがまま馬車に乗り、殿下が座る場所と向かいの椅子に腰を掛けて、そのまま会話を続けた。

「いいえ、逆です。逆」

「リューは容赦ないよね。まぁそういうところがいいんだけど」
「…何か言いました?」
「今日の格好も似合ってるよ。平民にしては育ちの良さは消せてないけれども」
「木綿のワンピースは平民も着るとメイドに聞きましたし、…似合ってません?」
「そこら辺の女の子よりは似合ってるから問題なんだけどね。でも今日はエリザベートの格好良いのかも知れないね。…さすが、リュー。いい判断だ」
「使えるものは最後まで隠し持っておけ、って姉様の受け売りなんですけどね」
「さすがだねぇ、彼女は。行動の大胆さに気を取られて、その巧妙にはいつも驚かされるよ」
「姉様ですからね。僕も姉様が何を考えているのかさっぱりです」
白いリボンの巻かれたポニーテールを揺らして、盛大な溜息を吐く。

「その髪型も似合ってるね。リューが男の子だなんて誰も気づかないだろうね」
揺れたポニーテールを撫でるように指で梳く仕草が質素な身なりをしていても華やか過ぎるのは彼の魅力ゆえだろう。
そんな魅力についつい目を奪われてしまって頬が染まるのはきっと僕だからだけじゃないはず。

「トール様はいつも見抜いてしまうじゃないですか」
「そりゃ俺がわからない訳ないじゃない。どれほどそばにいたと思ってるの?」
「それはそうですけども」
「俺としては久しぶりにリューと遊びたかったんだけどね。まぁそれは次の機会に」
「このままでも遊べばいいじゃないですか。別にどんな格好したって僕は僕です。姉様の代わりにはなれません。…昔、そう言ってくれたのは殿下ですよ?」
その時のことを思い出して心が温かくなるのを感じる。
殿下はいつだって僕は僕として扱っていてくれた。

「そういえば、あのリンゴ飴のお店はまだやってますかね?あのおばちゃん元気かなぁ?」
「じゃ、一番先に大通りを視察しようか。あそこはよく行ったお店が多いから好きなだけ買い食いしよう」
ウインクして馬車の扉を開くと従者の手も借りずにさっさと馬車を降りた殿下はどこか浮かれているようだった。
僕も同じように浮かれていたのか、いつの間にか馬車が止まった事にも気が付かずに昔話を楽しんでいた事に今更気づく。

手を差し伸べてくれた殿下の手を取って外に出れば、大通りから一本外れた人の少ない通りに馬車を止めたのだと理解する。
この辺りはいわゆる居住地区なので人通りはそれほど激しくない。
ゆったりとした街の雰囲気が一瞬で分かるほど、のどかな水音を奏でた噴水が中心部にあって、拓けたその広場には住民たちがのんびり歓談できるようにベンチがいくつもある。
ベンチには日向ぼっこしている猫から、ゆったりと話す年配の夫婦、愛を語らう若いカップルまで幅広くそれぞれの時間を楽しんでいる。
貴族ではまずあり得ない風景だ。

こんな幸せそうに笑い合う姿は社交界にもお茶会にも見たことがない。
何かを求めて、何かを探って
そんな思惑が必ず見え隠れする。

「リュー。手を」
なんとなしに差し出された手を殿下の手のひらに乗せれば、指が絡められて手が握られる。

「トールさま…?!」
「平民の恋人同士はこうやって手を繋ぐらしいよ」
「えっ、いやだって」
「俺たちは婚約者、でしょ?ほら大通りに行こう?」

そりゃ腰に手を回されるよりは恥ずかしくないけれど…
何故だか触れてる部分がとても熱を持ってるような気がして僕は余計に変な汗をかいてしまっている気がする。
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