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第一章 魔獣の刻印

19 フェンリル

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「ロイ!」
 

 ヴィンセントの率いる一団が駆けつけてきた。
 斬り付けられて怒りをあらわにする獣を見据えたまま、ロイゼルドが叫ぶ。
 

「団長!気を付けてください!奴の爪は危険です!」

「でかいな………」
 

 フェンリルを間近に見てヴィンセントは息をのんだ。
 これまでサラマンダーやガーゴイルなど様々な魔獣と対峙してきたが、比べ物にならない程大きく美しい。
 

「どう退治する?」

「斬りつけても傷が治ってしまいます。首を落とすしかないかと」
 

 ロイゼルドの返答にヴィンセントは唸った。
 出来るのか、この強大な魔獣の首を斬り落とすなど。

 血を滴らせた剣を握るエルディアを見て問う。
 

「エルの魔法は?」


 エルディアは隙を狙うフェンリルの視線を受け止めたまま、ヴィンセントの問いかけに対し冷静に答えた。


「攻撃魔法はおそらく効きません。僕と奴は同じ種類の魔力です。でも、奴の魔法攻撃は無効にすることができます」
 

 成る程、エルディアがいる限り強力な風魔法を食らうことはないということか。
 ………ならば勝算はある。
 

「連続して攻撃する。隙を与えるな。動きを止めて首を狙う!」
 

 ヴィンセントの指示に騎士達が構えを取る。
 

「行けえっ!!」
 

 次から次へ、騎士達がフェンリルに飛びかかる。
 左右、上下、お互いに声を出さずとも視線だけでどこを攻めるかを判断し、剣を突き込む。
 
 ガウッッ!

 フェンリルも鋭い刃物のような爪と牙で、向かってくる騎士達を払いのけている。
 
 少しでも爪があたるとそこから血が噴き出る。
 怖ろしく力の強い身体が動くたび、避け損ねた騎士が弾き飛ばされうめきを上げた。
 
 それでも怯むことはない。
 刃の通らない背中は避けて、顔と腹を同時に狙って攻撃し続ける。
 
 群がる大勢の敵の中で少しずつその身体が傷つき再生が遅れてきた。
 攻撃魔法で一気に払い飛ばそうにも、エルディアの結界がそれを阻む。
 フェンリルの瞳が苛立ちに赤く光った。
 
 グワッ!

 斬り込む騎士達を全身に力を込めて振り払う。
 そして狼はエルディアに狙いを定めて一気に飛び掛かった。
 

「エルッ!」
 

 ロイゼルドがエルディアを守ろうと、フェンリルの行手を阻む。
 だが、鋭い爪の一振りがロイゼルドを襲った。
 辛うじて両手で握りしめた剣で爪を食い止める。
 しかし、勢いを止めきれず、大きく弾き飛ばされた。
 

「ロイ!」
 

 エルディアの悲鳴があがる。
 大木の根元に叩きつけられたロイゼルドの姿を追って気を逸らしたエルディアに向けて、旋風が吹き抜けるような速さで狼が迫る。
 
 
「っ!」


 飛び退ってかわそうとしたエルディアの左脚を、フェンリルの大きな顎が捕らえた。
 喰らいつかれた太腿から鮮血が噴き出る。耐え難い激痛が全身を駆け抜けた。
 

「あ……がっ………!」
 

 エルディアを咥えたまま、なぶるように首を振ってフェンリルは唸りをあげた。
 バシンッと地面に叩きつける。
 エルディアの口から血が飛び散った。
 そして再び食らいつくと、エルディアがもう動かないことを確認して遥か上空に放り投げた。
 

「エル!!」


 ロイゼルドの叫び声が響く。
 力を失ったエルディアの身体は、森の奥へと飛ばされていった。
 
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