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第二章 生き別れの兄と白い狼
8 デビュタント
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「エルはどこかしら」
レンブル城の廊下を歩きながら、リゼットはきょろきょろと銀髪の少年の姿を探す。友人の彼に、とっても話したい事があるのだ。
今回のレンブル侯爵ヴィンセントの王都出向には、侯爵夫人とその息女であるリゼットも同行していた。
帰ってきたのは一昨日だ。
本当は帰郷直後に城へ来たかったのだが、さすがに疲れていて出来なかった。
リゼット達が王都へ向かったのは、毎年の騎士団の叙任式と同時に、王都で社交界デビューする貴族令嬢達のデビュタント・ボールもあるためだ。
彼女も十六歳となり、少し遅めの社交会デビューとなる。
破天荒すぎる性格ゆえに夫人からはかなり心配されていたが、なんとか家庭教師からは及第点をもらうことができた。
そして彼女は訪れたことのない王都へどきどきしながら向かったのだ。
父や母からは、この舞踏会で婚約者としてめぼしい男性を見つけるように指示されていた。
リゼットはあまり気乗りはしなかったが、男前がたくさんいると聞いて多少期待はしていた。
父にエスコートされて入った会場は、故郷では考えられないほどきらびやかで、美しく着飾った紳士淑女で溢れていた。
ヴィンセントと共に、王都の貴族達に挨拶とたあいのない会話をしていく。
皆、リゼットの美しさを褒め、その伴侶となる人物は羨ましいと言ってくれた。きっとお世辞だろうが。
リゼットは上辺だけの会話に、ほんの数分で飽きてしまった。
(ロイ様以上の男性はいないわ)
会場を見渡してもパッとしない。リゼットの好みの男性はいなかった。
(エルより綺麗な子もいないのね)
ここにきて改めて思ったが、エルフェルムは男なのにその辺の令嬢よりもずっと綺麗だ。
みんな服装は美しく着飾って化粧しているが、常にロイゼルドとエルフェルムを見ていたリゼットの目には、さして魅力的には見えなかった。
ダンスホールでダンスが始まっても、ドレス綺麗だなーぐらいにしか思わない。何人かの男性にダンスを誘われて踊ってはみたが、全くなんの感情も湧かなかった。
実のところ、遠くからリゼットの愛らしい姿に惹かれている令息達もちらほらいたのだが、興味もない彼女は全く気付きもしていない。
(家で本を読んでた方が面白いわ)
そう溜息をついた時、突如会場がざわざわと騒がしくなった。
帰ろうかと思っていたリゼットが皆の見る方向を振り返ると、そこには見たこともないほど艶やかな女性が会場に入ってきたところだった。
「リュシエラ殿下だ」
隣に戻ってきたヴィンセントの声が聞こえた。
十八歳になるというエディーサ王国随一の淑女は、その呼び声に相応しく淑やかで美しかった。身のこなし、ちょっとした仕草に至るまで、全てが洗練されており見る人を惹きつける。
王女は居並ぶ貴族達に堂々と話しかけ、近況や地方の情報などを聞き出しているようだった。
(舞踏会って、ただ踊るだけじゃないのね)
王女は貴族達から政治的に重要な情報を集めているようだ。それも、そうとは気付かせないように麗しく微笑みながら。
自分とたった二歳違いとは思えない。
(凄いわ。こんな人本当にいるのね)
確かエルフェルムはこの王女の小姓をしていたと聞いている。
確か従姉弟でもあったはずだ。
すっかり王女に魅了されてしまったリゼットは、レンブルの友人に報告と、王女のことをもっと教えてもらおうと思ったのだった。
「エル、見つけた!」
城の兵舎の裏で、壁に設えた的に向かってダガーを投げている数名の騎士の中に、エルフェルムの姿を見つけてリゼットは駆け寄った。
「わあっ、危ないよ!リズ」
ダガーを持ったリアムの前を横切ろうとしたリゼットを、慌ててエルディアが抱き締めて腕の中へ庇う。
「わっとっと!」
リアムは辛うじてダガーを投げる手を止めた。
「飛び出しちゃ駄目だよ」
「ごめんなさい………」
しゅんとして謝る。
さすがにこれは自分が悪い。
「エル、その子誰?」
カルシードがエルディアに抱かれたままのリゼットを見る。
「リゼットだよ。団長の娘さんなんだ」
「ヴィンセント団長の?うっそ、全然似てない。可愛い!」
リアムが目を剥いて驚いている。
「失礼しました。わたくしはリゼット・レンブルと申します」
エルディアの胸から離れて、改めて礼をとる。
「カルシード・ヴィーゼルです。リゼット様」
カルシードがすっとリゼットの指先にキスをしながら自己紹介すると、リアムが慌ててそれに倣った。
「リアムです。よろしくお願いします」
かたくなっているリアムを横目に見て笑い、エルディアはリゼットに尋ねる。
「なんの用事だったの?リズ。そういえば、王都はどうだった?舞踏会行っていたんでしょう?」
デビュタントで王都に行くことは聞いていた。きっとそれで話したかったんだろうと見当はついている。
「どうもこうも、わたくし、まだああいう場では役に立たない事がわかったわ。貴族のおじ様方と会話できないんですもの。知識が足らなさすぎて。エル、貴方、リュシエラ殿下をよく知っているんでしょう?わたくしもあのようになりたいわ。どうすれば良いのか教えて欲しいの」
まあ、お父様にはそういう事を求められていないんだけど、と頬を膨らませている。
その返事を聞いて、エルディアはくすくすと笑った。
リゼットは侯爵家の一人娘だ。
いずれ伴侶と共に、このレンブル領を治める領主の一人となるだろう。社交術も必要となってくる。
「前から思っていたけど、リズって意外に賢いんだよね」
「意外ってなによ」
「いや、褒めているんだよ。普通の御令嬢は、あんなところ行ったら伴侶の男性を探すことくらいしか考えないから」
「わたくしも探しましたわよ。でもロイ様以上の男性は見当たらなかったわ」
つまらなかったわよ、と唇を尖らせている。
リゼットの言葉にリアムが口を挟んだ。
「ロイ様って、副団長?」
「そうですわ」
「リズはロイの事が好きなんだ」
「あら、エルもでしょ」
「だから、リズ、僕、男同士はちょっとダメだと思うんだけど」
貴族同士の結婚はどうしても子供を求められる。しかもエディーサ王国は一夫一婦制だ。不妊で子供ができないこともあるとはいえ、基本的に異性でないと無理なのだが。
そこも含めてエルディアは言うのだが、リゼットには全く響かない。
「愛があれば大丈夫ですわ!」
「…………」
変な本の影響受けちゃって困るんだけど、とぼやくエルディアに、リゼットは一緒にロイ様を追いかけましょ、と励ましている。
リアムとカルシードは昨夜と同じように顔を見合わせた。
こそこそと顔を寄せて話す。
「可愛いけど、なんというか、変わった子だな」
「同感」
レンブルにはまだまだ驚く事がありそうだ、と二人はくすりと笑みをもらした。
レンブル城の廊下を歩きながら、リゼットはきょろきょろと銀髪の少年の姿を探す。友人の彼に、とっても話したい事があるのだ。
今回のレンブル侯爵ヴィンセントの王都出向には、侯爵夫人とその息女であるリゼットも同行していた。
帰ってきたのは一昨日だ。
本当は帰郷直後に城へ来たかったのだが、さすがに疲れていて出来なかった。
リゼット達が王都へ向かったのは、毎年の騎士団の叙任式と同時に、王都で社交界デビューする貴族令嬢達のデビュタント・ボールもあるためだ。
彼女も十六歳となり、少し遅めの社交会デビューとなる。
破天荒すぎる性格ゆえに夫人からはかなり心配されていたが、なんとか家庭教師からは及第点をもらうことができた。
そして彼女は訪れたことのない王都へどきどきしながら向かったのだ。
父や母からは、この舞踏会で婚約者としてめぼしい男性を見つけるように指示されていた。
リゼットはあまり気乗りはしなかったが、男前がたくさんいると聞いて多少期待はしていた。
父にエスコートされて入った会場は、故郷では考えられないほどきらびやかで、美しく着飾った紳士淑女で溢れていた。
ヴィンセントと共に、王都の貴族達に挨拶とたあいのない会話をしていく。
皆、リゼットの美しさを褒め、その伴侶となる人物は羨ましいと言ってくれた。きっとお世辞だろうが。
リゼットは上辺だけの会話に、ほんの数分で飽きてしまった。
(ロイ様以上の男性はいないわ)
会場を見渡してもパッとしない。リゼットの好みの男性はいなかった。
(エルより綺麗な子もいないのね)
ここにきて改めて思ったが、エルフェルムは男なのにその辺の令嬢よりもずっと綺麗だ。
みんな服装は美しく着飾って化粧しているが、常にロイゼルドとエルフェルムを見ていたリゼットの目には、さして魅力的には見えなかった。
ダンスホールでダンスが始まっても、ドレス綺麗だなーぐらいにしか思わない。何人かの男性にダンスを誘われて踊ってはみたが、全くなんの感情も湧かなかった。
実のところ、遠くからリゼットの愛らしい姿に惹かれている令息達もちらほらいたのだが、興味もない彼女は全く気付きもしていない。
(家で本を読んでた方が面白いわ)
そう溜息をついた時、突如会場がざわざわと騒がしくなった。
帰ろうかと思っていたリゼットが皆の見る方向を振り返ると、そこには見たこともないほど艶やかな女性が会場に入ってきたところだった。
「リュシエラ殿下だ」
隣に戻ってきたヴィンセントの声が聞こえた。
十八歳になるというエディーサ王国随一の淑女は、その呼び声に相応しく淑やかで美しかった。身のこなし、ちょっとした仕草に至るまで、全てが洗練されており見る人を惹きつける。
王女は居並ぶ貴族達に堂々と話しかけ、近況や地方の情報などを聞き出しているようだった。
(舞踏会って、ただ踊るだけじゃないのね)
王女は貴族達から政治的に重要な情報を集めているようだ。それも、そうとは気付かせないように麗しく微笑みながら。
自分とたった二歳違いとは思えない。
(凄いわ。こんな人本当にいるのね)
確かエルフェルムはこの王女の小姓をしていたと聞いている。
確か従姉弟でもあったはずだ。
すっかり王女に魅了されてしまったリゼットは、レンブルの友人に報告と、王女のことをもっと教えてもらおうと思ったのだった。
「エル、見つけた!」
城の兵舎の裏で、壁に設えた的に向かってダガーを投げている数名の騎士の中に、エルフェルムの姿を見つけてリゼットは駆け寄った。
「わあっ、危ないよ!リズ」
ダガーを持ったリアムの前を横切ろうとしたリゼットを、慌ててエルディアが抱き締めて腕の中へ庇う。
「わっとっと!」
リアムは辛うじてダガーを投げる手を止めた。
「飛び出しちゃ駄目だよ」
「ごめんなさい………」
しゅんとして謝る。
さすがにこれは自分が悪い。
「エル、その子誰?」
カルシードがエルディアに抱かれたままのリゼットを見る。
「リゼットだよ。団長の娘さんなんだ」
「ヴィンセント団長の?うっそ、全然似てない。可愛い!」
リアムが目を剥いて驚いている。
「失礼しました。わたくしはリゼット・レンブルと申します」
エルディアの胸から離れて、改めて礼をとる。
「カルシード・ヴィーゼルです。リゼット様」
カルシードがすっとリゼットの指先にキスをしながら自己紹介すると、リアムが慌ててそれに倣った。
「リアムです。よろしくお願いします」
かたくなっているリアムを横目に見て笑い、エルディアはリゼットに尋ねる。
「なんの用事だったの?リズ。そういえば、王都はどうだった?舞踏会行っていたんでしょう?」
デビュタントで王都に行くことは聞いていた。きっとそれで話したかったんだろうと見当はついている。
「どうもこうも、わたくし、まだああいう場では役に立たない事がわかったわ。貴族のおじ様方と会話できないんですもの。知識が足らなさすぎて。エル、貴方、リュシエラ殿下をよく知っているんでしょう?わたくしもあのようになりたいわ。どうすれば良いのか教えて欲しいの」
まあ、お父様にはそういう事を求められていないんだけど、と頬を膨らませている。
その返事を聞いて、エルディアはくすくすと笑った。
リゼットは侯爵家の一人娘だ。
いずれ伴侶と共に、このレンブル領を治める領主の一人となるだろう。社交術も必要となってくる。
「前から思っていたけど、リズって意外に賢いんだよね」
「意外ってなによ」
「いや、褒めているんだよ。普通の御令嬢は、あんなところ行ったら伴侶の男性を探すことくらいしか考えないから」
「わたくしも探しましたわよ。でもロイ様以上の男性は見当たらなかったわ」
つまらなかったわよ、と唇を尖らせている。
リゼットの言葉にリアムが口を挟んだ。
「ロイ様って、副団長?」
「そうですわ」
「リズはロイの事が好きなんだ」
「あら、エルもでしょ」
「だから、リズ、僕、男同士はちょっとダメだと思うんだけど」
貴族同士の結婚はどうしても子供を求められる。しかもエディーサ王国は一夫一婦制だ。不妊で子供ができないこともあるとはいえ、基本的に異性でないと無理なのだが。
そこも含めてエルディアは言うのだが、リゼットには全く響かない。
「愛があれば大丈夫ですわ!」
「…………」
変な本の影響受けちゃって困るんだけど、とぼやくエルディアに、リゼットは一緒にロイ様を追いかけましょ、と励ましている。
リアムとカルシードは昨夜と同じように顔を見合わせた。
こそこそと顔を寄せて話す。
「可愛いけど、なんというか、変わった子だな」
「同感」
レンブルにはまだまだ驚く事がありそうだ、と二人はくすりと笑みをもらした。
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