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第二章 生き別れの兄と白い狼
13 魔石と炎
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黒騎士と別れ砦に戻ったエルディアを、リアムとカルシードが迎え入れた。
「エルガルフ様がお前を呼んでいるぞ」
「エル、片付けといてやるから早く行け」
父に呼び出されるとは何だろう。わざとロイゼルドから離れて敵の中に飛び込んだのがバレたのだろうか。従騎士のくせに主人から離れるなど何事か、そう怒られるかもしれない。
そう考えながら返り血にまみれたマントと鎧を外すと、カルシードが司令官室だぞと言いながら受け取る。リアムがヒュウと口笛を吹いた。
「凄えな。どれだけ斬ったんだ?」
「数えてないよ」
エルディアは黒く染まった革手袋を脱ぎ、足早に指揮官の集まる部屋へ向かった。
砦の最上階に司令官室がある。急いで階段を駆け上がり、部屋の前で息を整えてから扉をノックする。
「エルフェルムです」
ややあって、中から入るように返事があった。
「失礼します」
扉を開けると、エルガルフとアーヴァインが中で待っていた。同じように呼ばれたのだろう、ロイゼルドとレインスレンドの姿もあった。
良かった、怒られるわけではなさそうだ。そう思いながら一礼して中へ入る。
「かなり楽しく遊んでいたようだが、少しは数を減らしてきたか?」
「………遊んでいません」
アーヴァインの言葉に顔をしかめる。
まだ、双方とも被害は少ない。
当初、砦へ向けて火矢が撃ち込まれたが、魔術師団によって砦の各所に配置された魔石が、防御結界を生み出し砦全体を包んでいる。フェンリルの魔石で強化された結界は、砦の中への火矢の侵入を全て弾いていた。
砦の守りが固く、敵も手が出せない状況だ。
「敵の攻城塔が出来ている。投石機も前方に配置してきた。そろそろ本格的に砦に攻めてくるぞ」
城壁の高さまで木材を組んだ攻城塔が組み上がった。それは直に砦内へ攻撃する手段を、敵が得たということだ。投石機の攻撃も結界では防げない。
「エル、アーヴァインが攻撃の準備を始めるそうだ。補佐をしろ」
「はい」
うなずいたエルディアは、ふと疑問に思ってアーヴァインに尋ねる。
「アーヴァイン様、実験とはどのような策なのですか?」
普段アーヴァインが戦いに同行するときは、自身の攻撃魔法を使う。
アーヴァインの持つ攻撃魔法は炎と水だ。水を操る魔法は水軍に加わった時にしか使わない。陸地では主に炎を使う。魔法で生み出した炎の矢を敵に降り注ぐのだ。
しかし、それは流石のアーヴァインも今回の戦争のような多人数が相手では魔力が持たない。
「フェンリルの魔石は非常に強大な風の魔力を秘めている。そこへ私の炎を込めてみた。素晴らしい攻撃魔法が生み出されるぞ」
時にこの魔術師団長は怖ろしく冷徹になる。
それを知っているエルディアは、楽しそうな師の様子に背中が寒くなるのを感じた。
「木で出来たものはさぞかしよく燃えるだろうな」
全て焼き尽くしてやろう。
そう言って、アーヴァインは不穏な笑みを唇に浮かべた。
*****
翌朝、ユグラル砦を取り囲む敵兵達は慌ただしく動き回っていた。
森の方から巨大な梯子を備えた移動式のやぐらを引いてくる。森の木々で作られた攻城塔だ。火矢を防ぐために革で囲われている。
そのサイドに距離をあけて、砦を囲むように二機の投石機が設置された。
トルポント軍の兵達が砦からの攻撃に備えながら、準備を進めている。
城壁の上に立ちその光景を眺める黒衣の魔術師は、まるで獲物を狙う黒豹のように舌舐めずりした。隣に立つエルディアは、師の狂気に当てられて少し頭が痛い。
「アーヴァイン様、最小の犠牲で最大の効果をお願いします。僕達の目的は敵の撤退を促すことです」
「昨日散々殺戮してきた奴が何を言う」
「規模が違います」
一個の肉体で戦う結果と、遠隔の魔術で一気に滅殺するのとではその犠牲者の数が違う。
「調整できたら人の肉体は焼かないようにしてみるが、二次的な火はどうにもできないぞ」
木は燃えるからな、とアーヴァインは念を押す。
エルディアはいざという時の魔石のコントロールの補助のため、アーヴァインにつくよう指示された。
出来ればこの狂研究者にはつきたくなかったのだが、他に手伝える魔術師もいないので引き受けた。彼等には大量の怪我人を治療するという仕事がある。
「そろそろだな」
敵兵が動き出した。
投石機に巨大な石が設置され、塔に兵士がよじ登る。指揮官らしき騎兵が、攻撃の指示を出すべく手を挙げた。
アーヴァインが城壁に設置した魔石に手をかざす。白い魔石が内部から光を出して輝き始めた。
アーヴァインが何やら複雑な呪文を唱えている。徐々に彼の身体が魔石の輝きに包まれていく。
敵の指揮官が挙げた手を振り下ろすより一瞬早く、アーヴァインの呪文が完成した。
「燃やし尽くせ」
低い言葉と同時に、白い魔石が天空に数本の赤い光を放った。
「何だ!」
敵兵が驚いた次の瞬間、強風が砦の周囲に吹き荒れた。
目を開けることもできない風の中で、敵の指揮官は声を失う。
空が赤く輝き、上空から無数の炎の槍が降り注ぐ。その槍は砦の周囲を取り囲む敵兵達に向けて、容赦なく雨のように落ちてきて地面に突き立ち燃え上がった。
「うわあ!」
「何だこの炎は!」
隊列を崩し逃げ惑う兵士たちを炎と風が襲う。
投石機と攻城塔には、炎の槍が幾本も突き立ち、風に煽られメラメラと燃え上がる。塔に登っていた敵兵達が慌てて転がり落ちてゆく。
見るに見かねてエルディアは目を逸らせた。炎に追われた敵兵達が、森の方向へ逃げてゆく。
まだまだ空からは炎が降る。
熱風が渦巻き、焦げ臭い煙があたり一面を覆っていた。
塔も投石機も見る影もなく燃え落ちていた。
冷たい瞳で下を見つめていたアーヴァインが、ある一角を見つめて驚愕の声をあげた。
「あれは、どういうことだ?」
その声につられてエルディアも彼の視線の先を見る。
「何で………?」
イエラザームの軍旗が燃えることなくはためいていた。
その旗の下にはイエラザーム皇国の兵士達が、周囲の状況に驚きざわめきつつも無傷で立ち尽くしている。彼等の周囲には仄かに光る風が渦巻き、炎と風から彼等を守っているように見えた。
あれは結界だ。
「嘘だろう!」
アーヴァインが驚きの声を上げた。
広範囲の魔術結界を張れる魔術師が、他国にいるなど聞いたことがない。
そもそも魔術師団を抱えるエディーサ王国であるからこそ、魔術師が育てられるのだ。力を持ち素質があるだけで魔法が使えるようになるわけではない。
エルディアは目を凝らして彼等を見る。
中心に守られるようにして、あの黒騎士がいる。
黒騎士の側に控えるようにして立っている、まだ少年のように若い男の黒いマントが風にひるがえった。
白い軍服。
束ねられた銀色の長い髪。
遠目に見てもわかる、自分によく似た、少し大人びた顔貌。
城壁の上から身を乗り出して叫ぶ。
「ルフィ!」
あの姿はエルフェルムだ。きっと間違いない。
なぜ此処に?
イエラザーム軍を守っているあの風の結界は、おそらくフェンのものだ。
だが、フェンの姿はここにはない。
ルフィもやはり刻印を持っている。
しかし、何故に敵国にくみしているのか。
「ルフィ、どうして?」
エルディアは彼等が森の方向へ撤退してゆくのを、ただ見送るしか出来なかった。
「エルガルフ様がお前を呼んでいるぞ」
「エル、片付けといてやるから早く行け」
父に呼び出されるとは何だろう。わざとロイゼルドから離れて敵の中に飛び込んだのがバレたのだろうか。従騎士のくせに主人から離れるなど何事か、そう怒られるかもしれない。
そう考えながら返り血にまみれたマントと鎧を外すと、カルシードが司令官室だぞと言いながら受け取る。リアムがヒュウと口笛を吹いた。
「凄えな。どれだけ斬ったんだ?」
「数えてないよ」
エルディアは黒く染まった革手袋を脱ぎ、足早に指揮官の集まる部屋へ向かった。
砦の最上階に司令官室がある。急いで階段を駆け上がり、部屋の前で息を整えてから扉をノックする。
「エルフェルムです」
ややあって、中から入るように返事があった。
「失礼します」
扉を開けると、エルガルフとアーヴァインが中で待っていた。同じように呼ばれたのだろう、ロイゼルドとレインスレンドの姿もあった。
良かった、怒られるわけではなさそうだ。そう思いながら一礼して中へ入る。
「かなり楽しく遊んでいたようだが、少しは数を減らしてきたか?」
「………遊んでいません」
アーヴァインの言葉に顔をしかめる。
まだ、双方とも被害は少ない。
当初、砦へ向けて火矢が撃ち込まれたが、魔術師団によって砦の各所に配置された魔石が、防御結界を生み出し砦全体を包んでいる。フェンリルの魔石で強化された結界は、砦の中への火矢の侵入を全て弾いていた。
砦の守りが固く、敵も手が出せない状況だ。
「敵の攻城塔が出来ている。投石機も前方に配置してきた。そろそろ本格的に砦に攻めてくるぞ」
城壁の高さまで木材を組んだ攻城塔が組み上がった。それは直に砦内へ攻撃する手段を、敵が得たということだ。投石機の攻撃も結界では防げない。
「エル、アーヴァインが攻撃の準備を始めるそうだ。補佐をしろ」
「はい」
うなずいたエルディアは、ふと疑問に思ってアーヴァインに尋ねる。
「アーヴァイン様、実験とはどのような策なのですか?」
普段アーヴァインが戦いに同行するときは、自身の攻撃魔法を使う。
アーヴァインの持つ攻撃魔法は炎と水だ。水を操る魔法は水軍に加わった時にしか使わない。陸地では主に炎を使う。魔法で生み出した炎の矢を敵に降り注ぐのだ。
しかし、それは流石のアーヴァインも今回の戦争のような多人数が相手では魔力が持たない。
「フェンリルの魔石は非常に強大な風の魔力を秘めている。そこへ私の炎を込めてみた。素晴らしい攻撃魔法が生み出されるぞ」
時にこの魔術師団長は怖ろしく冷徹になる。
それを知っているエルディアは、楽しそうな師の様子に背中が寒くなるのを感じた。
「木で出来たものはさぞかしよく燃えるだろうな」
全て焼き尽くしてやろう。
そう言って、アーヴァインは不穏な笑みを唇に浮かべた。
*****
翌朝、ユグラル砦を取り囲む敵兵達は慌ただしく動き回っていた。
森の方から巨大な梯子を備えた移動式のやぐらを引いてくる。森の木々で作られた攻城塔だ。火矢を防ぐために革で囲われている。
そのサイドに距離をあけて、砦を囲むように二機の投石機が設置された。
トルポント軍の兵達が砦からの攻撃に備えながら、準備を進めている。
城壁の上に立ちその光景を眺める黒衣の魔術師は、まるで獲物を狙う黒豹のように舌舐めずりした。隣に立つエルディアは、師の狂気に当てられて少し頭が痛い。
「アーヴァイン様、最小の犠牲で最大の効果をお願いします。僕達の目的は敵の撤退を促すことです」
「昨日散々殺戮してきた奴が何を言う」
「規模が違います」
一個の肉体で戦う結果と、遠隔の魔術で一気に滅殺するのとではその犠牲者の数が違う。
「調整できたら人の肉体は焼かないようにしてみるが、二次的な火はどうにもできないぞ」
木は燃えるからな、とアーヴァインは念を押す。
エルディアはいざという時の魔石のコントロールの補助のため、アーヴァインにつくよう指示された。
出来ればこの狂研究者にはつきたくなかったのだが、他に手伝える魔術師もいないので引き受けた。彼等には大量の怪我人を治療するという仕事がある。
「そろそろだな」
敵兵が動き出した。
投石機に巨大な石が設置され、塔に兵士がよじ登る。指揮官らしき騎兵が、攻撃の指示を出すべく手を挙げた。
アーヴァインが城壁に設置した魔石に手をかざす。白い魔石が内部から光を出して輝き始めた。
アーヴァインが何やら複雑な呪文を唱えている。徐々に彼の身体が魔石の輝きに包まれていく。
敵の指揮官が挙げた手を振り下ろすより一瞬早く、アーヴァインの呪文が完成した。
「燃やし尽くせ」
低い言葉と同時に、白い魔石が天空に数本の赤い光を放った。
「何だ!」
敵兵が驚いた次の瞬間、強風が砦の周囲に吹き荒れた。
目を開けることもできない風の中で、敵の指揮官は声を失う。
空が赤く輝き、上空から無数の炎の槍が降り注ぐ。その槍は砦の周囲を取り囲む敵兵達に向けて、容赦なく雨のように落ちてきて地面に突き立ち燃え上がった。
「うわあ!」
「何だこの炎は!」
隊列を崩し逃げ惑う兵士たちを炎と風が襲う。
投石機と攻城塔には、炎の槍が幾本も突き立ち、風に煽られメラメラと燃え上がる。塔に登っていた敵兵達が慌てて転がり落ちてゆく。
見るに見かねてエルディアは目を逸らせた。炎に追われた敵兵達が、森の方向へ逃げてゆく。
まだまだ空からは炎が降る。
熱風が渦巻き、焦げ臭い煙があたり一面を覆っていた。
塔も投石機も見る影もなく燃え落ちていた。
冷たい瞳で下を見つめていたアーヴァインが、ある一角を見つめて驚愕の声をあげた。
「あれは、どういうことだ?」
その声につられてエルディアも彼の視線の先を見る。
「何で………?」
イエラザームの軍旗が燃えることなくはためいていた。
その旗の下にはイエラザーム皇国の兵士達が、周囲の状況に驚きざわめきつつも無傷で立ち尽くしている。彼等の周囲には仄かに光る風が渦巻き、炎と風から彼等を守っているように見えた。
あれは結界だ。
「嘘だろう!」
アーヴァインが驚きの声を上げた。
広範囲の魔術結界を張れる魔術師が、他国にいるなど聞いたことがない。
そもそも魔術師団を抱えるエディーサ王国であるからこそ、魔術師が育てられるのだ。力を持ち素質があるだけで魔法が使えるようになるわけではない。
エルディアは目を凝らして彼等を見る。
中心に守られるようにして、あの黒騎士がいる。
黒騎士の側に控えるようにして立っている、まだ少年のように若い男の黒いマントが風にひるがえった。
白い軍服。
束ねられた銀色の長い髪。
遠目に見てもわかる、自分によく似た、少し大人びた顔貌。
城壁の上から身を乗り出して叫ぶ。
「ルフィ!」
あの姿はエルフェルムだ。きっと間違いない。
なぜ此処に?
イエラザーム軍を守っているあの風の結界は、おそらくフェンのものだ。
だが、フェンの姿はここにはない。
ルフィもやはり刻印を持っている。
しかし、何故に敵国にくみしているのか。
「ルフィ、どうして?」
エルディアは彼等が森の方向へ撤退してゆくのを、ただ見送るしか出来なかった。
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