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第二章 生き別れの兄と白い狼

16 作戦

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 エルディアがアーヴァインのいる部屋を訪ねると、彼は王都へ帰る準備をしていたようで床いっぱいに荷物を広げていた。
 彼は足の踏み場もない部屋の中心で分厚い研究書を鞄に詰め込んでいたが、エルディアが駆け込んできたので何事かと手を止める。
 部屋の惨状を見たエルディアは、思わずうわっとたたらを踏んだ。


「またいっぱい散らかして。副団長ダリス様いないんだから自分で片付けてくださいよ」

「どこに何があるかはわかっている」


 いつも世話をやいてくれる魔術師団の副団長は、今回は西の戦場に駆り出されていないのだ。本当にどこにあるかわかっているのだろうかと思いながら、エルディアはアーヴァインにフェンリルの魔石によく似たレプリカは無いかと尋ねた。


「フェンリルの魔石のレプリカではなく、使わなかった予備の魔石ならあるがどうするのだ?」

「加工してあります?ください!」

「いや、まだ手は加えていないが、何に使うつもりだ?」

「リズを助けに行きます」

「ちょっと待て。さすがの私にも理解できん。説明しろ」


 エルディアはもどかしく思いながらも、リゼットが誘拐された経緯を話す。
 アーヴァインは静かに聞いていたが、話を聞き終えると、ふむと腕を組んだ。


「私を手に入れてどうするつもりだろうか」

「戦に使うんでしょう。それ以外に何の役に立つんですか」


 身も蓋もない返答だ。
 エルディアの言葉に気を悪くする様子もなく、アーヴァインはふんぞりかえる。


「私自身は他にも有用だぞ」

「彼等がアーヴァイン様個人のスキルを知っているはずがないでしょう」


 魔術師団の実態は、国外には絶対不出の機密である。
 王都の魔術研究所には間諜が侵入出来ないように、騎士団の警備と何重もの結界が張られている。

 イエラザーム国が知っているのは、ユグラル砦での全てを焼き尽くす炎の槍だ。
 あれを生み出す魔術師を手に入れれば大陸を制することも可能だと、そう考えたのかもしれない。まだ彼がレンブル領にいる、そう踏んで今回の事件を起こしたのだ。


「で、ヴィンセント団長は当然娘は捨てると言ったのだな」

「…………はい」

「それでお前は私の代わりに乗り込んで、どうするつもりだ?」

「リズと引き換えにレプリカをフェンリルの魔石として渡します。あの炎の魔法は魔石によるものとして。魔術師がいないとどうせ魔石の魔法は使えないから諦めるでしょう」


 ほう、と感心したようにエルディアを見下ろして、アーヴァインは組んでいた腕を解いた。


「少なからず私の責任でもあるな。持っていく魔石に炎の魔法を埋め込んでやる。奴らの目の前で、お前の風で煽ってやればそれらしく見えるだろう。少し待て。その間に同行者を二、三人選んで準備してこい」


 一人で行くつもりじゃ無いだろうな、と睨まれる。
 そのつもりだったエルディアは、決まり悪そうに目を逸らした。





「危険すぎる」


 ヴィンセント達のもとへ戻りアーヴァインの話を伝えたエルディアに、ロイゼルドが渋い顔つきで言った。

 リゼット誘拐の報告を受けたエルガルフと、黒竜騎士団の主だった面々も顔を並べていた。エルガルフは目を閉じて何か考えている。


「でも、僕が一番適任です。彼等は『魔術師』を求めています。魔石を本物に見せる魔術も必要です」


 エルディアはヴィンセントの瞳をまっすぐに見据えて許可を願う。


「やらせてください。リゼットは僕の友人です」


 彼女は大切な親友だ。
 可能性がある限り、助けに行きたい。

 ヴィンセントは何も言わないエルガルフを少し見て、大きく息を吐いた。
 無言は決断を任せるということだ。同じ娘を持つ者同士、敢えて指示は避けたのか。ここでエルディアを止めたとしても、イエラザーム皇国がまた別の手段を選ばないとは限らない。


「エルに同行する者を決める」


 ヴィンセントが騎士団の面々を見渡して言った。
 魔術師を引き渡す役が必要だ。

 ロイゼルドの顔色が少し青ざめている。
 エルディアは自信を持っているようだが、敵国の中心部へ乗り込んで行くなど生きて戻れるか保証のない作戦だ。しかし、ヴィンセントが決定した以上、行くなとは言えない。父親であるエルガルフも止めはしなかった。

 同行者に手を挙げたかったが、副団長として戦の後処理を放っては行けない。やり遂げるという彼女を信じるしかなかった。


 静まり返る中、カルシードが最初に手を挙げた。


「俺が行きます。西方の地理は俺が詳しい。ダルク領にいたから、イエラザームの内情についても多少は聞いている」


 続いてリアムも手を挙げる。


「俺も一緒に行きます。エルとシードが心配だから」


 三人を見回して、エルガルフがヴィンセントに尋ねる。


「若くてイキのいいのばかりになったが、いいのか?」

「かえって道中警戒されなくて都合が良いかもしれません」


 リゼットの代わりに残された手紙と、ヴィンセントの印章が押された書簡がエルディアに手渡された。


「ダルク城で最終の準備が出来るよう連絡しておく」

「ありがとうございます!」




     *********



 必要な荷物を準備する為に部屋へ戻るエルディアを、エルガルフが呼び止めた。


「ルディ、気をつけろ。あちらにはルフィがいる。まだ、敵か味方かわからない。お前を狙ったものかもしれないぞ」

「父様、ルフィは僕の魔力の属性を知っているはず。今回の企みは本当にアーヴァイン様を狙ったものだと思う」


 同じ刻印を持っているのだから、炎は使えないことを知っているはずだ。この件にエルフェルムが関与しているとは思えないし思いたくない。むしろ、エルディアはイエラザーム皇国に乗り込む口実が出来たことに感謝している。


「うまくいけば、ルフィに会えるかもしれない」

「気をつけるんだぞ。いざという時は撤退も考えろ。仲間もいるんだ」


 お前は一人で飛び込みがちだから、と文句を言う。
 長く共に生活していないはずなのに、案外娘の性格を理解していることに驚いた。


「大丈夫だよ。絶対助けるから!」


 そう言ってエルディアは父に軽く抱きつき、身を翻して立ち去ってゆく。
 その後ろ姿を見送りながら、エルガルフは自分の娘ながらその強さに舌を巻いた。


「本当に、風のような奴」


 そう呟き、父は呆れたように溜息をついた。
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