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第三章 風の神獣の契約者

5 幼鳥

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 王との話が終わった後、エルディアは一人アーヴァインのいる魔術研究所に行くことにした。相変わらず何かの研究をしていた彼は、ドレス姿の彼女を見て少し眉をひそめる。


「なんだ、またブレスを無くしたとか言わないだろうな」

「違いますよ。魔石と武器を少しいただきたくて。暗器になるようなのありますか?」

「棚にある。好きに持って行け」

「ありがとうございます」


 本棚とは別に、魔術の材料や魔道具が置いてある棚を探って、良さそうなものを数点選ぶ。アーヴァインは研究の合間に、魔法を織り込んだ小型の武器をよく作っているので助かる。

 エルディアが脚に取り付けるホルダーを探していると、隣の部屋から何かの鳴き声が聞こえた。
 研究室に動物がいる。
 一般研究室には数匹飼っているが、アーヴァインの個人研究室にいるのは珍しい。


「何の鳴き声ですか?」

「ハルピュイアの幼鳥だ」

「ハルピュイア?」


 魔獣ではないか。肉食で、人を襲って食べることもある魔鳥だ。


「見るか?金獅子騎士団が捕らえてきたので預かっている」

「見ます」


 隣の扉を開くと、魔法封じの術のかけられた檻に、烏くらいの大きさの赤い鳥が入れられていた。姿は鷹に似ている。


「小さい。まだ人型はしていないんですね」


 大きくなると半人半鳥の姿になるハルピュイアも、子供の頃はまだ嘴のある鳥の姿をしているといわれている。それでもなんだか人の子のようにあどけない表情をしており、くりくりした真っ黒い目が可愛い。


「餌は何を?」

「鳥肉をやっているが、大食漢で金がかかる」

「やってみてもいいですか?」

「いいぞ、ちょうど食事の時間だ」


 アーヴァインに渡された細切れの肉を、串に刺して檻の隙間から差し込む。
 魔鳥はちょこちょこ寄ってきて、パクリと丸呑みした。美味しかったのか、目をつむって身震いした後、もっともっととねだるように羽を広げて催促する。


「可愛い!」

「ほう、すぐになついたな。初めての相手にはいつも見向きもしないのに」

「名前はなんて言うんです?」

「つけていない」

「何故です?」


 何も考えずに尋ねると、アーヴァインは胡乱うろんな目でエルディアを見る。


「おまえ、私にお前達のようになるかもしれん危険を犯させる気か?」


 そうだった。魔獣に迂闊うかつに名を与えてはいけなかった。


「こいつが妙に人懐っこいので、騎士団の奴等も殺すに忍びなかったらしい。うまくいけば、魔獣と契約するという原理がわかるかもしれないので、私が引き取ることにしたのだ」

「え?アーヴァイン様が契約者にならないなら、誰で試す気ですか?」


 このサイコパスな師匠は、真理の追求のためには時に犠牲も厭わない。


「さて、誰にしようかな」

「ちょっと、危険がないようにしてくださいよ」

「なに、すぐに魔獣を殺せばいいだけだ」


 魔獣を殺せば契約は解ける。それはフェンリルも言っていた。
 檻の中のハルピュイアを見る。腹の満ちた魔鳥は止まり木の上で、すよすよと眠っていた。


「可哀想」

「馬鹿、大きくなると手がつけられん魔鳥になるんだぞ」

「こんなに可愛いのに」


 どこから新しい魔獣が産まれるのか、実はそれもはっきりとはしていない。大陸中に散らばっている魔獣達は、かなりの長い時間を生きてきているという。幼獣を見ることはほぼない。

 一説には世界の果ての、神々に追いやられた魔物達の住処から流れてくるとも、神山ホルクスの頂上に魔獣の生まれる泉があるとも言われているが、どれも真実だと言う証拠はないのだ。

 このハルピュイアの幼鳥も非常に珍しい。


「魔獣と人間が仲良く暮らせるようになったらいいのに」


 エルディアの呟きに、アーヴァインが呆れたように言う。


「神々が復活して魔獣達が神獣に戻れば可能だろうが、まず、ありえんな。無理だろう」

「フェンはルフィと仲良かったですよ」


 アーヴァインはふむ、と考え込んだ。


「契約した魔獣は攻撃性がなくなるのか?いや、そもそも攻撃性がないから契約できるのか」


 ブツブツ呟きながら、書棚の本を探し始める。一冊の本を取り出すと、ソファーに座って調べ始めた。
 こうなると呼んでも返事もしなくなる。
 エルディアは、ありがとうございましたーと声だけ掛けて、部屋を後にした。





 王宮の廊下を歩きながら、父のところに寄る暇はないな、と薄情なことを考える。

 用意された客間に一度戻ろうとすると、前方からロイゼルドが歩いて来るのが見えた。方向からして騎士団の兵舎に行ってきたのだろう。
 ここ何日か、まともに話していない。なんとなく気まずく思って立ち止まると、向こうもこちらに気付いたようだった。


「出立の準備はできたか?」

「大体は。ロイは?」

「ああ、騎士団から誰が同行するのか確認してきた」

「そう……」


 会話が続かない。
 出会って三年、喧嘩などしたことがなかった。何を考えているのかわからない。
 しばし逡巡して、エルディアは思い切って聞くことにした。


「ねえ……ロイ」

「なんだ?」

「なんで機嫌悪いの?なんか怒ってる?」


 ロイゼルドは一瞬驚いたように止まり、そして目をつむって頭を振った。


「自分に腹を立てているだけだ。気になっていたらすまん」


 エルディアの頭をポンポンと撫でる。


「こういう時に、俺はお前を守りきることができない。それが不甲斐なくて拗ねていただけだ」

「皇帝のこと?」

「ああ、そうだ。エル、お前はイエラザームの皇妃になりたいか?」


 一国の皇妃。女性の地位としては最高の部類だ。しかも、大国イエラザーム皇国の。望んでもおいそれとは手に入らないものである。
 エルディアが望むのであれば……ロイゼルドには止める権利はない。
 だが、そんな思いを知ってか知らずか、エルディアはあっけらかんと否定した。


「そんなわけないじゃん。面倒臭い。ロイ、僕が女装好きじゃないの知ってるでしょ?」

「面倒臭い?いや、女装はどうでも……え?ずっと男でいるつもりなのか?」

「男の服装なら剣も吊るせるけど、この格好動きにくくて。さっきアーヴァイン様のところで暗器を貰ってきたけど、仕込むとこもあんまりないし、困るんだよね」

「暗器……」

「王宮って危ないでしょ?誰が何を考えて刺客放ってるかもわからないし」


 くっくっくと、抑えきれなかったようにロイゼルドが笑い出す。


「どこまで戦うつもりなんだ?大人しく守られるつもりはないのか」

「え?」

「その姿で戦われると、俺達の存在意義がなくなるじゃないか」


 ただでさえ有り得ない程の力を持っているのに。


「全く、色気がないな」

「ひどい。敵になるかも知れない国に行くんだよ。準備は必要じゃない」

「……でも、それが可愛く思えるんだから、だいぶん俺もやられているな」


 エルディアの額に軽くキスを落とす。


「少しは俺を頼ってくれよ」


 金髪を優しく撫でて、ロイゼルドはエルディアを残して歩いて行った。

( 油断していた…… )

 さらりと触れていったが、魔力が暴走しなくてよかった、と胸を撫で下ろす。腕輪をつけていない時は注意しておかないと。

 不意にゴトン、と背後で音がした。
 振り返ると、廊下の壁の上部に掛かっていた燭台が、床に落ちている。

( え?僕のせい? )

 あんな高い所のものは梯子が必要だろう。
 周りをキョロキョロ見回した。
 よし、誰もいない。
 エルディアは僕じゃないよ、と見ないふりをして、そっと立ち去ることにした。
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