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第三章 風の神獣の契約者
18 休息
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近衛騎士から報告を受けた皇帝ヴェルワーンは、宮殿の一室に今回の事件の関係者達を集めた。
エルディア、エルフェルム、ロイゼルド、アストラルドとリアムにカルシード、そしてフェンも。
瀕死の重症から回復したばかりのシャーザラーンは、宮殿の一室に寝かされていていない。意識は戻っていないが、身体は問題ないという医師の診断だ。
「それで、ミゼルという魔術師が黒幕だったのだな」
エルディアから全てを聞いたヴェルワーンは、目を伏せて何かを考えるようにした。
「父もシャーザラーンもそいつに良いように踊らされたという訳か。情けない」
言葉は冷たい。
だが、声色には若干の許容を含んでいた。
「ロイゼルド、エルディア、貴殿達には許し難いかも知れぬが、我が国の皇子を簡単に処刑することはできない。しばらく拘束したのちに、然るべき罰を下す。彼の身は預からせてもらうぞ」
二人は黙って頷く。フェンがせっかく生き返らせた命だ。もとより彼は裁きを受けると言っていた。ミゼルと父親である皇帝に操られていた感もあり、イエラザーム皇国に処罰を任せる事に異論はない。
「ミゼルという魔術師はもともとエディーサ王国の者だったそうだね。どうやってトルポント王国に入り込んだかわからないけど、とんでもない迷惑をかけた。謝罪する」
アストラルドがヴェルワーンに詫びた。
「十年も前に出奔した者だ。貴国に責任はないが」
そう言った後で、ふと思い付いたようにニヤリと口角を上げる。
「発端となった双子を私に貰えれば、この件は不問にしよう」
「え?そこは諦めて欲しいな」
アストラルドが嫌そうに顔をしかめる。
そこに澄んだ声がそっと割って入った。
「ヴェル、貴方が皇帝になった後は僕は国へ戻ると約束しましたよね」
「………冗談だ。許せ」
椅子に座らされているエルフェルムだ。
ひと月も拘束されていた為かなりやつれていたが、足もとに寝そべるフェンの治癒魔法のおかげか、その口調はしっかりしていた。
ヴェルワーンはツカツカとエルフェルムの側へ近付き、その顔を見下ろすと顎をとって上を向かせる。
「痩せたな」
「食事が悪くて」
「助けられなくてすまない。魔術師がいるのでは、下手に手を出すとお前が危ないと思った」
「それでルディを呼んだのですか?」
「そうだ」
エルフェルムがふわりと笑う。
「ご心配をかけてすみません。早くフェンを呼べばよかった」
フェンを呼ぶと自由になれる代わりに、関係あるなしに関わらずその場にいる者を全て殺してしまうかもと思った。その中には第二皇子、ヴェルワーンの異母弟も含まれる。エルフェルム自身、とても彼等を許せる精神状態ではなかった。
「よく耐えた。十分休むといい」
「はい」
ヴェルワーンはエルフェルムの顎から手を離し、いたわるように軽く肩に手を置く。エルフェルムは苦難から解放された実感に浸るように、エメラルドの目を伏せた。
それを眺めていたリアムとカルシードが、ほんのり赤面する。
「なんか……雰囲気がエロいな」
「え?」
「いや、リズが喜びそうな………」
「あ、お前も思った?」
エルディアもコソコソと声をひそめて加わる。
「ルフィと皇帝が?やめてよ怖い」
「でも兄貴が手に入らないから妹をって、よっぽど気に入ってる証拠だろ」
「ルフィは皇妃に出来ないし?」
「ヤダヤダヤダ、想像しちゃうじゃんか」
低い圧のある声が彼等の私語を制止する。
「お前ら、聞こえているぞ」
ロイゼルドにギロリと睨まれて、三人は黙って直立した。
思えばいつもロイゼルドは、引率の教師のように彼等を黙らせている。
アストラルドがそれを横目でちろりと見て、面白そうに笑いを噛み殺していた。
*********
彼等が与えられた部屋に戻った時には、もう空は仄かに明るくなっていた。
「寝そびれたね」
「さすがに疲れたよ」
「俺は平気」
「お前ほとんど何もやってないだろ」
「こらこら、みんな頑張った」
口々に話していると、アストラルドも大きなあくびをする。
「今日が式典の日でなくて良かったよ。明日に備えて、今日はゆっくりしていていいよ」
僕もひと眠りするよ、とアストラルドが自分の部屋へ消えてゆく。
「俺たちも少し休んでおこう」
ロイゼルドが三人をうながした。
「良かったな、エル」
「え?」
リアムがエルディアの肩を叩く。
「ルフィは助け出せたし、これでエディーサに連れて帰れるだろう?皇帝もお前のことは諦めてくれたみたいだし、これで副団長の機嫌も治ってバンバンザイ……アイタ!」
最後のはロイゼルドのゲンコツが落ちたせいだ。
「お前の口はどうしてそう要らんことを喋るんだろうな。縫い付けるぞ」
「だって、副団長、エルをとられるかもって、めちゃくちゃ不機嫌だったじゃないですか。なあ、シード」
「はい、エルも可哀想なくらいビクビクしてて、俺達心配してたんですよ」
二人に責められてロイゼルドは赤くなる。
部下に見透かされていたとは、自分もいよいよ余裕がなかったようだ。
「大人気なくて悪かったな」
ブスッとして言うと、カルシードがリアムの背中を押しながら部屋を出てゆく。
「ちゃんとエルと仲直りしといて下さいね」
そう言い残してバタンと扉が閉まった。
「仲直りって、もう喧嘩なんてしてないのに」
エルディアがポカンとした顔で扉を見ている。その横顔を見てロイゼルドはフッと笑う。
「いい仲間だな」
「そうだけど、なんでこれでロイの機嫌が治るの?」
いまいちわかっていなかったようだ。
ロイゼルドは首を傾げた。
何度も伝えたはずだが、この弟子はこういう方面にひどく鈍い。
嫉妬という感情を知らないのだろうか?
「お前が皇帝の妃になると、俺が嫌だから。俺はお前に惚れてると何度言えばわかる?」
「う………初めから僕は皇妃になんかなる気はなかったよ」
「どうして?」
尋ねてくる目は、エルディアに答えの言葉を求めている。
「だって………僕もロイが好きだし」
正解の言葉に、ロイゼルドの紫紺色の瞳が細められた。
「『私』だろう?その言葉遣い、リュシエラ王女に直されなかったか?」
「言われたけど………」
反論は途中で遮られた。
エルディアの唇が塞がれたからだ。
「………ん」
息が苦しくなってエルディアは、抱き締めるロイゼルドの胸を押す。
ふわふわと結んだ髪が風に揺れ、窓辺のカーテンがサラリと音をたてた。
心臓が驚くほどドキドキしている。ロイゼルドの唇が離れても、エルディアはぼうっとして彼の瞳を見ていた。
「だいぶん慣れてきたみたいだな」
部屋に被害がないことを確認してロイゼルドが笑みを浮かべる。
「しかし、この姿は新鮮だな。男の姿に慣れているから、なんとなく浮気している気になる」
「!」
男の時ばっかりキスしていたから?もしかしてロイゼルドにとって好ましいのは、男の方の自分なのかもしれない。彼は本当は男性の方が好きなのか?
エルディアはさーっと血の気が引くのを感じた。本当の自分はこっちの方なのに。
「男の方がいいって言わないでよ!」
「!」
慌てるエルディアに、ロイゼルドは吹き出す。
彼は『馬鹿なことを言うなよ』と言って、もう一度その紅い唇を奪った。
エルディア、エルフェルム、ロイゼルド、アストラルドとリアムにカルシード、そしてフェンも。
瀕死の重症から回復したばかりのシャーザラーンは、宮殿の一室に寝かされていていない。意識は戻っていないが、身体は問題ないという医師の診断だ。
「それで、ミゼルという魔術師が黒幕だったのだな」
エルディアから全てを聞いたヴェルワーンは、目を伏せて何かを考えるようにした。
「父もシャーザラーンもそいつに良いように踊らされたという訳か。情けない」
言葉は冷たい。
だが、声色には若干の許容を含んでいた。
「ロイゼルド、エルディア、貴殿達には許し難いかも知れぬが、我が国の皇子を簡単に処刑することはできない。しばらく拘束したのちに、然るべき罰を下す。彼の身は預からせてもらうぞ」
二人は黙って頷く。フェンがせっかく生き返らせた命だ。もとより彼は裁きを受けると言っていた。ミゼルと父親である皇帝に操られていた感もあり、イエラザーム皇国に処罰を任せる事に異論はない。
「ミゼルという魔術師はもともとエディーサ王国の者だったそうだね。どうやってトルポント王国に入り込んだかわからないけど、とんでもない迷惑をかけた。謝罪する」
アストラルドがヴェルワーンに詫びた。
「十年も前に出奔した者だ。貴国に責任はないが」
そう言った後で、ふと思い付いたようにニヤリと口角を上げる。
「発端となった双子を私に貰えれば、この件は不問にしよう」
「え?そこは諦めて欲しいな」
アストラルドが嫌そうに顔をしかめる。
そこに澄んだ声がそっと割って入った。
「ヴェル、貴方が皇帝になった後は僕は国へ戻ると約束しましたよね」
「………冗談だ。許せ」
椅子に座らされているエルフェルムだ。
ひと月も拘束されていた為かなりやつれていたが、足もとに寝そべるフェンの治癒魔法のおかげか、その口調はしっかりしていた。
ヴェルワーンはツカツカとエルフェルムの側へ近付き、その顔を見下ろすと顎をとって上を向かせる。
「痩せたな」
「食事が悪くて」
「助けられなくてすまない。魔術師がいるのでは、下手に手を出すとお前が危ないと思った」
「それでルディを呼んだのですか?」
「そうだ」
エルフェルムがふわりと笑う。
「ご心配をかけてすみません。早くフェンを呼べばよかった」
フェンを呼ぶと自由になれる代わりに、関係あるなしに関わらずその場にいる者を全て殺してしまうかもと思った。その中には第二皇子、ヴェルワーンの異母弟も含まれる。エルフェルム自身、とても彼等を許せる精神状態ではなかった。
「よく耐えた。十分休むといい」
「はい」
ヴェルワーンはエルフェルムの顎から手を離し、いたわるように軽く肩に手を置く。エルフェルムは苦難から解放された実感に浸るように、エメラルドの目を伏せた。
それを眺めていたリアムとカルシードが、ほんのり赤面する。
「なんか……雰囲気がエロいな」
「え?」
「いや、リズが喜びそうな………」
「あ、お前も思った?」
エルディアもコソコソと声をひそめて加わる。
「ルフィと皇帝が?やめてよ怖い」
「でも兄貴が手に入らないから妹をって、よっぽど気に入ってる証拠だろ」
「ルフィは皇妃に出来ないし?」
「ヤダヤダヤダ、想像しちゃうじゃんか」
低い圧のある声が彼等の私語を制止する。
「お前ら、聞こえているぞ」
ロイゼルドにギロリと睨まれて、三人は黙って直立した。
思えばいつもロイゼルドは、引率の教師のように彼等を黙らせている。
アストラルドがそれを横目でちろりと見て、面白そうに笑いを噛み殺していた。
*********
彼等が与えられた部屋に戻った時には、もう空は仄かに明るくなっていた。
「寝そびれたね」
「さすがに疲れたよ」
「俺は平気」
「お前ほとんど何もやってないだろ」
「こらこら、みんな頑張った」
口々に話していると、アストラルドも大きなあくびをする。
「今日が式典の日でなくて良かったよ。明日に備えて、今日はゆっくりしていていいよ」
僕もひと眠りするよ、とアストラルドが自分の部屋へ消えてゆく。
「俺たちも少し休んでおこう」
ロイゼルドが三人をうながした。
「良かったな、エル」
「え?」
リアムがエルディアの肩を叩く。
「ルフィは助け出せたし、これでエディーサに連れて帰れるだろう?皇帝もお前のことは諦めてくれたみたいだし、これで副団長の機嫌も治ってバンバンザイ……アイタ!」
最後のはロイゼルドのゲンコツが落ちたせいだ。
「お前の口はどうしてそう要らんことを喋るんだろうな。縫い付けるぞ」
「だって、副団長、エルをとられるかもって、めちゃくちゃ不機嫌だったじゃないですか。なあ、シード」
「はい、エルも可哀想なくらいビクビクしてて、俺達心配してたんですよ」
二人に責められてロイゼルドは赤くなる。
部下に見透かされていたとは、自分もいよいよ余裕がなかったようだ。
「大人気なくて悪かったな」
ブスッとして言うと、カルシードがリアムの背中を押しながら部屋を出てゆく。
「ちゃんとエルと仲直りしといて下さいね」
そう言い残してバタンと扉が閉まった。
「仲直りって、もう喧嘩なんてしてないのに」
エルディアがポカンとした顔で扉を見ている。その横顔を見てロイゼルドはフッと笑う。
「いい仲間だな」
「そうだけど、なんでこれでロイの機嫌が治るの?」
いまいちわかっていなかったようだ。
ロイゼルドは首を傾げた。
何度も伝えたはずだが、この弟子はこういう方面にひどく鈍い。
嫉妬という感情を知らないのだろうか?
「お前が皇帝の妃になると、俺が嫌だから。俺はお前に惚れてると何度言えばわかる?」
「う………初めから僕は皇妃になんかなる気はなかったよ」
「どうして?」
尋ねてくる目は、エルディアに答えの言葉を求めている。
「だって………僕もロイが好きだし」
正解の言葉に、ロイゼルドの紫紺色の瞳が細められた。
「『私』だろう?その言葉遣い、リュシエラ王女に直されなかったか?」
「言われたけど………」
反論は途中で遮られた。
エルディアの唇が塞がれたからだ。
「………ん」
息が苦しくなってエルディアは、抱き締めるロイゼルドの胸を押す。
ふわふわと結んだ髪が風に揺れ、窓辺のカーテンがサラリと音をたてた。
心臓が驚くほどドキドキしている。ロイゼルドの唇が離れても、エルディアはぼうっとして彼の瞳を見ていた。
「だいぶん慣れてきたみたいだな」
部屋に被害がないことを確認してロイゼルドが笑みを浮かべる。
「しかし、この姿は新鮮だな。男の姿に慣れているから、なんとなく浮気している気になる」
「!」
男の時ばっかりキスしていたから?もしかしてロイゼルドにとって好ましいのは、男の方の自分なのかもしれない。彼は本当は男性の方が好きなのか?
エルディアはさーっと血の気が引くのを感じた。本当の自分はこっちの方なのに。
「男の方がいいって言わないでよ!」
「!」
慌てるエルディアに、ロイゼルドは吹き出す。
彼は『馬鹿なことを言うなよ』と言って、もう一度その紅い唇を奪った。
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