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第三章 風の神獣の契約者

19 戴冠式

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 イエラザームの新皇帝の戴冠式は、各国の列席者の参加するなか滞りなく行われた。

 アストラルドとエルディアも並んで列席している。その後ろにロイゼルドも護衛を兼ねて控えていた。

 彼等の前方に見える壇上で、漆黒の髪の美丈夫は大国を背負うに相応しい堂々たる姿を見せていた。
 その横に控える重臣達の中に、皇帝が皇子であった頃から常に影のように控えていた銀髪の少年の姿はない。美しい精霊のような姿の彼を覚えている臣下達もいたが、皇帝は多くを語らなかった。

 いずれこの国を出る。その彼を不要に目立たせないように、との配慮だろう。
 彼を目にした者は、その余りに目立つ秀麗な姿故に、忘れることはないだろうから。



 エルフェルムはリアムとカルシードと共に、騎士達が控える隣の間からこっそり覗いていた。壇上で王冠を戴く皇帝の姿を遠く見るエルフェルムは、どことなく誇らしげだ。


「なあ、ルフィ、本当にエディーサに帰れるのか?」


リアムがエルフェルムに尋ねる。


「約束だからね」

「エルが喜ぶな」

「帰ったらやっぱりマーズヴァーン将軍の後を継ぐのか?」


 そう問われたエルフェルムは少し苦笑いした。


「どうだろう?僕はどちらかと言えば、騎士より魔術師の方が向いているんだ。剣も使えないわけじゃないけど、ヴェルの足元にも及ばないし。戦術をもって攻めるより魔法で守る方が得意なんだ」

「じゃあ魔術師団に入るのか?」

「入れるのなら、そうするかな」

「君ならすぐに入れると思う。アーヴァイン様が研究材料が増えたって喜ぶかもね」


そう言ったカルシードが、少し心配げに聞く。


「皇帝にかなり信頼されているみたいだったけど、捨てていくみたいでいいの?」

「彼は僕がいなくても大丈夫だから。生まれながらの王者というのかな?皆を惹きつけるカリスマがあるんだ。有能な人が自然と集まってくる」

「わかる気はする」

「それに、イエラザームには魔術師がいない。皆、魔法に対して免疫がない。だから、ある種の畏怖のようなものがあるんだ。僕はそばにいない方がいい」


 そう言い切るエルフェルムに、リアムが腕を組んで首を傾げた。
 ヴェルワーンの為に彼から離れる、そう聞こえる。


「ふーん………魔術師ったって、ほとんどは医者みたいなもんだけどな。イエラザームにも魔術師団をつくればいいじゃないか。魔術師がゴロゴロいれば、こんなもんってわかるだろ。この国にも魔力を持つ奴がいないわけじゃないんだろう?皇帝に言って、そいつらの就職先を作ってやれば?」

「エディーサみたいに魔術師団を作る………」


 カルシードがリアムをつつく。


「でもさあ、それってイエラザーム皇国の国力を更に上げる事になるぞ」

「うーん、そうだけどさ、もしこいつがその魔術師団の頂点にいりゃあ、エディーサには戦争を仕掛けてこないだろう?」

「リアム、よくそんな事思いつくな」

「もしもイエラザームに残るんだったらの話だ。皇帝を見てるお前が寂しそうに見えたからさ、将軍の後を継がないならそういう道もあるんじゃないかなって思っただけ」


 エルフェルムは嬉しそうに笑って、リアムの両肩に手を置いた。


「ありがとう。色々な人達の許可が得られないといけないけど、一つの選択肢に挙げておくよ」

「お、おう………」


 正面からマジマジとエメラルドの瞳に見つめられて、リアムが動けなくなっている。カルシードが苦笑しながらエルフェルムを引っ張った。


「リアムが固まってしまうから、ちょっと離れてね。本当、君達双子は綺麗すぎて困るな」

「この顔も使い道は色々あるんだよ」


 ニマリと笑ったエルフェルムを見ると、案外彼はしたたかなのかもしれない。


「皇帝とは何も?」


 食いつくように尋ねたリアムにエルフェルムはちょっと驚いて、それからアハハハとお腹を押さえて笑った。


「彼と僕はそういう関係になったことは一度もないよ。小さい頃からずっと戦友だ。まあ、ヴェルはルディを見た時から狙ってたみたいだから、この顔は好きなのかもね」


 悪戯っぽく片目を瞑って見せる。


「おーい、また副団長の機嫌が悪くなるから手出さないように言っといてくれよ」

「副団長?ルディには恋人がいるの?」

「エルは今、君の名前で黒竜騎士団の従騎士をしているんだ。ロイゼルド副団長がエルを護っている。二人は恋人同士だよ」


 カルシードの説明に、エルフェルムは少し困ったような顔をした。


「どうした?」

「ん、ちょっとね。大丈夫かなと思って」

「何が?」

「フェンが」


 どうして魔獣が出てくるのか。リアムとカルシードが顔を見合わせる。


「魔獣と契約者はちょっと特殊でね。特にルディは女の子だし。フェン大丈夫かな………」


 エルフェルムは考え込んでしまった。



     *********



 戴冠式の後は祝賀の会が夜まで開かれる。エルディア達も一旦部屋へ戻り、着替えて再び会場となる広間へ向かう、はずだった。


「失礼します!陛下!」


 戴冠式を終えたばかりの皇帝のもとに、近衛騎士が駆け寄る。祝いの場を乱す緊迫感のある声に、何事かと周囲がざわめく。


「何があった?」


 尋常ではない様子にヴェルワーンが報告を促す。


「魔獣が………リヴァイアサンと思われる魔獣が、皇都の近くの港に現れました」

「なんだと!」


 皇帝の隣に立つ宰相が青ざめて立ち尽くす。

 リヴァイアサンがイエラザームの港に出現した。巨大な火を吐く海蛇だ。硬い鱗は剣を通さず、その巨体は竜に近いと言われる。


「すぐに討伐隊を向かわせよ」

「はっ」


 ヴェルワーンの指示に、騎士は深く頷き走ってゆく。

 異変に気付いて会場がざわつく中、心配いらない旨を伝えた新皇帝は赤いマントを翻して出ていった。


「リヴァイアサンだって?」


 アストラルドが顔をしかめる。
 リヴァイアサンは海に棲む巨大な魔獣だ。陸の魔獣とは異なり海中の魔獣を相手にせねばならない為、討伐には時間も人員も割かれる。
 エディーサ王国でも南のシュバルツ領の港を襲ったリヴァイアサンを、赤鷲騎士団が討伐しに向かったことはあるが、結局追い払うまでしか出来なかった。


「殿下、どうされますか?」


 ロイゼルドが尋ねる。


「討伐が終わるまで足止めだねえ。長引くと困るし、協力するかい?」


 後半はエルディアに向けて掛けた言葉だ。


「殿下が望まれるなら」

「うーん、恩を売っておいても良いんだけど、君次第でいいよ。リヴァイアサンが相手だとかなり大変だし。でも、ルフィが見捨てないだろうね」

「はい。おそらく」


 エルディアの目は既に騎士のそれになっている。
 エルフェルムが戦いに参加する事を望むならば、この妹もそれに倣うだろう。エルフェルムを連れ帰るのだ。ここで手を貸しておいた方が交渉しやすいか。
 頭の中で素早く算段してアストラルドは指示を出す。


「ルディ、ルフィと一緒にすぐに準備しておいで。ロイ、エディーサ王国騎士団ぼくらも協力すると皇帝に伝えて、皆に準備させて」

「はい」

「承知しました」


 アストラルドの命令に、それぞれ即座に走り去る。

 さあ、双子と魔獣がそろえばどんな戦いになるのか。エルディアの実力は知っているが、兄と白狼はどうだろうか。


「僕も見に行こうかな」


 そうポツリと呟いたアストラルドは、とても愉快そうな顔をしていた。
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