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第三章 風の神獣の契約者
17 神獣
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ガシャン
咆哮と共に燃え上がる窓を突き破って、エルディアの目の前に白い塊が飛び込んできた。
「グルルルル」
エルディアとミゼルの間に立ち塞がった獣が、怒りに全身の毛を逆立てて魔術師を威嚇している。
「フェン!」
「白い魔獣!」
床を炎が走る部屋の中に降り立った白狼は、その身を燃やす事なく炎の中でさらに輝いていた。
「やっと姿を現したか、魔獣よ!」
ミゼルが鎖をフェンに向かって投げつけた。待ちに待った双子の契約魔獣の登場にミゼルは歓喜していた。既に捕らえた双子と同じように、その身体を拘束し手に入れるのだ。
だが彼の予想に反して、一瞬魔獣の身体に巻きついたそれは、獣の身震い一つで床にカシャンと落ちた。
「ウォーン」
部屋の中を燃え盛っていた炎が、その獣の一吼でパンッと霧散した。
それと同時にエルディアを拘束していた鎖も、ボロボロと腐り果てるように床に落ちる。
ミゼルの目が驚愕に見開かれた。
「なんだと……?」
長年数々の魔獣を捕らえ、魔力を封じる道具の研究に心血を注いできた。そして作り上げた自分の鎖は、双子の魔力を封じ無力化した。
ならば刻印の主である魔獣の力も抑えきれると思った。
この魔獣はなんだ?
これまで見てきた魔獣達とはあまりにも格が違う。白銀の身体を輝かせ風をその身に纏う姿は、まるで王者のような風格を備えていた。
刻印は魔獣と同じ力を分け与えるという。
だが今ミゼルの前に立つこの獣の魔力は、双子の持つものを遥かに超えている。
ミゼルは魔獣の目を見つめる。
理知的な光を湛えるその瞳は、明らかにこの状況を理解し、愚かな人間を蔑んでいた。
「魔獣ではない……のか?」
ミゼルの呟きに、狼はギロリと漆黒の瞳を光らせる。その目を見たミゼルの背中に、冷たい汗がじわりと流れた。
本能が知らせる。これは……この白銀の獣は『神』に等しい力の持ち主。
恐ろしいほどの威圧感。
ミゼルは初めて神に対する畏怖というものを知った。
この獣は、ミゼルの知っている『魔獣』ではない。
この白狼は他の魔獣達とは根本的に違っている。この獣を従えさせるなど、人に出来ようはずもない。エルディアの言ったことは正しい。この白い獣は高度な知能を持ち、かつて神に仕えた高貴な生き物だ。
神獣は自分の領域を侵され怒っている。触れてはいけない彼の守護する契約者達に手を出してしまったことに、ミゼルはようやく気付いた。
(私は間違ったのか)
ミゼルはよろよろと後退る。
だが、神獣に許しを乞うには、あまりに罪を重ね過ぎていた。いまさら床に這いつくばり、命乞いをしたとしても、自分が犯してきた罪は許されまい。
(ならば………)
ミゼルが呪文を唱えようとした瞬間、白い狼はその身体をグッと低く構えた。そして宙に飛び上がると魔術師に飛び付き、その喉に食らいついた。
「ガフッ!」
床に押し倒されたミゼルの口から鮮血と、悲鳴になりきれなかった空気が漏れた。
ゆうに数十秒、フェンはその首を咥えたまま小さな唸りをあげていた。そして、その命の火が燃え尽きたことを確認して、ゆっくりと首をもたげる。
自らの欲の為、魔獣と人間の命を弄んだ魔術師に、神の獣は重い制裁を下した。
白い狼が息絶えた罪人に背を向ける。
エルディアは呆然と目の前の光景を見ていた。
漆黒の瞳がエルディアに向けられる。狼はどことなく叱られるのを恐れる子供のように頭を垂れ、上目遣いで主を見る。これで良かったか?そう言っているようにエルディアには見えた。
「フェン、来てくれてありがとう」
鎖から解放されたエルディアは、そっと白狼に近づきその首に腕を回して抱く。
『ルディがよんでくれたから、これた』
耳元に、幼い子供のような話し方で声が聞こえた。驚いて身体を離すと、狼はちょこんと座ってうなだれている。
『はやくきたかったけど、ルフィがくるなっていったから。めいれいには、さからえないんだ』
「フェン、喋れるの?」
感動したエルディアは、モフモフした首周りの毛皮をわしわしと撫で回す。フェンは気持ちよさそうに目を細めて、エルディアに頭を擦り付けた。
『そっちのにんげんたちをなおすね』
そう言って立ち上がり、ぽかんとしているロイゼルドの側に近付くと、チョイチョイと前足で叩いて座らせ、その肩の傷をペロリと舐めた。
「凄いな………」
治癒魔法だろう。ロイゼルドがふわりと顔に風を感じたかと思うと、傷は全て消えていた。
次にフェンは、部屋の入り口に倒れている皇子に向かって歩いて行く。
「生きてるの?」
『まだ、もどせる』
鼻先を皇子の顔に寄せ、その頬をペロペロと舐める。瀕死の状態だったらしい彼の背中が、大きく息を吸い込んで揺れた。
エルディアには驚愕するしか出来ない。ここまでの治癒が出来るなんて。
「フェン、君は本当に魔獣?」
『あんまりやるとルフィにおこられるんだ。ひとのこの、ことわりをこわすからって』
フェンは『ナイショだよ』と言って、器用に頬を上げてニヒッと笑った。
まだ動かすには躊躇われる皇子を置いて、フェンを連れたロイゼルドとエルディアは、助けを呼ぶために離宮の外へ出る。
そこにはヴェルワーンが命じたイエラザーム皇国の近衛騎士団が、今にも踏み込もうと離宮の周囲を取り囲んでいた。
二人を見ると騎士の数人が駆け寄り、ロイゼルドに言われてすぐさま中へ駆け込んでいった。
それとほぼ同じ頃、ペンダントで鎖の縛から解放されたエルフェルムがリアムに支えられながら離宮の外へ出て来た。すぐさま近衛騎士が駆け寄り、二人を宮殿へ連れて行く。兵士が担架を用意して来たが、エルフェルムは断ったようだ。
兵士は代わりに皇子の方へ呼ばれて行った。
エルディア達も呼ばれて宮殿に向かう。
フェンを伴って歩きながらエルディアはポツリと呟いた。
「なんだか僕、今回、何にも出来なかったね」
それを聞いたロイゼルドが、エルディアの金の髪をくしゃくしゃにする。
「俺はお前を助けられなくて悔しいよ」
最後の見せ場をフェンに取られたから?
無念そうなロイゼルドの様子に、エルディアは髪を押さえてクスリと笑った。
「ロイはちゃんと助けてくれたよ。嬉しかった」
「俺が付いて行って良かったか?」
「うん」
「どうした、えらく素直だな」
「だって、魔力を封じられたら本当に何にも出来なかった。凄く悔しかった。ロイがコカトリスに殺されたらどうしようって怖かった」
「みくびるなよ。あのくらいはどうにか出来る」
「うん、かっこよかった」
「…………」
あんまり素直に褒められて、ロイゼルドは赤くなる。
エルディアはその様子には気が付かないようで、見上げてくるフェンの頭をなでながら思い出すように話す。
「僕ら、アーヴァイン様のとばっちりを受けたようなものだよね。あの人、アーヴァイン様を超えたかったんだ」
ミゼルはずっとアーヴァインを見続けていたのだろう。
「エディーサ王国が嫌いだって言ってた。魔術師団がアーヴァイン様を選んだから。彼を超える魔力が欲しかったって」
「………哀れだな」
魔力のないロイゼルドには、そこまで固執する気持ちがわからない。
だが、彼が魔石から魔術を引き出した時彼が言った言葉は、何故かロイゼルドの記憶に残っている。
『魔術師の魔法には敵うまい』
彼は最大のライバルである魔術師を嫉妬し憎みながらも、確かに認めていたのだろう。
「友として認め合えていれば、道は違っていたかもしれんな」
ロイゼルドの言葉にエルディアは嫌そうな顔をする。
「アーヴァイン様が彼に興味を持つとは思えないね。どうせ名前も覚えてないよ。あの人友達いないもの」
だから恨まれるんだよ、と毒づく。
ロイゼルドはなだめるようにエルディアの頭をぽんぽんと撫でて、ハハハと笑った。
咆哮と共に燃え上がる窓を突き破って、エルディアの目の前に白い塊が飛び込んできた。
「グルルルル」
エルディアとミゼルの間に立ち塞がった獣が、怒りに全身の毛を逆立てて魔術師を威嚇している。
「フェン!」
「白い魔獣!」
床を炎が走る部屋の中に降り立った白狼は、その身を燃やす事なく炎の中でさらに輝いていた。
「やっと姿を現したか、魔獣よ!」
ミゼルが鎖をフェンに向かって投げつけた。待ちに待った双子の契約魔獣の登場にミゼルは歓喜していた。既に捕らえた双子と同じように、その身体を拘束し手に入れるのだ。
だが彼の予想に反して、一瞬魔獣の身体に巻きついたそれは、獣の身震い一つで床にカシャンと落ちた。
「ウォーン」
部屋の中を燃え盛っていた炎が、その獣の一吼でパンッと霧散した。
それと同時にエルディアを拘束していた鎖も、ボロボロと腐り果てるように床に落ちる。
ミゼルの目が驚愕に見開かれた。
「なんだと……?」
長年数々の魔獣を捕らえ、魔力を封じる道具の研究に心血を注いできた。そして作り上げた自分の鎖は、双子の魔力を封じ無力化した。
ならば刻印の主である魔獣の力も抑えきれると思った。
この魔獣はなんだ?
これまで見てきた魔獣達とはあまりにも格が違う。白銀の身体を輝かせ風をその身に纏う姿は、まるで王者のような風格を備えていた。
刻印は魔獣と同じ力を分け与えるという。
だが今ミゼルの前に立つこの獣の魔力は、双子の持つものを遥かに超えている。
ミゼルは魔獣の目を見つめる。
理知的な光を湛えるその瞳は、明らかにこの状況を理解し、愚かな人間を蔑んでいた。
「魔獣ではない……のか?」
ミゼルの呟きに、狼はギロリと漆黒の瞳を光らせる。その目を見たミゼルの背中に、冷たい汗がじわりと流れた。
本能が知らせる。これは……この白銀の獣は『神』に等しい力の持ち主。
恐ろしいほどの威圧感。
ミゼルは初めて神に対する畏怖というものを知った。
この獣は、ミゼルの知っている『魔獣』ではない。
この白狼は他の魔獣達とは根本的に違っている。この獣を従えさせるなど、人に出来ようはずもない。エルディアの言ったことは正しい。この白い獣は高度な知能を持ち、かつて神に仕えた高貴な生き物だ。
神獣は自分の領域を侵され怒っている。触れてはいけない彼の守護する契約者達に手を出してしまったことに、ミゼルはようやく気付いた。
(私は間違ったのか)
ミゼルはよろよろと後退る。
だが、神獣に許しを乞うには、あまりに罪を重ね過ぎていた。いまさら床に這いつくばり、命乞いをしたとしても、自分が犯してきた罪は許されまい。
(ならば………)
ミゼルが呪文を唱えようとした瞬間、白い狼はその身体をグッと低く構えた。そして宙に飛び上がると魔術師に飛び付き、その喉に食らいついた。
「ガフッ!」
床に押し倒されたミゼルの口から鮮血と、悲鳴になりきれなかった空気が漏れた。
ゆうに数十秒、フェンはその首を咥えたまま小さな唸りをあげていた。そして、その命の火が燃え尽きたことを確認して、ゆっくりと首をもたげる。
自らの欲の為、魔獣と人間の命を弄んだ魔術師に、神の獣は重い制裁を下した。
白い狼が息絶えた罪人に背を向ける。
エルディアは呆然と目の前の光景を見ていた。
漆黒の瞳がエルディアに向けられる。狼はどことなく叱られるのを恐れる子供のように頭を垂れ、上目遣いで主を見る。これで良かったか?そう言っているようにエルディアには見えた。
「フェン、来てくれてありがとう」
鎖から解放されたエルディアは、そっと白狼に近づきその首に腕を回して抱く。
『ルディがよんでくれたから、これた』
耳元に、幼い子供のような話し方で声が聞こえた。驚いて身体を離すと、狼はちょこんと座ってうなだれている。
『はやくきたかったけど、ルフィがくるなっていったから。めいれいには、さからえないんだ』
「フェン、喋れるの?」
感動したエルディアは、モフモフした首周りの毛皮をわしわしと撫で回す。フェンは気持ちよさそうに目を細めて、エルディアに頭を擦り付けた。
『そっちのにんげんたちをなおすね』
そう言って立ち上がり、ぽかんとしているロイゼルドの側に近付くと、チョイチョイと前足で叩いて座らせ、その肩の傷をペロリと舐めた。
「凄いな………」
治癒魔法だろう。ロイゼルドがふわりと顔に風を感じたかと思うと、傷は全て消えていた。
次にフェンは、部屋の入り口に倒れている皇子に向かって歩いて行く。
「生きてるの?」
『まだ、もどせる』
鼻先を皇子の顔に寄せ、その頬をペロペロと舐める。瀕死の状態だったらしい彼の背中が、大きく息を吸い込んで揺れた。
エルディアには驚愕するしか出来ない。ここまでの治癒が出来るなんて。
「フェン、君は本当に魔獣?」
『あんまりやるとルフィにおこられるんだ。ひとのこの、ことわりをこわすからって』
フェンは『ナイショだよ』と言って、器用に頬を上げてニヒッと笑った。
まだ動かすには躊躇われる皇子を置いて、フェンを連れたロイゼルドとエルディアは、助けを呼ぶために離宮の外へ出る。
そこにはヴェルワーンが命じたイエラザーム皇国の近衛騎士団が、今にも踏み込もうと離宮の周囲を取り囲んでいた。
二人を見ると騎士の数人が駆け寄り、ロイゼルドに言われてすぐさま中へ駆け込んでいった。
それとほぼ同じ頃、ペンダントで鎖の縛から解放されたエルフェルムがリアムに支えられながら離宮の外へ出て来た。すぐさま近衛騎士が駆け寄り、二人を宮殿へ連れて行く。兵士が担架を用意して来たが、エルフェルムは断ったようだ。
兵士は代わりに皇子の方へ呼ばれて行った。
エルディア達も呼ばれて宮殿に向かう。
フェンを伴って歩きながらエルディアはポツリと呟いた。
「なんだか僕、今回、何にも出来なかったね」
それを聞いたロイゼルドが、エルディアの金の髪をくしゃくしゃにする。
「俺はお前を助けられなくて悔しいよ」
最後の見せ場をフェンに取られたから?
無念そうなロイゼルドの様子に、エルディアは髪を押さえてクスリと笑った。
「ロイはちゃんと助けてくれたよ。嬉しかった」
「俺が付いて行って良かったか?」
「うん」
「どうした、えらく素直だな」
「だって、魔力を封じられたら本当に何にも出来なかった。凄く悔しかった。ロイがコカトリスに殺されたらどうしようって怖かった」
「みくびるなよ。あのくらいはどうにか出来る」
「うん、かっこよかった」
「…………」
あんまり素直に褒められて、ロイゼルドは赤くなる。
エルディアはその様子には気が付かないようで、見上げてくるフェンの頭をなでながら思い出すように話す。
「僕ら、アーヴァイン様のとばっちりを受けたようなものだよね。あの人、アーヴァイン様を超えたかったんだ」
ミゼルはずっとアーヴァインを見続けていたのだろう。
「エディーサ王国が嫌いだって言ってた。魔術師団がアーヴァイン様を選んだから。彼を超える魔力が欲しかったって」
「………哀れだな」
魔力のないロイゼルドには、そこまで固執する気持ちがわからない。
だが、彼が魔石から魔術を引き出した時彼が言った言葉は、何故かロイゼルドの記憶に残っている。
『魔術師の魔法には敵うまい』
彼は最大のライバルである魔術師を嫉妬し憎みながらも、確かに認めていたのだろう。
「友として認め合えていれば、道は違っていたかもしれんな」
ロイゼルドの言葉にエルディアは嫌そうな顔をする。
「アーヴァイン様が彼に興味を持つとは思えないね。どうせ名前も覚えてないよ。あの人友達いないもの」
だから恨まれるんだよ、と毒づく。
ロイゼルドはなだめるようにエルディアの頭をぽんぽんと撫でて、ハハハと笑った。
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