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第三章 風の神獣の契約者
16 炎の矢
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「エル、怪我はないか?」
ロイゼルドは素早くエルディアの身体を見て、傷がない事を確認するとホッと息を吐く。
「ロイ、肩が……」
コカトリスに喰いつかれたのだろう。ロイゼルドの左肩は真っ赤に染まっていた。
「大したことない。鎖を解く前に少しつつかれただけだ」
鎖の呪縛から解かれたロイゼルドにとって、コカトリスは手こずるような相手ではない。
両目も翼も傷つけられた魔獣は、さして抵抗する間もなく息絶えた。長期にわたり無駄に苦しめられ続けた獣に、ロイゼルドは憐れさすら感じた。
「どうやって鎖を解いた」
唸るように言ってミゼルが起き上がる。腕に刺さったナイフをグッと抜き、手で押さえて呪文を呟く。深い傷はすぐに閉じて癒えたように見えた。
「私の魔術が効かないなど……」
「さて、俺には全く魔力が無い。貴殿の鎖は魔力のない者には緩いようだ」
アストラルドがくれたペンダント、それは鎖の魔術の大半を跳ね返した。だが、それを教えてやる筋合いはない。
今はリアムに持たせて、エルフェルムの救出に向かわせている。この魔術師の罠があっても、いくらか跳ね返してくれそうだ。
「さあ、魔術師殿。エルディアを殺そうとした罪は重いぞ。見れば、貴殿の主人も倒れているではないか。皇子殺しの罪を背負ってまで、何を得たいというのだ」
「騎士殿にはわからぬだろう。魔術を極めんとする我等のことなど」
「魔術のために他者の命を軽んじるなど理解は出来んな。大人しく縄につけ。さもなくば、斬る」
ロイゼルドの剣がミゼルに向かって水平に構えられる。いつでも突き込める、そう語っている。
「間もなく皇帝の兵士達がここに来るだろう。逃げようとしても無駄だ」
魔獣の部屋を出たロイゼルドが廊下の窓から庭へ合図の口笛をふくと、待機していたリアムとカルシードがすぐに駆けて来た。
皇子とミゼル以外にこの離宮に人の気配は無いことを確認して、二人にエルフェルムの捜索と救出を命じた。
見張りの兵士から連絡を受けたヴェルワーンは、すぐに兵を動かせと伝えるはず。もう程なくこの離宮は囲まれる。
ミゼルは傷だらけの自分の右手から腕輪をはずし、床に投げた。
「魔力を封じていてもなお私の手を切り裂くとは、本当に羨ましい。腕輪の魔石が割れてしまった」
そして、ゆったりとしたローブの袖に腕を深く入れ、何かを引き出す。
「貴方達さえ殺してしまえば、ここから逃げる事など雑作もない」
「!」
片手でエルディアを抱き抱えたロイゼルドが、大きく飛び退る。
ジャララッ
ミゼルの手から放たれた長い鎖が、意志を持っているかのように、二人のいたところに突き立った。
エルディアを柱のかげに隠し、ロイゼルドはミゼルに斬りかかる。
彼の剣が魔術師の頸に触れる直前、ジャラリと鎖が剣を巻き取ろうと絡みつく。
巻きつく鎖から剣を引き抜いて、ロイゼルドは後ろへ下がって間合いをとった。
少々戦いにくいな、とロイゼルドは冷静に分析する。
鎖はミゼルの意思を汲んで動いている。
彼自身が身体で操っているわけではないので、彼の動きを見て先を読む事が出来ないのだ。
片膝をついて深くかがんだロイゼルドが、ミゼルに向けて剣を振り上げ飛び掛かる。
ミゼルの鎖がそれを迎え撃つべく鎌首をもたげ、蛇のようにうねる。
次の瞬間、宙を蹴ったロイゼルドから数本の太い針がミゼルに向かって飛んだ。靴に仕込んであった暗器だ。それが鎖の隙間をぬって、ミゼルの身体に突き立つ。
「ぐあっ!」
ミゼルの意識が揺れると同時に、鎖の鎌首も左右に振れる。
それを横なぎに払って、ロイゼルドの剣が正確にミゼルの右腕を斬り落とした。
「残念だが、そんな攻撃で勝てると思ってもらわれると困る」
騎士達は強い攻撃魔法を持つ魔獣達をも相手に戦ってきているのだから。
冷徹な視線をミゼルに向けて、ロイゼルドはもう一度ミゼルに問う。
「さあ、ここを出て罪を償うか、それともここで死ぬか」
床にみるみる広がった血溜まりは、再びミゼルの呪文でその大きさを留めた。
止血はなされても、再び腕が生えることはない。
「私のこれまで追い求めてきたものの意味がなくなるのであれば、これ以上生きていても仕方がない」
ミゼルは低く呟いて、懐中から大きな玉子のような石を取り出した。
魔獣の心臓からとれる魔石。
丸く乳白色のそれは、その中でもかなり大きい。
「その魔石は……」
エルディアには見覚えがあった。
リゼットを助けるために、アーヴァインから譲り受け、そしてイエラザームの皇帝に奪われた魔石だ。
「これが神獣の魔石だと?ただの魔術を封じた石ではないか。皇帝も愚かな。こんな子供騙しに騙されるとはな」
可笑しそうに嘲ったミゼルは、それでも大事そうにその魔石に頬を寄せた。
「アーヴァインの創った品だな。奴の得意な炎の魔術だ」
呪文を呟いたミゼルの手の中で、ボッと炎が噴き上がる。
「歴戦の騎士も、魔術師の魔法には敵うまい」
天井まで噴き上がった炎が、矢となってロイゼルドに向けて放たれる。
「ロイ!逃げて!」
エルディアは急いで風の結界を張ろうとするが、魔封じの魔術がそれを押し込める。
「っと!」
ロイゼルドは襲う炎の矢を剣で斬り払うが、次々に放たれる矢は尽きる事がなく周囲を燃やす。二人の足元の床もメラメラと燃え上がっていく。
「クソ!館ごと焼き殺す気か」
「ロイ!」
この鎖が忌々しい。これさえなければ、こんな魔術などすぐ消し去ってみせるのに。
エルディアは炎に包まれた部屋で唇を噛み締めた。鎖をはずそうともがくが、締め付ける力は一向に変わらない。
その時、エルディアは遠くから狼の遠吠えが聞こえた気がした。
『呼べ』、そう言っている。
エルディアは確かに魔獣の意思を感じた。
「フェーン!」
エルディアは声の限り叫ぶ。
自分が名付けた白銀の狼の名を。
そして、彼等の耳に、本物の魔獣の咆哮が響いた。
ロイゼルドは素早くエルディアの身体を見て、傷がない事を確認するとホッと息を吐く。
「ロイ、肩が……」
コカトリスに喰いつかれたのだろう。ロイゼルドの左肩は真っ赤に染まっていた。
「大したことない。鎖を解く前に少しつつかれただけだ」
鎖の呪縛から解かれたロイゼルドにとって、コカトリスは手こずるような相手ではない。
両目も翼も傷つけられた魔獣は、さして抵抗する間もなく息絶えた。長期にわたり無駄に苦しめられ続けた獣に、ロイゼルドは憐れさすら感じた。
「どうやって鎖を解いた」
唸るように言ってミゼルが起き上がる。腕に刺さったナイフをグッと抜き、手で押さえて呪文を呟く。深い傷はすぐに閉じて癒えたように見えた。
「私の魔術が効かないなど……」
「さて、俺には全く魔力が無い。貴殿の鎖は魔力のない者には緩いようだ」
アストラルドがくれたペンダント、それは鎖の魔術の大半を跳ね返した。だが、それを教えてやる筋合いはない。
今はリアムに持たせて、エルフェルムの救出に向かわせている。この魔術師の罠があっても、いくらか跳ね返してくれそうだ。
「さあ、魔術師殿。エルディアを殺そうとした罪は重いぞ。見れば、貴殿の主人も倒れているではないか。皇子殺しの罪を背負ってまで、何を得たいというのだ」
「騎士殿にはわからぬだろう。魔術を極めんとする我等のことなど」
「魔術のために他者の命を軽んじるなど理解は出来んな。大人しく縄につけ。さもなくば、斬る」
ロイゼルドの剣がミゼルに向かって水平に構えられる。いつでも突き込める、そう語っている。
「間もなく皇帝の兵士達がここに来るだろう。逃げようとしても無駄だ」
魔獣の部屋を出たロイゼルドが廊下の窓から庭へ合図の口笛をふくと、待機していたリアムとカルシードがすぐに駆けて来た。
皇子とミゼル以外にこの離宮に人の気配は無いことを確認して、二人にエルフェルムの捜索と救出を命じた。
見張りの兵士から連絡を受けたヴェルワーンは、すぐに兵を動かせと伝えるはず。もう程なくこの離宮は囲まれる。
ミゼルは傷だらけの自分の右手から腕輪をはずし、床に投げた。
「魔力を封じていてもなお私の手を切り裂くとは、本当に羨ましい。腕輪の魔石が割れてしまった」
そして、ゆったりとしたローブの袖に腕を深く入れ、何かを引き出す。
「貴方達さえ殺してしまえば、ここから逃げる事など雑作もない」
「!」
片手でエルディアを抱き抱えたロイゼルドが、大きく飛び退る。
ジャララッ
ミゼルの手から放たれた長い鎖が、意志を持っているかのように、二人のいたところに突き立った。
エルディアを柱のかげに隠し、ロイゼルドはミゼルに斬りかかる。
彼の剣が魔術師の頸に触れる直前、ジャラリと鎖が剣を巻き取ろうと絡みつく。
巻きつく鎖から剣を引き抜いて、ロイゼルドは後ろへ下がって間合いをとった。
少々戦いにくいな、とロイゼルドは冷静に分析する。
鎖はミゼルの意思を汲んで動いている。
彼自身が身体で操っているわけではないので、彼の動きを見て先を読む事が出来ないのだ。
片膝をついて深くかがんだロイゼルドが、ミゼルに向けて剣を振り上げ飛び掛かる。
ミゼルの鎖がそれを迎え撃つべく鎌首をもたげ、蛇のようにうねる。
次の瞬間、宙を蹴ったロイゼルドから数本の太い針がミゼルに向かって飛んだ。靴に仕込んであった暗器だ。それが鎖の隙間をぬって、ミゼルの身体に突き立つ。
「ぐあっ!」
ミゼルの意識が揺れると同時に、鎖の鎌首も左右に振れる。
それを横なぎに払って、ロイゼルドの剣が正確にミゼルの右腕を斬り落とした。
「残念だが、そんな攻撃で勝てると思ってもらわれると困る」
騎士達は強い攻撃魔法を持つ魔獣達をも相手に戦ってきているのだから。
冷徹な視線をミゼルに向けて、ロイゼルドはもう一度ミゼルに問う。
「さあ、ここを出て罪を償うか、それともここで死ぬか」
床にみるみる広がった血溜まりは、再びミゼルの呪文でその大きさを留めた。
止血はなされても、再び腕が生えることはない。
「私のこれまで追い求めてきたものの意味がなくなるのであれば、これ以上生きていても仕方がない」
ミゼルは低く呟いて、懐中から大きな玉子のような石を取り出した。
魔獣の心臓からとれる魔石。
丸く乳白色のそれは、その中でもかなり大きい。
「その魔石は……」
エルディアには見覚えがあった。
リゼットを助けるために、アーヴァインから譲り受け、そしてイエラザームの皇帝に奪われた魔石だ。
「これが神獣の魔石だと?ただの魔術を封じた石ではないか。皇帝も愚かな。こんな子供騙しに騙されるとはな」
可笑しそうに嘲ったミゼルは、それでも大事そうにその魔石に頬を寄せた。
「アーヴァインの創った品だな。奴の得意な炎の魔術だ」
呪文を呟いたミゼルの手の中で、ボッと炎が噴き上がる。
「歴戦の騎士も、魔術師の魔法には敵うまい」
天井まで噴き上がった炎が、矢となってロイゼルドに向けて放たれる。
「ロイ!逃げて!」
エルディアは急いで風の結界を張ろうとするが、魔封じの魔術がそれを押し込める。
「っと!」
ロイゼルドは襲う炎の矢を剣で斬り払うが、次々に放たれる矢は尽きる事がなく周囲を燃やす。二人の足元の床もメラメラと燃え上がっていく。
「クソ!館ごと焼き殺す気か」
「ロイ!」
この鎖が忌々しい。これさえなければ、こんな魔術などすぐ消し去ってみせるのに。
エルディアは炎に包まれた部屋で唇を噛み締めた。鎖をはずそうともがくが、締め付ける力は一向に変わらない。
その時、エルディアは遠くから狼の遠吠えが聞こえた気がした。
『呼べ』、そう言っている。
エルディアは確かに魔獣の意思を感じた。
「フェーン!」
エルディアは声の限り叫ぶ。
自分が名付けた白銀の狼の名を。
そして、彼等の耳に、本物の魔獣の咆哮が響いた。
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