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第三章 風の神獣の契約者
15 嫉妬と妄執
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空気を裂く衝撃波がシャーザラーン皇子を襲う。彼は開き掛けた扉に身体を打ちつけられ、もんどりうって床に倒れた。
背を向けた皇子に向かって、ミゼルが魔法を撃ったのだ。
ミゼルの手首に巻かれた腕輪が光っている。そこには白い魔石が埋め込まれていた。
「お前……!」
エルディアが鎖に縛られたまま起きあがろうともがく。
倒れた皇子の身体はピクリとも動かない。その瞼は閉ざされたままだ。
「なんて事をするんだ!彼はお前の主だろう!」
詰るエルディアをミゼルは血走った目で睨みつけた。
「貴女にはわかるまい。力に恵まれなかった私の気持ちなど」
ミゼルはかつてエディーサ王国の魔術師団のエリート魔術師だった。
魔術師と言っても大半の者は軽い回復魔法程度しか使えない。
ミゼルは他の魔術師同様、元々の魔力はさほど強くはなかったが、魔石を用いた防御魔法を得意とし、魔術道具を作る事にも秀でていた。魔獣討伐にも幾度も同行し、戦いの中で騎士団を助けていた。
彼のその功績は高く評価され、魔術師団の上層部の間でも次期団長と目されていたのだ。
そんなある日、地方の教会から推薦されたアーヴァインが王宮に現れた。
彼はこれまでの王国の歴史上、かつてないまでの魔力を持って生まれた少年だった。王宮に来る前から治癒魔法はもちろん、ほとんど持つ者のいない攻撃魔法を使いこなしていた。
誰もが彼の能力に驚愕し、そして畏怖とともにこうべを垂れた。
彼はミゼルが苦労してやっと手に入れた地位を、あっという間に奪い去っていった。
治癒魔法、攻撃魔法の両方を操る、人間離れした強い魔力。
子供ながらに教会で学んだという医術の知識にも優れ、他の誰も思いもつかない魔術を編み出し、誰もが驚く研究を成功させる頭脳。
ミゼルが求めても手に入れることのできなかったものを、彼は生まれながらに身に備えていた。
彼が魔術師団の団長になって間もなく、一人の少女が研究所に連れて来られた。
秘密裏にアーヴァインが魔術師として育てるという。
その少女は恐ろしいまでの魔力を身に宿していた。
アーヴァイン以上の、人には持ち得ぬ強大な魔力。
あまりに強くコントロール不能のその力は、時に持ち主の命すら危険に晒す。
フェンリルの呪い。
だが、ミゼルにとって、その呪いは喉から手が出るほど欲しいものだった。
生まれつきの才能には限界がある。
努力をしても届かない頂きに立つ、あの男。
彼を追い抜き見下すには、どうしても魔力が足らない。
だが、一つだけ方法がある。
自分もあの少女のように、魔獣の呪いを受ければ良い。
そして、自分は王国を出た。
流しの魔術師として底辺を這いながら、魔獣の力を得る方法を探求してきたのだ。
「白い狼はどこにいる?」
「知らない。ルフィが逃したと聞いている」
「呼びよせろ。さもなくば、貴女の兄も皇子のようになるぞ」
「ルフィを返せ!お前の目的は何だ?」
「私が魔獣と契約し、その魔力を得るのだ」
ミゼルがひきつった笑みを浮かべる。
「貴女達を殺せば、あの白い魔獣は私と新たな契約を結ぶだろうか」
あの天才魔術師を引きずり下ろす。
逆恨みと言われても仕方ない。
だが、全てを捨てても彼を見返してやりたい。
妄執とも言うべきその感情は、自分でもおかしいほどに離れない。
ミゼルは暗い瞳をエルディアに向け、床に這う彼女に歩み寄った。
エルディアは近づいて来る男から逃げようと、縛られた身体を捩らせる。絡みつく鎖をはずそうともがくが、それは魔力に吸い付くようにかえってへばりついてくる。
ミゼルの腕がエルディアの細い首へ伸ばされた。
その手が喉を掴み、力を込めて締める。
「……!」
息が出来ない。
生命の危機に魔力が増幅して風が漏れ出る。
魔封じの鎖でも封じきれない力が膨れ上がり、エルディアを包み込む。
ミゼルの腕が魔石の埋め込まれた腕輪ごと、エルディアの風の刃に浅く細かく斬られてゆくが、彼の手の力は一向に緩まない。
「早くあの魔獣を呼ぶのだ」
ミゼルの声が頭に響く。
こんなに喉を締められて呼べるものかと酸欠の頭で毒づきながら、エルディアは気が遠くなる頭を左右に振る。
ヒュッ
その時、小さく空気を裂く音がして、エルディアは自分を苦しめる手が離れた事に気がついた。
「……っ!」
大きく息を吸い、ゴホゴホと咳き込む。
涙で霞んだ視界を肩で拭い、エルディアは床の上に点々と落ちた赤い雫を見つけた。
隣の男は彼女を掴んでいた腕を押さえてうずくまっている。
その腕には深々とナイフが突き立っていた。
「エルから離れろ!」
聞き覚えのある声が部屋に響く。
開き掛けた扉の外から飛び込んできた黒い影が、ドカッとミゼルを部屋の隅へ蹴り飛ばした。
エルディアの目の前で栗茶色の髪が揺れる。
「ロイ……!」
彼女を抱き起しミゼルに向けて剣を突きつけているのは、縛られ魔獣と共に閉じ込められたはずのロイゼルドだった。
背を向けた皇子に向かって、ミゼルが魔法を撃ったのだ。
ミゼルの手首に巻かれた腕輪が光っている。そこには白い魔石が埋め込まれていた。
「お前……!」
エルディアが鎖に縛られたまま起きあがろうともがく。
倒れた皇子の身体はピクリとも動かない。その瞼は閉ざされたままだ。
「なんて事をするんだ!彼はお前の主だろう!」
詰るエルディアをミゼルは血走った目で睨みつけた。
「貴女にはわかるまい。力に恵まれなかった私の気持ちなど」
ミゼルはかつてエディーサ王国の魔術師団のエリート魔術師だった。
魔術師と言っても大半の者は軽い回復魔法程度しか使えない。
ミゼルは他の魔術師同様、元々の魔力はさほど強くはなかったが、魔石を用いた防御魔法を得意とし、魔術道具を作る事にも秀でていた。魔獣討伐にも幾度も同行し、戦いの中で騎士団を助けていた。
彼のその功績は高く評価され、魔術師団の上層部の間でも次期団長と目されていたのだ。
そんなある日、地方の教会から推薦されたアーヴァインが王宮に現れた。
彼はこれまでの王国の歴史上、かつてないまでの魔力を持って生まれた少年だった。王宮に来る前から治癒魔法はもちろん、ほとんど持つ者のいない攻撃魔法を使いこなしていた。
誰もが彼の能力に驚愕し、そして畏怖とともにこうべを垂れた。
彼はミゼルが苦労してやっと手に入れた地位を、あっという間に奪い去っていった。
治癒魔法、攻撃魔法の両方を操る、人間離れした強い魔力。
子供ながらに教会で学んだという医術の知識にも優れ、他の誰も思いもつかない魔術を編み出し、誰もが驚く研究を成功させる頭脳。
ミゼルが求めても手に入れることのできなかったものを、彼は生まれながらに身に備えていた。
彼が魔術師団の団長になって間もなく、一人の少女が研究所に連れて来られた。
秘密裏にアーヴァインが魔術師として育てるという。
その少女は恐ろしいまでの魔力を身に宿していた。
アーヴァイン以上の、人には持ち得ぬ強大な魔力。
あまりに強くコントロール不能のその力は、時に持ち主の命すら危険に晒す。
フェンリルの呪い。
だが、ミゼルにとって、その呪いは喉から手が出るほど欲しいものだった。
生まれつきの才能には限界がある。
努力をしても届かない頂きに立つ、あの男。
彼を追い抜き見下すには、どうしても魔力が足らない。
だが、一つだけ方法がある。
自分もあの少女のように、魔獣の呪いを受ければ良い。
そして、自分は王国を出た。
流しの魔術師として底辺を這いながら、魔獣の力を得る方法を探求してきたのだ。
「白い狼はどこにいる?」
「知らない。ルフィが逃したと聞いている」
「呼びよせろ。さもなくば、貴女の兄も皇子のようになるぞ」
「ルフィを返せ!お前の目的は何だ?」
「私が魔獣と契約し、その魔力を得るのだ」
ミゼルがひきつった笑みを浮かべる。
「貴女達を殺せば、あの白い魔獣は私と新たな契約を結ぶだろうか」
あの天才魔術師を引きずり下ろす。
逆恨みと言われても仕方ない。
だが、全てを捨てても彼を見返してやりたい。
妄執とも言うべきその感情は、自分でもおかしいほどに離れない。
ミゼルは暗い瞳をエルディアに向け、床に這う彼女に歩み寄った。
エルディアは近づいて来る男から逃げようと、縛られた身体を捩らせる。絡みつく鎖をはずそうともがくが、それは魔力に吸い付くようにかえってへばりついてくる。
ミゼルの腕がエルディアの細い首へ伸ばされた。
その手が喉を掴み、力を込めて締める。
「……!」
息が出来ない。
生命の危機に魔力が増幅して風が漏れ出る。
魔封じの鎖でも封じきれない力が膨れ上がり、エルディアを包み込む。
ミゼルの腕が魔石の埋め込まれた腕輪ごと、エルディアの風の刃に浅く細かく斬られてゆくが、彼の手の力は一向に緩まない。
「早くあの魔獣を呼ぶのだ」
ミゼルの声が頭に響く。
こんなに喉を締められて呼べるものかと酸欠の頭で毒づきながら、エルディアは気が遠くなる頭を左右に振る。
ヒュッ
その時、小さく空気を裂く音がして、エルディアは自分を苦しめる手が離れた事に気がついた。
「……っ!」
大きく息を吸い、ゴホゴホと咳き込む。
涙で霞んだ視界を肩で拭い、エルディアは床の上に点々と落ちた赤い雫を見つけた。
隣の男は彼女を掴んでいた腕を押さえてうずくまっている。
その腕には深々とナイフが突き立っていた。
「エルから離れろ!」
聞き覚えのある声が部屋に響く。
開き掛けた扉の外から飛び込んできた黒い影が、ドカッとミゼルを部屋の隅へ蹴り飛ばした。
エルディアの目の前で栗茶色の髪が揺れる。
「ロイ……!」
彼女を抱き起しミゼルに向けて剣を突きつけているのは、縛られ魔獣と共に閉じ込められたはずのロイゼルドだった。
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