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第三章 風の神獣の契約者
23 神の従獣
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鋭い狼の咆哮が港に響くと、幾筋かの白い光が天空に吸い込まれていった。
何が起こったのかと騎士達が空を見上げた次の瞬間、巨大な紡錘形をした白い光が、回転しながらいくつも落ちて来る。
人の身長の三倍程もある光の槍は、動く事が出来ないリヴァイアサンの頭上に降りそそいだ。
その光景にエルディアは既視感を覚えた。この魔法には見覚えがある。
アーヴァインがユグラル砦で使った炎の槍だ。
あの時、師はフェンリルの魔石に火の魔法を組み合わせたと言っていた。
神の子フェンリルの最大の風魔法がこれだったのか。
風の渦によって作り出された真空の槍が、神の怒りとかつて伝えられた神鳴の如く光る軌跡を描いて落ちる。
幾本もの輝く白銀の槍がリヴァイアサンの身体に刺さってゆく。
そのうちの一本が魔獣の心臓を貫いた。
それは硬い魔獣の巨体を易々と貫通し、鋭い音を響かせ地面に突き立った。
「…………ッ!」
拘束を解かれた魔獣の身体がゆっくりと傾き、ズシンと音を立てて大地に倒れた。
それは長いようでいて、実際には瞬く間の事だった。
魔獣に刺さった槍はキラキラと輝き、糸がほどけるように光の粉が周囲に散って消えた。
リヴァイアサンの身体はピクリとも動かない。
閉ざされた瞼が再び開かれることはもう無かった。
港で魔獣を取り巻く騎士達は、その余りにも想像を超えた光景に身動きすら忘れて立ち尽くしている。
静寂が辺りを包んでいた。
「ロイゼルド殿」
シェインがロイゼルドの元まで歩いて来た。
「今の魔法は一体何だ?」
ロイゼルドは困惑した表情を隠せない騎士団長に向けて、自分も驚いている、と首をすくめて見せた。
「思ったより、我等の魔術師殿達が凄かった様だ。リヴァイアサンも一撃だったな」
「有り得ぬ強さだ。あの狼は一体何だ?」
「神獣だと聞いている」
「神獣?」
「らしいぞ。何故かあの双子を守護している」
「そんな事があり得るのか?」
「さあ?私にもわからないが、こうして目の前にいる」
ロイゼルドの視線の先には、金髪の少女の足元に擦り寄る白銀の狼がいる。
美しい魔術師が狼をねぎらうように撫でているのを見て、シェインは神話の一節を思い出した。
太陽の女神に従う白銀の狼。
かの神獣は風をあやつり女神を守護する。
「あれはフェンリルか」
「そうかもしれない」
ロイゼルドにはわからないが、もしかしたらフェンはもう一匹のフェンリルなのかもしれない。
カルシードが呆然と口を開けて、倒れた魔獣を眺めている。
「俺達の苦労はなんだったんだ?」
「早くやれよ。一瞬じゃねえか」
リアムがフェンの背中をポスポス叩く。
『ニンゲンのじじょうにぼくはかかわらない』
「事情?」
首を傾げるリアムに、フェンはふん、と鼻をそびやかして言う。
『リアムはオオカミがウサギをおそってたべるのをとめる?』
「………俺等ウサギかよ」
この獣にとって、人と魔獣の争いはその程度の認識らしい。
自分達でなんとかしろと言われている様だ。
この可愛いながらも高潔な生き物の生態がわかった気がする。
シェインに魔獣の片付けを頼んで戻ってきたロイゼルドが、フェンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「感謝する。おかげで我々の犠牲が少なくすんだ」
フェンはジロリとロイゼルドを見る。
『ルフィとルディのためだよ。あるじをまもるのがぼくらのやくめだ』
「わかったわかった。後で美味い肉でも差し入れするよ」
肉と聞いてフェンはその目をキラリと輝かせた。
『ウシさんのおにくがいいな。おそったらルフィにおこられるんだ』
ペロリと舌舐めずりしている。
エルフェルムに家畜は食べるなと言い聞かせられているらしい。
「なんか、ギャップが凄い狼だな」
「ルフィ、フェンは前からこんなんなのか?」
カルシードの質問にエルフェルムは困った様に首をかしげた。
「喋り出したのが最近だから僕もあんまりわからなかったけど、こんな子だったんだね」
エルディアは可笑しそうにくすくす笑った。
だが、ふと思い出してフェンの耳に顔を近づけてこっそり囁く。
「あのリヴァイアサンは友達だったの?」
だとすれば、フェンにとても辛いことをさせてしまった。
そう思ったが、フェンは首を横に振った。
『むかし、あるじがかれらのうたをききにいくのに、いっしょについていってただけ』
「主って?」
『ずっと、ずーっとまえのだよ』
フェンはそう言ってエルディアの頬を舐めた。
ずっと前の主。
リヴァイアサンがまだ銀色の竜だった頃。
最初の魔獣。
フェンはフェンリルと同じ。
幾つものヒントが表している、その答えは…………
「ねえ、フェン、貴方の前の主は誰?」
エルディアの予想が正しければ、おそらくフェンは間違いなく最高位の神の従獣だ。
だが、そんな事がありえるのだろうか?
フェンはそんなエルディアの困惑した顔を、素知らぬ風に尻尾ではたいた。
『だいじょうぶ。いまはルディとルフィがぼくのたいせつなあるじだから』
だからそばにいて、と白い毛皮を擦り寄せる。
甘えた仕草にエルディアはそのふさふさとした首を撫でながら、この獣の背負う重い罪とその苦しみを思った。
何が起こったのかと騎士達が空を見上げた次の瞬間、巨大な紡錘形をした白い光が、回転しながらいくつも落ちて来る。
人の身長の三倍程もある光の槍は、動く事が出来ないリヴァイアサンの頭上に降りそそいだ。
その光景にエルディアは既視感を覚えた。この魔法には見覚えがある。
アーヴァインがユグラル砦で使った炎の槍だ。
あの時、師はフェンリルの魔石に火の魔法を組み合わせたと言っていた。
神の子フェンリルの最大の風魔法がこれだったのか。
風の渦によって作り出された真空の槍が、神の怒りとかつて伝えられた神鳴の如く光る軌跡を描いて落ちる。
幾本もの輝く白銀の槍がリヴァイアサンの身体に刺さってゆく。
そのうちの一本が魔獣の心臓を貫いた。
それは硬い魔獣の巨体を易々と貫通し、鋭い音を響かせ地面に突き立った。
「…………ッ!」
拘束を解かれた魔獣の身体がゆっくりと傾き、ズシンと音を立てて大地に倒れた。
それは長いようでいて、実際には瞬く間の事だった。
魔獣に刺さった槍はキラキラと輝き、糸がほどけるように光の粉が周囲に散って消えた。
リヴァイアサンの身体はピクリとも動かない。
閉ざされた瞼が再び開かれることはもう無かった。
港で魔獣を取り巻く騎士達は、その余りにも想像を超えた光景に身動きすら忘れて立ち尽くしている。
静寂が辺りを包んでいた。
「ロイゼルド殿」
シェインがロイゼルドの元まで歩いて来た。
「今の魔法は一体何だ?」
ロイゼルドは困惑した表情を隠せない騎士団長に向けて、自分も驚いている、と首をすくめて見せた。
「思ったより、我等の魔術師殿達が凄かった様だ。リヴァイアサンも一撃だったな」
「有り得ぬ強さだ。あの狼は一体何だ?」
「神獣だと聞いている」
「神獣?」
「らしいぞ。何故かあの双子を守護している」
「そんな事があり得るのか?」
「さあ?私にもわからないが、こうして目の前にいる」
ロイゼルドの視線の先には、金髪の少女の足元に擦り寄る白銀の狼がいる。
美しい魔術師が狼をねぎらうように撫でているのを見て、シェインは神話の一節を思い出した。
太陽の女神に従う白銀の狼。
かの神獣は風をあやつり女神を守護する。
「あれはフェンリルか」
「そうかもしれない」
ロイゼルドにはわからないが、もしかしたらフェンはもう一匹のフェンリルなのかもしれない。
カルシードが呆然と口を開けて、倒れた魔獣を眺めている。
「俺達の苦労はなんだったんだ?」
「早くやれよ。一瞬じゃねえか」
リアムがフェンの背中をポスポス叩く。
『ニンゲンのじじょうにぼくはかかわらない』
「事情?」
首を傾げるリアムに、フェンはふん、と鼻をそびやかして言う。
『リアムはオオカミがウサギをおそってたべるのをとめる?』
「………俺等ウサギかよ」
この獣にとって、人と魔獣の争いはその程度の認識らしい。
自分達でなんとかしろと言われている様だ。
この可愛いながらも高潔な生き物の生態がわかった気がする。
シェインに魔獣の片付けを頼んで戻ってきたロイゼルドが、フェンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「感謝する。おかげで我々の犠牲が少なくすんだ」
フェンはジロリとロイゼルドを見る。
『ルフィとルディのためだよ。あるじをまもるのがぼくらのやくめだ』
「わかったわかった。後で美味い肉でも差し入れするよ」
肉と聞いてフェンはその目をキラリと輝かせた。
『ウシさんのおにくがいいな。おそったらルフィにおこられるんだ』
ペロリと舌舐めずりしている。
エルフェルムに家畜は食べるなと言い聞かせられているらしい。
「なんか、ギャップが凄い狼だな」
「ルフィ、フェンは前からこんなんなのか?」
カルシードの質問にエルフェルムは困った様に首をかしげた。
「喋り出したのが最近だから僕もあんまりわからなかったけど、こんな子だったんだね」
エルディアは可笑しそうにくすくす笑った。
だが、ふと思い出してフェンの耳に顔を近づけてこっそり囁く。
「あのリヴァイアサンは友達だったの?」
だとすれば、フェンにとても辛いことをさせてしまった。
そう思ったが、フェンは首を横に振った。
『むかし、あるじがかれらのうたをききにいくのに、いっしょについていってただけ』
「主って?」
『ずっと、ずーっとまえのだよ』
フェンはそう言ってエルディアの頬を舐めた。
ずっと前の主。
リヴァイアサンがまだ銀色の竜だった頃。
最初の魔獣。
フェンはフェンリルと同じ。
幾つものヒントが表している、その答えは…………
「ねえ、フェン、貴方の前の主は誰?」
エルディアの予想が正しければ、おそらくフェンは間違いなく最高位の神の従獣だ。
だが、そんな事がありえるのだろうか?
フェンはそんなエルディアの困惑した顔を、素知らぬ風に尻尾ではたいた。
『だいじょうぶ。いまはルディとルフィがぼくのたいせつなあるじだから』
だからそばにいて、と白い毛皮を擦り寄せる。
甘えた仕草にエルディアはそのふさふさとした首を撫でながら、この獣の背負う重い罪とその苦しみを思った。
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