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第四章 終焉の神
1 叙任式
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新緑の木々の間をやわらかな風が巡る頃、エディーサ王国の王都ブルグワーナでは新しく騎士となる若者達の叙任式が行われていた。王宮の謁見の間の玉座に座る国王の御前に、新たに騎士となる者達が並び膝をつく。
今年騎士に叙任されるのは十九名。
騎士養成学校の十五名と従騎士三名、そして魔術師団に属していたという一名だった。
叙任式では、それぞれ配属が決まっている四つの騎士団の団長が、自軍の新たな騎士となる者に剣を授ける。
金獅子、黒竜、白狼、赤鷲の各騎士団のそれぞれの騎士の名が読み上げられ、一人づつ剣を受け取り並んでゆく。
常では全員がその四つの騎士団のいずれかに配属が決まり終わる。
だが、今回は少し違っていた。
四騎士団に配属する騎士の名が全て読み上げられた後に、まだ二名の若者が膝をついたまま残っている。
金と銀の髪の同じ顔立ちの双子の兄妹。背の半ばまでの髪を一つに括り膝をつくその姿は、髪の色以外は鏡で映したようにそっくりだった。
エルフェルム・マーズヴァーンとエルディア・マーズヴァーン。
どちらも揃いの黒のエディーサ王国騎士団の軍服を着ている。
だが、彼等の胸に煌めく藍銅色のボタンは、これまでの騎士団の色ではない。
王太子自らが立ち上がり、彼等の名を呼び剣を授ける時、謁見の間はざわめいた。
剣を受け取り立ち上がった双子の騎士を従え、王太子が王の前に進み出る。
そして一礼したのちに、新たな騎士団の結成を宣言した。
——鷲獅子騎士団——
騎士と魔術師の両方を配属し、魔術と剣で戦う王太子直属の騎士団。
その団長に任命されたロイゼルドが、王と王太子の前に跪いた。
王太子がロイゼルドに銀の剣とグリュプスの紋章の入った盾を授ける。
国王から侯爵の爵位の授与が告げられ、彼は王都の北の領地を治めるグレイ侯爵となった。
副団長には魔術師団の元副団長ダリスが就く。
何度も騎士団の戦闘に同行している、数少ない攻撃魔法の使い手だ。
エルディアも顔見知りで、自由気ままなアーヴァインの補佐を文句を言いつつもこなしていた人物である。
その背後に、鷲獅子騎士団に配属された者達が並び、同じく頭を下げて膝をついた。各騎士団から引き抜かれた精鋭の騎士と、魔術師団から特に魔力が強い魔術師を数名選別している。
彼等の後ろに控えるように、双子の騎士は片膝をつき並んだ。
侯爵家の双子の兄は黒竜騎士団で一部にその名を知られていたが、妹の存在を公にしたのはこの場が初めてだった。
強大な魔力を持つが故に魔術師団の中で密かに守られていたという、王国騎士団の将軍の娘。
しかも、彼女を騎士団に入れる、その事に人々は驚きを隠せない。
長く隠されていたその意味を聞かされている臣下達は、それでもこの美しい双子に秘められている魔力を信じられずにいる。
『神獣の契約者』
王太子が語った、そして魔術師団長アーヴァインが伝えた内容は、俄には信じがたいものだ。
アストラルドは言う。
既に隠さねばならぬ時期は過ぎた。
神獣フェンリルの祝福を受ける双子は王国の守護神となる。
「新騎士団は彼等のためにつくられたようなものだな」
アーヴァインは離れた場所からその光景を見やり、小さく呟いた。
双子の魔術師の強大な力で王国を護る、そして他国と自国の中の敵に狙われかねない彼等自身をこの国に留め護る。
鷲獅子騎士団には、その両方の意味がある。
「さて、我が弟子はどうなることやら」
彼は自分の弟子の行く末に波乱が待ち構えているであろう事を容易に想像し、面白そうにニヤリと笑った。
*********
叙任式の後、王宮の廊下を歩いていたエルディアをリアムが呼び止めた。
「エル、っと、しまった。エルディア」
『エル』はこれまでエルフェルムを呼んでいた愛称だ。エルディアに戻った彼女を呼ぶには相応しくない。
だが、習慣とはすぐには変えられないもので、何度も呼び間違えるリアムはがりがりと頭をかいた。
「うー、慣れないな」
エルディアは、アハハと笑ってリアムの肩を叩く。
「ルディって呼んでよ。まだそっちの方が呼びやすいでしょ。ロイもまだ慣れてないんだよ」
エルって呼んだりルディって呼んだりさ、と笑う。
「お前は?」
「え?」
「男言葉なおってる?」
「う、イヤなこと言わないでよ。気をつけてるけどなかなか直んないよ」
だよな、と二人は頭を突き寄せて笑った。
そこへ、後ろから誰かが駆け寄って来る足音がする。
「リアム!」
「ウィード」
振り返る二人の目に、先程謁見の間にいた懐かしい友の姿が目に入る。
黒竜騎士団の制服を着た若者は二人の元へ走って来ると、リアムをつかまえて拗ねる様に抗議した。
「ひどいぞ。エルとリアムが黒竜騎士団にいるからと思ったのに、新しい騎士団に配属替えなんて」
「悪りい悪りい。王太子殿下のご命令だ」
「ところでエルは?式の後すぐにどこかに行ってしまって、俺まだ話せてないんだ。一緒に叙任式出られた事祝おうと思ってるのに」
エルディアはやっぱりね、とエルフェルムの顔を思い浮かべた。きっと兄はわざと捕まらない様に姿を隠したのだろう。
騎士団にいたエルには多少なりとも友人達がいる。会話をすればエルフェルムが以前のエルではない事に気付く者もいるだろう。
エルフェルムにとぼけることが出来るか相談したが、彼の答えは『ノー』だった。
やってもいいが誠実ではない。深く付き合えば違和感を覚えるだろう。彼等を友と思うならば、入れ替わった事を説明したほうがいい。
エルディアはそう諭されたのだ。
「ウィード」
呼びかけられたウィードは、金糸の髪の少女の真っ直ぐな視線に少したじろいだ。
「何?」
「ごめん、ウィード。僕がもとのエルフェルム」
「は?」
リアムがニヤニヤと笑って言う。
「こいつがエルだ。ウィード」
ウィードはエルディアとリアムの顔をキョロキョロと見比べる。
「え?この子、エルの妹だろう?」
「中身はこっちがエルだぞ」
「僕、ずっと男になってたんだ。内緒だけどね」
「ちょっ、待てよ、話が見えない」
混乱しているウィードの向こうから、もう一人が声を掛けて来た。
「おーい!リアム、ウィード、こんな所にいたのか」
声の主を見ると、遠くからディミトリスが手を振って歩いてくる。
「ディミトリスも来たよ」
「ちょうどいいんじゃね?」
「説明するの?」
「今夜は飲み会だな」
「え、僕ロイにダメって言われそう」
「……団長、過保護だからな」
二人は揃って顔を見合わせた。
今年騎士に叙任されるのは十九名。
騎士養成学校の十五名と従騎士三名、そして魔術師団に属していたという一名だった。
叙任式では、それぞれ配属が決まっている四つの騎士団の団長が、自軍の新たな騎士となる者に剣を授ける。
金獅子、黒竜、白狼、赤鷲の各騎士団のそれぞれの騎士の名が読み上げられ、一人づつ剣を受け取り並んでゆく。
常では全員がその四つの騎士団のいずれかに配属が決まり終わる。
だが、今回は少し違っていた。
四騎士団に配属する騎士の名が全て読み上げられた後に、まだ二名の若者が膝をついたまま残っている。
金と銀の髪の同じ顔立ちの双子の兄妹。背の半ばまでの髪を一つに括り膝をつくその姿は、髪の色以外は鏡で映したようにそっくりだった。
エルフェルム・マーズヴァーンとエルディア・マーズヴァーン。
どちらも揃いの黒のエディーサ王国騎士団の軍服を着ている。
だが、彼等の胸に煌めく藍銅色のボタンは、これまでの騎士団の色ではない。
王太子自らが立ち上がり、彼等の名を呼び剣を授ける時、謁見の間はざわめいた。
剣を受け取り立ち上がった双子の騎士を従え、王太子が王の前に進み出る。
そして一礼したのちに、新たな騎士団の結成を宣言した。
——鷲獅子騎士団——
騎士と魔術師の両方を配属し、魔術と剣で戦う王太子直属の騎士団。
その団長に任命されたロイゼルドが、王と王太子の前に跪いた。
王太子がロイゼルドに銀の剣とグリュプスの紋章の入った盾を授ける。
国王から侯爵の爵位の授与が告げられ、彼は王都の北の領地を治めるグレイ侯爵となった。
副団長には魔術師団の元副団長ダリスが就く。
何度も騎士団の戦闘に同行している、数少ない攻撃魔法の使い手だ。
エルディアも顔見知りで、自由気ままなアーヴァインの補佐を文句を言いつつもこなしていた人物である。
その背後に、鷲獅子騎士団に配属された者達が並び、同じく頭を下げて膝をついた。各騎士団から引き抜かれた精鋭の騎士と、魔術師団から特に魔力が強い魔術師を数名選別している。
彼等の後ろに控えるように、双子の騎士は片膝をつき並んだ。
侯爵家の双子の兄は黒竜騎士団で一部にその名を知られていたが、妹の存在を公にしたのはこの場が初めてだった。
強大な魔力を持つが故に魔術師団の中で密かに守られていたという、王国騎士団の将軍の娘。
しかも、彼女を騎士団に入れる、その事に人々は驚きを隠せない。
長く隠されていたその意味を聞かされている臣下達は、それでもこの美しい双子に秘められている魔力を信じられずにいる。
『神獣の契約者』
王太子が語った、そして魔術師団長アーヴァインが伝えた内容は、俄には信じがたいものだ。
アストラルドは言う。
既に隠さねばならぬ時期は過ぎた。
神獣フェンリルの祝福を受ける双子は王国の守護神となる。
「新騎士団は彼等のためにつくられたようなものだな」
アーヴァインは離れた場所からその光景を見やり、小さく呟いた。
双子の魔術師の強大な力で王国を護る、そして他国と自国の中の敵に狙われかねない彼等自身をこの国に留め護る。
鷲獅子騎士団には、その両方の意味がある。
「さて、我が弟子はどうなることやら」
彼は自分の弟子の行く末に波乱が待ち構えているであろう事を容易に想像し、面白そうにニヤリと笑った。
*********
叙任式の後、王宮の廊下を歩いていたエルディアをリアムが呼び止めた。
「エル、っと、しまった。エルディア」
『エル』はこれまでエルフェルムを呼んでいた愛称だ。エルディアに戻った彼女を呼ぶには相応しくない。
だが、習慣とはすぐには変えられないもので、何度も呼び間違えるリアムはがりがりと頭をかいた。
「うー、慣れないな」
エルディアは、アハハと笑ってリアムの肩を叩く。
「ルディって呼んでよ。まだそっちの方が呼びやすいでしょ。ロイもまだ慣れてないんだよ」
エルって呼んだりルディって呼んだりさ、と笑う。
「お前は?」
「え?」
「男言葉なおってる?」
「う、イヤなこと言わないでよ。気をつけてるけどなかなか直んないよ」
だよな、と二人は頭を突き寄せて笑った。
そこへ、後ろから誰かが駆け寄って来る足音がする。
「リアム!」
「ウィード」
振り返る二人の目に、先程謁見の間にいた懐かしい友の姿が目に入る。
黒竜騎士団の制服を着た若者は二人の元へ走って来ると、リアムをつかまえて拗ねる様に抗議した。
「ひどいぞ。エルとリアムが黒竜騎士団にいるからと思ったのに、新しい騎士団に配属替えなんて」
「悪りい悪りい。王太子殿下のご命令だ」
「ところでエルは?式の後すぐにどこかに行ってしまって、俺まだ話せてないんだ。一緒に叙任式出られた事祝おうと思ってるのに」
エルディアはやっぱりね、とエルフェルムの顔を思い浮かべた。きっと兄はわざと捕まらない様に姿を隠したのだろう。
騎士団にいたエルには多少なりとも友人達がいる。会話をすればエルフェルムが以前のエルではない事に気付く者もいるだろう。
エルフェルムにとぼけることが出来るか相談したが、彼の答えは『ノー』だった。
やってもいいが誠実ではない。深く付き合えば違和感を覚えるだろう。彼等を友と思うならば、入れ替わった事を説明したほうがいい。
エルディアはそう諭されたのだ。
「ウィード」
呼びかけられたウィードは、金糸の髪の少女の真っ直ぐな視線に少したじろいだ。
「何?」
「ごめん、ウィード。僕がもとのエルフェルム」
「は?」
リアムがニヤニヤと笑って言う。
「こいつがエルだ。ウィード」
ウィードはエルディアとリアムの顔をキョロキョロと見比べる。
「え?この子、エルの妹だろう?」
「中身はこっちがエルだぞ」
「僕、ずっと男になってたんだ。内緒だけどね」
「ちょっ、待てよ、話が見えない」
混乱しているウィードの向こうから、もう一人が声を掛けて来た。
「おーい!リアム、ウィード、こんな所にいたのか」
声の主を見ると、遠くからディミトリスが手を振って歩いてくる。
「ディミトリスも来たよ」
「ちょうどいいんじゃね?」
「説明するの?」
「今夜は飲み会だな」
「え、僕ロイにダメって言われそう」
「……団長、過保護だからな」
二人は揃って顔を見合わせた。
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