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第四章 終焉の神
3 花の祭
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王都には春、花の祭りがある。
毎年この時期になると旅の楽芸団や商人達が集まって来て、バラやクレマチスの咲き誇る街の中を華やかに賑わせている。
今年はそれに加えて、王国騎士団の御前試合が開かれることになった。
地方の領地からも我こそはという者が呼ばれ参加する。街の兵士や流れの傭兵にも、審査を通れば参加資格が与えられるという。褒賞付きということで参加者の活気も高い。街の人々もぜひ見に行こうと噂しあっていた。
「試合に出るだと?」
御前試合に出たいとエルディアが執務室で仕事をしているロイゼルドに告げると、彼はまた面倒な事を言って来たなと渋面を見せた。
先日の飲み会では珍しくちゃんと起きて帰ってきたようでエルフェルムのマネジメント能力に感心したのだが、どうやら試合に出ようと皆で盛り上がって来たらしい。
各騎士団から騎士が試合に出る場合には、団長の推薦を受けないといけない。すぐに負けるようなことでは、団の沽券に関わるからだ。
「お前、対戦相手全部魔法で吹っ飛ばすつもりじゃないだろうな」
呆れたようなロイゼルドの言葉に、エルディアはぶんぶんと首を振った。
「そんなわけないじゃんか!魔法禁止って聞いたよ」
「何だ、そうか」
「じゃあ推薦してくれる?」
「却下」
ロイゼルドのダメ出しに、エルディアは不満の声をあげる。
「え!何で?」
「強化魔法もなしだとさすがにな。怪我しないとも限らない」
「すぐ治るよ?魔術師団の治療師達も入るし、結構安全だと思うけど」
確かに今のエルディアはきっと剣を刺されても、抜かれた瞬間に傷は消えているだろう。あのフェンリルのように。しかし、受ける苦痛には変わりない。
それにエルディアはそのせいで、自分の身体を戦いの道具のように見ているふしもある。一人で敵の中に飛び込むのも、そういうところからきているのだろう。
もう少し大事にして欲しい、そうロイゼルドは思っている。
「ウィードも出るって言ってるし、褒賞もでるんでしょ?絶対勝つから、ね?」
どうやらすんなり諦める気配はない。ロイゼルドはエルディアのきらきらした視線を感じて、まずいと思った。
またいつぞやの時のようにお願い攻撃をされては敵わない。あの時よりも成長し女性に戻ったぶんだけ、破壊力もマシマシになっている。あんなものを受けてまともな精神状態でいられるとは思えない。
こういう時は先手を取るに限る。ロイゼルドは椅子から立ち上がり、エルディアの両肩に手をおいてそのエメラルドの瞳を見つめた。
「無駄に怪我させたくないんだ」
エルディアは一瞬固まった後、小さくずるい、と呟いて俯く。その金の頭をさらりと撫でると、ぷくっと膨れたエルディアは、それでも納得したように頷いた。
「ロイは出ないの?」
「各師団長・副団長は参加禁止だ」
「ふーん、リズが残念がるかな」
「ん?来るのか?」
「黒竜騎士団から参加する人達を見に来るって手紙が来たんだ」
ロイゼルドとエルディアの婚約の事は、一度レンブルに帰った時に伝えている。
リゼットはカラッとしたもので、大体予想はしていたわ、と言って、意外にも文句も言わずに祝福してくれた。びっくりしていると、遅かったくらいだわ、と言われた。
しかし、まだロイゼルドの追っかけはやめるつもりはないようで、今度は推しの幸せを見届けるのよ、とまた訳の分からない事を口走っていた。どうにも彼女の嗜好している本がいけないのではないかとエルディアは思うのだが、恋人の席はリアムが予約しているはずなので口出ししないことにしている。
ウィードと一緒に御前試合に出られないのは残念だ。
しかし、リゼットと王都の祭りをゆっくり見て回るのもいいかもしれない。
「団長、宰相からこれ渡してくれって言われたの持ってきました。署名がいるらしいですよ」
そこへリアムがひょっこり顔を出した。
「あれ?ルディもいたのか。御前試合の件でか?」
「そう。でも出ない事になったよ」
「ふーん、ウィードと対戦どうなるか楽しみにしてたけど無理か。相変わらず団長ルディに甘々だな」
「おい、お前みたいなのがそばにいるから、こいつがいつまでたっても外見と中身が一致しない性格になるんだ。どうしてくれる」
ロイゼルドがブスッとした顔で言うと、リアムは不本意です、と手をあげる。
「ルディがいつまでもガキみたいなのは婚約者のせいです。団長、忙しくてルディを構ってないでしょう。女らしくさせたいなら、もうちょっと口説いてメロメロにしないといつまでたっても師匠と弟子ですよ」
「んなっ!」
エルディアの顔が赤くなる。
ロイゼルドがニヤリと意地悪く笑った。
「よし、リアム、お前がルディの代わりに試合に出ろ。俺がしっかり推薦してやる。他の騎士団の奴らに負けるなよ」
「げっ、職権濫用でしょ」
「勝てば女にモテるぞ」
「出ます」
即答だ。
エルディアはさすがリアム、と口を押さえて笑う。
「ついでにシードも彼女募集中なんでお願いします。俺一人は寂しい」
「保険か?」
「二人とも負けたらすいません」
新騎士団の鷲獅子は良くも悪くも注目されている。みっともない戦い方は出来ない。その点、リアムとカルシードは若手の中ではかなりの腕だ。いいところまでいくだろう。
「リズと一緒に応援するね」
「おうよ」
リアムは拳を上げて部屋を出て行った。
「あいつめ、たきつけて行きやがって」
閉められた扉を見ながら、ぼそりとロイゼルドが呟く。
どうやらリアムの言葉がかなり響いたようだ。
「ルディ、俺の構い方が足りないか?」
エルディアを見る紫紺の瞳に壮絶な色気が漂っている。
ゾクゾクするものを背中に感じて、エルディアはぶんぶんと横に首を振った。
「え、いや、今で十分だよ?」
焦って後退りするが、ロイゼルドに手をとられて逃げられない。
スイッチが入ったロイゼルドの色気は半端なく凄かった。エルディアは肉食獣に睨まれた獲物のように瞬きすら許されない。
「本当に?無茶せず女らしくするか?」
半眼で顔を覗き込まれ、目の前にロイゼルドの顔が近づく。
ぱくりと指先を喰まれてエルディアの頭の中は狂騒状態だ。
「はい、女らしくします。騎士団にいても、頑張りマス」
これ以上は魔力が暴走するからやめて欲しい。
ぎゅっと目を瞑ると、唇に軽く触れるだけのキスをされてようやく解放された。
「仕事中だからな」
そう言ってロイゼルドはまた何事もなかったかのように机に戻る。
ようやく暴力的獣の色気から逃れたエルディアは、はあーっと大きく安堵の息を吐いた。
毎年この時期になると旅の楽芸団や商人達が集まって来て、バラやクレマチスの咲き誇る街の中を華やかに賑わせている。
今年はそれに加えて、王国騎士団の御前試合が開かれることになった。
地方の領地からも我こそはという者が呼ばれ参加する。街の兵士や流れの傭兵にも、審査を通れば参加資格が与えられるという。褒賞付きということで参加者の活気も高い。街の人々もぜひ見に行こうと噂しあっていた。
「試合に出るだと?」
御前試合に出たいとエルディアが執務室で仕事をしているロイゼルドに告げると、彼はまた面倒な事を言って来たなと渋面を見せた。
先日の飲み会では珍しくちゃんと起きて帰ってきたようでエルフェルムのマネジメント能力に感心したのだが、どうやら試合に出ようと皆で盛り上がって来たらしい。
各騎士団から騎士が試合に出る場合には、団長の推薦を受けないといけない。すぐに負けるようなことでは、団の沽券に関わるからだ。
「お前、対戦相手全部魔法で吹っ飛ばすつもりじゃないだろうな」
呆れたようなロイゼルドの言葉に、エルディアはぶんぶんと首を振った。
「そんなわけないじゃんか!魔法禁止って聞いたよ」
「何だ、そうか」
「じゃあ推薦してくれる?」
「却下」
ロイゼルドのダメ出しに、エルディアは不満の声をあげる。
「え!何で?」
「強化魔法もなしだとさすがにな。怪我しないとも限らない」
「すぐ治るよ?魔術師団の治療師達も入るし、結構安全だと思うけど」
確かに今のエルディアはきっと剣を刺されても、抜かれた瞬間に傷は消えているだろう。あのフェンリルのように。しかし、受ける苦痛には変わりない。
それにエルディアはそのせいで、自分の身体を戦いの道具のように見ているふしもある。一人で敵の中に飛び込むのも、そういうところからきているのだろう。
もう少し大事にして欲しい、そうロイゼルドは思っている。
「ウィードも出るって言ってるし、褒賞もでるんでしょ?絶対勝つから、ね?」
どうやらすんなり諦める気配はない。ロイゼルドはエルディアのきらきらした視線を感じて、まずいと思った。
またいつぞやの時のようにお願い攻撃をされては敵わない。あの時よりも成長し女性に戻ったぶんだけ、破壊力もマシマシになっている。あんなものを受けてまともな精神状態でいられるとは思えない。
こういう時は先手を取るに限る。ロイゼルドは椅子から立ち上がり、エルディアの両肩に手をおいてそのエメラルドの瞳を見つめた。
「無駄に怪我させたくないんだ」
エルディアは一瞬固まった後、小さくずるい、と呟いて俯く。その金の頭をさらりと撫でると、ぷくっと膨れたエルディアは、それでも納得したように頷いた。
「ロイは出ないの?」
「各師団長・副団長は参加禁止だ」
「ふーん、リズが残念がるかな」
「ん?来るのか?」
「黒竜騎士団から参加する人達を見に来るって手紙が来たんだ」
ロイゼルドとエルディアの婚約の事は、一度レンブルに帰った時に伝えている。
リゼットはカラッとしたもので、大体予想はしていたわ、と言って、意外にも文句も言わずに祝福してくれた。びっくりしていると、遅かったくらいだわ、と言われた。
しかし、まだロイゼルドの追っかけはやめるつもりはないようで、今度は推しの幸せを見届けるのよ、とまた訳の分からない事を口走っていた。どうにも彼女の嗜好している本がいけないのではないかとエルディアは思うのだが、恋人の席はリアムが予約しているはずなので口出ししないことにしている。
ウィードと一緒に御前試合に出られないのは残念だ。
しかし、リゼットと王都の祭りをゆっくり見て回るのもいいかもしれない。
「団長、宰相からこれ渡してくれって言われたの持ってきました。署名がいるらしいですよ」
そこへリアムがひょっこり顔を出した。
「あれ?ルディもいたのか。御前試合の件でか?」
「そう。でも出ない事になったよ」
「ふーん、ウィードと対戦どうなるか楽しみにしてたけど無理か。相変わらず団長ルディに甘々だな」
「おい、お前みたいなのがそばにいるから、こいつがいつまでたっても外見と中身が一致しない性格になるんだ。どうしてくれる」
ロイゼルドがブスッとした顔で言うと、リアムは不本意です、と手をあげる。
「ルディがいつまでもガキみたいなのは婚約者のせいです。団長、忙しくてルディを構ってないでしょう。女らしくさせたいなら、もうちょっと口説いてメロメロにしないといつまでたっても師匠と弟子ですよ」
「んなっ!」
エルディアの顔が赤くなる。
ロイゼルドがニヤリと意地悪く笑った。
「よし、リアム、お前がルディの代わりに試合に出ろ。俺がしっかり推薦してやる。他の騎士団の奴らに負けるなよ」
「げっ、職権濫用でしょ」
「勝てば女にモテるぞ」
「出ます」
即答だ。
エルディアはさすがリアム、と口を押さえて笑う。
「ついでにシードも彼女募集中なんでお願いします。俺一人は寂しい」
「保険か?」
「二人とも負けたらすいません」
新騎士団の鷲獅子は良くも悪くも注目されている。みっともない戦い方は出来ない。その点、リアムとカルシードは若手の中ではかなりの腕だ。いいところまでいくだろう。
「リズと一緒に応援するね」
「おうよ」
リアムは拳を上げて部屋を出て行った。
「あいつめ、たきつけて行きやがって」
閉められた扉を見ながら、ぼそりとロイゼルドが呟く。
どうやらリアムの言葉がかなり響いたようだ。
「ルディ、俺の構い方が足りないか?」
エルディアを見る紫紺の瞳に壮絶な色気が漂っている。
ゾクゾクするものを背中に感じて、エルディアはぶんぶんと横に首を振った。
「え、いや、今で十分だよ?」
焦って後退りするが、ロイゼルドに手をとられて逃げられない。
スイッチが入ったロイゼルドの色気は半端なく凄かった。エルディアは肉食獣に睨まれた獲物のように瞬きすら許されない。
「本当に?無茶せず女らしくするか?」
半眼で顔を覗き込まれ、目の前にロイゼルドの顔が近づく。
ぱくりと指先を喰まれてエルディアの頭の中は狂騒状態だ。
「はい、女らしくします。騎士団にいても、頑張りマス」
これ以上は魔力が暴走するからやめて欲しい。
ぎゅっと目を瞑ると、唇に軽く触れるだけのキスをされてようやく解放された。
「仕事中だからな」
そう言ってロイゼルドはまた何事もなかったかのように机に戻る。
ようやく暴力的獣の色気から逃れたエルディアは、はあーっと大きく安堵の息を吐いた。
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