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わたしの話
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はー、やれやれと、居室に戻ってきたのは良いものの、翠妃に呼ばれたらすぐに行かないといけないので、冷たいお茶をもらいに離宮から出るわけにはいかなかった。
たしか、冷茶に使える茶器があったはず……。
せめて、年配侍女がお茶を持ってきてくれた時のために、茶器だけでも用意しておこう。
生活に必要な最低限の諸々を運び込んだのは、記憶に新しい。
そう、これこれ。
今の季節にふさわしい、紫陽花柄の透明な玻璃の茶器。
薄青と薄紫、葉をイメージした緑が透けて輝く様は、ガラスではなく玻璃と呼びたくなる逸品だった。
これが、少しでも翠妃様の心を落ち着かせるのを手伝ってくれればいい。
他にすることがないのて、ためすすがめつしていると、茶碗の裏にシールが貼ってあった。
洗った時に取り忘れたのかな。
『Made in Japan』
へーーー。
ちょっと意外。
この国では、海外製品は珍しいと思っていた。
わたしと同じね。
まあ、わたしは日本の血は半分しか入っていないけど。
わたしがこの国に来たのは一年前。
日本人の父が亡くなり、故国を恋しがった母に付いて来た。
史学科に通う大学2年生だったわたしは、一人日本に残るという選択肢もあったのだけれど。
3年生に上がる前の、担当教授との面談で、わたしが望む研究は、日本では満足にできないであろうことを告げられ、大学を辞めた。
研究できるほどの、まともな資料がほとんどないというのが、その理由。
やりたかった研究は、『神秘の国』と称されているこの国の歴史の研究。
母の故国だからという理由で単純に興味を持っていたが、高校の世界史にはほとんど出てこないし、大学に入ってからは、先行研究もほとんどないことを知った。
国交があまり無い、ことが謎に包まれている一つの理由ではあるけれど、この冷茶器からも分かるように、全く無いわけでもなく。
もう少し、いろいろ資料とか出てきてもいいんじゃないの! このグローバリゼーションのインターネットの時代に!
文献がほとんどないなんて、ありえるのかしら!!
かくして、わたしは、母に付いて、実際にこの国に潜入したのでした。
それだって、母がこの国の人間だから、しかも元は外交に携わっていた国家公務員の立場だったからこそ、入国が認められたわけで、普通は観光やビジネスで訪れるのですら、なかなか難しいのが現状だ。
それが、なんと、今では皇太子付きの侍女になるとはねぇ。
それまでは、ごくごく普通の女子大生だったのにね。
侍女として採用されたのは、皇后の侍女を務めている叔母のコネだった。
この国に来たのは良いものの、仕事もない、今からこの国の大学に編入するにも、カリキュラムが違いすぎて入学ができない。
かといって、嫁に行くわけでもない。
ただのニートになってしまった姪を心配して、話を通してくれた。
国外の事情をよく知る元大学生というのも少しは効いたのかもしれない。
この国では、大学に行く人はほとんどなく、大学生というのはごく一握りのエリートだから。
日本のように、そこそこ勉強すれば誰でも入れるのとはワケがちがう。
わたしも、そんなエリートの一人と、勘違いされたようだ。
特に皇帝の一族の中でも海外情勢に興味がある皇太子に気に入られ、今ここで仕事をしている。
……変に政治に絡むこともなく、気楽に話せる立場のわたしを気に入ってくれたのかな。
皇太子は、優しい空気をまとった人で、確か今は24歳。
日本人の平均よりはやや暗めの肌に、瞳は焦げ茶。髪の色は、プラチナに近いゴールド。
わたしが珍しがって見ていると、
「白髪じゃないよ」
と、笑っていたっけ。
身長は180センチくらい。
たまに憂いをおびた表情を見せるけど、基本的にはよく笑っている。
なんだか、周りに気を使っているような気配すらある。
この国で2番目に偉い人なのにね。
「傍若無人な皇帝の息子とは思えない」
一度そう言ってしまったこともあった。
「残念ながら、間違いなく血は繋がっているんだ」
その時も、笑いながら、そう言っていた。
どうか、新しいお妃様が、皇太子の心を慰めてくれる人で、ありますように。
従者として、というよりも、人として、わたしはそう祈らずにはいられなかった。
たしか、冷茶に使える茶器があったはず……。
せめて、年配侍女がお茶を持ってきてくれた時のために、茶器だけでも用意しておこう。
生活に必要な最低限の諸々を運び込んだのは、記憶に新しい。
そう、これこれ。
今の季節にふさわしい、紫陽花柄の透明な玻璃の茶器。
薄青と薄紫、葉をイメージした緑が透けて輝く様は、ガラスではなく玻璃と呼びたくなる逸品だった。
これが、少しでも翠妃様の心を落ち着かせるのを手伝ってくれればいい。
他にすることがないのて、ためすすがめつしていると、茶碗の裏にシールが貼ってあった。
洗った時に取り忘れたのかな。
『Made in Japan』
へーーー。
ちょっと意外。
この国では、海外製品は珍しいと思っていた。
わたしと同じね。
まあ、わたしは日本の血は半分しか入っていないけど。
わたしがこの国に来たのは一年前。
日本人の父が亡くなり、故国を恋しがった母に付いて来た。
史学科に通う大学2年生だったわたしは、一人日本に残るという選択肢もあったのだけれど。
3年生に上がる前の、担当教授との面談で、わたしが望む研究は、日本では満足にできないであろうことを告げられ、大学を辞めた。
研究できるほどの、まともな資料がほとんどないというのが、その理由。
やりたかった研究は、『神秘の国』と称されているこの国の歴史の研究。
母の故国だからという理由で単純に興味を持っていたが、高校の世界史にはほとんど出てこないし、大学に入ってからは、先行研究もほとんどないことを知った。
国交があまり無い、ことが謎に包まれている一つの理由ではあるけれど、この冷茶器からも分かるように、全く無いわけでもなく。
もう少し、いろいろ資料とか出てきてもいいんじゃないの! このグローバリゼーションのインターネットの時代に!
文献がほとんどないなんて、ありえるのかしら!!
かくして、わたしは、母に付いて、実際にこの国に潜入したのでした。
それだって、母がこの国の人間だから、しかも元は外交に携わっていた国家公務員の立場だったからこそ、入国が認められたわけで、普通は観光やビジネスで訪れるのですら、なかなか難しいのが現状だ。
それが、なんと、今では皇太子付きの侍女になるとはねぇ。
それまでは、ごくごく普通の女子大生だったのにね。
侍女として採用されたのは、皇后の侍女を務めている叔母のコネだった。
この国に来たのは良いものの、仕事もない、今からこの国の大学に編入するにも、カリキュラムが違いすぎて入学ができない。
かといって、嫁に行くわけでもない。
ただのニートになってしまった姪を心配して、話を通してくれた。
国外の事情をよく知る元大学生というのも少しは効いたのかもしれない。
この国では、大学に行く人はほとんどなく、大学生というのはごく一握りのエリートだから。
日本のように、そこそこ勉強すれば誰でも入れるのとはワケがちがう。
わたしも、そんなエリートの一人と、勘違いされたようだ。
特に皇帝の一族の中でも海外情勢に興味がある皇太子に気に入られ、今ここで仕事をしている。
……変に政治に絡むこともなく、気楽に話せる立場のわたしを気に入ってくれたのかな。
皇太子は、優しい空気をまとった人で、確か今は24歳。
日本人の平均よりはやや暗めの肌に、瞳は焦げ茶。髪の色は、プラチナに近いゴールド。
わたしが珍しがって見ていると、
「白髪じゃないよ」
と、笑っていたっけ。
身長は180センチくらい。
たまに憂いをおびた表情を見せるけど、基本的にはよく笑っている。
なんだか、周りに気を使っているような気配すらある。
この国で2番目に偉い人なのにね。
「傍若無人な皇帝の息子とは思えない」
一度そう言ってしまったこともあった。
「残念ながら、間違いなく血は繋がっているんだ」
その時も、笑いながら、そう言っていた。
どうか、新しいお妃様が、皇太子の心を慰めてくれる人で、ありますように。
従者として、というよりも、人として、わたしはそう祈らずにはいられなかった。
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