年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい

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第一章

親友、由香(2)

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「来月から竹内先生が総合病院の外科行って、亜弓先生が医師会の救急でしょ? それから、藤崎先生は精神科。他の科もローテートするから、みんな半年は帰って来ないね。でも、どうしたの? 急に研修医の話なんか持ち出して」

「懐かしくてさ。鍛えられて帰ってくるんだろうね」

「そうだね。特にうちは研修医に甘いから、よそでは苦労することも多いと思うよ」

「あのさ、彩。直球で聞くけど、彩は藤崎君のこと本当になんとも思ってないわけ?」


 昔から、由香にはどんなことも包み隠さず話してきた。苦い初体験も不眠のことも、由香にだけは打ち明けている。彼女だけがこの世で唯一、信頼できる拠り所といっても過言ではない。それくらい彩は由香に信頼を寄せて、由香も同じように彩に心を許している。

 由香は、彩が仁寿に告白されてそれを断ったのも知っている。もっとも、彼女は仁寿とも仲がよくて、いろいろと彼からの相談にも乗っているらしい。しかし、どんな相談を受けているのかは秘密だそうだ。肝心なところは口がかたい。


「あのね、由香。実はさ……」


 ハイボールに浸かった丸氷が、カランと涼やかな音を立てる。彩が声をひそめると、由香が目を大きく見開いた。


「うっそ。家に泊まったって、いつよ!」

「土曜日」


 おまたせ、と料理が運ばれてきた。とりあえず食べようか、と由香は彩の言葉を飲み込むように一人頷いて、フォークに巻きつけたそんなに辛くないペペロンチーノを頬張った。


「驚かせて、ごめん」

「そりゃ驚くよ。もう恋愛で傷つきたくなくて、彼の求愛を突っぱねたんじゃなかったっけ?」

「まぁ、うん……。いろいろあって、おしに負けちゃったというか」

「確かに彼、ブレずに我が道をいくタイプだもん。あの精神力は強烈。いかにも温厚そうな見た目をしているから、余計にガツンとくるよね」

「それもあるけど……、完全にわたしが悪かった」

「へぇ、そう」


 由香が、意味ありげに笑う。
 
 土曜日はいつものようにお昼一時過ぎにタイムカードを打刻して、病院から少し離れた職員専用駐車場に向かった。途中でメッセージの受信音が鳴って、バッグからスマートフォンを取り出してみたら母親からだった。


『元気にしてるの
 たまには帰っておいで』


 改行をはさんで、二つ並んだ短文。車で片道一時間ちょっとの距離なのに、気づけば一年近く実家に帰っていない。父親が心配で東京から帰って来たのに、忙しさにかまけて逆に心配をかけている。ごめんねと心の中で言いながら、車に乗って返事を打ち込む。彩がそれに夢中になっていると、突然、助手席のドアが開いて仁寿が乗り込んできた。


「ふーっ、間に合った」


 彼が、息を整えながらドアを閉める。驚きのあまり声が出なかった。そして、彩がどうにか声を絞り出した時には、彼はシートベルトを締めて、いつでも出発してオーケーだよ! と言わんばかりの状態になっていた。


「……あの、藤崎先生。失礼ですけど、おりてくださいませんか?」

「一緒に帰ろうよ」

「いえ、すみません。予定があるんです」

「予定って?」


 ……はい?
 いきなり乗り込んできてなに言ってるの?
 どうしてプライベートな事情をあなたに教えなきゃいけないの?


 彩は、喉の奥でわだかまる言葉をぐっと飲み下す。眠れない夜の、嫌な動悸がし始めた。強烈な眠気を感じるのに、目を閉じれば地獄のような拷問が待っている。この恐怖から逃れる方法は一つ。絶対に、由香以外には知られたくない。知られてはいけない。


「彩さん?」


 顔を覗き込まれて、どこに視線を向ければいいのか分からなくなった。
 貴重な時間がつぶれていく。家に帰ってシャワーを浴びて、バーに行って、早く不眠から解放されたい。それに、二人きりのところを誰かに見られたら。正常ではない考えで頭がいっぱいになって、嫌な動悸に体を支配されていくようだ。


「ちょっと気晴らしに行きたくて」

「僕も行っていい?」

「だめです」

「酷いなぁ、即答しないでよ。そんなに僕が嫌い?」


 柔らかな笑顔が、ちくりと彩の心に刺さる。
 彼は、人当たりがよくて優しくて、欠点を見つけるほうが難しい人だ。交際は断ったけれど、嫌いなわけではない。

 けれど、先生は睡眠導入剤を服用するように男と寝るわたしとは違う。彼にふさわしい、素敵な女性と楽しい恋愛をするべきじゃないだろうか。だから、きっぱりあきらめてもらうために決心した。軽蔑されたらそれも本望。彼の未練を断ち切るために、言ってしまおうって。


「先生がどうのじゃなくて……。困るんです、先生が一緒だと」

「困る?」

「はい。相手を探しに行くので」

「相手って、なんの?」

「セックスの相手です」


 先生は、期待どおり目をぱちくりさせて、とても驚いているような顔をした。しかしそれは一瞬で、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。そして、探さなくてもここにいるじゃない。にこやかに、さらりと、そんなことを言われたような気がする。


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